虚の英雄 作:秋刀魚39
「此処が、イッシュね」
「……」
「ねぇ、見て、ビルがたくさんあるわ! アルセウスくらい高いんじゃないかしら?」
「……」
「……何か反応してよ」
「シッ! 静かにして!」
しつこく話しかけるブルーを、鋭い言葉で黙らせる。
野生の勘が冴えているハニーは信用した方がいいのもわかっているが、せめて初めての地方に来た今くらいは話に付き合って欲しかった。
暇を持て余したブルーは、最近購入したばかりのライブキャスターを弄ろうかと思ったが、
「———!」
それより先に、ハニーが動き出した。
軌道だけを残して走って行ったハニーを見て、ブルーも慌てて駆け出す。
「全く! 予備動作も無しにあのスピードって何なの!」
悪態を付きながら、録音機能とGPS機能をonにし、一気に一般人から英雄の付き人に様変わりする。
怒号や怒声の響くヒウンシティの中心部へ着くのに、数分とかからなかった。
「———あ? 小娘の癖してなに大人の邪魔してやがるんだよぉ!」
「そうだ! ガキは引っ込んでろっての」
「そこの少年も同じだぞ、引っ込め」
ロケット団の下っ端は、周囲の人々からポケモンを取り上げ、それを止めに入った少年少女———トウヤとトウコを蹴った。
「うっ!」
「トウヤに何するのよ!」
「兄想いな妹だな。だが、現実はそう甘くねぇんだよ!」
トウコの鳩尾に拳が叩き込まれ、トウコは咳き込みながら尻餅をついた。
「英雄の真似事か? いいか、英雄ってもんはな———」
リーダー格の男が、素早くトウコのポケモンを取り上げる。
「———一般人にはなれないもんなんだよ」
「それはどうかな?」
黄色い何かが男に突撃したかと思うと、次の瞬間、トウコは引っ張り起こされていた。
「はい、あなたのポケモン。とりあえず、この人達は片付けちゃうから待ってて」
ハニーは、チュチュが取り返したトウコのポケモンを渡し、トウヤを助けてくるよう言う。
ハニーはトウヤ・トウコより3歳ほど年齢が低い。そんな彼女に任せて平気なのかとは思うが、一旦この場から引くことにした。
ハニーを信じたわけではない。自分が直接攻撃を食らったことに、ショックを受けていたのだ。
「さてさて。あなたたちが噂のプラズマ団? ロケット団の方がまだ可愛げがあるよね、ポケモンと引き離したりしないんだもの。じゃあ、あなたには、私とポケモン達の絆を見て貰おうかな?」
「……くっ。いいだろう。さっきよりも幼い小娘が相手とは、何を考えているんだか。まあいい。俺は強いぞ」
リーダー格の男がポケモンを出そうとしたところで、ハニーが一旦止める。
「待って。……私はしがない一般人だけど、あなたはこの場のトップでしょ? 名前は?」
「下っ端だが、リーダーには違いない。マイクだ」
「ありがとう。じゃ、始めましょ。6対6のガチバトル」
「ふ、余裕だな」
ハニーはモンスターボールを握り、開けたスペースに投げる。同時にマイクもボールを投げ、その瞬間に戦闘が始まった。
「テッカニン! まもる!」
「レパルダス、きりさく!」
レパルダスの鋭い攻撃を、半透明のシールドで防ぐ。その瞬間、テッカニンの体が赤くなり、特性により素早さが上がる。
「もう一度!」
「飛んでかわして!」
レパルダスのきりさくを、高度を上げることでかわす。レパルダスは地に足が着いた瞬間、噴水に助走をつけて登り、その勢いで高く跳んだ。
素早さを活かしてテッカニンは回避し、素早くこうそくいどうを積む。
「バトンタッチ!」
「おいうちをかけろ!」
素早くテッカニンがモンスターボールに戻った隙を狙っておいうちを掛けるが、精々ツメがかすった程度。テッカニンの素早さには追いつけず、素早くレパルダスが自分の陣地に戻る。
「ゲッコウガ!」
「ふいうち!」
ゲッコウガのネイビーが現れた瞬間のふいうちを、スピードで逃げ切り、噴水を足場に使って宙へ跳ぶ。無駄に滞空時間が長いのは、忍者ゆえだろうか、降りてきたときにはあまごいが完了していた。
突如降り出す雨に、観戦者は驚きながらも傘をさす。何が何でも、このバトルを見逃す気は無いようだった。
「かげぶんしん!」
「スピードで負けるなら———すなかけ!」
ネイビーの目に細かい砂が入り込むが、ハニーにとって、そしてパーティにとってそこまで支障はない。
「バトンタッチ!」
「な! レパルダス、体勢を整えておけ!」
ネイビーがバトンタッチで交代した相手は、バトル開始前からハニーの肩の上に乗っていたチュチュだった。
