「……………」
部屋に戻った苗木は、手にした《記憶再生薬》を見つめていた。
おそらく他の部屋でも、戦刃を除いた78期生は似たような反応をしているだろう。
「ま、飲んだ方が良いよね……」
苗木は瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干す。飲む人への配慮か甘い味がした。
ふぁ、と欠伸をして苗木はベッドで横になる。だんだんと視界が霞んでいく。苗木はそのまま眠りについた。
苗木は案の定、知恵熱を起こすことなく目覚めた。だが、快調とは言えない。息苦しい。胸の上に〝何か〟が乗っかっているような感覚だ。
「みゃお!」
「……………」
「みゃあ!」
「………ライオンって、食べれるのかな?」
「ふみゃあ!?」
苗木は昨日の夜、入院服のまま眠りについた。その入院服は爪を立てられたのかボロボロだ。犯人は間違いなく、何故かいる『ライオンの子供』だろう。この場合は仔獅子だろうか?
苗木の言葉に不穏な気配を感じ、仔獅子は慌てて逃げようとするが尻尾を掴まれ吊される。
「みゃあみゃあ!」
「ははは。なんて言ってるかわかんないや」
「ふしゃー!」
「おっと……」
仔獅子とはいえ〝牙〟は生えているらしく噛みつこうとしてきたが、苗木がパッと手を離すとポフッと落下した。
なんとなく愛らしい仔獅子の顎を撫でてやると、ゴロゴロ喉を鳴らし始めた。
「………取り敢えず、どっかに連れてかないとな」
時計を確認すると朝の5時。起きている人間が居ればいいのだが……。
「おとなしくしてなよ、『獅子王丸』」
「みゃー!」
苗木の言葉に、頭の上に乗っかった仔獅子改め『獅子王丸』は元気に鳴いた。随分と人懐っこい……誰かのペットだったりするのだろうか?
「まあ、歩いてれば職員に会うでしょ」
「みゃう…」
「迷った……」
「……みゅう」
苗木は周囲を見渡し呟く。上から呆れたような鳴き声が聞こえてくる。
「………みゃ?みゃーみゃー!」
「いたた、爪を立てないでよ……」
獅子王丸が苗木の頭に爪を立て、顔を強引に横に向けさせる。横には通路しかない。その通路を進めというのだろうか?まあ他に手がかりがないので従うが……。
「みゃー!みゃみゃ、みゃう!」
「………ん?」
不意に獅子王丸が叫び、何事かと目を向けてみれば〝人〟が倒れていた。
「……これは……死んでる!」
「ぎゃう!」
「嘘々生きてるよ。息もしてるし………って、この人確か………」
倒れていたのは、支部長の『忌村』だった。
苗木は取り敢えず抱えてみるが持ち上げられず、仕方なくおんぶする。
「……獅子王丸、部屋知ってる?」
「ぎゃ、ぎゃう!みゃあ!」
獅子王丸は苗木の頭から飛び降りると前を歩き出す。ある程度進むと振り返り、苗木を見つめる。付いて来いと言うことだろうか?
「よしよし、お前は頭のいい子だね」
「な~」
苗木に頭を撫でられた獅子王丸は、嬉しそうな鳴き声をあげて再び歩き出した。
「しまった!鍵がない!」
「みゃっみ!みゃみゃみゃ!」
扉の前で立ち尽くす苗木。扉の下には『ペットる』というペット専用のドアがある。獅子王丸はここのペットなのだろうか?
「よし獅子王丸!鍵を開けるんだ!」
「みゃ!?」
「大丈夫、今日猫だってドアを開けられるんだ。ライオンのキミなら鍵付きのドアも開けられ……」
「みゃーみゃーみゃう!」
「無理に決まってるじゃない………」
苗木の言葉に抗議するように叫ぶ獅子王丸。不意に耳元で呆れたような〝声〟が聞こえた。
「え?獅子王丸、今しゃべった?……随分と根暗な……」
「ワザと言ってる……?」
「冗談ですよ」
「……鍵……」
忌村はそう言って懐から鍵を取り出して苗木に渡す。苗木は鍵を受け取ると差し込み、ドアを開ける。
「みゃんみゃみゃぁ」
「……レオンがこんなに懐くなんて……」
苗木の足にスリスリと額をこすりつける獅子王丸を見て、忌村が驚いたような声を出す。猫科が匂いをつけるのはマーキング………自分の物である印を付ける行為だ。
「へえ。獅子王丸、そんな名前なんだ」
「……えっと……体温計は………」
忌村をベッドに寝かせ、苗木は体温計を探す。薬品だらけの部屋だ。流石は薬剤師……。
「必要ないわ……単なる過労………栄養とって休めば治る………」
忌村はそう言って、ベッドの近くにあった薬瓶から、ザラザラと薬を手の平に落として飲み込もうと──
「待って、何してんの?」
「栄養補給と、疲れを飛ばす薬を」
「いやいや絶対体に悪いよね、それ……」
「大丈夫。睡眠時に起きる生体活動を起こさせる薬だから、寝なくても健康は保てる……」
「獅子王丸!やっちゃえ!」
「にゃん!」
苗木が叫ぶと、獅子王丸は忌村の手に体当たりして更に瓶を弾く。
「……なに、するの……?」
「〝寝てろ〟………お、一応食料はあるんだね」
苗木にしては珍しく乱暴な言葉遣いにビクリと肩を振るわせる忌村。苗木は備え付けの冷蔵庫を漁り、食材を取り出していく。
「最近、『狂犬病』にかかる動物が多くて治療に忙しくて……」
「狂犬病って……発症したら致死率100%の、ゾンビウイルスのモデルだっけ?あ、吸血鬼伝説のモデルでもあるんだよね?」
「……発症したばかりなら、治せる薬を……作った……」
「……すごいね」
苗木は料理しながら忌村の偉業を素直に賞賛する。が、忌村の顔はどこか浮かない。
「でも……レオンの親は、間に合わなかった……」
シーツの上で丸くなった獅子王丸の頭を撫で、悲しそうな顔をする忌村。たかが動物に随分感情移入する人間だ。命の尊さを誰よりも知ってるのだろう。
「はい出来た……」
「……これは?」
「おかゆ。さっきの口振りから、しばらく食事取ってないんでしょ?消化しやすいのにしといた」
「…………おいし」
一口食べた忌村は目を見開き、次々レンゲで掬っていく。
「妹が風邪ひいて両親がいないとき作ってたのと同じだけど……口にあって何よりだよ」
「……………こうやって、〝甘い物〟も食べられたら良いのに」
と、忌村が呟き、苗木は首を傾げる。
そしてふと、ベッドの傍に立て掛けられている『写真立て』を見つける。写っているのは中学生程の忌村と同い年ぐらいの男女。短髪の女子が無愛想な男と忌村の腕を掴んでいる。
「………ま、取り敢えず休みなよ。実際気絶してたわけだし。君が倒れたら救える命も救えなくなる」
「………うん、わかった………そういえばアナタ、熱は平気なの?」
「ん?あ、あ~……うん。平気……心配してくれてありがとね、静子おねーちゃん♡」
苗木は満面の笑みで忌村に笑いかけた。