苗木は、希望ヶ峰学園の制服を着た自分の後ろ姿を見ながら、辺りにも視線を送る。
「ああ、夢だねこれは」
もう一人の自分がいる時点で現実ではないし、そもそも今この景色を見れるはずもない。そこは希望ヶ峰学園の中庭だった。
懐かしい。世界がまだ平和だった頃の記憶。色んな才能に囲まれ気に入られ、鍛えられたり手伝わされなりしたので、大抵のことは人並みに出来る器用貧乏になったっけ。
この頃は楽しかったな……。
「おーい!苗木、こっちこっち!」
「おまたせ」
「ん?」
見ると、夢の中の苗木が江ノ島と合流していた。記憶を探ると、これは荷物持ちをやらされた日の記憶だという事がわかった。
──そういえば、色んな人に頼まれ事してたっけ──
葉隠が、超高校級のパシリだべ!などとからかってきたこともある。
と、景色が切り替わる。さすが夢、時間などという概念は関係ないようだ。
「江ノ島さん、こんなに買うの?」
「ん~、まあね」
「この服はきっと今から流行るんだろうな」
「ほんと単純だよね。かわいい人が着た服を着たって、かわいくなれる訳じゃないのにね」
「…………………」
ツマラナそうに笑う人だ。
苗木が江ノ島に抱いた印象はまさしくそれだった。超高校級の同級生に囲まれ、超高校級の手伝いをしているうちに、苗木は何時しか人が楽しんでいるか、苛立っているか、悲しんでいるのか、喜んでいるのかぼんやりとわかるようになっていた。
そして、そんな江ノ島を観察しているうちに───
「あるいはここで気づけてれば、今とは違った未来があったのかもね」
苗木は車の後部座席に座りながら呟く。夢は所詮、記憶の再現。苗木が記憶していない車の中の人物までは再現してないようだ。
再び景色が変わる。今度は教室だ。苗木は自分の席に座っていた。
「んで?記憶の旅はどうだった?」
「あの時江ノ島さんに襲われて、途中で抵抗やめた理由がわかったよ」
「うぷぷ。苗木ったら自覚してなかったんだ?」
「うるさいな。夢の中の幻のくせに」
苗木の机に座り、見下ろしてくるのは江ノ島だった。だがそれは、苗木の記憶から作られた夢の登場人物でしかない。
「しっかし『初恋』に気づくのが襲われた後ってどうなのよ」
「仕方ないじゃないか。今まで無縁だったんだし」
「さすがDT」
「それは違うよ………って、どうなんだろ?巻き戻っているし、経験は無かったことになってるのかな?」
江ノ島の揶揄に苗木は真剣に考え込む。なにせ初体験だ。
普通を自称する苗木に取って、それは好きな人とするべきもので、嫌いではないが他人より仲がいいというだけの相手と、しかも襲われる形で経験するものではない。
「あんたの失敗はやり直したところで無くならないよ。だってあんたは、何度も止められる場面にあっている。現状を変えられるかもしれない場面にあって、でも結局気づけなかった」
「記憶が戻る時、走馬灯みたいに一気にきたからね。おかげで思い出せたよ、その気づけなかった場面を………どうせなら、その失敗ごと無くせるまで過去に戻れれば良いのに」
「ま、過去なんて振り返っても仕方ないっしょ。さっさと起きなよ、本物の
「………夢の中の江ノ島さんは親切なのに」
「あんたがそう言う私を望んだからでしょ?」
苗木はモノクマの朝の放送を聞きながら目を覚ます。
「ヤッホー苗木クン。魘されてたみたいだけど大丈夫?」
ついでに生のモノクマも居た。一瞬、夢の中の江ノ島の言葉が蘇り、背中に冷水を流したように冷や汗を流す苗木だったが、すぐに表情を作る。
「初体験で押し倒されたトラウマを、夢で見てただけだよ」
「え?……苗木クン、童貞じゃなかったの?」
「…………まあね」
「しかも逆レ○プって……うぷぷ、恥ずかしいねぇ」
「……………ッチ、ウザイなコイツ」
「……苗木クン、グレた?反抗期?反抗期なの?」
苗木は頭を掻きながら起きあがると、ブレザーとパーカーを着る。その間何度話しかけても無視されたので諦めたのか、モノクマは何時の間にか居なくなっていた。
「……聞かれてないのか?」
「──何が?」
「うひあ!?」
「おお、可愛らしい悲鳴と表情。これは高く売れるぜハァハァ……」
振り返ると、カメラを持って興奮しているモノクマが居た。モノクマの目自体がカメラであるのだから、カメラなんて必要ないだろうに。それとも録画機能は無いのだろうか?
「ところで、聞かれてない事って抵抗しなかったって事?苗木クンたらヘタレなの?それとも、その初めての相手のことが好きだったとか?」
「………この時ほど校則を煩わしく思ったことはないよ。今すぐ殴りたい」
「図星なんだ」
苗木が苦々しげに表情を歪めれば、モノクマはますます愉快そうにしていた。
正確には、半分正解で半分不正解といったところか。何せ初めての相手は別人なのだから。
「ねえモノクマ」
「なぁに?」
「この世界の全てが思い通りに行くとして、その先に待つのは何かな?」
「…………そんなの決まってるよ」
──絶望、だよ──
赤い左目を輝かせながら笑うモノクマ。
この時ばかりは、モノクマの白く可愛らしい右半身もおぞましく見えた。
「……だから、何時もツマラナそうだったんだね」
「ん?」
だが苗木は、落ち着いた様子で呟くだけだった。
「こっちの話。でもさあ、例え話だけど、うまくいくことが当たり前の人って、うまくいかなくても絶望すると思うんだよね」
「ま、そうでしょうね。何せそれは、今までと全く違う〝未知〟なんですから」
「じゃあさ………」
苗木はそこで言葉をくぎり、顔をモノクマの左目に近づける。ガラス製の赤い目に、苗木の笑顔が歪んだ形で反射していた。
──ボクが、キミを『絶望』させるよ──
ゆらりと三日月のように裂けた口で放たれる言弾は、モノクマを数秒停止させるのに十分な威力があった。
「ボク達を閉じ込めて、外に出れないよう念入りにここを封鎖した、手の込んだキミの計画を完膚なきまでに破綻させて、絶望させる。その上で、キミを必ず殺す」
「……ボクがオマエラを閉じ込めた?……そんな言葉が出るうちじゃ、キミは真実にはたどり着けないよ。……でもま、楽しみにしてあげましょう!」
モノクマはそう言い残して、今度こそ居なくなった。
苗木はため息を一つ吐くと、自室から出て、舞園の部屋に向かおうとすると……
「おはよう、苗木くん!」
見回り中の石丸に会った。
「うむ、やはり朝の挨拶はいいッ!実に爽やかな気分だ。では今日も一日、お互い頑張ろうではないか!」
そう言って去ってった石丸に、苗木は再びため息をつき、舞園の部屋に向かった。