今現在、頭が痛くなる光景が私の目の前で繰り広げられている。
「ひゃ~! 本当にオラがもう一人いるぞ」
「ブラックといい、最近オラにそっくりな奴とよく会うなぁ……。いや、でもおめぇはオラなんだよな?」
「ああ、孫悟空だ」
「オラも孫悟空だ。よく分かんねぇけど、よろしくな!」
「おう!」
細かい事は気にせず、とりあえず仲良くできそうだと判断したのか笑顔で握手する二人の悟空。
「…………フンッ」
「…………チッ」
どうしていいのか分からないのか、それとも嫌な事でも思い出したのか(こちらのベジータに関しては多分ポトフ星での苦い経験を思い出しているのだろう)お互い目を合わせず妙な緊張感を漂わせている二人のベジータ。
「ねーねー! トランクスちゃんはエシャたちのこと忘れちゃったの? ひどいよー! 前に会った時たくさん遊んだじゃない!」
「エシャロット、このトランクスさんは僕たちの知ってる未来のトランクスさんじゃないみたいだよ。そうだよね? トランクス」
「う、うん。そうみたいだけど……俺、未来の自分とはいえそっくりの自分にこんなに会っちゃって大丈夫かな? この間空梨おばさんがやたら怖くドッペルゲンガーについて話してきたからちょっと不安……」
「あ、ええと……」
ちょうどエシャロットと龍成が学校帰りにランドセル背負ったままカプセルコーポレーションに遊びに来ており、優しい未来トランクスがお気に入りのエシャロットが未来トランクスにまとわりついて龍成がそれをたしなめていた。そして戸惑う内容はそれぞれ違うものの、お互い困ったように眉尻を下げて顔を見合わせる青年トランクスとチビトランクス……。
そんな彼らを前に、何やらホワイトボードに書き込んでいたブルマがパンパンっと手をはたいて注目を集めた。
「はい、ちゅうもーく! みんな頭こんがらがってると思うと、要するに、平行世界……パラレルワールドね。この孫君とベジータ、トランクスはそこから来たのよ」
「はいはーい! 平行世界って何ですか!」
エシャロットが元気よく質問すると、ブルマがホワイトボードを示しながら説明する。
「平行世界っていうのは、分かりやすく言うと”もしも”の世界よ。たとえばエシャちゃんがおやつでケーキを食べたとするわね?」
「うん」
「そのケーキがもしも賞味期限切れで腐っていたら、エシャちゃんはお腹を壊すかもしれない。そしたら学校をお休みするかもしれない。そしたらお勉強が一日分遅れるわ。だけど元気だったら問題なく学校へ行ってみんなと勉強して遊ぶことだって出来ちゃう。この時点で、2つの世界が生まれているの。お腹を壊した世界と元気なままの世界がね。目に見えないけど隣り合うように存在する「もしも」の世界が平行世界よ」
「??? う~ん、分かったような分からないような……」
「はいはい、分からないままでいいからエシャロットと龍成は一回お家に帰りなさい。まずランドセルを置いてくるように」
「ええ~!」
「エシャロット。トランクスさん困ってるし、とりあえず僕らは帰るよ! 話は後で聞けばいいだろ」
ぶーたれるエシャロットを龍成が引きずっていき、それと入れ替わるようにしてラディッツ、ピッコロさん、クリリンくんが部屋に入って来た。あまり人数を増やしてややこしくしても何だけど、とりあえずこの現実を私達だけで受け止めるのは荷が重い。だからとりあえず、すぐに連絡がついたラディッツとピッコロさん、クリリンくんに来てもらうことにしたのだ。悟空とベジータに関してはもともとカプセルコーポレーションに居たので、そのまま別世界の自分と対面と相成った。ラディッツを見て増えた方のベジータが「弱虫ラディッツだと……?」とか、増えた方の悟空が「あれ、ええと……見たことある気がするけど誰だっけ?」とか言っていたが今は放置だ。いちいち説明していたらきりがない。
事の始まりは、今日の午後。
ブルマとお茶しながら世間話をしていたら、カプセルコーポレーションの庭に突如タイムマシンが現れたのだ。しかもその中には傷だらけのトランクス、ベジータ、悟空が乗っており……とにかく最初は混乱した。
しかもそこに「姉ちゃん、今日はオラと修行する約束だったよな?」と悟空が来て、「奇妙な気を感じたが何事だ」とベジータが家の中から普通に出てきたもんだから、2人に増えた弟共に一瞬頭真っ白になったわ。本人たちも動揺していたけど、とりあえずタイムマシンに乗っていた方が放っておいたら死にそうだったので手持ちの仙豆を与えて話を聞くことにした。
今思えばちょっと迂闊だったけど、結果的に別の世界とはいえ悟空たち本人だったので助けて正解だった。
