処女に捧ぐ者たちの宴   作:佐伯寿和2

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猫の猫による猫のためのcocktail

午前0時、それはドレスコードで理性を縛るMasquerade(仮面舞踏会)の終わりを告げる時刻。

今夜もまたBar(酒場)は『女たちの香水(臭い)』で満たされて、酔わされた男たちはお金(紙クズ)を手に、意中の(カラダ)を探し回る。

女たちは店のための衣裳(ドレス)を脱ぎ捨て、男たちのための花弁(ドレス)に身を包む。より刺激的な(快楽)を求めて、無言で視線(欲望)を飛ばし合ってる。煙草(タバコ)(くゆ)らせて威嚇(いかく)し合ってる姿が滑稽(こっけい)だわ。

 

女も男もそういう生き物。処女(バージン)童貞(チェリー)じゃなきゃ誰だって知ってること。

強姦(レイプ)なんてその延長線。気にする女は頭がオカシイのよ。

 

だから、私にも大胆(だいたん)になりたい時だってあるのよ。今夜だってそう。言い寄る女に(なび)きもしないで()ましてる男を落としたい()()()()()()()

アイツはいつもそう。余裕のある『微笑み』なんて見せられたら()き立てられちゃうじゃない。

 

あの(いや)らしい三日月に()けて。思い出の衣裳(ドレス)を着て、アイツのポーカーフェイスを崩してやるわ。

あの日の『歌』と『私』を添えて――――

 

あの日の出来事は触れるだけで()()()()()、いつもいつも涙が抑えられない。

でも、そうじゃないとオカシイでしょ?薄情でしょ?

でも、安っぽい女のようには泣かないわ。アイツが気に掛けてくれるようにしなきゃ『意味』がないもの。

 

「エルシィ、今夜もイイ声だったよ。」

「ありがとう。」

安っぽい男たちは気づかない。

「これ、前に君が欲しがっていたドレスだよ。」

「ありがとう。」

行き着く言葉はいつも色欲(一つ)なんだもの。

「僕のも受け取ってくれないか?」

「ありがとう。」

これだからワンパターンな(盛りのついた)男たちに興味なんて湧かないの。女の身体にしか目がいかない駄狗(だけん)には、営業スマイルと「ありがとう」の一言で充分。

 

だけど、こうして可愛らしくソファに座ってれば、その男たちが薔薇(リボン)の付いた箱で私を囲んで、私の『女』を引き立ててくれるの。

だけど、私が沢山の男に囲まれていたって、アイツは素知(そし)らぬ様子(フリ)マルガレーテ(ママ)か客しか見ていない。悔しくはない。でも歯痒(はがゆ)いの。

でも、まあいいわ。『誰にも靡かない(チェリー)』なら、他の女に()られる心配もないものね。

 

 

「エルシィ、まだ上がらないの?」

「ママ、今日はもう少し飲みたい気分なの。ダメ?」

ママが引退してから、私の他に5人がステージに立つようになったけれど、実質、その中で私がNo.1。客の半分以上が『私の客』。

だからママも、私の()(まま)なら許してくれる。

ただの給仕だった頃、掃除中に歌ってるとよくママに怒られてた。あの頃のママは私が店の顔になるなんて思わなかったのよね。でも、()りない私にレッスンをつけてくれたし、舞台(ステージ)も用意してくれた。

だから店を奪おうなんて思わない。『ママの店で歌う女』で十分。ただ、同じ舞台に立つ女が、私の上にいるのが気に入らないだけ。

「しょうがないわね。チェシャに片付けを頼んでるけど、鍵だけはキチンと閉めておいてね。」

分かってるわ。むしろ、()()()()()だったから。

 

 

そして今は二人きり。それなのにアイツは私に見向きもしない。

「ねえ、チェシャ。こっちに来て一杯付き合ってくれない?」

店を閉める準備ができたらと、アイツは掃除を続ける。

「……そう。」

言いながら手際(てぎわ)良く一杯のカクテル作り、カクテルグラスに盛られたチェリーを添えて私のところまで持って来ると、「バーは開けておくから、好きに言ってくれ」と言う。

