もう一つの世界で状況把握のための会話がなされているころ……時を同じくして、本来悟空ブラックのいる未来世界から帰るはずだったトランクス、悟空、ベジータと入れ替わるように別の世界へ来てしまったトランクス、空龍、ブロリーは行きついた先で同じくその世界のブルマたちと情報交換をしていた。
「そんな! じゃあ、もしかしたら僕たち二度とお母さんたちの居る世界に行けないってことですか!?」
「分からないわ……。判断するには、材料が少なすぎるもの」
「何でこんなことに……! あ、すみません。こっちのブルマさんだってこっちのトランクスやベジータおじ……じゃなかった。ベジータさんや悟空さんが帰ってこなくて心配なのに、八つ当たりみたいに大きな声出して……」
「ふふっ、あんたいい子ね。大丈夫、気にしてないわ。たしかに心配だけど、きっと何とかしてみせる」
「母さ……あ、いえ、えっと」
「母さんでいいわよ! でも驚いたわね。まさか同じ顔と名前の息子第3弾に出会うなんてさ」
ほがらかに笑ったブルマだったが、気丈に振る舞ってはいるが顔色が悪い。それに対してトランクスは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、心が締め付けられた。
「母さん……。ご協力、感謝します……! だけど俺たちも出来る事はなんでもします! 何でもやりますから、手伝わせてください!」
「そう? じゃ、期待してるわよ」
「はい!」
「それにしても……別の世界の事とはいえ、思いがけない吉報が聞けたのは単純に嬉しかったわ。結婚おめでとう、トランクス!」
「え、ええと……。ありがとうございます」
そう、この度トランクスたちが過去へ赴こうとした理由はそこにあった。色々あったが、無事に復興が続いた世界で出会った女性とトランクスが近々結婚することになったのだ。その報告をしようと、空龍に引っ張られる形で今回の時間航行となったのである。まさかこんなハプニングに巻き込まれるとは思っていなかったが……。
部屋の隅でこちらの様子を窺っている3人組の子供の内一人が結婚相手に似ていることが気になったトランクスではあるが、母から贈られた祝福は素直に嬉しく顔を赤らめた。
しかしすぐに先ほど聞いたこちらの自分の現状を思い出し、気を引き締める。苦労はしたが幸せをつかんだ自分と違って、こちらの自分はまだ苦難の中に居るらしい。元の世界に戻るのが先決だが、どうにか手助けすることは出来ないだろうか……。
そんなふうに真剣に考え込んでいると、こちらの幼い自分がぴょんぴょん跳ねて問いかけてきた。
「未来の俺が結婚かぁ……! なあなあ、それってどんな人? もしかして、綺麗な黒髪のぱっちりした目の女の子だったり……」
「こーら、トランクス! この子はあんただけど、あんたじゃないんだから詮索しないの」
「な、なんでだよ! 俺だけど俺じゃ無いなら聞いても問題ないだろー?」
「知ったらアンタ、どうせ結婚できるってたかをくくって好きな子出来ても頑張らなくなっちゃうかもしれないじゃない。アピールは大事よ!」
「ええー!? そんなことないよ! ねえ、ちょっとだけだから!」
「だーめ」
「ちぇっ」
小さなトランクスをたしなめながらも「でも、あとでこっそり教えてね」と茶目っ気たっぷりに耳打ちしてきたこの世界の母に思わず笑みが浮かんだ。
「ええ、あとでこっそりと」
どの世界でも変わらぬ母に、トランクスは心が安らぐのを感じた。
どんな時でも明るくて、そして強い。母はそんな人だ。
が、緩んだ表情はすぐ憤怒に染まる。
「おい、飯はまだか」
「人様のうちで何言ってんだお前」
自分達に起きた現象にも無関心で、どうでもよさそうにソファーにふんぞり返っていた巨躯の男……ブロリーの発言に、すかさず空龍が突っ込んだ。誰に対しても比較的柔らかいあたりの空龍だが、ブロリーに対しては一切容赦がない。その瞳は極寒の地にそびえる氷山よりも冷え切っていた。対して炎のように怒りに震えるトランクスの瞳だが、その2対の瞳に睨まれようがブロリーは屁とも気にしない。
(くっ、こいつは本当に変わらないな……!)