そしてとりあえず情報を交換しようと室内に場所を移し、まとめ終えたのがついさっき。
ブルマ曰く、もともと未来のトランクスたちは時間移動と言いながらも自分たちの世界に繋がらない過去……ある種のパラレルワールドに未来から訪れていたのだという。時空間移動する空間については未だタイムマシンを開発したことが無いブルマにとっては謎で、恐らくその複雑さから未来の自分もタイムマシン理論を確立させたものの詳しいことまでは分かっていないはずとのこと。だから何が起こってもおかしくないし、ちょっとしたきっかけで行くはずだったパラレルワールドが別のパラレルワールドにすり替わってしまうことだって十分にあり得るとのことだ。
「まあ、全部推測の域を出ないけどね。でも時間を超えるって、やっぱりとんでもないことよ。不測の事態が起きてもおかしくは無いわ」
「そう……。でも、そうなるとこの子達もとの世界に戻れないって事?」
「な、そ、そんな……!」
私の発言にトランクスが青ざめ、事の深刻さをようやく理解したのか平行世界の悟空とベジータも顔色を変えた。
「おい! なら、もう一度未来へ戻ってから過去へ行けばどうなる?」
「分からないわ……。ねえ、何でもいいからこうなったきっかけに心当たりはない? 現状じゃ判断するのに材料が足りなさすぎるわよ」
「きっかけ……。あ!」
「何か心当たりが?」
考え込んだトランクスが何か思い至ったように叫んだから尋ねれば、なんと時空間移動する時に自分とそっくりの人間と見知らぬ男2人が乗ったタイムマシンとぶつかりそうになったのだという。
「「それだ!」」
ブルマと2人して叫んで顔を見合わせた。
「その男2人って空龍とブロリーだ! え、もしかして今回のことって……」
「多分、別の世界でそれぞれ同時にタイムマシンを使ったんだわ。その結果、時空が歪みやすいだろう空間で干渉しあってお互いが入れ替わったのよ!」
ちなみにこれも全て推測だ。しかし、とりあえず考えるためのとっかかりは出来た。何も分からないままより遥かにましだろう。
「あれが、平行世界の俺……」
「おいちょっと待て。今ブロリーといったか?」
「へ? ブロリーって、あのブロリーか?」
あ、やべ。普通にブロリーの名前出しちゃった。
……もし彼らが私の知る漫画とかアニメの世界線に居る人たちなら、ブロリーはすでに倒したはずの敵だもんな……ええい面倒な!
「……ここが他の世界というのは信じよう。ブロリーの名前が出てくることといい、弱虫ラディッツが生きていることといい俺たちの世界とは違いすぎる。何よりそこの女、サイヤ人のようだが俺たちの世界には女サイヤ人などもはや一人もいない。似た人間は多いが、たしかにこの世界は俺たちの世界ではないようだ」
「お! そうそう、オラも気になってたんだ。なあこっちのオラ、おめぇさっきあの女の人の事「姉ちゃん」って呼んでたよな? ってことはこっちのオラには兄ちゃん以外にもきょうでぇがいるんか?」
眉間に思いっきりしわを寄せながらも状況の理解に努める別世界のベジータと、対極的に自らの好奇心のままにこっちの悟空に質問する別世界悟空。それをなんとも言えない表情で揃って眺めるベジータとラディッツというシュールな光景に、もうホント色々面倒くさくなってきた。いやマジどうすんだよこれ。
「おう! 姉ちゃんはオラの姉ちゃんだ。でも血はつながって無くて、本当はベジータの姉ちゃんだぞ」
「は?」
「い!?」
「あと兄ちゃんは姉ちゃんの旦那さんだ」
「あの弱虫が生き残っている上に結婚しただと……!?」
「ええと、あのラディッツって奴がたしか前に倒したオラの兄ちゃんで、でも生きてて、こっちの世界ではオラに姉ちゃんが居るけど血はつながって無くて兄ちゃんと結婚してて……?」
……いやもうホント面倒くさいんだけど。あれだよな、もし私の知ってる原作まんまの世界から来たんだとしたら、こっちの世界と一番違う点って多分私が居るか居ないかだよな。ブウ編が終わった後に日記を全部読み返したが、意図したことではないとはいえ私という存在がさんざん原作をひっかきまわした自覚はある。意図したことではないが。
しかしお互いの世界の違いについて話していたらきりがない。そう私と同じく思ったのか、こっちのベジータが仕切り直した。
「いい加減に頭が痛くなるから面倒な自己紹介は後にしろ! それより気になったことがある。お前たちは別世界とは言え俺たちと同じ存在なんだな? 念のために聞くが、スーパーサイヤ人ブルーにはなれるのか」
「ああ、可能だ。ということは、こちらの俺もなれるのか」
