救えなかった苗木の逆行物語   作:超高校級の切望

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おいでよ動物の国⑤

 苗木が移植手術をしている間に、大和田達は第4支部の食堂にて食事を取っていた。

 

「苗木の奴、大丈夫かなぁ……」

「あのチビ女の腕は確かなのか?」

「……うん……あの子、腕は確かよ……今は万人に使える薬の方が優先される時代だったり、私が年上だからで私が支部長だけど……本来ならあの子の方が支部長をやるべきなの……」

「あの者を随分と買っているのだな」

 

 忌村の言葉にさくらは感心したように言う。自分より上の立場を他人が向いていると言えるのは、信頼している証拠だ。それに、自分の立場を他人に譲れるなど広い心の持ち主のようだ。

 

「………………」

「そういや、なんであんたがオレらと一緒に食ってんだ?」

「!……い、いやだった?」

 

 大和田が忌村に同席してる理由を尋ねると、彼女はビクッと体を震わせる。気のせいか、外に跳ねている髪の毛が少しだけ下に垂れていた。

 

「ちょっと大和田ー!謝りなさいよー!」

「う、す、すまねえ!」

 

 朝日奈に責められ、さすがに自分にも非があったと思ったのか大和田が慌てて謝る。

 

「……多分、私のせい」

 

 戦刃がそう言って周囲を見渡す。つられて大和田達も周囲を見ると睨まれた。いや、睨んでいた、〝戦刃〟を……。

 ここは医療機関だ。怪我をした者が運ばれ、怪我を治そうとする者が集まる。では、この時代何が原因で怪我をする者が多いか?答えは簡単、『絶望達による暴力』だ。

 人を治す者達からしたら、世界をこんな風に変えた絶望の一味であった戦刃は受け入れがたいのだろう。

 

「でも、それはアナタも同じはず………どういうつもり?」

「……あの時の放送………見定めたいだけ。もし、アナタが変わってるなら……ここの奴らは説得してあげる……でも、変わってないなら……私の【毒のフルコース】を食らわせてあげる」

 

 忌村はそう言って何処からともなく〝注射器〟を数本取り出す。殺気を感じた大神や大和田、戦刃が臨戦態勢をとるが、朝日奈だけは首を傾げていた。

 

「………私は……立場上自白剤とか、毒をたくさん作った……でも、本当は命を助けるために学んできた……だから、使わせないで……」

「………わかった。使わせない」

 

 戦刃はそう言って拳をほどく。大和田や大神も臨戦態勢を解き、一触即発の空気が霧散したのを感じた周囲の人間は、ほっと席に腰を下ろして食事を再開した。

 朝日奈はドーナツをハムハム食べながら、首を傾げたままだったが。

 

「……苗木の方は大丈夫かな?」

 

 指についたドーナツのかけらを舐めながら、朝日奈は同じことをポツリと呟いた。

 

 

 

 苗木誠は〝夢〟を見ていた。

 空は色々な色の絵の具を適当に混ぜ合わせたかのようにグチャグチャ、混沌とした色で、足下は一面黒い水が広がり、黒曜石のようにぼんやりと空と苗木を映していた。不思議なことに、それとも夢の中だから不思議ではないのか、黒い水は苗木を濡らすことも汚すこともなかった。

 

「……グロくはないね……」

 

 苗木が水面を覗き見ると、左目にはポッカリと底の見えない『黒い穴』があった。

 

「夢は記憶の整理……この中身は何度も見てるから記憶にあるはずだけど……」

 

 と、苗木が穴の中を覗いていると水面に〝波〟が立つ。僅かに曲がっていて、均等の感覚で広がり、まるで波紋のようだ。波紋と言うことは当然中心がある。振り向くと、離れた場所の水面が揺れていた。

 やがて波紋が二つに増え、ズブズブと二つの〝影〟が浮かび上がってきた。

 

「あ、父さん、母さん。ヤッホー……」

 

 そして姿を現したのは死んだはずの『苗木の両親』。苗木はそんな2人に気軽に手を振り、顔を覗くためについていた膝を水面から離す。

 

「オマエのせいだ」

「あなたのせいよ」

「……ん?」

 

 聞こえてきた声に苗木は笑顔を崩し首を傾げる。はて、自分のせいとは一体何を指しているのだろうか?

