苗木はセレスと別れ自室に戻る途中、同じく苗木の部屋に向かっていた舞園と出くわした。
「あ、苗木君!ふふ。こんな所で出会うなんて、運命感じちゃいますね?」
「………………」
こんな所も何も自分の部屋の前だし、そもそも学園に閉じこめられているのだが。
と、不意に舞園は鼻をヒクヒク動かし眉を顰める。
「苗木君……女性と会ってましたね?あ!別に苗木君の恋愛についてどうこう言うつもりはありませんし権利も無いのはわかってます……でも、その……内緒で行かれると、私との関係を切りたいんじゃないかと勘ぐっちゃいます……」
拗ねたように頬を膨らませる舞園。
これでその手に持った包丁がなければかわいいのだが。それと殺気は苗木に向いていない。苗木の返答によっては、苗木と会っていた女を刺しに行くだろう。
「大丈夫だよ。ボクは舞園さんを捨てたりしない」
「……苗木君……」
というか今関係を切ったら、話したことがあると言うだけで標的にしそうだし。
まだ殺して良い人数が定められていない状況で……。
「今日はたぶんお客さんが来るから、舞園さんは部屋に戻ってくれるかな?」
「……はい」
大人しく戻るようなので頭を撫でてやると、舞園はスキップしながら自分の部屋へと戻った。
苗木も今はアルターエゴが居ないので扉を閉め、しかし鍵を開けた状態でベッドに寝転がる。
「ねえモノクマ、何時に気づくと思う?」
「ボクは気づかない方に賭けてみようかな」
自分以外誰もいない部屋で苗木が呟くと、モノクマが現れる。
モノクマはテトテト歩きながらベッドの上によじ登る。
「にしても苗木クン、『イカサマ』するなんてやるねえ」
「《ルール》は破ってないよ?」
「うぷぷぷ……それを言われちゃあねえ……」
苗木の返しにモノクマが笑うと、苗木は寝返りを打つ。
「とりあえず、セレスさんが朝まで来なかったらモノクマの勝ち、夜時間の間に来たらボクの勝ちでいいかな?」
「…………その賭けに勝った場合は?」
「……殺人の邪魔をしない……で、どうかな?」
「苗木クンが勝ったら?」
「次の階を開いてくれる?あと、100億円は燃やしてくれない?」
「………ま、良いでしょう」
「じゃ、来るまで寝て待つとしようか」
苗木はふぁ、と欠伸をして目をこする。元々普段なら寝てる時間で、なおかつ神経衰弱など集中力を使うゲームをしたのだ、眠くなって当然だろう。
「モノクマ、来たら起こして」
「……前々から思ってたんだけどさ……キミってボクの事嫌いなの?好きなの?」
「………殺したいぐらい大好きだよ」
苗木はそう言って、すぅすぅと規則正しい寝息を立て始めた。
仮にも黒幕が操るロボットの目の前でだ………。
「………殺したいぐらい大好きだよ……か」
モノクマに内蔵されたカメラから送られる苗木の寝顔を見ながら、黒幕の少女は苗木の言葉を復唱する。
最初の動機で起こるはずだった殺人を止め、見せしめに殺されるはずの少女を助け、嫉妬から殺されるはずの少年を庇い、今回も唯一殺人を行いそうだった少女に先手を打ち、さらには動機まで消せと要求してきた。
こちらの計画を端から端まで潰す気らしい。
それは随分と……絶望的な……。二年だぞ、二年間も準備したこの殺し合いを潰す?
「……想像しただけで……たまんなぁい……」
少女は自分の身体を抱き締めながら先に待つ未知を想像し、想像できない先に絶望し、興奮したようにビクビク身体を震わせ、幼子のように涎を垂らす。
予想できない未来は何時以来だろう。絶望的に有能で未来予知の如き分析力を持つ彼女にとって、唯一未知なのは絶望だった。
正直言って、このコロシアイ生活が続けばいずれ自分の正体がバレることも予測している。その時生き残っている数も……そう、そのはずだった。
「全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部、ぜぇんぶアンタが変えてくれたんだよぉ、苗木ぃ……」
未知……人は未知に恐怖するという。だが彼女の中に恐怖などと言う感情はない。あるのは絶望。
絶望的なまでに絶望を愛する彼女は、今まさに絶望を与えてくる苗木を絶望的なまで溺愛していた。絶望をくれる彼が愛おしい。
絶望を愛する彼女だからこそ、無償の愛を与えてくれていた彼より、殺意という愛を、死という終わりを与えようとしてくる彼の方が愛おしい。
「……私も……」
少女は再び画面を見つめる。
絶望に見初められたことに気づかず、あるいは気づいても変わらず先を信じ、希望を抱き続ける苗木が与える未知を想像しながら、そんな彼が絶望するという想像も出来ない未来を想像しながらうっとりと、まるで初めて恋を知ったばかりのように純真で、運命の相手と結ばれた新婦のように幸せそうな、殺しを愉しむ異常者のように恍惚と、初々しく、美しく、悍ましい笑みを浮かべる。
「……私もアンタのこと……殺したいぐらい愛してる」
と、そこで少女は突然無表情になり、モノクマ操作室から出る。
少女が来たのは一面モニターだらけの部屋。そこに映る、ゴスロリ少女の姿を確認して忌々しそうに舌打ちする。
賭けは彼の勝ちのようだ。いや、思い返せば彼も最初は気づけず後から考えれば違和感に気づける手段を取っていた。まあ、それは彼が全員の人となりを覚えていてこその話だが……。
「他人に興味持たなかったってのも考え物ね…」
少しでも彼女に、それこそ道端の変わった石程度の興味を持っていれば予測でき、勝てた賭けだがまあどうでも良い。約束通り苗木を起こすとしよう。
彼の寝顔が待つ直ぐ隣の部屋に向かうだけなのに、彼女はどこか楽しそうだった。
〝期待〟しているのだ、彼が自分の計画を無茶苦茶にしてくれるのを………
「……は?期待?アタシが?」
それは希望を持つ奴の特権のはず。希望?待ち望んでいる?
彼女はそんな自分に絶望した。