今日も今日とて蜜蜂たちは私のためによく働いてくれている。それもこれも私という『花』が魅力的だから仕方のないことよね。
客のいない午前0時、このお店で一番の支配者はマルガレーテでもあの娘でもない。私なの。
この店で一番魅力的な女、それが私。
『Bar・Masquerade』の舞台を飾るのも本当は私の仕事なのに、ママは気づいてくれない。もうとっくにママの時代は終わったのに。
だから私は店中の従業員を飼って私の方が上だって気づかせてあげるの。
なのにあの娘ったら、毎晩、毎晩、店じまいの度に歌の練習なんてしてるのよ。当て付けのつもりか知らないけれど、客のいないステージで喘いでバカみたい。能無しは大人しく掃除だけしていればいいのよ。
モップをマイク代わりなんて上品じゃないことも私はしない。可愛い私にシンデレラは似合わないもの。
下品な仕事に用はないの。なんたって、私には昼も夜も惜しみなく働いてくれるたくさんの蜜蜂がいるのだもの。
私はただ、可憐な薔薇を演じ続けていればいいの。
客だろうと、ママだろうと関係ない。昼も夜も関係ない。皆、同じ。ちょっと私が甘い声で囁けば誰も彼もが私の蜜蜂になるの。
だからアリス、そんなことをしても無駄なのよ。気づけないアナタは雑花。精々、タンポポやスミレが関の山。客の目を惹く『薔薇』にはなれないのよ。
いづれ、この店は私の物になるんだから。それに気づけないアナタはやっぱり無能な雑花。
けれど、いつまで経っても、いつまで経っても、ママは私に主役の話をくれない。
仕事が終わればバーテンダーとカウンターで世間話ばかりして私に見向きもしない。たまにあの娘の拙い歌を見て笑っているだけ。
本当に、どうかしているわ。きっと、お酒の飲み過ぎで頭がオカシクなっているんだわ。そうじゃなきゃ、私みたいな逸材を放っておくはずがないもの。
もうママには頼らない。こうなったら自分の手でモノにするしかないんだわ。そのためには、もっとたくさんの駒が必要ね。
私が求める『快楽』の全てを叶えてくれる、弾丸のように強く、激しい蜂が。
そうして私が献身的努力に明け暮れているっていうのに、私は裏切られてしまったの。私は見てしまったの。
ママがあの娘にレッスンをつけているのを。
『どうして?!』
「近々、ステージで歌わせるらしい。」
私の蜜蜂は、ママとチェスニーの会話を聞いたらしいのだけれど、私は信じない。
『何を考えているの?!』
これみよがしに、赤と黒の派手なドレスまで用意して。それじゃあまるで、『薔薇の花』じゃない!
数日後にはママが手配したデザイナーからポスターが届いた。あの娘のデビューを告知するポスターが――――。
『冗談じゃないわ!』
私より不細工なくせに、キレイな華になろうとするあの娘が「嫌い。」
客を夢中にさせる愛嬌もないくせに、私を見下す舞台に立つあの娘が「嫌い。」
私がこんなに頑張っているのに、卑怯な手でママを誑かしたあの娘が「嫌い!」
派手で、下品で、真っ赤な花弁を着て浮かれているあの娘が「嫌い!!」
裸の身体に、蜜蜂たちがウルサイ羽音を立てて群がる。お尻を振って仲間を呼び、花の宴はさらに熱を帯びる。
もっと強く!もっと激しく!もっとよ。もっと、もっと、もっと!!
銃身も弾倉も熱で溶かすくらいにメチャクチャに突き上げてイイのよ!!
可愛い喘ぎ声だって聞かせてあげるわ。狂えるほどに気持ちよくしてあげるわ。
だからもっと、私の『望み』を叶えなさい!!
ダメね。まだなの。まだまだ私は満たされない。いくら弾倉に弾を詰めてみても、標的がいなきゃ名器の持ち腐れ。そうでしょ?
