扉を開けた苗木に気づいたのか、人を噛んでいた〝男〟が振り返る。
「げ……」
「があぁ!」
「うわ!」
まるでゾンビのような行動をするくせに動きは機敏だ。苗木は慌ててドアを閉めようとしたが、相手は新聞売りのように足を挟み込み、両手で無理矢理こじ開けようとしてくる。
「…ぎ、ぎ……がぁ!」
「っち……力は普通か……」
別段力が強いと言うことはない。普通の成人男性の力だ。が、苗木の力より強い。少しずつ扉の隙間が開いてくる。と、突然男の首が720°、つまり2回転する。
「苗木君……平気?」
「うわぉ……流石ぁ……」
戦刃に助けられた苗木が外を覗くと、凶暴化していた人間が皆殺しにされていた。心臓を撃たれて死んでいる者もいる。
「……流石に映画のゾンビみたく、頭撃たなきゃダメって訳じゃないのね……」
苗木は死体を観察しながら呟く。心臓を撃たれずに単純に出血死した者もいる。ゾンビ化ではなく、『理性を失った状態』と言うことだろう。
「まるで、ヴードゥーのゾンビだね」
現在はアンデットの代名詞とされているゾンビと言う単語。ヴードゥー教におけるゾンビとは、死者を蘇生させる蛇神か、死者の様に自由意思がない者を指すらしい。昔、動物に世話をする先輩からそう教わった。
「おいおい、こりゃ一体何の騒ぎだよ……」
「……ヒ!?し、死んでるの?」
「……むぅ……」
スプリンクラーの作動と放送で異変を感じたのか、大和田達が出てきて廊下の惨状に顔を青くする。
「い、一体何が起きてるの……?」
「一言で言うと、パンデミック……なのかな?──朝日奈さん!危ない!」
朝日奈の問いに苗木が苦笑しながら答えると、朝日奈の後ろに〝影〟が現れる。苗木は慌てて朝日奈を押しのけるが、朝日奈の後ろの影、凶暴化した男は止まらない。顎が外れるのではないかと言うほど口を開け、噛み千切ろうする……が
「残念……」
口の中に押し込められたのは苗木の一部ではなく、『拳銃』だった。
「……あ、私の……」
戦刃が自分の腰に手を当てると銃が無かった。苗木はそのまま布を使い男の口に銃を固定し、その首に膝を打ち込み気絶させる。
「大神さん、こいつよろしく」
「どうする気だ?」
「専門家に見せて症状を確かめる。と言うわけで、〝静子おねーちゃん〟を探すよ」
「静子……」
「おねーちゃんだぁ?」
「忌村さんって、苗木のお姉ちゃんなの!?」
「別に?ただ家族内で孤立してそうだから、家族っぽく接してあげてるだけだよ?」
苗木はそう言いながら〝戦刃〟に目配せすると、戦刃は頷き走り出す。戦刃を先頭に、中心を朝日奈と苗木、荷物持ちを大神、後衛を大和田に任せて移動を開始した。
「なるべく殺さないようにね。治療出来る可能性もあるからさ」
「はいこれ、護身用……」
戦刃に渡された拳銃を使い、苗木は脚を撃ち抜いていく。戦刃の動きの模倣。完璧とは言えないが、スキルとして会得してる苗木は素人より高い命中率を発揮していた。
「………えっと……たぶん〝右〟」
葉隠から会得した三割的中の『水晶玉占い』を使いながら移動する苗木達。不意にバリケードらしき物を見つけた。
「おーい!誰かいない?」
「…!人か!?扉だ!横の扉を使え!」
よくよく見ればバリケードの近くに扉があった。大きめの、二つ扉がある部屋なのだろう。苗木達は扉を開き、バリケードの向こう側に出た。
「アナタ達……無事のようね…………その男は?」
「感染者。現状の調査に使えるかと思って……」
「………そう……」
バリケードの奥には結構な人数の人間がいた。どうやら忌村を中心に集まっているらしい。負傷者はあまりいない。
と、不意に職員の1人が戦刃に近づいていく。
「おい、これはお前の仕業なんだろ!そうなんだろ!?」
「……え、違う……」
「はぁ!?適当なこと……」
「落ちつきなよ。相手は放送設備やスプリンクラーの制御を乗っ取ってる……昨日来たばかりの戦刃さんに出来るわけないでしょ?」
苗木の弁護に職員は舌打ちして戦刃から離れた。話の分かる相手で何よりだと思いながら、苗木は落ち着いて現状を聞けそうな相手を捜す。
「………誰か話してくれない?」
「我輩におまかせを」
「何なりとお尋ねください苗木様」
苗木が現状を確かめようとすると、春夏秋冬と神城が現れ苗木の前に跪き、そして互いを睨み合う。
「下がっていろ。苗木様に報告するのは私だ」
「貴様こそ……我輩は二年前から主君に仕えている。弁えろ………」
「………情報は多い方がいいからね。2人から聞くことにするよ」
「「おお主よ、なんと慈悲深きお言葉……!」」
「…………さっさと話してよ」
2人の態度に、苗木は頭を抱えて答えを急かす。
彼等の話をまとめると、彼等も原因は突き止めていないということが分かった。スプリンクラーの作動後、職員の何名かが凶暴化、周囲の人間を襲い始めた。しかもゾンビ映画のように噛まれた者も凶暴化するらしい。
「噛まれた場所によって発症する間隔が違うようで……頭と離れた場所ほど、発症が遅いようです」
「ふぅん……まるで『狂犬病』だね」
「実際、狂犬病を改造したウイルスみたい……」
と、そこへ忌村が戻ってくる。
「狂犬病って、人から人へは移植でしか感染しないんじゃ……」
「その辺も改造されてるみたい……潜伏期間も短い……でも、発症数分なら何とか……」
「〝数分〟?もし数分たったら……?」
「脳細胞の一部が壊死して……もう戻れない……」
「……〝一部〟?」
「満腹中枢の麻痺、理性の消失……目に付く食べられそうな物を喰う廃人になる……」
それは何とも厄介な病気だ。なるほど、これが世界に広がっていけば世界は絶望に染まるだろう。
「……ん?なら『共食い』させれば……」
「一定値以上のウイルスが潜伏すると、食べられないと判断されるの……」
「……超厄介」
「でも……一番厄介なのは……」
忌村が何かを言い掛けた時、がりがりと〝何かを削るような音〟が聞こえてきた。
「………え」
音の発生源を見て苗木は固まる。バリケードと天井の隙間から侵入しようとしている『獅子』を凝視した。
「……あれって……」
「感染者よ……」
程なく獅子はバリケードの一部を突き破って床に着地する。周囲の職員が慌てる中、大和田達が臨戦態勢を取り、苗木は拳銃のトリガーを引いた。
「ぐう!」
「避けた!?」
「ガアアァァ!」
「させない!」
弾丸を避けた獅子は苗木に牙を向けるが、戦刃が眉間にナイフを突き刺す。慣性の法則で勢いは消えなかったが、戦刃は逆に利用し床に叩きつけて頭蓋を砕く。
「おお……さすが戦刃さん!」
「……!今、誉めてくれた……!?」
「え……うん。誉めたね……」
「誉めて……くれた。苗木君が私を誉めて……誉めて誉めて誉めて誉めて…」
「グルルル」
「ガウゥ…」
「……ルル」
戦刃がもっと誉めてもらおうと次の敵を探そうとすると、バリケードを突き破って大量の獅子、虎、豹が現れる。
「………撤退」
不利を悟った戦刃はクルリと踵を返した。