歓声が響く中、私は観客席に深く座りなおした。慣れない場所だったが今日は来てよかったと本心から思い、隣に座っている元護衛の男に礼を言った。
「今日は誘ってくれてありがとう……おかげで素晴らしいものを見ることが出来た」
「いえ、とんでもない。自分もこれほどの試合を見れるとは……しかも、一人はかつて我々を救ってくれた少年ときている。実は一度大きくなった姿を天下一武道会で見たこともあるのですが、それからもう何十年と経っている……だというのに、今一度彼の闘う姿を見られるとは思わず不覚ながら感動に震えております」
「ああ。妙に若々しい気もするが、大きくなったな」
かつて私が国王を務めていた時、世界は2度恐ろしい危機に晒された。一度目は蘇った恐怖の象徴、ピッコロ大魔王。二度目は人々を吸収し恐るべきパワーを手に入れた謎の生命体セル。
その時情けなくも国王である私に出来る事は何もなかった。なすすべなく翻弄され、逆に戦いに出した兵たちを無駄死にさせてしまった。2回とも神の奇跡と言わんばかりに死した人間達はどういうわけか蘇ったが、隣に座る大柄なこの男もかつてピッコロ大魔王に胸を貫かれ殺された者だ。あの時の恐怖、無力感は国王を退任した今でも消えない。おそらく一生ついてまわる感情だろう。
だが、同時に希望も覚えている。
ピッコロ大魔王を倒してくれた、小さな少年。そして……これは彼の息子の謎の変身を見て確信に変わったのだが、おそらくはセルもきっと彼らが倒してくれたのだ。世間ではミスターサタンが倒したことになっているが、当時テレビに映っていた金髪の戦士達は多分あの子たちだ。
本人たちが主張しないということは、彼らにとって名誉など必要ないからだろう。かつてピッコロ大魔王を倒した時、あの少年が何も求めなかったように。
二度。いや……もしかしたら、我々が知らないだけでもっとたくさん、彼は世界を救ってくれていたのかもしれない。そんな気がする。
感慨深い思いに浸る中、次の試合が始まった。が、今度は別の意味でぎょっとする。あ、あれはまさか……!?
『続きましてはビーデル選手対マジュニア選手ーーーー!!』
戦士の紹介がされると、周りがビーデルコールで染まった。ミスターサタンの娘だが、本人自身が犯罪者を捕まえる手伝いをしたり積極的に活動しているため人気が高い。ビジュアルが美人歌姫として有名だった母ミゲルの容姿を受け継いで、たいへん可愛らしいのもあるだろう。私もひそかに彼女のファンだったが……い、いや、今はそれよりも対戦相手だ!
「き、君! あれはまさか……ピッコロ大魔王では……!?」
「落ち着いてください国王。彼は過去に一度、あの彼……孫悟空が優勝した天下一武道会に同じ名前で出場しています。その時「ピッコロ大魔王の生まれ変わり」と名乗っていましたが、ピッコロ大魔王に対峙した自分にはわかります。人相、体格が微妙に違う……何より若い。おそらく血縁者でしょう。セルゲームにも似た者が映っていたと記憶していますが、これまで表に出てこなかったということは何も悪さをしていないのだと愚考します。奴がことを起こせば、表ざたにならないはず無いでしょうからな」
予想に反して冷静な反応を見せた彼に、私も落ち着きを取り戻す。
「そ、そうか。しかし君、以前の天下一武道会のことなどよく知っていたね」
「自分なりにピッコロ大魔王を倒した少年が気になって生き返ってから調べたのですよ。そして過去に二度天下一武道会に出ていたことを知って、それ以来開催されるたびに通うようになりましてね」
「むう。わ、私も誘ってくれたらよいじゃないか」
「何をおっしゃいます国王。あなたは忙しくてそれどころじゃなかったでしょう」
「これ、もう国王ではないぞ」
「す、すみません。ですが、癖は抜けないものですな」
そんな風に雑談している間に試合が始まり、慌てて2人して武舞台へ視線を戻した。
見た分にはビーデル嬢が猛攻を仕掛けているが、ピッコロ大魔王に似た相手はそれを全て受けきっている。時折繰り出される攻撃を紙一重で避けるビーデル嬢の動きに会場の歓声は高まるが、素人目だがその実力差は明らかなものであると窺えた。すなわち、ビーデル嬢ではあの緑色の彼には勝てないだろうということだ。だが、相手はなかなか彼女に止めを刺そうとしない。
趣味悪くいたぶって遊んでいるわけでも無し、どういうことだろうか?
