処女に捧ぐ者たちの宴   作:佐伯寿和2

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処女の戯れ

『いったいママは何処(どこ)にいるのかしら。』

ある日見つけたママの『秘密の花園』。どこまでも、どこまでもグルグルと潜っていく、夢へと続く階段を『甘い香り(好奇心)』に誘われるままに降りていく。

もしも、あの階段を最後まで降(・)り(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)ら(・)………、

 

 

――私はまだママと一緒にいられたのかしら――

――ラヴィは私の側で笑い続けてくれたかしら――

――チェシャは私を愛してくれたのかしら――

 

 

 

ある日の夜、ママの寝室を訪ねてみると、部屋にママはいなかった。窓の外から、星一つない空に上弦(じょうげん)の三日月お月様だけが私に微笑(ほほえ)み、私の顔を覗き込んでくる。

『もう随分と遅い時間なのに、まだ書斎(しょさい)にでもいるのかしら。』

戻ってくるのを待とうとベッドに腰掛けていたら、直(す)ぐに蝶番(ちょうつがい)の擦(す)れる音がした。ママが帰ってきたんだと思って入口を振り返ったのに、口を開けたのは『見知らぬ扉』。

思わずベッドの下に隠れて様子を伺うと、そこから現れたのはやっぱりママだった。

ママは扉を閉めると、動(・)か(・)さ(・)れ(・)た(・)鏡台(きょうだい)の上の『小箱』に何かをしまっていた。

 

ママは『小箱』に何かをしまうとまた、扉の向こうへと消えていった。誰もいなくなったのを確認すると、私はベッドの下から這(は)い出て、スルスルと鏡台へと近寄ってみる。

 

鏡台の上の小箱は飾り気のない、地味なもの。鍵はない。私は箱を開けてみた。

どうしてだろう。これはママの物で、勝手に触ったら怒られるかもしれないのに、私は自然に『それ』を手に取っていた。

 

『それ』は、一本の鍵。

溝(みぞ)は単純で、柄(え)の先端には羽の生えたハートの紋章(エンブレム)。やっぱり見たことなんかない。

でも、その鍵を持っているとなんだか私(わたし)が私(ママ)になったような気がして、気が大きくなっていくの。

それに、なんだか全身がフワフワと夢の中にいるような気分にもなったわ。

 

真っ暗な空の三日月がニヤニヤと見下ろしている。

 

三日月は私の背中を押すように『見知らぬ扉』を照らし、私はされるがままに扉の前に立ってみる。

するとそれは、とても背が低かった。12才の私の背丈と同じなのだから、大人のひとは皆、腰を曲げなきゃとてもとても中には入れない。

調べてみると、ドアノブはあっても鍵穴はなく、引けば簡単に開いた。

すると、私の中の好奇心が囁(ささや)いてきた。

『この鍵は何処の扉を開けてくれるんだろうね。』

もう私はこの鍵の正体が知りたくて、知りたくて仕方がなくなってしまったわ。覚悟なんて必要なの?いいえ、楽(・)し(・)む(・)だ(・)け(・)よ(・)。

振り返るとやっぱり夜空の中には三日月の微笑みだけが浮かんでいて、高みの見物とでも言うように私の様子を見守っているの。

私はハートの鍵を持って扉の向こうへと足を踏み入れる。

 

扉は底の見えない螺旋(らせん)階段に続いていました。

階段の外壁にはアール・ヌーボーを意識したような細かい装飾(そうしょく)が施(ほどこ)されているのだけれど、照明が弱過ぎて詳しくは見えない。

一段、一段、端から端まで、足が僅(わず)かに沈む上等な赤い毛氈(もうせん)が敷き詰められていて、それはまるで王様か何かが玉座まで進むためにあるようなとても立派なものだった。

だからなんだか、新しい階段を踏む度にイイ気分になったわ。

でもそんな小さな遊びじゃあ、あっという間に飽きちゃうの。もっと面白そうなものがないか辺りを見回しながら進むのだけれど、これといって私の気を惹(ひ)くようなものは見つからない。

 

ここにはあの月明かりも届かない。

2階の寝室から伸びていた階段は、もうすでに地下に潜っていてもおかしくない。それくらいグルグル、グルグルと下りていった。

どこまで下りても周りの照明は薄ボンヤリとしていて、見上げてみても見下ろしてみても、スッカリ暗闇に飲まれてしまっているの。入口も出口も見えない。だからちょっとだけ不安になってきちゃった。

なんだかその黒い、黒い闇の中から誰かが私を見て笑っているような気がしたの。

そう思った矢先だった。

 

『あら?』

階段の終りが見えてきた。そしてその先には妙な扉が待ち構えているのが見えた。

入口の『小さな』扉とはうって変わって、巨人でも通れちゃうような『大きな』縦長の扉。そして、扉の頂点(あたま)には鍵と同じハートの紋章(エンブレム)。それが私を見下ろしている。

 

私はやっぱり少しも警戒することなく扉に近づいてしまうの。まるでこの地下の主(あるじ)にでもなった気分。これも、この鍵がそうさせているのしら。

 

すると、扉の向こうから人の話し声と生温かい吐息が交互に聞こえてきた。穏やかなのに熱くて、淡白(たんぱく)なのに蜂蜜のように瀞(とろ)みのある声と吐息。

『さあ、お前も跪(ひざまづ)いてワタシに誠意(あい)を述べなさい。』

私を見下ろすハートが、そう言っているような気がしたの。

私は抗(あらが)えない。導かれるままに、差し込んだハートの鍵を回す。

 