「当然だ。……しかし、それならお前たち、誰にあそこまでやられた? 少なくともビルス以外であそこまで俺たちを追いつめる存在など俺は知らん。わざわざトランクスの世界にまで出向いていたんだ。未来で何があった」
鋭く切り込んだベジータの質問に、誰もが「そういえば」といった表情で別世界の3人を見る。そういやそれに関してはまだ話していなかったっけ……。
そして話された内容……悟空ブラックが攻めてきた時から始まった悲劇に、知らなかった人間……私以外の全員が息をのむ。ついこの間元気なこちらの世界のトランクスたちを見ただけに、特にブルマなどはショックが大きかったようだ。クリリンくんも悲痛そうにトランクスを見つめている。
「なによそれ……! ようやく復興しかけた未来が、その変な奴らに滅茶苦茶にされたってこと!? あ、あたしまで死んじゃったなんて……!」
「ひでぇよ……。別の世界だけど、トランクスあんなに頑張ってたのに……」
「そして俺は、過去に助けを求めたんです」
「フンッ、だが負けてすごすご逃げてきたわけか。俺じゃないが俺が居ながら情けない」
「何だと?」
「おい、自分を煽ってどうするベジータ。聞くにその悟空ブラックだけでなく、不死身となったザマスって奴も居たんだ。魔人ブウの時を思い出せ。不死身の敵を相手にする面倒くささをお前もよく知っているだろう」
「……チッ」
「すまん。自分の事じゃないが、自分が知らないところで自分が誰かに負けたのが気に食わないんだろう。……いいまわしがいちいち面倒だな」
一瞬ぴりぴりしかけたベジータ同士の仲をラディッツが間に入って収めたが、たしかに同じ人間が2人も居て面倒くさいな。だけどベジータAとかベジータBとか言い出したらどっちがAでBかでもめそうってのも簡単に想像つくんだよな……。もう何度目になるか分からないが、面倒くさい。これどうすればいいんだろう。
「う~! 色々言いたいことはあるけど、どちらにしろタイムマシンがキーね。さっきベジータが言ったみたいにもう一度未来に戻ってから過去に戻れば、道が修正されてあなた達の世界線に戻れる可能性だってあるもの」
「で、ですが燃料がもう無くて……」
「そこはまっかせなさい! 別の世界とは言え、私の息子と旦那と友達のことだもん。一肌脱いで私がタイムマシンの燃料を作ってあげようじゃない!」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、どーんと任せておきなさい!」
「本当にこういう思い切りの良さが頼もしいよねブルマって」
「ふふん、そうでしょう?」
褒めれば胸を張ってウインクするブルマに、ざわついていた心が落ち着きを取り戻すのを感じる。まさかの事態に混乱していたものの、こうして頼もしい人間が居ると落ち着けるんだから助かるな。
こうなれば、私も少々腹をくくろう。頼ってばかりでは情けない。
ちょうど今まで黙っていたピッコロさんがこちらの世界のトランクスの世界に言及してくれたところだし、言うならこのタイミングだろう。
「しかし、そうなると同じ時期にタイムマシンを使ってこちらに来ようとしていたこちらのトランクスたちも気になるな。もしかすると、こちらの未来世界でもその悟空ブラックという奴が出たのかもしれん」
「いや、多分違う理由だよ」
「何? 空梨、何故そう言い切れる」
片方の手で私にくっついたまま眠ってしまっている叶恵を抱え直して、もう片方の手をすっと上げて発言した私に注目が集まった。
「あのさ、ザマスって名前聞き覚えない?」
「……格闘試合に来ていた界王神の友人の名だな」
「え!? ゆ、友人!?」
「! ああ、居た居た! たしか緑色の肌の神様よね? え、嘘……。同一人物なの?」
「でもブルマさん、あの神様真面目そうだけどわりといい人そうでしたよ?」
「そ、そうよねぇ……」
話の内容が重かったからか、みんな一回会ったきりのザマスの名前はすぐに出てこなかったらしい。真っ先に思い当たったピッコロさんの発言にみんな思い出したようだが、それに驚いたのは別世界の3人だ。
「こっちだとザマスって界王神様の友達なんか!?」
「そう。でも、友人になったのはついこの間。それに界王神様と出会う前、こちらのザマスも危険な思想を抱いた神だった」
「……貴様、何を知っている?」
「そう睨むなよ。今から説明する」
そう前置きして、別世界のベジータに睨まれながら「原作知識」を占いで得た「予知」にすり替えて、ザマスと悟空ブラックが現れる未来を知っていたことを話した。流石に漫画だアニメだってつらい過去を背負ったトランクスの前で言うほど私も無神経じゃない。全部をありのままに話していいのは、人間の生きる時間など瞬く間に感じるであろう神様相手くらいだ。まあそれでも無暗に話す内容では無いが。
