世界は救われた。
まだ絶望の残党は残っているが、かつての世界並に犯罪数も減り、大気に至っては人が減ったからこそ元より綺麗なぐらいだ。
世界を救ったのは苗木誠率いる未来機関。苗木誠は言う、仲間と支え合いながらここまで来たと。
「あは!あはは!あーはっはっは!」
路上で狂ったように笑いながら、一人の男がナイフを振るい近くの通行人達を傷つけていく。
目の焦点は合っておらず、口の端から涎を垂らす男はとても正気には見えない。実際、正気ではないのだろう。
男はギョロリと泣いている少女に目を付ける。自分より遥かに弱い存在、幼い子供に切りかかる。
男がナイフを振るって、少女……ではなく、少女を守ろうと身を乗り出した母親に向かってナイフを振った。
「───あ」
人は突然の死を認識すると頭は冷静になり、それでも身体は動かないのだなと、母親はそんな冷めた感想を抱く。そして──
「はいそこまで……」
男にしては高い声が聞こえ、目の前の男がグルリと回転する。
背中を地面に叩きつけた男の胸を踏みつけ気絶しさせたのは〝1人の青年〟。童顔で、頭頂部にアンテナのようなアホ毛を持った青年は、この世で知らぬ者はいない人物だった。
「苗木誠だ!」
「……嘘!本物!?」
「すげー!」
「………あ、あはは……」
苗木誠。人類史上最大最悪の絶望的事件の黒幕、超高校級の絶望、江ノ島盾子を倒した現代の英雄。その英雄は民衆の声に引き攣った笑みを浮かべながら、気絶した男を連れてその場から去っていった。
「またね……」
「まただね……」
苗木の報告書に目を通した霧切は頭を抱える。ここ最近とある犯罪が増えている。それは端からすれば傷害事件なのだが、厄介なのは加害者が洗脳されているという事。
《洗脳動画》。ネットの広告に紛れ、うっかりクリックすると周囲の人間を傷つけたくなると言うもの。現在、超高校級のアニメーター・御手洗亮太がワクチンになる映像を作成していて、不二咲が出どころを調べている。
「早いとこ終わらせられると良いんだけどね」
「そうね……そういえば、今日宗方さんと会議じゃないの?」
「あ!忘れてた!行ってきます!」
慌てて支部長室から出て行く苗木を見送り、霧切はクスリと笑った。
宗方の用件も、洗脳動画に関するモノだった。
「こっちもこっちで調べてますけどね……」
「そうか。なら大丈夫だろう……」
「…………そう思います?」
「仮にも超高校級のプログラマー……何より、幸運のお前もいる……」
「………………」
支え合っているつもりだった。
だが何時しか、支えているのは自分だけになっていた。膝を突きそうなほど、へし折れそうなほどの重圧を一身に背負い、苗木は世界を見渡す。
犯罪はなくならない。絶望だって、どんなに頑張っても消えない。なのに、のしかかる。
「……………ん?」
ネットで洗脳動画の被害が多い地区を調べていると、妙な広告をクリックしてしまったらしい。慌てて消そうとして固まる。画面いっぱいに映されたモノクマの顔を見て……
「……そうか、簡単だ……背負うのがいやなら、〝壊せばいい〟んだ……」
「──って、『絶望』に堕ちた苗木を考えてみたけど、どう思う?」
「死ねば?」
苗木はゲームをしながら淡々と答える。ちょうどセーブポイントがあったのでセーブして、改めて『紙芝居』を自信満々に朗読した江ノ島に向き直り、はぁ……とため息を吐いた。
「………江ノ島さん………死ねば?」
「二度言う!?」
苗木に二度も死ねと蔑まれ、江ノ島はショックと興奮と絶望を感じて結局興奮する。
「あひぃ……今の、良いかも……」
「よかったね………ていうかこれ、作り込みが甘いよ。宗方さん、こんな性格じゃないじゃん」
「いやいや、あれって女のためにカッコつけてる所あるし、一皮剥けばこんなモンじゃない?」
「だとしてもさ……」
「ならこうして……」
2人は紙芝居の内容について話し合い、最終的にモノクマが『モノミ』と言うウサギのぬいぐるみを刺したり吊したりして殺す話が出来上がった。
「………何でこうなるの?」
「………さあ?」
出来上がったストーリーに2人は首を傾げる。一体何処で何を間違えば、先ほどの話がこうなるのだろう?
「ま、いいや。飽きた……苗木~!甘えさせて!」
江ノ島はとう!と苗木に向かって飛んでくる。苗木は飛び退き距離をとると、同時にゲーム機を江ノ島に向かって投げつけた。
「あいた!?」
狙いなどつけていない筈のそれは、幸運にも江ノ島の額に直撃した。
「いいじゃねえか!本編じゃいちゃいちゃ出来ねえんだから、番外編でヤることヤりまくろうぜー!」
「……はぁ……おいで」
「きゃーん!今日の苗木クン優しい!」
苗木は呆れたようにため息を吐いて、近くの木に背を預けると両手を広げる。江ノ島はぶりっ子になった後、苗木の膝に頭をおいた。
「………結婚式ってさ」
「ん?」
「死が2人を分かつまで……っていうじゃん?」
「……はい……私には一生縁のないことですが……確かにそんな台詞があったの覚えてます……」
苗木が江ノ島の頭を撫でながら唐突に呟くと、江ノ島は律儀なって答える。
「それってさ……【愛】って言うのは、死んだら冷める程度って意味なのかな?」
「………アナタはどうなのですか?」
「好きだよ。今でも好き、愛してる……例えこれが一時の夢でも、江ノ島さんに会えることが何より嬉しいよ……」
「うぷぷ。苗木クンったら、本当にボクに首ったけだね………あたしも愛してるよ。苗木……死んでも別れてやらない」
「………うん」
江ノ島は頭を撫でる苗木の手を掴み、苗木も江ノ島の手を優しく握り返した。