そういうつもりじゃないのに。ただの口実がいつも彼の逃げ場になってしまう。

 

それでも私は言われた通りに待つ。

 

待つのって退屈。()()()()で気分を(まぎ)らわせるのも何だか違う気がするし。彼に用意してもらったチェリーは、口にすればするほどに悶々(もんもん)とする。

チェシャは真面目で寡黙(かもく)。その上に愛想笑いが上手だから、身の上話を聞いても笑ってごまかされてばかり。

だからチェシャのことを詳しく知ってる人は誰もいない。私もそう。5年以上一緒に働いてるのに。

たまに彼が、実体のない幽霊なんじゃないかって疑ってしまう時があるの。ふと、彼の顔を思い出そうとすると、あの()()()()()が背景の中にあるような錯覚に(おちい)るの。

 

分かってるのは身寄りがないことと、恋人がいないことくらい。ママと『噂』になったことがあるけれど、『噂』を聞いた時のママの笑い方で()()は嘘なんだって分かった。

 

 

チェシャは、私たちがこの店で働き始めてから間もなく、男の人に連れられてやって来た。

その人も父親じゃないこと以外は何も知らない。

 

何も知らないのに、いつの間にか私はチェシャにくっついて回るようになっていた。

初めは何となく、不思議な子だと見守っていただけ。

だけど、何でもソツなく(こな)()()()とは違って、私は不器用だったから。黙って助けてくれる彼のそばにいるのが(くせ)になっていたのかもしれない。

彼も彼で、私がそばにいることに何も言ってこないから、それに甘えていたのかもしれない。

本当にそれだけ。他意はなかった。

だから何も起こらなかった。期待もしなかったし、『(あやま)ち』もなかった。

 

でも、あの事件(あの日)以来、私だけが彼を意識するようになっていた。

いつも(そば)にいた人が突然、いなくなる。彼が()()()()なんて思ってないけれど、彼女を想えば想うほどに彼が()()()()()

まるで針のない時計のように、巻いても、巻いても時間の分からない不安が付きまとうの。

どうしてだかは分からない。それでも、私はその『声』に抗えないの。

 

モップを持った彼が私のそばを通ったから言ってやった。

「ねぇ、私を愛して欲しいの。」

ここまでハッキリした告白をすれば、彼だって少しは私に目を向けてくれると思った。

それなのに、彼は新しいカクテルを寄越して微笑むだけ。

どういうつもりなの?冗談だと思ってるの?遊びだと思ってるの?バカにしないでよ!

 

飲めば飲むほどに『気持ち』は強くなっていくのに、それが彼に届く気がしない。しょせん、夢の中でしか叶わないのかしら。

グラスから立ち上る(溜め息)が、私の気持ちそのものみたいだわ。

 

「チェシャは誰かを愛したりしないの?」

「私はチェシャから見てどういう女?」

「私に合う男はどんなだと思う?」

何を聞いても返ってくるのは新しいカクテルと変わらない微笑みだけ。

どうして?何を考えているの?そう聞いてもどうせアナタは笑うだけなのよね?だったら私はどうすればいいの?

 

身体が熱い。このままじゃ、酔い潰れちゃう。その前に『決着』をつけなきゃ。

もしも今夜も()()、彼の『アルコール(笑顔)』に私の『リキュール(気持ち)』が(にご)されてしまうのなら、私はもう、二度と()()愛さない。

(はぐ)らかされるのはもう、()(ぴら)っ!