「ねぇ、あの娘を可愛がってあげてよ。」
満たされた六匹の蜜蜂は私の命令に喜んで従ったわ。
あの下品なドレスに針を仕込んだり、ネズミの死体を入れたティーポットでお茶を飲ませたり、食事にイモムシを混ぜたり。
あの娘はこの店に友だちなんていないから、蜜蜂たちの『遊び』を誰かに言い触らすなんて真似はできないのよね。だからオモシロイの。
本当は一番気に喰わない、あの下品なドレスを滅茶苦茶にしたいところだけれど、一応、ママが用意したものだから手を出さないであげたの。
でもね、これはただの『遊び』なんだから。私は蜂たちに『可愛がって』と命令したの。だからアリス……、愉しい、愉しい愛撫はこれからなのよ。
六匹の蜜蜂に囲まれて、処女は何を差し出せば良いか分からない。オドオドしている内に男たちはナイフを差し出し、動けない花の蜜を吸って、吸って、吸い尽くすの。
どうかしら。私が撃った弾丸はアナタを熱くさせてくれたかしら?血を流したかしら?
あぁ、アナタの悲鳴が聞いてみたかった。
フフフ。まったく、いい気味だわ。
これであの娘は店を出ていくものだと思ってた。でも、違った。とんだ、私の計算違い。まさか、顔色一つ変えずに残っていられるなんて。
まったく、なんてしぶとい娘なの?デビューまでもう時間がないのに。だから根っからの召使いは嫌いよ。犯されるのも仕事の内だと思ってるんだから。
もっと、何か決定的な『モノ』を奪ってあげなきゃいけないんだわ。
「チェスニー、チェスニー。聞いてくれる?私のデビューに新聞記者が来てくれるの。私、新聞に載るかもしれないのよ!」
そうよね。アナタは我慢強い子だったものね。
でもアナタは言ってたわよね。お母さんに裏切られて逃げてきたんだって。
そうよね。同じことをしてあげればイイのよね。待っていて。私が最高の舞台を用意してあげるわ。
あぁ、あの娘の『弱み』が手の内にあるなんて、なんて気持ちイイの。蜜蜂に囲まれているよりもずっと、ずっとイイわ。
閉店後、蜜蜂たちに人払いをさせて今は、チェスニーと二人きり。
「ねえ、チェシャ。そんなに沢山のポスター、どうするつもりなの?」
憎たらしい。ママの言いつけなんでしょうけど、なんて憎たらしいの。それが店を彩るかと思うと苛立ちで腸が煮えくりかえりそうだわ。
……でも、それも今夜限りね。
「ねえ、チェシャ。アナタは女がどんな声で啼くのか知ってる?」
私、決めたのよ。アナタの手であの娘を穢してあげるの。殺すよりはマシでしょ?
愛撫するなんてお手のもの。無防備な野蜂の上に馬乗りになれば、ほら、もう飛んで逃げることだってできない。もう、私のモノ。
弾倉が熱くなっていくのが分かる。
あぁ、早く。この撃鉄を起こして、私に引き金を引かせて。
「ねぇ、私を愛してよ。」
仕上げに茨の毒針でゆっくり、ゆっくり縫い留めてあげるわ。
ほら、こうやって体が触れあえば……、アナタも感じるでしょ?私の銃身がこんなにもアナタを求めてるのよ。
だから私の命令だけを聞いて――――。
「キャアッ!」
野蜂は可憐な花を突き飛ばした。拒んだ。
……そんな、……まさか、どうして。
私はただ、アナタにも私の『蜜』の味を教えてあげようとしただけなのに。私は誰も彼も夢中にさせた『花』なのよ?『魅力的な女』を望まない『男』なんている訳がないじゃない。
……だったらどうして?……何がいけないの?……どうして私じゃいけないの?
拒絶されるなんて初めての経験で、屈辱よりも先に喪失感を覚えた。皆、私のモノのはずなのに。私のモノにならないモノがこの世にあるという失望。
ママの前ではいつも、ニヤニヤと厭らしい笑みを張り付けてるくせに。私を見下ろす目は、まるで枯れた花を見るように冷えきっている。
ママよりも、あの娘よりも、私が劣るっていうの?考えられない。信じられない。皆、皆、ミンナ、どうかしているわ!!
