処女に捧ぐ者たちの宴   作:佐伯寿和2

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三月の白兎は青い目をしている

今日も今日とて蜜蜂たちは私のためによく働いてくれている。それもこれも私という『花』が魅力(みりょく)的だから仕方のないことよね。

客のいない午前0時、このお店で一番の支配者はマルガレーテ(ママ)でもあの()でもない。私なの。

この店で一番魅力的な女、それが私。

『Bar・Masquerade(マスカレード)』の舞台を(かざ)るのも本当は私の仕事なのに、ママは気づいてくれない。もうとっくにママの時代は終わったのに。

だから私は店中の従業員(蜜蜂)を飼って私の方が上だって気づかせてあげるの。

 

なのにあの()ったら、毎晩、毎晩、店じまいの度に歌の練習なんてしてるのよ。当て付けのつもりか知らないけれど、客のいないステージで(あえ)いでバカみたい。能無(のうな)しは大人しく掃除だけしていればいいのよ。

モップをマイク代わりなんて上品じゃないことも私はしない。可愛い私にシンデレラ(灰被り)は似合わないもの。

下品な仕事に用はないの。なんたって、私には昼も夜も惜しみなく働いてくれるたくさんの蜜蜂がいるのだもの。

 

私はただ、可憐(かれん)薔薇(ばら)を演じ続けていればいいの。

客だろうと、ママだろうと関係ない。昼も夜も関係ない。皆、同じ。ちょっと私が甘い声で囁けば誰も彼もが私の蜜蜂になるの。

だからアリス、そんなことをしても無駄なのよ。気づけないアナタは雑花(ざっか)精々(せいぜい)、タンポポやスミレが関の山。(ひと)の目を()く『薔薇』にはなれないのよ。

いづれ、この店は私の物になるんだから。それに気づけないアナタはやっぱり無能な雑花。

 

けれど、いつまで経っても、いつまで経っても、ママは私に主役(デビュー)の話をくれない。

仕事が終わればバーテンダー(チェスニー)とカウンターで世間話ばかりして私に見向きもしない。たまにあの()(つたな)い歌を見て笑っているだけ。

本当に、どうかしているわ。きっと、お酒の飲み過ぎで頭がオカシクなっているんだわ。そうじゃなきゃ、私みたいな逸材(いつざい)を放っておくはずがないもの。

 

もうママには頼らない。こうなったら自分の手でモノにするしかないんだわ。そのためには、もっとたくさんの(コマ)が必要ね。

私が求める『快楽』の全てを叶えてくれる、弾丸(バレット)のように強く、激しい(コマ)が。

 

そうして私が()()()()()に明け暮れているっていうのに、私は裏切られてしまったの。私は見てしまったの。

ママがあの()にレッスンをつけているのを。

『どうして?!』

「近々、ステージで歌わせるらしい。」

私の蜜蜂(マット)は、ママとチェスニーの会話を聞いたらしいのだけれど、私は信じない。

『何を考えているの?!』

これみよがしに、()()()()()()()()()()まで用意して。それじゃあまるで、『薔薇の花』じゃない!

数日後にはママが手配したデザイナーからポスターが届いた。あの()のデビューを告知するポスターが――――。

 

『冗談じゃないわ!』

 

私より不細工なくせに、キレイな(はな)になろうとするあの()が「嫌い。」

客を夢中にさせる(魅了する)愛嬌(あいきょう)もないくせに、私を見下す舞台(場所)に立つあの()が「嫌い。」

私がこんなに頑張っているのに、卑怯(ひきょう)な手でママを(たぶら)かしたあの()が「嫌い!」

派手で、下品で、真っ赤な花弁(ドレス)を着て浮かれているあの()が「嫌い!!」

 

 

 

裸の身体に、蜜蜂たちがウルサイ羽音を立てて群がる。お尻を振って仲間を呼び、花の(うたげ)はさらに熱を()びる。

もっと強く!もっと激しく!もっとよ。もっと、もっと、もっと!!

銃身(バレル)弾倉(シリンダー)も熱で溶かすくらいにメチャクチャに突き上げてイイのよ!!

 

可愛い喘ぎ声(空砲)だって聞かせてあげるわ。狂えるほどに気持ちよくしてあげるわ。

だからもっと、私の『望み』を叶えなさい!!

 

 

 

ダメね。まだなの。まだまだ私は満たされない。いくら弾倉(シリンダー)に弾を()めてみても、標的がいなきゃ名器(タカラ)の持ち腐れ。そうでしょ?

