逸見、戦車道やめるってよ   作:暦手帳

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プロローグ

 胸元から競り上がってくるこの感情は紛れもない怒りだ

 脳裏は真っ赤に燃え上がり、胸の中ではどす黒い感情が溢れてくる

 噛み締めた歯からは微かに血の味が滲み、握り締め過ぎた掌からはじくじくと痛みを感じる

 それでも、賛辞を与えてくる周囲に対しては心情を悟られないように戦車から顔を出し笑顔で応えつつ指定された場所に進ませる

 

 そこには既に見慣れた困ったような顔で私達を待つ大洗学園戦車道隊長の西住みほの姿があった

 浅からぬ因縁を持つ相手であり、この苛立ちの根本に存在する彼女の姿に思わず歪みそうになる表情を抑えて、戦車から降りた

 

 審判を挟んで彼女と向かい合う形となった私の横に副官を任せている少女が並び、審判が試合をしていた両チームが整列したのを確認すると試合結果を大声で響かせる

 

 

 

 

『第64回全国高等部戦車道大会決勝、勝者黒森峰女学園!!』

 

 

 

 隊長同士の握手を求められ、図らずも彼女と接近する事となった私は情けない顔をしている彼女に我慢が出来ずについ声を掛けてしまう

 

「なに情けない顔をしてるのよ。」

「エリ…逸見さん。」

「仮にも映えある準優勝チームを率いる隊長でしょう、胸を張りなさいよ。じゃないと、貴方の仲間も、負けたチームの奴等も、勝った私達も報われないじゃない。」

 

 私のその言葉は本当に彼女に向けた言葉だったのか、まるで自分に言い聞かせるようなそんな事を言ってしまった直後に後悔した

 眉尻を下げて頷いた彼女にほっとしつつ、全然胸を張れていない彼女の姿に苛立ちが高まる

 

 黒森峰と大洗、どちらも20両で試合を始めたものの、選手の質、戦車の性能、学園からのサポート等の観点から黒森峰の優位は圧倒的であった

 その差は歴然であり、完全試合を行うことも充分狙えるまでに

 だが、フラッグ車の撃破で終わった時点での走行可能な戦車は大洗が6車両に対し黒森峰は14車両、単純に計算しても大洗の2車両を撃破する間に黒森峰の1車両が撃破されているということである

 

 また、試合内容にも問題がある

 あらゆる西住みほの作戦に対して対策を練ってきた

 ありとあらゆる場面で西住みほがどんなことを考え戦略を練るか、いわゆるメタ張りを長い月日を掛けて構築してきた

 そうまでして、大洗に対する対策を行ったにも関わらず、状況は良かったとは言えフラッグ車同士の一騎討ちにもつれ込んだのだ

 

 打倒西住みほで己の心を燃やし、憎悪にまみれ、恥辱に耐え、色んなものを切り捨ててきた

 

 

 その結果がこれなのだ

 

 試合前には、これならば完全試合も夢じゃないなんてことも考えた

 今なら分かる、自分は驕っていたのだ

 私程度の凡才がいくら地を這い努力をしたところであの西住みほより優れる訳がなかった

 

 その事実がどうしようもなく腹ただしく、どうしようもないほど悲しいのだ

 

 

 分かっている、これは私の勝手な癇癪だって

 そんなこと、誰に言われるまでもなく理解している

 けれど、それでもこの彼女が私の前から去ったあの日から続くこの胸に蟠る感情が消えてくれないのだ

 

 ならばこそ、おずおずと嬉しそうに握手に応じる彼女を睨み付けるように見つめた

 

 

 嫌い、嫌いだ

 どうせ私の前から居なくなるのであれば、いっそただのチームメイトであれば良かったのに

 中学の時のようにずっと一人ぼっちであれば、こんなに苦しくなかったのに

 

 おどおどと落ち着きの無い彼女が嫌いだ

 放っておくと転んでしまうからと手を引いた時に見せた彼女の笑顔が嫌いだ

 いつまでも恥ずかしそうに私の名前を呼べない彼女が嫌いだ

 

 …私がなりたかった副隊長の役目を任され泣きそうになっていた彼女が嫌い

 誰も見捨てることが出来ない彼女が嫌い

 勝手に部屋から居なくなった彼女が嫌い

 優しい貴方が嫌いだ

 

 

 私は戦車道が大嫌いだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長!申し訳ありませんでした!」

 

 祝勝会の盛り上がりがようやく収まり始めた最中、唐突に私の前に立った人物が勢い良く頭を下げる

 ワイワイと楽しそうに騒いでいた周りが水を打ったように静まり返り、私の前に立つ副隊長という大役を任せた一年生の彼女、水瀬さつきはいつもは崩すことのない表情を真っ青にして頭を下げ続ける

 

「私が大洗のフラッグ車と1対1になった際に確実に仕留めることが出来れば隊長の手を煩わせる事なく勝利することが出来るはずでした。」

「…。」

「隊長の作戦を果たし切れなかったのは私の責任です。いかなる処罰も受け入れます…。申し訳ありませんでした。」

 

 今までの楽しげな雰囲気が嘘のように、緊張感で張り詰めた祝勝会の様子と目の前で項垂れる今回の試合での最大功績者の様子に溜め息を吐く

 

「…水瀬、私がなんで一年生の貴方に副隊長としての重責を与えたか分かる?」

「それは…、私の実力が副隊長として見合ったものだったからではないんですか?」

「勿論、その理由もある。けど、私は貴方が完璧に副隊長の任をこなすことを期待していたわけじゃないわ。」

 

 ともすれば、最初から期待してなかったと捉えることが出来る言葉に周りが息を飲む音が聞こえる

 僅かに肩を震わせる少女に出来る限り安心させれるような笑顔を作って頭を撫でる

 

「貴方が今大会、副隊長として得た経験での成長が来年以降の黒森峰を磐石なものにすると信じたからこそ、私は貴方に副隊長としての重責を任せたの。」

「…隊長。」

「水瀬、これからは貴方が隊長よ。貴方が後任なんだもの、何の憂いもなく卒業出来るわ。」

 

 いつもは揺らぐことの無い鋼鉄の副隊長が瞳を潤まして顔を上げる

 赤らんだ頬を軽く撫でて、辺りを見渡した

 どいつもこいつも、いつの間にか湿っぽい雰囲気になっていて、さっきまでの盛り上がりが何だったのかと笑ってしまう

 

「ほら、何湿っぽい雰囲気になってんの!今日は精一杯楽しみなさいよ!私達全員で勝ち取った日本一よ!」

 

 水瀬の肩に腕を回して、抱き込むともう片方の手に持ったグラスを高々と掲げる

 

「私達の今までの努力に乾杯!今、この場に居る全員が最高のチームよ!」

 

 歓声が爆発した

 ある者はで笑顔で何事かを叫び、ある者は感極まったのか涙を流し、ある者は近くにいた今まで仲が良いとは言えなかったチームメイトと抱き締め合う

 頭ひとつ小さい水瀬が力任せに抱き付いてくるのを抱き締め返しながら、ふと思う

 

 これが私の戦車道の最後なら、なんて輝かしいのだろうと

 

 私の執念は果たすことは出来なかった

 私の中に残ったものはどうしようもない後悔と一方的な憎悪であったが、確かに残すことが出来た私を慕ってくれる彼女たちの姿を見れば、これで良かったのだと、そう思えた

 

 これで長く苦しかった私の戦車道は終わりだ

 終わりで良いのだ

 

 

 

 

 


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