救えなかった苗木の逆行物語   作:超高校級の切望

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入学式

 ここも前と同じか。

 苗木誠は体育館の中に入り、そんな風に冷めた感想を抱く。

 人数分の椅子が並べられただけの入学式。まあ、本当はあと一人生徒が居るのだが。

 

「あれ?苗木君、それは何ですか?」

「─トロフィー」

「それは分かるんですけど、なんでそんなものを?」

 

 苗木が片手で弄っているトロフィーを、舞園さやかが不思議そうに見ていた時、それは起きた。苗木の記憶にある通りの台詞が聞こえる。

 

「オーイ、全員集まった~!?それじゃあ、そろそろ始めよっか!!」

 

 〝それ〟は、右半身が白く可愛らしい笑みを浮かべ、左半身が黒く邪悪な笑みを浮かべた熊のぬいぐるみは、ビヨーンという効果音とともに壇上から飛び出し壇上の上に着地する。と、同時に

 

「─えい」

 

 苗木がトロフィーを投げる。それは放物線を描きながらくるくると回転し、運良く先端が熊の左目に突き刺さった。

 

「ぎゃー!いきなり何すんのさ!」

「ごめん、ボクの才能がどの程度か確かめたくてさ。ほら、ここって才能を鍛える学校でしょ?」

 

 左目にトロフィーが刺さったまま抗議してくる熊に、苗木は悪びれもせず笑顔で対応する。

 

「全くもう!まだ校則を教えてないから見逃すけど、次はないからね?」

「肝に銘じるよ」

「………ぬ、ぬいぐるみと喋ってる………」

 

 皆が呆然とする中、いち早く我に返った不二咲千尋が呟く。この『喋ってる』には、苗木に対してぬいぐるみと平然と話しているという意味が込められていることだろう。

 

「ヌイグルミじゃないよ!ボクは『モノクマ』だよ。キミたちの…この学園の…〝学園長〟なのだッ!!」

「学園長、自主退学させてもらっても良いですか?」

「ダメに決まってるでしょ!いきなり何を言ってるのさもう。ていうか、才能示した後に才能育てるここから帰りたいってどういう事!?」

「いや、学園長があまりにも不快なデザインで……」

「ええ~……謝れ。考えてくれた人に謝れよ!作った人に謝れよ!!」

「ごめんねモナカちゃん」

「…え?」

「ん?どうかした?」

「え?いや……ま、進行も押してるから細かいことはいっか!」

 

 2人(?)のやりとりは緊張感もなく、あまりに自然で、この場においては恐怖を感じるほど不自然だった。

 

「ご静粛にご静粛に…えー、ではではっ!起立、礼!オマエラ、おはようございます!」

「おはようございますっ!!」

「おはよう、モノクマ」

 

 モノクマの挨拶に反応したのは苗木と石丸清多夏だけだった。まあ普通、この状況で挨拶を返せる方がおかしいのだ。もっとも石丸は変に律儀で、苗木は異常なのだという明確な違いがあるが。

 

「では、これより記念すべき入学式を執り行いたいと思います!まず最初に、これから始まるオマエラの学園生活について一言……えー、オマエラのような才能溢れる高校生は、『世界の希望』に他なりません!そんな素晴らしい希望を保護する為、オマエラには…〝この学園内だけ〟で共同生活を送ってもらいます!みんな、仲良く秩序を守って暮らすようにね!」

「……またか……」

 

 モノクマからの通達に、呆れた苗木はため息をつく。

 まあやり直している以上、同じ事を繰り返すのは仕方ないことだが………。

 

「えー、そしてですね…その共同生活の期限についてなんですが…期限はありませんっ!!〝一生ここで〟暮らしていくのです!それがオマエラに課せられた学園生活なのです!」

「何て…言ったの?一生ここで…?」

「あぁ…心配しなくても大丈夫だよ。予算は豊富だから、オマエラに不自由はさせないし!」

「そ、そういう心配じゃなくて……!」

 

 腐川冬子や舞園達が慌てる様子を見ながら、苗木は一つ気になっていたことを尋ねる。

 

「ねえモノクマ、さっきからどこを見て話してるの?」

「キミがカメラ……おっとと、目を壊したから前が見えないんだよ!」

「はぁ?人のせいにしないで欲しいな」

 

 苗木はそう言ってトロフィーをモノクマから引っこ抜く。まあ突き刺さっていたのだから、それで視界が戻るはずもないのだが。

 

「あ、ついでに今のボクが視界をシャットアウトされてるのと同じく、ここも外の世界からシャットアウトされてますから!だから、『汚れた世界』の心配なんて、もう必要ないからねっ!!」

 

 汚れた世界。苗木はそれが比喩でも何でもないことを知っている。外の空気は汚染されていて、確かに文字通り汚れた世界だ。まあ、それでも苗木はここから出るつもりだが。

 

