皆死んだ。
死んでしまった。舞園さんも、舞園さんを殺した桑田クンも、江ノ島さんのフリをしていた戦刃さんも、不二咲さん改め不二咲クンも、不二咲クンを殺した大和田クンも、石丸クンも山田クンも、二人の事件のクロであるセレスさんも、大神さんも霧切さんも、そして……腐川さんが死んだことを聞かされ、ボクらは学級裁判を行わないために、発見した葉隠クンに死体を片づけさせた。
狂い始めたのはそこからかもしれない。
朝日奈さんは、不安を誤魔化すようにボクを求めてきた。その気持ちはわかったから、ボクも応えた。
疑心暗鬼のストレス解消とばかりに、ボクが見ていないところで朝日奈さんは十神クンと葉隠クンに犯されたらしい。最初の子は十神クンの子だった。
子供達がある程度成長して、誰かが子供の一人を殺した。
それが偽りの平穏の限界だった。朝日奈さんが2人を殺した。狂ったように、いや狂っていたのだろう……他の子供達も殺して、笑いながら自分の喉を切り裂いた。
ただ一人生き残ったボクは、卒業する事もなく過ごしているうちに見つけた脱出スイッチ。それを使い記憶を取り戻したボクの前に、〝彼女〟は現れた。
「あはははは!このタイミングで思い出すなんてホント、どこまで不運なんだよアンタ!」
江ノ島盾子。
超高校級のギャルで、彼女のフリをしていた戦刃さんは彼女の姉だ。
「……江ノ島さんは『絶望』なの?」
「ん?やけに落ち着いてんなぁ!その通りだぜ!」
「戦刃さんも?」
「……ええ、はい。……姉さんも私も、姉妹そろって絶望です……それで、それがどうかしたかしら?」
江ノ島さんはキャラをコロコロ変えながら、自分が絶望であることを認めた。希望を守るためのシェルターに、絶望が紛れてしまっていたのか。
なんだ、そもそも最初からこの計画は狂っていたんだ。
「江ノ島さん」
「ん?なんだい苗木クン?」
「ボク一人じゃ殺し合いなんて起きない。ボクをここから出してよ」
「…………は?」
ボクのお願いに、江ノ島さんはキャラ作りも忘れてキョトンと惚ける。こんな状況だけどそれが少しかわいくて、思わず笑ってしまった。
「……バカじゃないのアンタ。外には絶望しかないよ?今更アンタみたいな運だけでこの学園にきた奴が出てっても、殺されるのがオチだって!」
「それは違うよ!だって、外には『希望』が残ってる」
「はあ!?何を根拠に言ってんだよ!」
「江ノ島さんがボクらに殺し合いをさせたのは、その映像を外に見せる為じゃないの?残された希望のボク達を殺し合わせることで、外に残った人たちに希望なんて無いって思わせるためじゃないの?」
そう。江ノ島さんがボクらを殺す気ならあまりにも回りくどい。大神さんはともかく、他の超高校級は戦刃さんには絶対勝てない。それなのにそれをしなかった……。
ボクらを絶望させるためなら、裏切り者を名乗るだけでも十分のはずなのに。
「………根拠としては薄いけど、まあ正解ですね。それで、だからなんだと言うんです?」
「ボクが唯一の生き残りだから、ボクだけは『希望』を捨てちゃ駄目なんだ!前に進まなきゃならない!例えどれだけ絶望に満ちていようと、絶望するために希望を持たなきゃいけない以上、希望は残っている!」
江ノ島さんはボクの反論に俯き、プルプル肩を震わせる。怒っているのだろうか?
