とある姉サイヤ人の日記 《本編完結》   作:丸焼きどらごん

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牛蒡と大根

「も、もっと低脂肪を心がけろ、わき腹デブが!! 服で誤魔化そうとするな!」

 

 

 ベジータに結界を砕く役を押し付けられた俺は、知りうる限りのあらゆる暴言を尽くして結界にヒビを入れる作業を続けていた。が、それもついに思いつかなくなり、やむをえず妻に向けた小言シリーズに移行した。

 あいつも昔に比べて大分菓子類の暴食は減った方だが、それでも多い。エシャロットなど特に母親に似て甘いものが好きだからな……前にあの子が空梨の隠し菓子を見つけて山のように食べていたのを見つけて叱ったら「お母さんはいっぱい食べてるのになんでわたしは駄目なの!? お父さんの馬鹿! エシャももっと食べるの! わああああーーん!! ばーかーーーーー!!!! お父さんなんて嫌いぃぃぃぃ!!」と泣かれた。俺が泣きたかった。「ぼ、僕はお父さんの事好きだからね。エシャロットはあとでしかっておくから」と言ってくれた龍成が救いだった。

 くッ、やはり子供の教育に悪い! 今度もっと厳しく叱らねば。

 最近季節限定の新作菓子が多くて嬉しいとか言って、また大量に買い込んで隠れて食っていたからな……。わき腹のラインが怪しいことに気づいていないとでも思ったか。ほぼ毎夜見てる上に触ってる俺を誤魔化せると思うなよあの馬鹿。

 

「サイヤ人が糖尿病で死んだらお笑い草だぜ!! もっと健康に気を付けろ!!」

「おいおい、もう悪口じゃなくなってるぞ」

 

 薄々気づいていたことを指摘されぐっと言葉に詰まったが、ふと誰だと思い至り後ろを振り返った。

 

「! カカロット、貴様どうし………ッ!?」

 

 言いかけて、違うと気づく。

 

 容姿こそカカロットそっくりだ。しかしサイヤ人のプロテクターを装着し、赤い布を額に巻いた男の眼光は普段お気楽なカカロットなどより数倍鋭い。そして頬にある傷を見て、乾く喉から必死に言葉を紡ぎ出した。

 

 

「親……父…………?」

 

 

 俺の親父……バーダックと思われる相手はそれに答えず、どこかばつが悪そうに頬をかいた。うっすらと残る記憶の中ではついぞ見たことが無かった仕草に本当に親父なのかと当惑するが、俺が何か言う前にその男は俺の隣へ来ると結界に向けてこう言った。

 

 

「フリーザのゲス野郎!!」

 

 

 叩き付けるように言われた罵声に結界が大きく砕け散った。張りのある声に思わず俺ものけぞってしまう。それに対して親父は……バーダックはからかうように笑った。

 

「今はお前の方が強いくせに、俺の声にビビってどうすんだ」

「あ、いや……」

 

 しどろもどろになって、思うように言葉が出てこない。それがとても歯がゆかった。

 

 

「元気だったか」

「あ、ああ」

「嫁さんが出来たのか」

「ああ。子供もいる」

「何? そうか……何人だ? 名前は?」

「3人だ。長男が空龍、下が双子で長女がエシャロット。次男が龍成……」

「ほう、長女以外は珍しい名前だな。それにサイヤ人の平均から比べると多い方だぞ。……嫁とは仲が良いみたいだな」

「ま、まあそれなりに」

「どんな女だ?」

「自己中で我儘で、子供っぽい。けどまあ、優しい時は優しいし……何より強い女だと思う。図太いと言った方がしっくりくる気もするが」

「そうか」

 

 ぽつりぽつりと、聞かれたことに答える。新しく出来た家族の事、カカロットの事、地球での生活の事。……俺からも何か聞きたいし言いたいのに、それが上手く言葉に出来ない。

 

 話す合間も俺と親父は結界に向けて悪口を言い続けていたから、結界はどんどん砕けていく。そしてついにゴールが近づいたのか、閻魔の野郎が「あと少しだぞ! 頑張れ!」と言ってきた。

 壁が砕け散るまでがタイムリミットだと唐突に気づいた俺は急に焦り出すが、それでもなお親父になんて言葉を投げかければいいのか分からない。クソッ、いい年こいてなんて様だ! まともに喋ることすら出来んのか俺は!