「ねぇ、あの()を可愛がってあげてよ。」

満たされた六匹の蜜蜂は私の命令に喜んで従ったわ。

 

あの下品なドレスに針を仕込んだり、ネズミの死体を入れたティーポットでお茶を飲ませたり、食事にイモムシを混ぜたり。

 

あの()はこの店に友だちなんていないから、蜜蜂たちの『遊び』を誰かに言い触らすなんて真似(まね)はできないのよね。だからオモシロイの。

本当は一番気に喰わない、あの下品なドレスを滅茶苦茶にしたいところだけれど、一応、ママが用意したものだから手を出さないであげたの。

でもね、これはただの『遊び』なんだから。私は蜂たちに『()()()()()』と命令したの。だからアリス……、(たの)しい、愉しい愛撫()はこれからなのよ。

 

六匹の蜜蜂に囲まれて、処女(名も無い花)は何を差し出せば良いか分からない。オドオドしている内に()たちはナイフ()を差し出し、動けない花の蜜を吸って、吸って、吸い尽くすの。

どうかしら。私が撃った弾丸(タマ)はアナタを熱くさせてくれたかしら?血を流したかしら?

あぁ、アナタの悲鳴(喘ぎ声)が聞いてみたかった。

フフフ。まったく、いい気味だわ。

 

 

これであの()は店を出ていくものだと思ってた。でも、違った。とんだ、私の計算違い。まさか、顔色一つ変えずに残っていられるなんて。

まったく、なんてしぶとい()なの?デビュー(例の日)までもう時間がないのに。だから根っからの召使い(メアリーアン)は嫌いよ。犯されるのも仕事の内だと思ってるんだから。

もっと、何か決定的な『モノ』を奪ってあげなきゃいけないんだわ。

 

「チェスニー、チェスニー。聞いてくれる?私のデビューに新聞記者が来てくれるの。私、新聞に()るかもしれないのよ!」

 

そうよね。アナタは我慢強い子だったものね。

でもアナタは言ってたわよね。お母さんに裏切られて()()()()()()()()()

そうよね。()()()()をしてあげればイイのよね。待っていて。私が最高の舞台(ステージ)を用意してあげるわ。

 

あぁ、あの()の『弱み』が手の内にあるなんて、なんて気持ちイイの。蜜蜂に囲まれているよりもずっと、ずっとイイわ。

 

 

閉店後、蜜蜂たちに人払いをさせて今は、チェスニー(野蜂)と二人きり。

「ねえ、チェシャ。そんなに沢山のポスター、どうするつもりなの?」

憎たらしい。ママの言いつけなんでしょうけど、なんて憎たらしいの。それが店を(いろど)るかと思うと苛立(いらだ)ちで(はらわた)が煮えくりかえりそうだわ。

……でも、それも今夜限りね。

「ねえ、チェシャ。アナタは女がどんな声で()くのか知ってる?」

私、決めたのよ。アナタの手であの()(けが)してあげるの。殺すよりはマシでしょ?

 

愛撫するなんてお手のもの。無防備な野蜂(カレ)の上に馬乗りになれば、ほら、もう飛んで逃げることだってできない。もう、私のモノ。

弾倉(シリンダー)が熱くなっていくのが分かる。

あぁ、早く。この撃鉄(忠誠心)を起こして、私に引き金(命令)引かせて(下させて)

「ねぇ、私を愛してよ。」

仕上げに茨の毒針(私のコトバ)でゆっくり、ゆっくり()()めてあげるわ。

ほら、こうやって体が触れあえば……、アナタも感じるでしょ?私の銃身(カラダ)がこんなにもアナタを求めてるのよ。

だから私の命令(コトバ)だけを聞いて――――。

 

「キャアッ!」

野蜂(カレ)可憐な花(ワタシ)を突き飛ばした。拒んだ。

……そんな、……まさか、どうして。

私はただ、アナタにも私の『蜜』の味を教えてあげようとしただけなのに。私は誰も彼も夢中にさせた『花』なのよ?『魅力的な女』を望まない『男』なんている訳がないじゃない。

……だったらどうして?……何がいけないの?……どうして私じゃいけないの?

拒絶されるなんて初めての経験で、屈辱(くつじょく)よりも先に喪失感(そうしつかん)を覚えた。皆、私のモノのはずなのに。私のモノにならないモノがこの世にあるという失望。

ママの前ではいつも、ニヤニヤと(いや)らしい笑みを張り付けてるくせに。私を見下ろす目は、まるで枯れた花を見るように冷えきっている。

ママよりも、あの()よりも、私が(おと)るっていうの?考えられない。信じられない。皆、皆、ミンナ、どうかしているわ!!