当然だ、ボクは彼女達絶望の存在理由を否定した。殺しにしてもおかしくない。けど……
「……ぷぷ、うぷぷぷ……アーハッハッハ!最高!最高だよ苗木!ねえ、なんでそんなに絶望的なまでに絶望に染まらないの?希望にすがりつくの?狂ってる!絶望的に希望に狂ってるよアンタは!」
江ノ島さんは大笑いしながら、呆然としているボクを押し倒してきた。振り解こうにも、女子より小柄なボクでは江ノ島さんを振り払うことは出来ない。
「ねえ苗木!聞いて、私すごいこと思いついたの!」
「そんなこと、興味ないから離してよ……」
「私ね、死ぬことが最大の絶望だと思ってた。でもそれってさ、それで終わりじゃない?もう味わえない……それより、絶望的に大嫌いな希望しか考えないアンタと居た方が、ずっと絶望を味わっておけそう………アンタも言ってたじゃん?絶望するには希望が必要だって。
「…なっ……くっ!?」
ぬるりと江ノ島さんの赤い舌がボクの首筋に這う。蛞蝓が這うような感触は、首筋から頬へと移動し、ボクの唇を無理矢理開き、舌が侵入してくる。
「ん!?むぐ……ぐん……!」
「んぐ、ちゅむ……じゅるぢゅる……はむ、んむぅ」
「ん、むぅ……」
ボクの手首を掴んでいた手が片方離れ、僕のパーカーのジッパーに手をかける。
「うぷぷぷ…………」
数えるシミもない天井を眺めているうちに、江ノ島さんの行為は終わった。右手には江ノ島さんの手の代わりに手錠が嵌められていて、ベッドの足と繋がれていた。
隣では一糸纏わぬ生まれたての姿の江ノ島さんが満足そうに眠っている。
朝日奈さんの時もそうだったな。まさか2人の女性から襲われる経験をするとは。
「………あ」
不意に視界の端にボールペンが映った。江ノ島さんは……眠っている。
手錠の鎖は長くて、十分取りに行ける…………。
「………おえぇ!」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
胃の中の物を全て吐き出しても不快感が消えない。
肌を破った時の感覚が、肉を千切っていく感覚が、骨に当たった時の固い感覚がまだ腕に残っている。
たぶん江ノ島さんは起きていた。ボクに殺されるという絶望を得るため、ボクには人を殺したという絶望を与えるために、わざと殺されたんだろう。
ボクの部屋にこれ見よがしに新たな脱出スイッチがあった。鍵はなかったので手錠を無理やり引き抜き、手の肉が少し抉れた。
「………外、か………」
この先には、江ノ島さんが絶望に染めた世界が待っている。最後の希望であるボク達が殺し合う様子を見せられていたんだ。もしかしたらボクの記憶にある頃より、もっとひどいかもしれない。
けど不思議なことに、ボクはまだ絶望していない。確かにボクは江ノ島さんの言う通り狂っているのかもしれない。
それでも、狂っていたとしても、ボクの希望が誰かに伝染して、希望が広がるなら、ボクは狂っていたっていい。
──
スイッチを押し、光が扉の向こうから溢れてくる。その時……
「……え?」
ボクの視界はぐるぐると歪み始めた。
やがて世界は飴細工のようにドロドロに溶け混ざり合う。それが始まり。あるいは終わり。この世界が終わり、次の世界が始まる合図だった。
「………ん……あれ?」
ここは……〝教室〟?
殺し合い生活が始まる際記憶を失い、その頃のボクにとって初めての教室に思えた場所。
「……入学案内?」
これは、夢なのだろうか?
だとしたら随分とたちの悪い悪夢だ。しかし頬を抓ると痛みを感じた。
「………行かなくちゃ」
これが現実なら、思っている通りなら、ボクは行かなくてはならない。もし、そこに行って居てほしい人たちがいたら、ボクは神様だって信じるかもしれない。いや、ないな……ならもっと早く助けてくれても良かったろう。江ノ島さんみたいな、絶望みたいな人種が生まれている時点で神様なんて居ない。
そう一人で結論づけながら、ボクは玄関ホールに向かう。
そしてそこには……〝彼ら〟の姿があった。
「オメーも……ここの新入生か?」
「…………うん。キミたちも?」
「うん。今日、希望ヶ峰学園に入学する予定の…新入生だよ」
あの時と同じメンツ。あの時と同じ言葉………。
「これで15人ですか……キリが良いし、これで揃いましたかね」
「………はじめまして。苗木誠って言います。いつの間にか眠ってたみたいで、貧血かもしれません」
「うむ!それは大変だ!遅刻は目をつぶろう!」
「……アンタ、この状況でそんなこと気にすんの?」
「それより改めて自己紹介しない!?遅れてきたクラスメイトくんの為にもさ!」
変わらないな。本当の顔合わせの時と、そしてあの時と同じ紹介文を聞く。
自己紹介が終わった後の話し合いから察するに、前とおんなじらしい。そして、ボク以外に記憶を持つ者は居ないみたいだ。
キーン、コーン……カーン、コーン…
そして前と同じように、『ソレ』が始まった。
『あー、あー……!マイクテスッ、マイクテスッ!校内放送、校内放送…!大丈夫?聞こえてるよね?えーっ、ではでは…』
あの時と同じように、ノイズだらけの画面に浮かぶシルエット。
『えー、新入生のミナサン……今から、入学式を執り行いたいと思いますので至急、体育館までお集まりくださ~い……って事で、ヨロシク!』
皆が戸惑う中、前回と同じように十神クンが真っ先に動いた。それに続くように、次々と皆が玄関ホールから去っていく。
皆が去った後、ボクはカメラのレンズと目を合わせる。
見ているよね?江ノ島さん……よくわからないけど、やり直しらしい。
じゃあ仕切り直しと行こうか。今度はちゃんと