pixivらも当こうしていますが、加筆修正しています。
爽やかな口調と笑顔で話しかけてくる、だからといって中身も同じだとは限らない。
いつも、いつも道に迷っていて、目的の場所へ時間通りに辿り着いたことなど滅多にない。
いや、一度もないといってもいい、ハートの国の騎士、エースはいつもマイペースで悩みなどないように見える、だが、その外見とは裏腹に彼は悩んでいた。
自分の役持ちという立場にだ。
できるなら、自分以外の何かに変わりたいと思う、けれど、それはできないのだ。
「多分、無理だわ、いいえ絶対に」
あっさりと彼女に言われたとき、エースは少なからず苛立ちのようなものを覚えて反論したのは、どうしてそんなことが言えるんだい、たとえばマフィアのボスだったり、遊園地のゴーランドみたいな仕事だったりしたら、うまくいって、今よりも自分らしくいきられるかもしれないじゃないか。
ところが、彼女、女はあっさりと言ったのだ、あなたは変わらないわと。
「不安定な自分の心の苛立ちを他人にぶつけて解消しようとしている、そんな人が仕事や役を変えたから、別人のようにまともに代われると思っているの」
ひどい言い方だなあとエースは爽やかな笑顔で返した、まるで、俺がどうしようもない、ダメな男みたいじゃないか。
「よくわかっているじゃない」
素直すぎるくらい、あっさりと返ってきた言葉にエースは少なからず不満を感じた、そんな言葉をアリスにも言われたことはなかったからだ。
腰に下げていた剣を抜いて、女の首筋にそっと当てる、少し力を入れてしまえば、女の首と胴体を切り離すことができる。
君は死ぬんだよ、代わりはないから死んでしまうよ、少し怖がらせるつもりだった。
ところが、女は怖がる様子を見せることもない。
「そうやって怖がらせて、楽しんでるのね、くだらない」
呆れたような口調で自分を見る目に見つめられて、剣を持っていた手が震えた。
何故なのか、自分でもわからない。
「くだらない」
女の口から繰り返される言葉を否定するようにエースは両手に力を込めた。
ほら、余所者を殺すなんて簡単だ。
だがと思う、彼女が死んだらペーターさんは僕を殺そうとするかもしれない。
いや、白兎だけではない。
マフィアのボスもだ、それにユリウス。
そう、自分の上司でもある彼は、どう思うだろうか、正直、嫌われるのは辛いかもしれない、けど,彼女は僕を,こんなにも苛だせて、軽蔑して、そう、耐えられない。
彼女が許して、助けてと懇願すれば剣をおさめて,殺すのはやめようと思っていた。
だが、そんな様子は微塵も見せないことに苛立ちと不快さを覚えた。
ああ、彼女は死ぬ、感情を煽りたてるような言葉を投げつけてくるんだ。
この女が死ねば、少しは自分も楽になるかもしれない、少なくとも、いらいらとした不安な感情は消えるかもしれない。
ところが。
「あれ」
ハートの騎士、エースは奇妙な声を出した。
感じたのはわき腹の痛みだ、思わずそちらを見ると、そこにはネズミが立っていた。
いや、立っていただけではない、彼は、にっこりと自分に笑いかける。
「駄目だよ、騎士さん」
彼の手にはナイフが握られていた、では、この痛みは、もしかして。
自分の手から剣が落ちた、慌てて拾おうとしたが、その手は掴むことがきない。
剣は、いつのまにか自分の足下の暗い穴の中へと落ちていったのだ。
だが、落ちていくのは剣だけではなかった。
自分の腕だ。
「どうして、彼女を殺そうとするの、ひどいよ」
責めるような声にエースは反論した。
余所者は自分達を変えてしまう、狂わせてしまう、自分らしくなくなってしまう、だからだ、変えられてしまう前に、自分らしく存在する為に、この女を殺すのだ。
「それって自分勝手な、君の思いこみだよね、くだらないよね」
くだらない、まただ、また、その言葉を聞かされた。
それもネズミに、マフィアの下っ端のネズミに言われるとは、どんと体を押され、吸い込まれる穴に落ちていく。
そこはね、双子の落とし穴と繋がっているんだ。
ネズミの言葉に体中に激しい痛みが走った。
もしかして、これは完全な死というものだろうか。
そう思ったとき、やれやれと力の抜けたような男の声が耳元で響いた。
「大丈夫かい、随分と落ち込んでいたようだね、ハートの騎士殿」
ナイトメアの言葉に騎士は目覚めた、わき腹の傷はない、剣もちゃんと腰にさげてある。
では、今までのことは夢だったのかと思うとナイトメアはいいやと首を振った。
「君が随分と落ち込んでいると言われてね、それで、試しに私の領域へとね、どうだい、少しは気が晴れたかい、それとも今の役は荷が重くて、代わりたいかい」
そんなことできるわけないと言いかけた騎士の態度に、ナイトメアは私を誰だと思っていると威張りながら胸をばんと叩いた。
「この私にできないことなんてないぞ、なんたって、私は偉いんだからな」
全然、偉そうに聞こえないし、見えないのがという言葉は、あえて言わなかった。
「さて君の次の役持ちだが、ネズミだ」
ネズミ、どうして、いや、何故だ。
「君にぴったりじゃないか、落ち着きがなくて、二重スパイみたいに女王とユリウスの間を行ったり来たりしている、丁度いい機会だ、ユリウスも」
ユリウスがなんだって。
「君は最近、使いものにならないと言ってた」
「嘘だ、ユリウスが」
「彼に依存しすぎるのはよくないよ、騎士殿、いや、ネズミだったな」
このとき騎士は初めて声を上げた。
いや、絶叫かもしれなかった。
「少し薬が効きすぎたかな」
「でも、落ち着いたみたいよ、エースは」
あれから数日がたった、ここ数日、長いこと道に迷っていたせいか、城の庭でテントをはって眠っていた自分にエースは驚いた。
夢を見ていたような気がするが、思い出せない。
いや、夢とはそういうものだ。
「それにしても、いい気分だなあ」
こんな気分は久しぶりのような気がする。
「君の脚本はできすぎた」
夢の中で紅茶を飲みながら、ナイトメアは満足かいと女に尋ねた。
「あら、こちらとしては先手を打ったのよ、出会う先々でいらいらして、殺気を隠そうともしないんだもの」
通り魔に出会うようで、いい気分じゃなかったわと言われてナイトメアは確かにと頷いた。
「まあ、これでしばらくは奴も大人しくなるだろうさ」
現実と,この国は似ているようで違う、ハートの騎士が以前から自分の役柄に不満を持っていたのは誰もが知っている。
いや、周知の事実だ、だが多少の不満を持っていても仁は折り合いをつけて、その役を演じている,突然、現れた二人目の余所者は皆に少なからず影響を与えたが。
ハートの騎士は、他の誰よりも不満を感じていた。
だから、先手を打ったのだ、余所者である彼女の考えた脚本。
それがエースにどんな影響を与えたのか、自分は取るに足りない役持ちだと思っていた自分が、いつも見下していた相手からくだらないという言葉をかけられた。
依存していたユリウス、親友だと思っていた彼から、役に立たない、お祓い箱だと思われていた。
普通の人間なら耐えられないだろう。
それは、エースだから耐えられたのだ,多分そんなこと,今は記憶の中にさえ残っていないだろう。
「まったく、君って人は」
ナイトメアは,カップを覗き込んで言ったお代わりはどうだいと。
すると、余所者の彼女は頂くわと、にっこりと笑みを浮かべた。