 

「オマエが、余計なことをしなければ俺達は死ななかったのに」

「誠くんが、余計なことをしなければ私達は殺されなかったのに」

 

 何時の間にかあのときのように、2人の片手は鉄の棒で貫かれ固定され、胸にはナイフが刺さっていた。

 

「ナニが希望だ……」

「何処が希望よ……」

「「親を救えなかったくせに……」」

 

 苗木を責めるように睨む2人に、苗木はただ後ずさる。そして、ゴボリとどこかで水が漏れるような音を耳にする。

 その音は、苗木の『左目の眼孔』から発していた。

 

「……え?」

 

 ゴボゴボ音を立てて溢れた〝赤い液体〟が、苗木の体に付着していく。ドロドロした液体に、体中這い回られる嫌悪感に身を震わせ取ろうとするが一向に取れない。

 

「許さない」

「許さない」

「「お前のせいで……絶対に許さない………」」

「………っ!」

 

 2人のその言葉と同時に、ぬぅと背後から二本の手が伸びてくる。

 白磁のように白く、シミ一つ無い美しい肌で、血のように赤い爪をした手。苗木が見間違えるはずもない、〝彼女〟の手だ。

 

「なーえーぎー!」

 

 ギュッと力強く苗木を抱き締めたのは『江ノ島盾子』。その額はナイフが刺さっていて、左目は苗木と同様存在せず、赤い液体を……〝血〟を流していた。

 

「ほら見て、アイツら……自分が救われなかったからって苗木を責めるの……実際、苗木が余計なことしなけりゃ私もあんな手使わなかったし、そういう意味じゃアイツら殺したのって、間違いなく〝アンタ〟だよねー」

 

 スリスリと、まだ血が付着していない苗木の右頬に自分の左頬をこすりつける。その際左目から溢れる血が、苗木の右頬は汚していく。

 

「辛い?痛い?悲しい?苦しい?苛つく?怒った?怖い?逃げたい?親を犠牲に友達助けたのってどんな気分?親に責められるのって、どんな気分?絶望的だよね?絶望的に死にたくなるよね?……そう、これが『絶望』なんだよ。ドロドロのグチャグチャで、色んなマイナス面の感情が混じり合って、自分でも理解しきれない!」

「……これが、絶望……」

「そう、それを否定しようとして俺達は…」

「それをアナタが拒絶して私達は……」

「2人ともうっさい。静かにして……」

 

 苗木の言葉に再び語り始めた2人に、苗木が片手を振り一蹴する。

 

「せっかく堪能して………あ、無理だ。もう少しで〝江ノ島さんの気持ちを理解できる〟と思ったら、もう絶望出来なくなった………」

 

 苗木はガッカリしたように頭を掻く。苗木を蝕もうとしていた液体は、乾いた血のように黒っぽく変色してパリパリと剥がれてゆく。

 

「……何を、何を言っているんだお前は……!」

「私達を殺したことに、何の罪悪感も感じないの!?」

「…………ていうかキミたち誰?…………あいにくボクの両親は、自分の命より他人の命を優先する変わり者だから、ボクを責めるなんてありえないんだよね………というわけで、オマエラ消ーえろ」

 

 パンと苗木が手をたたくと、両親の形をした何かは霧のように消えて。その場に残ったのは、苗木と江ノ島の2人きりだ。

 

「……ありゃー………あ、ちょっと待って……あー、あー、あー……よし苗木、2人っきりだね」

「そういうのは、事前に声を作るとこ見せちゃダメでしょ」

「だよねー……」

 

 苗木の指摘に江ノ島はケラケラ笑いながら苗木から離れる。何時の間にか額のナイフが消えていた。そして江ノ島は手に持っていたナイフで切りつけてくるが、苗木は彼女の行動を先読みしたように受け止め手首を握る。

 

「………このあたしも『偽物』なのかな?」

「さあ?」

「……………ま、どっちでも良いけどね。てか、絶望すれば〝好きな人の気持ちが分かるかもしれない〟と思うと絶望出来ないって、何よそれ…………アンタ一生絶望出来ないじゃん!」

「どうだろ……江ノ島さんより好きな人が出来たら絶望出来るようになるんじゃない?」

「え、浮気……?本人を前に浮気宣言!?」

 

 苗木の言葉に江ノ島は引いたような態度をとり、そして苗木と同時に吹き出した。

 

「ま、いいや……死んだあたしがとやかく言える問題でもないしね……幽霊が本当にいんなら、毎日枕元で囁いてやんのに」

「それは勘弁してほしいな………じゃ、そろそろ行くよ……」

 

 江ノ島の言葉に苗木は頬を引き攣らせた。そして、思い出したかのように江ノ島に背を向けて歩き出した。

 

「バイバイ♡」

「………………またね♪」

 

 去っていく苗木に手を振る江ノ島。苗木は一度だけ振り返り、笑みを浮かべて手を少しだけ振った。

 

 

 

「………ん」

 

 ムクリと起き上がった苗木は、左目を包帯越しに触る。穴の中には確かに何かがある感触がした。

 

「あ、おぎました?……いわがんねえですが?」

「………薬師寺さんさぁ………ボクが寝てる間になんかした?」

「なんも?」

「………そう」

「あ、左目の移植は成功だぁ……視界が馴染むまで数日かかるし…今日いっぱいは包帯取らないほうがいいだ……」

 

 苗木は手術台から降りて歩こうとするが、麻酔が抜けきっていないのか少しふらつく。が、全く歩けないと言うほどではない。

 

「………それじゃあ、薬師寺さん………ありがとね、色々と」

「どいたしまして……」

 

 壁の手すりに捕まりながら、苗木は手術室から去っていた。

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