空龍は同じ伝説のスーパーサイヤ人として自分が責任をもってブロリーを更生させると、この悪魔を未来に連れ帰った。だがブロリーが大人しくいう事を聞くはずもなく、空龍とさんざん血を血で洗う戦いを繰り返したのだ。
空龍が張ったバリアの中や郊外の人のいない土地で争ったから人的被害こそ出なかったが、それを見守るトランクスはストレスで過去でもらった胃薬をすぐに使い果たしてしまった。
そしてトランクスはある日、胃に穴があいてうっかり死にかけた。同じく過去でもらった仙豆の栄えある未来での第一回目の仕事は、胃潰瘍の治療だったのだ。今思い出しても情けなさで涙が出てくる。
今でこそブロリーは空龍と戦うことで燻っていた破壊衝動を発散したからか、多少落ち着いてはいる。いくら強くなっても同じように強くなって、結局やけになって泣いた空龍に負けるパターンに嫌気がさしたのもあるだろう。最初と比べればずいぶんと理性的になったものだ。最初と比べれば。
だが依然として問題児であることに変わりはなく……血気は多いわ、暴れるわ、物は壊すわ、ふてぶてしいわ態度はデカいわ…………正直、過去についてくると言った時「あの子」の存在さえなかったら途中でタイムマシンから放り出しているところだ。
「チッ、飯でも食わんとやっていられるか。やっとこいつを親父に押し付けられると思ったのに何故こんなところに……」
「だから、過去に行ってもパラガスさんにジュニアを押し付けるのは駄目だって言ってるだろ! お前が責任もって育てるんだよ!」
「俺はガキの世話などせん!」
「だけどジュニアがお前から離れたがらないんだからしょうがないだろ! じゃなきゃジュニアのためにも僕が進んでパラガスさんにお願いしてるよ。それか僕が育てたっていい。でもジュニアがおまえじゃなきゃヤダって言わんばかりに泣くんだからお前が育てるんだよ! 自分で蒔いた種なんだから責任とれよ馬鹿!」
「知らん! あの女が勝手によってきたから気まぐれに抱いてやったら勝手に産んだんだ。そのくせ自分で世話せず俺に押し付けて消えやがって……!」
「あう~」
「! 貴様ぁ!頭の上でしょんべんをするなと何度も言っただろう!!」
「ざまぁ」
「空龍貴様ぁぁ!!」
「ええと……。気になってたんだけど、彼は誰でどういう状況? さっきはあの空龍っていう子がベジータのお姉さんの子供ってとこまでは聞いたけど……」
「え、ええとですね」
「あ、それ俺も気になる! 凶暴そうだけど何もしてこないし赤ん坊がくっついてるし……。俺ブロリー知ってるけど、あんな奴じゃなかったよ」
「え、あんたあいつ知ってるの? ってことはベジータのお姉さんって人と違ってこっちの世界にも居る人なんだ」
「でも、もう死んじゃったぜ! すっごく強くてすっごく怖い奴だったんだ。もとはパパたちが昔闘って倒した相手らしいけど……ママは知らないの?」
「う~ん、聞いたことあるようなないような……。ま、いいわ。それで、あんたの世界のブロリーってどんな人なの?」
ブルマに問われて、目の前の惨状をどう説明しようかとトランクスは悩んだ。あの尻尾の生えた裸の赤ん坊を頭にくっつけた伝説(笑)の男をどう説明しよう。
この部屋にはチビッ子が4人もいる。あまり生々しい話は聞かせたくない。だがこちらの幼い自分はどういうわけかブロリーを知っているようだし、誤魔化してもきっと聞くことを諦めないだろう。なので結局、渋々ながら事情を話すことにした。
「彼はブロリーといって、過去の世界で戦った伝説のスーパーサイヤ人です」
「伝説のスーパーサイヤ人? や、やっぱりあのブロリーじゃないか! なんで仲良さそうにしてるんだよ!?」
「仲良さそう? ははっ、そう見えるかい?」
「! い、いやぁ……よさそうでは、ないかな。ははっ」
微笑んではいるが目が笑っていない。そんなトランクスの笑顔に、チビトランクスは引きつった笑いを返した。
「あそこにいる空兄さん……空龍さんも伝説のスーパーサイヤ人と同じような存在なんだ。そのことで空兄さんは随分苦労したんだよ。だからか、過去で奴と戦ったあと、自分と同じような存在とは多分もう二度と会えないから連れ帰ってしっかり更生させるって言い張った。そして空兄さんが未来の俺たちの世界へ奴を連れ帰ったんだ」
「む、無茶するなぁ……。いくら事情があってもあんなやつ倒しちゃえばよかったのに」
「本当にね! 君はよくわかってる! そう、そうなんだよ! 空兄さんの事は好きだし尊敬してるけど、この行動だけは俺には理解できない!! ……まあ話すと長いから端折るけど、色々あってあいつは時々空兄さんと血みどろの死闘をする以外は落ち着いてふらふら出歩くようになったんだ。はははっ、あいつの壊した物や飲み食いしたものの請求が家に来るたびに何度殺してやろうかと思ったよ!」
「ま、ママ……。未来の僕が怖い」
「う、う~ん……。ただでさえ物資の少ない未来なのにそんなことされちゃ怒るわよねぇ……」
「で、極めつけは女性関係ですよ。あんなやつなのに「ワイルドで素敵!」「あたしと遊ばない?」と、幾人か女性が奴によってきたんです。そして、その……来るもの拒まずで、あの野郎……失礼、あいつ手当たりしだいに手を出したんです。多分破壊衝動が薄れた分、満たされない部分を他のもので補おうとしたんでしょうね。どちらにせよ迷惑ですが。で、そんなことしていたらある日玄関前にブロリーそっくりの子供が「あなたの子なんだから面倒見てね」という手紙付きで捨てられていて……」
「あー……」
ブルマはなんとも言えない声を出し、ついこの間見たドラマを思い出し、そして「男やもめ」という言葉が脳裏をよぎった。
「あいつに子育てなんて出来るはずありません。でも赤ん坊はブロリーを見た瞬間からブロリーにくっついて離れないし、剥がそうにもブロリー並みの怪力で剥がせないし……」
「で、ああなっていると」
「ええ。お恥ずかしい限りです。身内の恥ですよ」
(でも何だかんだで身内扱いなのね……)
(しっ、ママ。それ言っちゃだめだよ)
(わかってるわよ)
小声で何やら言葉を交わす親子に気づかないまま、トランクスは大きくため息をこぼすと言い合いから殴り合いに発展しそうだった空龍とブロリーに近づいていった。そして。
「ふんっ」
「ぐっ!?」
「あぐ!?」
凄まじい気を放つスーパーサイヤ人になったかと思うと、2人同時に殴り飛ばした。そのさい赤ん坊を傷つけなかったあたり、普段からこういうことに慣れてるんだろうなと……幼いトランクスは、朧気ながら理解した。
「なんか、どこの世界でも未来の俺って苦労してるんだな……」
幼心にちょっぴり将来が不安になったトランクスは、現実逃避するように「パパ、早く帰って来てね」と、何処に居るともしれない父親に向けて心の中でメッセージを送った。