逸見、戦車道やめるってよ   作:暦手帳

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赤星小梅は悔やんでいた

 輝かしい結果を残した黒森峰であったが、そこに至るまでの過程は決して平坦なものではなかった

 

 西住流後継者であり国際強化選手として名高い西住まほを擁し、当然と思われていた全国大会優勝を2度逃した黒森峰の名は地に落ちていた

 

 

 "王者黒森峰は過去のもの、西住まほを失った黒森峰は恐るるに足らず"

 

 

 当時の心無いそんな声に残された黒森峰戦車道の隊員達の戦意はもはやボロボロであった

 常勝を掲げる黒森峰に憧れて入ってきた

 厳格な校則も、日々厳しさを増していく訓練も、勝利をこそ思えば耐えられた

 他校だけではない、チームメイト同士でのレギュラーを掛けた競い合いや蹴落とし合いだって行ってきた

 それだけに、あの敗北は隊員達に影を落とした

 

 この結果はなんだ

 これでは、ただの負け犬で…今まで耐えてきたものは全て無意味ではないか…

 

 西住まほの圧倒的な指揮能力とカリスマで従えていた彼女達の不満は2度目の敗北と西住まほの引退を持って爆発した

 行き場の無い怒りとこんな筈では無かったという悲嘆が混ぜ合わさって、黒森峰戦車道は恐ろしい早さで崩壊へと進んでいた

 

 誰も彼もただ淡々と与えられた訓練に取り込み、かつての熱意を失っている

 このままでは駄目だと誰もが思ってもどうすればいいか分からない

 

 そんな悪循環を破壊したのが、誰にも期待をされていなかった、西住まほの後釜である逸見エリカであった

 

『不甲斐ない、だらしない。ねぇ、気が付いてる?今の貴方達、死にそうな顔してるわよ。』

 

 罵倒から始まった逸見エリカの言葉に生気の無い目をしていた人達に怒りの炎が灯る

 

『前の訓練では猛禽類のようなギラギラした目をしてたくせに、たかが負けただけで情けない。ほんと度しがたい程の負け犬ね。』

 

 あんまりな言いように大会後から力無い顔を俯かせていた人が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる

 戦車道を止めるとばかり言っていた人が唇を噛み絞め睨み付ける

 いつも落ち込んでいた周りの人を必死で慰めていた人が胸ぐらを掴み掛かる

 

『私もよ!!!』

 

 そんな暴動のような中で逸見エリカはそれらの音を叩き潰すような怒声を上げた

 

『私も同じ!!あんな急造のチームに負けた事が悔しくて、今までの苦しかった訓練が無意味だったんじゃないかと恐ろしかった!!』

『布団の中でくるまって震えながら泣いたわ!!食べ物が喉を通らなかった事もあった!!自分の事を何度だって、不甲斐ない、だらしない、負け犬だなんて思ったわ!!』

『でもね、違う!!違うのよ!!!』

 

 いつの間にか静まり返っていた周囲の状況にどれほどの人が気が付いたのだろう

 同じことを抱えていた、なんで気がつかなかったのだろう、ここに居る人達全員が同じ様に苦しんでいたのに

 

『終わりじゃない、まだ終わってないの。私達の戦車道はまだ終わっちゃいないの。』

『ここで立ち止まることこそが負け犬なのよ、だから、だからこそ、』

『勝つわ、必ず、完膚なきまでに。貴方達に必ず勝利を掴みとらせる。』

 

 私を信じて

 

 そう宣言した逸見エリカに誰もが涙を流す

 西住まほ程の天才性もカリスマも戦略眼もない、けれど、逸見エリカだからこそ

 同じだけ苦しみ悩み抜いて、それでも立ち上がった彼女だからこそ私達は立ち上がれた

 

 

 

 

 

「貴方にはずっと迷惑掛けたわね、小梅。」

 

 心底申し訳なさそうにそんなことを言うものだから、つい笑ってしまった

 自分では真面目な話のつもりだったのか、私が笑いだしたことに目を丸くして驚いていた彼女は、私との温度差に頬を赤らめ不機嫌そうに視線を反らした

 

「ごめんごめん、エリカさん、つい似合わないこと言うものだから。」

「あ、貴方ねぇ、こっちは真面目に…。」

「迷惑なんて掛けられてないよ。」

 

 いまだにくっきりと隈を残したエリカさんの顔を見つめる

 綺麗だった銀色の髪はくすんだ灰色に近づき、手入れされていた肌は目に見えるほど荒れている

 

 この1年一番辛かったのは彼女の筈だ

 学園側の圧力やOG達への対応、そして、エリカさんと親友のように仲の良かったみほさんを倒すための訓練は彼女を常に追い詰めていた筈だ

 