『もう我慢ならない!』
「殺してっ!」
ナイフをポスターに突き立てる。そんなんじゃ、この怒りは収まらない。そう、もう限界よ!
「あんな女、八つ裂きにして死んでしまえばイイのよっ!!」
この私が命令しているのに、男どもは私を宥めるばかりで動こうとしない。
「落ち着け。殺しはマズイ。」
「そうだ。バレたらラヴィが捕まるぞ。」
あの女を殺して、殺すのが男どもで、どうして私が犯罪者なの?オカシイじゃない。どいつもこいつも、私をバカにしてっ!
あぁ、どうしたっていうの。誰も彼も私の前から離れていく。何で?どうして?そんなにあの娘の命が大事?私の『蜜』よりも価値があるっていうの?
あっという間に私は独りぼっち。こんなに惨めなことってあるかしら?
あんなに従順だった男たちはもう一匹だっていやしない。もう、誰も私を相手にしない。
引金を引いても聞こえてくるのはヒステリーを起こした私の金切り声ばかり。
どうして皆、あの娘の味方をするの?!
そうして無事にあの娘の晴れ舞台はやってきた。
憎しみで人は殺せない。それでも私はこのステージを見届ける。他にすることなんて何もない。
キラキラと輝く彼女を見ていると、枯れた自分が余計に惨めに思えてくる。それでも私は見届ける。今の私は、あの娘から目を逸らせないの。私から全てを奪っていくあの娘から。
躾のなってない子どもみたいに爪を噛んで、ただ立ち尽くしてる私はなんて醜いの?
スポットライトを浴びた雑花ごときに羨望の眼差しを向ける私はなんて醜いの?
観客のバカみたいな歓声にさえ嫉妬する私はなんて醜いの?
私はここにいるのに、誰にも関心を持ってもらえない私は、なんて醜いの?!
こんなに醜い私は嫌い!
『嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!』
もう、何もかもが嫌い!!
あの娘の舞台も残すところ一曲。期待膨らむ観衆、嫉妬に溺れていく私。
「最後の歌は私の大切な友人に贈らせてください。」
不意に、私の手を小さな手が包んだ。視線を滑らせた先にはあの頃のメアリー。
「一緒に歌姫になろうと、ここで働くことを勧めてくれた貴女との約束。」
違う。途方に暮れた私に生きる希望を交わしてくれたのは、真っ赤な薔薇を手にしたあの子。
「ずっとここで、貴女を待ってるから。」
『ラヴィ、私、貴女が大好きよ。』
サックスブルーのエプロンドレスを着たアナタが、ローズピンクの私を愛してくれた。だから私は青の、アナタは赤のドレスを着ている。
……そうだったわ。
同じような境遇で、行き場のなかった私たちだから励まし合えた。手を取り合って、笑っていられた。
でも、アナタを想うと憎い母の記憶が目を覚ますから――――
『ガチャリ』
重たい響きとともに、スポットライトが落下する。あの娘の真上に。
……だめ。…だめよ。ダメ、ダメ、ダメッ、ダメッ!!
私は走ってた。あの娘は、突然駆け寄ってくる私を見て目を丸くしている。それ以上のことなんか分からない。私はあの娘だけを目に映して、飛び込む。
気がつくと、私の目の前には貴女がいた。静かに見詰め合う私と貴女。
ねぇ、メアリー。なんだか、胸が痛くて、痛くて堪らないわ。
蜜蜂相手に喘いでいた私も、嫉妬に溺れていた私も、痛くて堪らないの。
だからお願い、メアリー。もう一度だけ、この枯れたの胸に貴女の『優しい水』を聞かせて。
また、アナタだけを――――
兎が死んだ。
こんな予定はなかった。オス猫は舞台袖から感じる視線に目を遣ると、そこには女王様の帽子屋が、冷えていく兎にさらに冷たい視線を送っていた。
兎の棺は、赤と白の薔薇で埋められた。