 何を言うかも決まらぬままに口を開くが、そんな俺の体を乱暴に反転させて結界に向き直らせた親父はこう言った。

 

「もう十分だ。だからお前はあとは前だけ向いていろ」

「お、親父! 俺は!」

「はっ、ったく……地獄もたまには粋な計らいをするもんだぜ。それともこれも責め苦の一つか? 俺なんか居なくても、息子は立派に育ったぞって見せつけるつもりか。違いねぇ」

 

 それを聞いて親父はこれが地獄が見せる幻だと勘違いしているのだと知る。違う、違うんだ親父。親父は今、実際俺の隣に居るんだ!!

 

「自分と同じような歳になった息子に会うとは変な気分だ。だがお前は俺と違って、いい親父をやっているようだな。……親はなくとも子は育つとはよく言ったもんだぜ。ハッ、……戦闘力が低いクズだとずいぶんぞんざいに扱ってたってのによ、そいつが今や俺より強ェとはお笑いだ。だってのに罵られるどころか、お前はガキの時みてぇに素直に話しやがる。都合のいい夢なのか、それとも俺をみじめにするための悪夢なのか……」

 

 親父はそう言って言葉を切ると、俺の肩に手を置いた。ごつごつとして大きく広い、親父の手だ。遠い昔、幼い俺がどうしても褒めてもらいたかった……頭を撫でてもらいたかった親父の手。

 俺は振り向けばすぐに親父の顔が見れるにも関わらず、まるで金縛りにあったかのように首を動かせない。

 

 

 

「…………でかい背中になったなラディッツ。立派なもんだ」

「…………俺は、あんたの背中に憧れてた」

「ククッ、そうかよ。やっぱり都合のいい夢だぜ。こんなろくでもねぇ親父には皮肉ってもんだがな……まあ、悪い気はしねぇ」

「…………」

「さて、それより仕上げだ。よく分からんが、これを壊せばいいんだろ?」

「ああ」

 

 あとは余計な言葉などいらなかった。

 俺と親父はそれぞれ手にエネルギーを溜めると、それを同時に放つ。

 

 

 

 

「「砕け散れ! この馬鹿結界!!」」

 

 

 

 

 エネルギー波は結界を貫き、俺たちが掘り砕いた穴を中心に大きな亀裂が走る。亀裂はやがて結界全体に広がり、ついに結界は大きな音を立てて砕け散った。

 

 まるで夢の残照のようにキラキラと光りながら散る結界の中、振り返ればそこにもう親父は居なかった。まるで幻だったかのように……しかし、俺に肩に残るぬくもりがそれを否定する。

 

 

 

 

「いずれ俺が本当に死んだら、たっぷり土産話を持って地獄に落ちてやるさ。だから親父、それまで退屈だろうが待ってろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、俺は感傷に浸る暇も与えてもらえんらしい。

 

 

「うわああああああ!?」

「カカロット!?」

 

 何故かカカロットが下の方から何かに弾かれたように上に飛んでいった。も、もう見えなくなりやがった……! 何であいつがここに居たんだ?

 

『心配するな! 今のは地獄の秩序が戻った反動だ。悟空の奴は生きてるからな、弾かれたんだろう』

 

 閻魔殿から閻魔の声が響きそう言うが、そもそも何故カカロットがここに居たのかが分からないんだが……。あと、今まで何処に居たんだ? 界王が地上に話しかけた時は神殿に居なかったようだが。

 しかし困惑する俺が平常心を取り戻す前に、今度は界王が俺に語り掛けてきた。

 

 

 そしてとんでもない事を言いやがった!!

 

 

 

 

 

『お~い、ラディッツよ。大変じゃ~! お前の嫁さんが魔人ブウに吸収されてしまったぞ~!』 

 

 

 

 

 

 

 

 


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