 それでも、エリカさんはやり遂げたのだ

 この大会の全てを圧勝で終わらせた

 心無い下馬評で黒森峰を嘲笑していた人達に驚愕を与え、過去の遺物と嘗めてかかってきた人達を絶望へ叩き落とした

 

 ボロボロになって、色んなものを切り捨てて勝ち取った

 私達に掴みとらせてくれたのだ

 

「エリカさん、本当にお疲れさま。ありがとう信じさせてくれて。」

「…まったく、まだあの時の事覚えてるの?恥ずかしいから忘れて。」

「ん~、それはちょっと難しいかな~。」

 

 エリカさんには悪いけれど、きっとあの時のことは生涯忘れることは無いだろう

 エリカさんはさらに頬を赤くすると手に持っていた飲み物を誤魔化すように一気に飲み上げる

 

「ともかく!ここまで来るのに小梅には色々苦労を掛けたと思ってるのよ!私は!」

「うん、エリカさんの中ではね。」

「だから…、お礼を、その…、言うつもりだったんだけど。」

「うんうん、私が先に言っちゃったんだね。」

「…貴方、ほんといい性格してるわ。」

 

 どちらからともなく笑いが溢れる

 戦車道の先輩から後輩に対する引き継ぎも終わり、肩の荷が降りたエリカさんは1年生の頃に戻ったようによく笑うようになった

 それに対して色々思うことはあるが、素直に良かったのだと思う

 

「小梅。」

 

 ふと、笑いが止まり、試合中のような厳格な声で名前を呼ばれて反射的に笑いを引っ込めて耳を傾けてしまう

 もはや習慣になった私の様に、エリカさんは真剣な表情のまま私に顔を近付けてきて、真っ赤になった私の顔をギリギリで避けると耳元に口を近づけ囁く

 

「小梅、ありがとね。ほんとに助かったわ。」

「ひゃああぁぁぁ!?」

 

 跳ねるように飛び退いた私にエリカさんはしてやったりとでも言うような笑みを浮かべる

 

「こ、このエリカさんー!!」

「あはははっ!何よ、真っ赤になっちゃって!」

「もう怒った!もう怒ったよ!!」

「え、あ、ちょっと、止めて、ごめんって!くすぐるなぁ!」

 

 バタバタと二人でひとしきり暴れ、私の気がすむまでくすぐると二人して仰向けに寝転がる

 どちらの息切れの音か分からないほど二人して息を切らし笑いを溢す

 

 そんな中、ふと黒森峰としてのこの関係が終わってしまうことに少しだけ寂しさを感じてしまい、つい口が滑ってしまう

 

「エリカさん。」

「ん。」

「私さ、ずっと、後悔してた。試合で川に落ちて、みほさんが私達を助けに来てくれて、優勝出来なくて、みほさんが転校することになって、みほさんが私達の前に敵として現れて、優勝…出来なくて、私達のチームが壊れそうに…なって。」

「…。」

 

 エリカさんは何も言わずに、聞いていてくれる

 いつの間にか、視界が滲む

 

「私ね、エリカさんに救われたんだ。」

 

 ずっと、ずっと、言いたかったこと

 どれだけ救われたか、どれだけ感謝しているか、なんと言えばこの気持ちを伝えられるのか分からなかったから、ずっと言えなかった

 

「私のせいだって、私のせいで何もかもおかしくなって、皆が苦しんで、そんな中で私は…何も…できなくて…。」

「バカね、ほんとバカ。誰も貴方のことを責める人なんて居なかったじゃない、あれはただの事故で、誰も悪い人なんて居なかった。」

「エリ、カさん…。」

「それでも自分せいだって言うんなら仕方ない、存分に私に感謝しなさい。」

 

 滲んだ視界の中にエリカさんが顔を出してくる

 すっかりトゲの取れた優しげな表情で微笑む

 

「あの子は自分の戦車道を見つけれて、私達は日本一よ、誰もが思うわ、最高の結果だってね。」

「うん…うん!エリカさん、ありがとう。」

 

 長い間、詰まっていた何かが取れたように苦しかったものが全て無くなった気がした

 私はなんて単純なんだろう、これまでもエリカさんが言ったことを心の底から信用してしまう

 どんなに絶望的な状況でも、どれだけ不可能だと思っても、エリカさんが出来ると言うと信じてしまう

 長い間の悩みも、何もかも解決してしまって、もはや私の中で確定事項となっていた事を伝えることにした

 

「私、私ね、大学に行っても戦車道やりたいって思えた。だから、また、大学でも私と一緒にっ…!」

「あ、ごめん、私、戦車道は高校で止めるから。」

 

 ………は?

 

「え?え、う、え?エリカさん、今なんて?」

「だから、私、戦車道は高校で止めるから。もう西住流も破門にしてもらったし。」

 

 …ん?

 つまり、つまり?

 

「え、え?えええぇぇぇぇぇ!!??」

 

 

 

 

 

 

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