『ガチャリ』

響いた重い解錠音(かいじょうおん)は私の心のあ(・)る(・)部(・)分(・)を刺激した。私はゆっくりとハ(・)ー(・)ト(・)の(・)扉(・)を開け放つ。

 

 

 

そして始まる。止まらない悪夢(快楽)。

 

 

 

私は思わず目を瞑(つぶ)ってしまったわ。

だって、扉の向こう側から溢(あふ)れ出るのは眩(まばゆ)いばかりの黄金色(こがねいろ)の輝き。格差を知らしめるような荘厳(そうごん)な装飾。どれもこれも、私が今いる場所とは正反対の『力強さ』を持っているんだもの。

 

そして、そこにいたのは獣の群れ。卑(いや)しくも忠実な様子を見せる彼らは、まるで狗(いぬ)の群れ。そして、群がる獣の中心に立つのは、さながら女王様(ハートの主)。

狗(おとこ)たちは皆、仮面を被って(忠義を述べて)女王様の愛撫(あいぶ)に悶(もだ)えている。次の愛撫を求めて喘(あえ)いでいる。

女王様は身を寄せ、快楽に身を捩(よじ)る淫(みだ)らな狗を見て笑っている。

 

「アナタは誰なの?」

狗だか兎(うさぎ)だか分からない妙な『仮面』を被(かぶ)った男たちに囲まれる中でただ一人、『素顔』を晒(さら)す女王様(ハートの主)。

私は、赤と黒の派手なドレスに身を包み、狗たちを弄(もてあそ)ぶ、彼女の顔に見覚えがあった。

 

答えには、すぐに行き着いた。

それは、この地下室(悪夢)の入口で見かけたものと同じ。

「……もしかして、ママなの?」

扉を隠していた鏡台に写り込んだ私の顔と全(・)く(・)同(・)じ(・)だった。

女王様は、私がそうであるように、私を見て放心している。

 

 

 

どうやって『あの娘』はここに入ってきたと言うの?

なぜ『私』は鍵をわざわざ箱に戻したのかしら?

どうして『私』はその箱を化粧台の上に置きっぱなしにしたのかしら?

そして……、私に瓜二(うりふた)つな『あの娘』は……、誰(・)な(・)の(・)?

 

『……そうよ。全部、私がそう仕向けたこと。』

 

『……そうよ。私は鏡(・)の(・)中(・)の(・)私(アリス)。次はメアリー(オマエ)の番。』

 

まったく。魔女なんて呼(・)ば(・)れ(・)る(・)女(・)は根っからの性悪女(しょうわるおんな)ね。誕生日でもないのにこんな御馳走(ごちそう)を寄越(よこ)すなんて。でもまあ、歓迎するわ。『好奇心』に素直な私の娘(ディナー)よ。

「優しい(いつも)のママはどこ?」

ア(・)レ(・)が何か言ったかしら?まあ、そんなことはどうでもイイこと。

 

これこそ私が望んだモノなのだわ。サックスブルーのエプロンドレスを着た、この子こそ二(・)人(・)目(・)の私(アリス)。

「さぁ、アリス。こちらにおいで。私の第(・)二(・)の(・)心(・)臓(・)よ。私を楽しませておくれ。」

純粋無垢な、この舞踏会を彩(いろど)る私のための晩餐(ディナー)。

さぁ、さぁ、面白可笑しく踊っておくれ!

 

 

メアリー(私)は走った。

ウソよ。ウソ、……ウソ。あの女王様はママと同じ顔の悪魔なんだわ。だって、ママはあんな歪(ゆが)んだ顔で笑わないもの!私を『アリス』だなんて呼ばないもの!

 

そうよ、これもその悪魔が見せている夢なんだわ。

『助けて、ママ!』

「お前たち、私のディナーを捕まえておくれ。」

女王様(悪魔)を取り巻く男たちは、弱った獲物で遊ぶように私を追いかけてくる。

 

走っても、走っても扉の外へ出られない。狗たちは私の背後にピッタリと張り付きながら囁きかけてくる。

 

「お待ちなさい。お待ちなさい。女王様(アリス)の処女(アリス)。」

「お待ちなさい。お待ちなさい。魔女(アリス)のディナー(アリス)。」

「お待ちなさい。お待ちなさい。快楽(アリス)のハート(アリス)。」

 

「違う。止めて。それは私の名前じゃないわ!」

享楽(きょうらく)に魅入(みい)られた狗たち。彼らが、口から出まかせを積み重ねるほどに、彼らの欲望(本音)は露(あらわ)になっていく。

足を引っかけて、扉に凭(もた)れ掛かるように倒れ込む。恐怖で足が竦(すく)んで動けない。

迫ってくる狗たちの愛撫。私はもう、抗えない。

 

『ガチャリ』

重たい響きとともに、暗闇の中から突然差し伸べられる紳士の手。

私は迷わずその手に縋(すが)った。

紳士はまるで魔法か何かのように、ひとっ飛びで長い螺旋階段を飛び越えた。

振り返る暇もなく、私は女王様(悪魔)の魔の手から逃れられた。

 

鼻から上を『仮面』で覆(おお)った、ドレスコードに忠(・)実(・)な(・)タキシードの紳士。私を助けてくれた人は笑っていた。あの三日月のように。

 

 

 

紳士は私の手から鍵を受(・)け(・)取(・)り(・)、鍵穴のない小さな扉に鍵を刺す。

『ガチャリ』

重たい響き。甘い、シトラスの香り。

悪(・)夢(・)から逃げ果(おお)せた私の傍(そば)に、彼はいた。

「目が覚めたかい、エルシィ。」

彼は、あの三日月のような微笑みで私を見詰めていた。

彼の手には私の心を掻(か)き乱(みだ)すハートの鍵があった。

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