苗木は薄暗い、廃墟のような場所で目を覚ます。動こうとしたが動けない。
どうやら椅子の背もたれ越しに手を縛られているようだ。まあ、この辺は苗木の予想通り。となると次は、と目を閉じる。
同時にカッ!と光が灯り、苗木をスポットライトが照らす。
「ヤッホー苗木クン!起きた~?」
「おはよう『佐々苗さん』」
「…………え」
苗木の挨拶に、モノクママスクを被ったギャル風の恰好をした〝少女〟はピタリと身を固める。
そんな少女に気にせず、苗木は周囲に集められたモノクママスク達を眺めた。苗木の愛した彼女に似た臭いを放つ本物の絶望達は、数名どころか一人もいない。
「気づいてたんですね」
「キミからは、ぐずぐずに朽ちかけた花みたいな不快な臭いがしたからね」
「…………あ?」
モノクママスクを取り何時もより派手目なメイクをした『佐々苗』の顔が現れる。元々整っている顔立ちだ。化粧映えも良く10人中8人は振り返ったであろう顔は苗木の言葉に不快そうに歪む。
「思ったより優秀かと思えばただの馬鹿ね。この〝七希様〟を前に良くそんな事が言えるものよ」
「圧倒的な幸運……世界が自分を中心に回ってるとか勘違いして、自信過剰になったのか。まあ、それが持ち前の微妙なカリスマを後押ししてるみたいだけど」
苗木はジッと佐々苗を観察する。その目に、カチャリと銃口が向けられた。
「状況理解しろって、本当に殺すぞ」
「………生憎だけど、ボクはキミになんの興味もないんだよね。てか寧ろ、今のキミを視界に入れるのは苦痛なんだよ」
「はぁ!この、生意気な!」
「てかその恰好何?江ノ島さんのまね?」
苗木の言葉にトリガーにかけた指に力が入ってくる佐々苗だったが、苗木の問いにピタリと止まる。
「あ~、やっぱり解っちゃう?仕方ないよね。意識しなくても圧倒的絶望性が似ちゃうもんね!」
「恰好だけね………」
「それもそのはず!なんたって七希様は、本物を越える本物!絶望を越える絶望になる女!『二代目江ノ島盾子』なんだもの!」
「……………は?」
苗木の嫌味にも反応せず、自信満々に語る七希に拍手するモノクママスク達。彼等は絶望に染まりきれず、かといって希望も持てない弱者の群れだ。彼等にとって七希は、それこそ眩しいのだろう。
「はぁ……まあ、何時かは現れるとは思ってたけどさぁ。まさかそういう目的とか、少しだけ予想外だよ。ボクもまだまだだね」
「手始めに苗木!あんたを絶望させる!
「………聞くに耐えませんね、アナタ如きが」
「ぐげ!?」
唐突に。突然に。どこから現れたのか〝仮面を付けた長髪の男〟が佐々苗の横腹を蹴る。これ以上曲がったら背骨が折れる、そういうレベルで体を曲げながら吹き飛ぶ佐々苗を見て、苗木はおー、と感心する。
「な、だ、誰だ!」
「私ですか?私は……《モノクマ仮面》です」
「はあ!?」
「やっほー、先輩。もう、遅いよ」
「『クロクマ』の調整に思ったより時間がかかりまして……彼女、いえ、彼注文が多くて……」
叫ぶ周りを無視して苗木は椅子から立ち上がり、気軽に片手を上げる。縛っていた縄は何時の間にか解けている。
「ぜ、絶望?何で、何で苗木と……いやなんで邪魔をする!」
「アナタはツマラナイ。彼の方が面白そう。それだけですよ」
モノクマ仮面の返答に、佐々苗が片手を苗木達に向かって伸ばす。殺せという合図だ。しかし………。
「ギャッハッハッハッ!弱い!弱すぎるぜ!まるで蟻、それも赤蟻!超弱い!どれぐらい弱いかというともう虫螻レベルだな。良くこんなんで銃とか持てるな逆に感心だぜ!」
突如現れた黒いモノクマが、次々にモノクママスクを殺していく。しかし戦闘しているのはその一体だけ。別の奴らが撃とうとするがモノクマ仮面は動かない。苗木もニヤリと笑うが避けようとする様子はない。
『跪け』
「「「──!?」」」
脳に直接響くような声が聞こえた。瞬間、モノクママスク達が一斉に地に伏す。モノクママスク達だけではない。佐々苗も体を支えていた腕から唐突に力が抜けた。
「あ、が………な、何が?なんで……?」
「《汎用言語》……どんな人間にも母国語として聞こえる音だよ。ただ、脳で直接音を変換する都合上、洗脳や催眠に利用できるんだって」
苗木は床に落ちた銃を取るとケラケラ笑う。
「なん……それ、そんな……あり得ない!…だって世界は、世界は何時だって、七希様の為に………」
と、そこまで言った瞬間、佐々苗の体ギリギリに幾つもの銃弾が飛びコンクリートを抉る。
「ひ!?」
「ギャッハッハッハッ!そりゃオマエ仕方ねーよ!だってタイトルから解る通りこれオマエラの話じゃねえもーん!とっとと終わるに決まってんじゃん!世界が、オマエの敗北を願ったんだよ」
「クロクマ。『マナーモード』」
「………………………」
苗木の制止にクロクマがブルブル震えて黙る。苗木は満足すると、銃口を佐々苗の額に押しつける。
「これは予想だけどさ。キミは江ノ島さんか、もしくは絶望の誰かに今みたいに無様にやられたことがあるんじゃない?で、敗北を認めたくないキミは、絶望のトップである江ノ島さんを越えようとした」
「ですが、解っているのでしょう?そんな事不可能だと。だからアナタは、新たな超高校級の絶望を名乗れても、それを自分の名で広めることを〝躊躇った〟」
「ち、ちが……わたしは、絶望で………象徴が必要、だから………」
「キミが絶望なら、今の状況を喜べよ。ずっと考えてた作戦があっさりダメになったんだよ?キミの油断で、キミの自惚れで、キミの責任で、舐めてた相手に潰された。だから笑えよ、ほら早く。絶望に浸りながらイって見せてよ」
苗木は銃口で額をトントン叩きながら佐々苗に笑うように言う。だが、出来るはずがない。こんな絶望的な状況の中で、笑えるはずがない。
「ほら、笑いなよ」
「………………………」
「お、そうそうその目。キミが感じているそれが『絶望』だよ……良かったね、最後に知れたよ」
苗木はニッコリ微笑み、引き金を引いた。何の迷いもなく、何の躊躇いもなく。人差し指で人の命を奪える道具を持って人差し指を動かした。
結果────