それにしても堂々と嘘をつきながらも話す内容に嘘が無いあたり、私もだいぶ開き直ったもんである。
「そういえば、あんたトランクスたちが帰る時とか、その後であの子たちがこっちに来た時やたら念を押して注意してたわね。もしかして、あれ?」
「そういうこと。まあ、予知といっても全部知ってるわけじゃ無いしむしろあいまいな部分の方が多い。だから界王神様と知り合ったのをいい機会だと思って相談したんだ。神様の事は神様にきこうってね。……まさかビルス様相手に相談するわけにもいかないしさ」
「ま、まあそうね」
「おい、界王神様とて偉い方だぞ」
「いやそうだけどさピッコロさん。でも分かるでしょ!? どっちの方が相談しやすいか!」
「む、まあそうだが……」
食べ物につられやすいとはいえ、根本的には神としてしっかりしたお方だ。それすなわち、情に流されないということ。下手につついて藪蛇になって、トランクスたちがタイムマシンを使ってどうこうしているのを知られたら物凄く面倒くさい気がする。
原作知識を界王神様に話した時に「時間の移動は神々の間でも滅多に犯してはならない禁忌です。ブウの件でお世話になりましたし、過ぎてしまった事には目を瞑りましょう。ですが悟空ブラックは現れなくなったのですから、この世界でこれ以上時間を移動するのはおやめくださいね。もし今度未来からあなたの息子たちが来たら、それを最後にしてください。それ以上は見過ごせません」と釘を刺されてしまったしな。出来ればこの件は最悪ごまかしやす……ゴホン、お優しい界王神様には知られても、ビルス様たちには内密のままどうにかしたいところだ。
「ええと、それでそしたら界王神様が様子を見に第10宇宙へ行ってくれて、その過程で界王神様はザマスと友達になったわけ。で、多分今のところはこっちのザマスに人間を滅ぼそうとする意志は無いよ。界王神様とそれについては大分熱く議論したみたいだし。だからこの世界では悟空ブラックは現れないと思う」
「で、でもさ。そのザマスとブラックの関係についてこのトランクスたちも詳しい事分かってないんだろ? 本当に現れないって言い切れるのかなぁ……。実際に襲われた世界の人間が居るんだし、言い切るにはちょっと楽観的過ぎやしないか?」
「うっ」
く、クリリンくんめ……。あまり突かれたくないところを指摘してくれたな。
「けど今のところ推測ばっかで何かを知る手段がないわねぇ……」
「ねえ、神龍に聞いたら何か分からないかな?」
重い空気が室内を満たしたが、そこにチビッ子トランクスが意見を出した。
「んー、どうだろう? 別の世界や未来については、神龍的には知ってる範囲なのかな?」
「でもやってみる価値はあると思うわ。とりあえずタイムマシンの燃料は作ってみるけど、流石にすぐには出来ないもの。その間、出来るだけの事をやりましょう。……贅沢言うならスーパードラゴンボールといきたいところだけど、この間使ったばかりの上に探すとなると第六宇宙も探さないといけないしねぇ」
「それもそうか」
「あの……。すみません。俺はこっちの世界の俺じゃないのによくしていただいて……」
「だから、世界は違ってもあんたは私の息子なの! 気にするんじゃないわよ」
「そうそう。可愛い甥っ子が苦労する姿を見るのはもう散々だしね。苦労したんだし、たまには甘えてもいいんじゃない? それに私達もどこかに行っちゃったこっちの世界のトランクスたちが気になるしさ。ま、なんとかするから気楽に構えときなよ」
「……! はい……! ありがとう、ございます……! 本当に……!」
涙に潤む瞳をぎゅっと閉じて、深く頭を下げたトランクス……それを見て、これは絶対にどうにかしてやろうという気持ちになった。おう、まかせろ。どうなるか分からんがおばさんは甥っ子の味方だぞ。
それにしても、この子はこっちのトランクスとはまた違ったおもむきの苦労臭がするな……! なんで未来トランクスはどの世界でも胃に穴が開きそうなんだ。後でこっちのトランクスにあげたのと同じ胃薬プレゼントしよう。
そんなわけで、しばらく使われていなかったドラゴンボールを集めて質問することとなった。だけどその前に。
「ところで、そこで寝てる馬鹿2人誰か引っ叩いてくれ」
話しがややこしかったからか、途中から鼻提灯作って寝こけていた悟空二人を叩き起こしたのはダブルベジータだった。殴る動作が一瞬ギャリック砲の構えだったのは見なかったことにしよう。
状況把握回。次話と続きで書いたら長かったので2つに分割しました。