素早さが上がり、そしてかげぶんしんの効果も継いであり、フィールドは雨。この先の結果が見えていないマイクでは無かった。
急な出張ということもあり、2体しかポケモンを所持していないマイクであったが、レパルダスが倒れてももう一体で六タテ出来る自信はあった。
「チュチュ———かみなり!」
「耐えろ!」
必中のかみなりを落とされたレパルダスは、煙を巻き上げて地面に叩きつけられた。煙が晴れたところでは、目を回し、明らかに戦える状態ではない。
先程、ガキツインズの合計6体を倒したレパルダスは、瀕死と判断されてボールに戻された。
「ねぇ、あと1匹だよね? 諦めたら?」
「は? 何言ってるんだ、コイツはたいしたことはない。俺のエースの力、見せてやる」
マイクが繰り出したポケモンは、カイリューだった。
よく鍛えられているらしく、大柄である。
「コイツでジムを幾つか勝ち取った。ジムリーダーのポケモン以上だよ」
「……ぷっ」
「…………何処に笑う要素がある?」
「ジムリーダーのポケモンが、弱いと思う? ポケモンリーグ出場クラスのエリートのポケモンが? ジム用のポケモン使ってるに決まってるでしょ」
「な……ん……だ、と……」
「よく鍛えられているけど、自慢は変えたほうがいいかもね」
「……カイリュー、かみなりだ!」
「チュチュ、受けて!」
天から落ちるかみなりで、チュチュはパワーアップをする。しかし、それは囮だったようで、カイリューの尻尾でなぎ払われ、続けて全体重を上から掛けられる。
「チュチュ!」
「お前の相棒か? 残念ながら、此処までだな、バトルもポケ生も。すまんな、手加減できな———」
「チュチュ! ———お願い!」
踏み潰され、半分死に掛けているチュチュは、ハニーの呼びかけを受けて目を閉じた。
マイクは、このままチュチュが死に、ハニーが降参するだろうと考えていただろうが、観戦しているブルーにはそうは思えなかった。
何故なら———チュチュが、発光しているから。
進化の光ではない。ピカチュウは、進化の石無しでは進化することができない。
では、何なのか。
チュチュは、純白の光を身に纏っていた。
ゆっくりと、カイリューに気付かれない程度に起き上がり、
「ピー、カー、ヂューーーーー!!!」
全力で雷を呼び寄せた。
先程とは比にもならない程の雷がカイリューの上に落ちる。硬直している隙に、アイアンテールでカイリューを払いのけ、ハニーの前へ戻る。
純白の光を纏ったチュチュ。進化ではない。メガシンカでもない。ライチュウでもないのだから、BREAK進化であるはずもない。
では、これを何と呼ぶか。
———SPIRIT進化。
ブルーは、そう名付けた。
心の進化だと、ブルーは思っている。
大昔、進化はトレーナーとポケモンの絆によって起こるものだった。
しかし、心からの絆で進化出来る例は非常に稀で、その為にポケモンは弱いままだった。
そこから、人や動物が重ねてきた通りの進化により、ポケモン達はレベルによって進化することになった。
では、絆によって、限界を超えようとするとどうなるのか。
答えは、SPIRIT進化である。
最終進化系でなくても、トレーナーとポケモンの心がひとつになっていれば、ポケモンは限界を超えることは出来る。
アルセウスが創った通りの心の進化により、BREAK進化以上の、伝説に匹敵する程の力を出すことが出来る。
何故、ハニーが英雄とされ、チュチュがその象徴なのか。
それは、世界で唯一のSPIRIT進化出来るパートナーだからだ。
「な、何が起こっているんだ……」
マイクは呆然と、気絶しているカイリューを見下ろしていた。
チュチュは純白の光を纏ったまま、マイクを睨んでいる。
幼い少女。相棒のピカチュウ。純白の光。このキーワードの意味に気付いた観衆の1人が叫んだ。
「あの人だ! 世界の救世主! ポケモンと心を通わす———ピュアホワイトだ!」
ハニーは各地方ごとに称号を持っているが、イッシュではピュアホワイトと呼ばれていた。
黄色の少女、とピカチュウや格好、名前から言われたりするが、純白の光のピカチュウ、ということから白に関する称号も少なくなかった。
「これが、SPIRIT進化……。ふん。所詮はただのピカチュウだ。次はガチな面子でボコボコにしてやるから、待ってろよ」
カイリューをモンスターボールに戻してから、マイクは群衆の中に紛れていった。
同時に、ハニーも群衆に紛れる。以前、似たような状況の時、ハニーは群衆に囲まれて身動きが取れなくなったことがある。
素早く人を掻き分け、ブルーの手を掴むと、ホテルに向かって走り出した。