私は犬の獣人であるため嗅覚に加えて耳もよい方だ。どれ、何やら会話をし始めた彼らの言葉に耳を傾けてみようか。
「どうして、本気を出さないの!? あなた、もっと強いでしょう!?」
「ほう、分かるのか。相手の実力を計れぬ者は長生きできんからな。その感覚は大事にすることだ」
「茶化さないで! 手加減されても嬉しくないわ。わたしは本気でこの大会に挑んでるの!」
「威勢がいいな。気が強い女が好きなのは血か? 悟空といい悟飯といい……恋愛というやつか。わからん」
「れ、恋愛!? 何言ってるのよ! というか、あなた悟飯くんたちと知り合いなの? たしかにさっき一緒に居たけど……」
「悟飯は俺の弟子みたいなものだ」
「弟子? あなた、悟飯くんの師匠なの?」
「まあな。といっても、昔の話だが。悔しいが今ではあいつの方が強い……最近は修業を怠けていて感心できんから、今日はこらしめてやろうかと思っているがな」
これだけ会話しながら動き続けるというのも凄いものだ……。ビーデル嬢は若干息切れしてきているが、マジュニアは顔色一つ変えていない。いや、あの顔色では善し悪しが分からんが……。
その後も激しい攻防が続くが、状況は拮抗し決着がつきそうな気配はない。しかし、着実にビーデル嬢の体力は消耗している。「これは時間の問題でしょうな」と元護衛の男が言ったが、ビーデル嬢もこのままでは負けると分かったのか一気に攻勢を強めてきた。すると今までほとんど防戦していたマジュニアがそれに対してカウンターで迎え撃つ。吹き飛ばされ、舞台の上を転がるビーデル嬢を見て会場から悲鳴が上がる。が、彼女はそれをものともせずに再び立ち上がり攻撃を繰り返した。
殴られても、吹き飛ばされても、蹴られても、焦りは見えども闘志の宿った瞳に陰りは見えない。傷つきながらも不屈の闘志で立ち向かうその美しい姿に、最初は悲鳴を上げていた観客だったが再び声援が息を吹き返していく。
そうして見ていると、不思議なことに傷ついて消耗していたはずのビーデル嬢の技に段々と精細さが戻ってきたように思える。それどころか、先ほどのがむしゃらな攻撃よりも鋭さが増したように感じた。気のせいかともおもったが、ふと隣の男が口を開いた。
「まるで、彼女は修業をつけてもらっているようですな」
「修業?」
「ええ。あのマジュニアという選手、勝とうと思えばすぐに勝てるだろうに……彼女の動きの無駄を攻撃によって指摘している。そしてビーデル嬢も無意識のうちにそれを受け入れ、改善しているのでしょう。体力が減っているはずなのに、試合自体は先ほどよりもよほど見ごたえがある」
「なんと! 何故マジュニアはそんなことを?」
「わかりません。わかりませんが、闘いだけでなく選手間に色んなドラマが生まれる……それも天下一武道会なのです。年甲斐も無くワクワクしていますよ。正直孫悟空の出場した大会を見てしまっただけに、前回の天下一武道会にはがっかりしていたのですが……今回は全試合通して素晴らしい戦いになる気がしてなりません」
「そうか……そんな天下一武道会を初めて観戦して見られる私は幸運なのだな」
「そうかもしれませんね。ああ、まったく天下一武道会とはよく言ったものです。天下一を決める武闘家達の夢の祭典……それを見る者もまた、夢を魅せられる。これを知ってしまうと、しばらく普段の生活が物足りなくなりますよ」
「ほっほ、そうか。覚悟しておこう。では今は存分に夢に浸かろうか」
「はい。自分もいつか途切れた夢の続きを楽しむこととしましょう」
周りの熱気にあてられ、気分が高揚してくる。今日は本当に来てよかった。
そして試合が続く中、その途中でマジュニアがビーデル嬢に話しかけた。
「お前、ビーデルといったか」
「え、ええ……そうよ。そういうあなたは? さっき悟飯くんに別の名前で呼ばれてたでしょう。あなたほどの達人、ちゃんと名前が知りたいわ」
「俺はピッコロだ」
「ピッコロさんね。ふふっ、マジュニアって名前も悪くないけど、あなたにはそっちの方がしっくりくる」
「ククッ、そうか。…………お前は戦いに対して、強くなることに対してひたむきで貪欲だな。そういう姿勢は嫌いじゃない」
「ありがとう、光栄よ」
「お前の方がふさわしいかもな」
「え?」
「もともと今の自分の実力を試したくて大会に出たが、どうせ今回は全員が全力で戦えるわけでは無いからな。そんな中で勝っても、逆に心の靄が増すばかりだろう。だから、というわけでもないが……こういう大会にはお前のような者こそふさわしいのかもしれんと、そう思っただけだ。強敵にも怯まず挑み、傷つきながらも己を磨き上げていく……今の悟飯には足りない気持ちだ。あいつは謙虚なようでいて、調子に乗ると親子ともども油断が過ぎる」
「何を言っているの?」
ビーデル嬢が困惑する中、なんとマジュニアは彼女に背を向けるとあっさり武舞台から降りてしまった!
「え!?」
これにはビーデル嬢だけでなく、会場中が唖然として先ほどまでの歓声が嘘のように静まった。
『ま、マジュニア選手、場外です! よって第三試合勝者、ビーデル選手ーーー!!』
「ちょ、ちょっと待って! どういうつもり!? 情けなんていらないわ! ちゃんと最後まで勝負して!」
「悪いな。もともと、ちょっと事情が変わって試合どころじゃなくなっていたんだ。それでも悟飯の弟子の実力が見たかったから相手したが……悪くなかったぜ。どうせ次の試合で勝ちあがってくるのは悟飯だ。せいぜいあいつにその気概で食いついて慌てさせてやれ」
それだけ言うと、マジュニア選手は白いマントをひるがえしてあっさりと建物内へ消えていった。
「まさかこんな結果になるとは……」
「ですが、これで彼がピッコロ大魔王でないことがハッキリ分かりましたな。奴ならこんなことしないでしょう」
「むう……そうだが、彼の試合をもっと見ていたかったな。ビーデル嬢が勝ち上がったことは喜ばしいのだが……」
「ふふふっ、はまりましたな国王。そうなのです、どちらが勝っても、もう一方が勝ち上がったらどんな戦いが見られたのか想像して惜しく思うのも天下一武道会の醍醐味です」
「といっても、お前さんもまだ2回目の観戦だろうに」
「ははっ、違いない。でも自分は次の大会も見に来ますよ!」
「私もだ!」
私はたちはそう言って笑いあうと、次はどんな試合が見られるのか……期待をこめて舞台に注目した。
大会はまだまだ始まったばかり。最後まで存分に楽しむとしよう!