 

彼が望むのなら、私は『何色のリキュール(どんな女)』でも構わない。処女(バージン)にだってなってみせる。

私は勢いに任せてカウンターに身を乗り出した。

「ママみたいなオバさんとじゃ物足りないでしょ?私が相手になってあげるわよ。」

彼の(えり)(つか)んで私の唇に引き寄せながら、『気持ち(本音)』を告げる。もうカクテルを作る時間も、笑う余裕も与えない。アナタの『気持ち(本音)』を教えてよ。

 

でも、彼は私が思う以上に冷酷な人だった。そこまで乱暴に扱われるなんて思ってもみなかった。

 

「……どうして?」

彼は私の手を力任せに振り払うと、私を(にら)み付けた。それでも彼は一言も私をなじることもせず、静かにカウンターの片付けに戻っていく。

どういうこと?私の何がそんなに気に食わないの?アナタの言いたいことがサッパリ分からないわ!

打ち(ひし)がれた私は、ソファに突っ伏してクッションに顔を(うず)める。

 

 

やっぱりダメ。忘れられない!あの子も、貴方も!!

デビューの時に、初めてチェスに贈ってもらった薔薇(バラ)髪飾(かみかざ)り。私のそばにこれがある限り、忘れられる訳がないじゃない。

その気がないなら、どうしてこんなものをくれたの?何が本当の貴方なのか分からない。

胸が痛くて、痛くて堪らないわ。

 

私は三日月との賭けに負けて、眠りに落ちる。

シトラス(チェシャの)香水(好奇心)が私をまたあの夢の中へと()としていく。

 

 

 

 

ハートの女王様(ママ)』は何人もの裸の()たちの全身を撫で、舐め、頬や胸を(まさぐ)っていた。

男たちは奴隷のように、されるがまま。

夢中だったのかもしれない。視線が合うまで、彼女の愛撫はネットリと続いた。

 

視線が(から)み合って初めて私は気づく。私は彼女を見ていたんじゃない。()()()()()()ことに。

「アリス、こちらへおいで。」

そう。この、独善的な喋り方をしているのも私。(おび)える子どもの視線の先にいるのも私。そして、狗たちに仮面を被せて()()()()()(きょう)じているのも私。

女王様は、螺旋(らせん)階段を隠す鏡台に映り込んでいたメアリー()に似ているんじゃない。『鏡の中のそれ』が、女王様()そのものなんだわ。

 

 

私はずっと、夢の中にいたんだわ。だったら私はまだ処女のままなのね。

ラヴィの蜜蜂に遊ばれた時も、こうして狗たちに囲まれている今も。私は処女のまま溺れていたんだわ。

『犯されもせず、穢れもせず。』

 

デビューの舞台でスポットが落ちてきた時も、幾つものチェリーを口にして悶々としていたついさっきまでも。私は二人に(もてあそ)ばれていたんだわ。

『殺されることもなく、絶頂を覚えることもなく。』

私はずっと、ずっとこの夢の中(愛撫)で喘ぎ続けていただけ。

 

独り、自慰(じい)(ふけ)っていただけ。

 

その快楽の(とりこ)になったのは私で、その快楽を与えているのも私。この心臓が止まるまで続く、女王様()の遊び。

 

そしてまた、三日月の猫と青目の兎の夢へと続いていく(to be continued)――――




自分の知識が至らなかったために解釈が追い付かなかった原作の歌詞も多々ありますが、自分の中ではこんな感じのお話ではないかと頑張って書いてみました。
出来上がった話が多少、自己満足的で、難解な点もあるかもしれませんが、どうぞご容赦ください。

順番が逆になりましたが、登場人物の紹介をして終わりたいと思います。
少女、女王の成長前『メアリー』愛称『ポリー』
女王、少女の成長後『アリス』愛称『エルシィ』
メアリーの親友、女王の白兎『ラヴィ』
メアリーの初恋相手、タキシードの紳士、女王の猫『チェスニー』愛称『チェシャ』
ラヴィの蜜蜂、女王の帽子屋『マット』
Bar『Masquerade』の主人、チェシャの飼い主『マルガレーテ』

※メアリーとアリスの愛称は英語圏特有の法則でそう呼ばれるみたいです。

最後までお付き合いくださってありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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