「それで?」

「…ん?」

「話は終わりなの?」

「……こいつ性格変わってね?こっちが素なの?前は偽って過ごしてただけで、本性はこれなの?」

「おーい、モノクマ?」

「あー、はいはい……次は〝出る方法〟を説明しますよ~」

 

 モノクマの言葉に全員が顔色を変える。ポーカーフェイスを気取っているつもりの奴もいるかもしれないが、それは初対面に対するもの。付き合いの長い苗木にはすぐにわかった。

 

「それは《卒業》と言うルール!オマエラには、学園内での〝秩序〟を守った共同生活が義務付けられた訳ですが…もし、その秩序を破った者が現れた場合…その人物だけは、学園から出て行く事になるのです。それが《卒業》のルールなのですっ!」

「ボク学園長の目を壊したけど、それは秩序を破ったことにならないの?」

「あ、認めた!さっきは人のせいにするなって言ったくせにっ!!」

「で?」

「残念ながらなりません!なるのは一つだけ……それは…『人が人を殺すこと』だよ…」

 

 ゾクリと場の空気が軋む。

 人を殺す、人が人を殺す。何でもないことのように放たれた言弾は明確な形を持たず、その場の全員を包み込む悪意。

 

「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺…殺し方は問いません。誰かを殺した生徒だけがここから出られる……それだけの簡単なルールだよ」

 

 苗木の目がスッと細まる。理解していたことだ、この台詞を再び聞くことになることは。だが、理解と納得は全くの別物である。

 

「最悪の手段で最良の結果を導けるよう、せいぜい努力してください」

 

 ゆらりと苗木は三日月のような笑みを無意識に浮かべ、モノクマに近づいてゆく。

 

「うぷぷ…こんな脳汁迸るドキドキ感は、酒や人間を襲う程度じゃ得られませんな……さっきも言った通り、オマエラは──」

「ねえモノクマ……」

「んもお!苗木クンたら、何度ボクの台詞を遮る気!?」

「少し黙ってくれるかな?今、イライラしてるんだ」

『!?』

 

 その声はあまりにも平坦で、それでいて耳によく通った。

 周りから音が消え、数名が苗木から距離を取るように後退り、残った者は苗木に対して拳を構える者と警戒の視線を向ける者に分かれた。

 

「………うぷ、うぷぷぷぷ……怖い怖い。怖いねぇ。キレると手が着けられないって奴?でもさあ、ボクに手を出すのはルール違反だよ」

「わかってるよ。だから抗議しただけ。話を止めてごめんね?それじゃあ、続きをよろしく」

 

 苗木はそう言って、何時も通りの笑みを浮かべる。先程までの不快感や嫌悪感は嘘のように消え去り、それがまた恐怖を周囲に植え付け、しかしその中性的で可愛らしい笑みに、それすら削がれる。

 

「じゃ、話の続きと行きますか……」

「……おい、テメェちょっとどいてろ」

 

 そんな周囲を苗木は不思議そうに見ていると、大和田紋土に押しのけられた。

 

「オイコラ、今更謝ってもおせぇぞ!テメェの悪ふざけは度が過ぎたッ!!」

「悪ふざけ…?それってキミの髪型の事?」

「があぁぁぁあああッッ!!」

 

 雄叫びとともに大和田は跳躍して、モノクマに向かって一直線に迫る。そして──

 

「捕まえたぞ、コラァ!!ラジコンだかヌイグルミだか知らねぇが…バッキバキに捻り潰してやんよっ!!」

「キャー!学園長への暴力は校則違反だよ~ッ!?」

「るせぇ!!今すぐオレらをここから出せッ!でなきゃ力ずくでも…!」

「………………」

「おい…今更シカトかぁ…!?」

 

 モノクマはピコーンピコーンと電子音を立て始める。苗木がチラリと霧切響子を見るが、明らかに警戒した霧切と目が合う。霧切はモノクマの異変に気づいてない。

 

「はあ、こういう事が続いたらやだな」

 

 苗木は大和田からモノクマを奪い放り投げる。本来の歴史において負傷者を出さなかったはずの爆発だが、警告するはずの霧切の警戒が苗木に向いていたのと、爆発する事を知っている苗木の対応が遅れたことにより、軽傷者一名の爆発となった。

 

「………いった」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 爆炎が飛び散る範囲に腕が残り、軽い火傷を負う苗木。すぐに舞園が駆け寄ってきて手を握ってくれたのは役得と喜ぶべきか、それとも痛いと抗議するべきか。

 

「舞園さんの手は柔らかくてかわいいなぁ」

「………捏造しないでよモノクマ」

 

 苗木が顔を顰めながら振り返ると、そこには目の損傷もしていない新品状態のモノクマがいた。

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