 

『もう我慢ならない!』

「殺してっ!」

ナイフをポスター(あの女の顔)に突き立てる。そんなんじゃ、この怒りは収まらない。そう、もう限界よ!

「あんな女、八つ()きにして死んでしまえばイイのよっ!!」

この私が命令しているのに、()どもは私を(なだ)めるばかりで動こうとしない。

「落ち着け。殺しはマズイ。」

「そうだ。バレたらラヴィが捕まるぞ。」

あの(雑花)を殺して、殺すのが()どもで、どうして私が犯罪者(枯れた花)なの?オカシイじゃない。どいつもこいつも、私をバカにしてっ!

 

 

 

あぁ、どうしたっていうの。誰も彼も私の前から離れていく。何で?どうして?そんなにあの()の命が大事?私の『蜜』よりも価値があるっていうの?

あっという間に私は独りぼっち(荒野の花)。こんなに(みじ)めなことってあるかしら?

あんなに従順だった(蜜蜂)たちはもう一匹だっていやしない。もう、誰も(枯れた花)を相手にしない。

引金(トリガー)を引いても聞こえてくるのはヒステリーを起こした()の金切り声ばかり。

どうして皆、あの()の味方をするの?!

 

そうして()()にあの()の晴れ舞台はやってきた。

憎しみで人は殺せない。それでも私はこのステージを見届ける。他にすることなんて何もない。

キラキラと輝く彼女を見ていると、枯れた自分が余計に惨めに思えてくる。それでも私は見届ける。今の私は、あの()から目を()らせないの。私から全てを奪っていくあの()から。

 

(しつけ)のなってない子どもみたいに爪を()んで、ただ立ち尽くしてる私はなんて(みにく)いの?

スポットライトを浴びた雑花(ざっか)ごときに羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向ける私はなんて醜いの?

観客のバカみたいな歓声にさえ嫉妬(しっと)する私はなんて醜いの?

私は()()()いるのに、誰にも関心を持ってもらえない私は、()()()()()()?!

こんなに醜い私は嫌い!

 

『嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!』

 

もう、何もかもが嫌い!!

 

あの()舞台(ステージ)も残すところ一曲。期待(ふく)らむ観衆(かんしゅう)嫉妬(しっと)に溺れていく私。

 

「最後の歌は私の大切な友人に(おく)らせてください。」

 

不意に、私の手を小さな手が包んだ。視線を滑らせた先にはあの頃の()()()()

「一緒に歌姫(シンガー)になろうと、ここで働くことを(すす)めてくれた貴女(あなた)との約束。」

違う。途方(とほう)に暮れた私に生きる希望(約束)()わしてくれたのは、真っ赤な薔薇を手にしたあの子。

「ずっとここで、貴女を待ってるから。」

『ラヴィ、私、貴女が大好きよ。』

サックスブルーのエプロンドレスを着たアナタが、ローズピンクの私を愛してくれた。だから私は青の、アナタは赤のドレスを着ている。

 

……そうだったわ。

 

同じような境遇で、行き場のなかった私たちだから励まし合えた。手を取り合って、笑っていられた。

でも、アナタを想うと憎い母の記憶が目を覚ますから――――

 

『ガチャリ』

重たい響きとともに、スポットライトが落下する。あの()()()()

……だめ。…だめよ。ダメ、ダメ、ダメッ、ダメッ!!

私は走ってた。あの()は、突然駆け寄ってくる私を見て目を丸くしている。それ以上のことなんか()()()()()。私はあの()だけを目に映して、飛び込む。

 

 

 

気がつくと、私の目の前には貴女(アナタ)がいた。静かに見詰め合う私と貴女。

ねぇ、メアリー。なんだか、胸が痛くて、痛くて堪らないわ。

蜜蜂相手に喘いでいた私も、嫉妬に溺れていた私も、痛くて堪らないの。

だからお願い、メアリー。もう一度だけ、この枯れたの胸に貴女の『優しい水』を聞かせて。

また、アナタだけを――――

 

 

 

 

(ウサギ)が死んだ。

こんな()()()()()()()オス猫(チェシャ)は舞台袖から感じる視線に目を遣ると、そこには()()()()帽子屋(マット)が、冷えていく兎にさらに冷たい視線を送っていた(贈っていた)

(半端な女王)(ひつぎ)は、赤と白の薔薇で埋められた。

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