「へえ…『期待されるのが初めてだから応えたい』ねえ…。
さとりも健気じゃあないか。」
燐の回想を聞き、心底楽しそうな様子の勇儀。
「まあ、進展は当分ないだろうけどね。」
あのさとり様に限って色恋沙汰がスムーズに進むわけがない。
流石にそこまでは言わなかったが、そう思っているのは誰の目にも明らかだ。
「そうだなぁ…。あまりにももどかしかったら、適当に背中を押してやればいいんじゃないか?」
「まぁ、暫くは見守っておくよ。」
「『面白がって傍観しておく』だろう?」
「お姐さんにはかなわないねぇ。」
地霊殿の主 古明地さとりと、突如現れた人間の 萃儀という、話題に事欠かない共通の知り合いについて話を咲かせていた二人。
しかし、和やかな雰囲気は、不意に勇儀が顔を引き締め、声のトーンを落としたことによって四散する。
「――そろそろ来るぞ。」
勇儀の言わんとするところを察し、燐も気を引き締める。
一変して張りつめられた空気の中、突然、二人の目の前の空間が裂けた。
中から出てきたのは、美しい金髪を覆うかのような特徴的な帽子をかぶり、ゆったりとした紫がかった服を着、右手には扇子を持つ妙齢の女性。
彼女は、姿を現すなり、扇子で口元を隠し、言った。
「あら…?私が来るのはバレていたようね…?
おっと、そこにいるのは燐だったかしら。直接会うのは初めてね。
私が、幻想郷の管理をしている 八雲 紫よ。」
ただ会話をしているだけなのに、押し潰されてしまいそうになるほどの威圧感。
普段から力を抑えている勇儀と違い、溢れんばかりの妖気を放出している紫。
「燐…これが力を放出している大妖怪ってやつだ…。
慣れないうちは立っているのも大変だろうが…。」
既に呑まれている燐を少しでも楽にするべく、勇儀が声をかける。
「これは…凄いものだねぇ…。」
その甲斐あってか、どうにか我に返った燐が返事を返す。
「まあ、殆どの会話は私が引き受けるから、補足は頼むよ。」
――話し合わせは頼むぞ。
――わかった。さとり様のためだもんね。頑張ってみるよ。
最後は目だけで会話をし、勇儀は紫に向き直る。
「私は常に周囲の気配を探っているからね。
スキマは空間がゆがむからすぐにわかるのさ。」
勇儀の返答に、紫は扇子で隠した口元を釣り上げる。
「ほう…、流石は幻想郷最強の鬼…といったところかしら?。
…それ以前に、私が来るのを予測していたように見えたのだけれど…。」
探るような目を向ける紫。
見るだけで萎縮してしまいそうな視線に対し、勇儀は苦笑を返す。
「そりゃあ、あんなことしてしまったらなぁ…。
地上まで力が伝わって、結果あんたが確認に来るってのは予想できるよ。」
それを聞いた紫は、わずかに眉を吊り上げる。
「用件が分かっているのなら話は早いわ。
単刀直入に言うけれど、アレは一体なの?」
隠し事は許さないとばかりに鋭い目線を向ける紫ではあったが、勇儀は動じない。
「ああ… さとりと燐に手伝ってもらって、新しい技の考案をしていたんだ。
そこで、『さとりの妖力を混ぜ合わせてみたらどうなるのか』という話になってな。
どうせやるならということで、二人で全力の妖力弾を作りだし、混ぜ合わせてみたところ、予想をはるかに超える勢いで増幅してしまって…。」
流石にあそこまでの自体になるとは思っていなかったとばかりに首を振る勇儀。
「それで…?その増幅した力はどうなったの?」
「さとりが膨大な負荷に耐えきられず気絶したことで、すぐに消えたよ。
一瞬だけ制御を離れた力が地上にむけて立ち上ってしまったが、それきりさ。」
勇儀の説明に一応納得をしたのか、凍てつくような空気が少し抑えられる。
「ふむ…わかりました。今回はただの能力の暴走事故ということにしておきましょう。
…しかし、今後頻発するようであったり、更に大きな力が地上に放たれるようであったりした場合は…。」
――幻想郷に敵意アリとみなします。
幻想郷の賢者、八雲紫は底冷えするような声で言い放った。
心得たとばかりに頷く勇儀を見て、紫は今度こそ完全に威圧するかのような空気を抑える。
「…ときに、その気絶したという古明地さとりはどこに?」
純粋な興味だったのだろう。
しかし。それは勇儀たちにとって触れてほしくない話題だった。
「…ああ、既に部屋に運んで寝かせているよ。」
そう答える勇儀だったが、紫の目は明らかに納得をしていない。
「…ふむ?気絶したというさとりを部屋に運んで、また外に出てきたということかしら?
そこの燐など、主が目を覚ますまでずっとそばにいそうなものだけれど。」
その指摘に、勇儀は苦虫をかみつぶしたような思いで、しかし、それをおくびにも出さず考える。
――これは無理に隠そうとするだけ逆効果か。
――それなら、紫に警戒を抱かせないレベルに存在を明かすほうが良いな。
数瞬で考えを纏めあげた勇儀は、あくまで堂々とした態度を崩さず答える。
「そのことなんだが、最近この地底に人間が迷い込んできてね。
大した力を持つわけでもない上、住む場所のあてもないと言うんで、一応この地霊殿で受け入れてやっている。
今はそいつがさとりの様子を見ているよ。」
勇儀の答えに、紫は思う所でもあったのか、少し考え込むようなそぶりを見せる。
「ふうむ…迷い人…。
大した力を持っていないとのことだけれど、危険性はないのね?」
確認するかのように問う紫に対し、勇儀は頷きを返す。
「それなら、気に留めるほどの事でもないわね…。
所詮人間だし、直ぐに古明地さとりのことが恐ろしくなって逃げ出して、どこかで野垂れ死ぬような気もするし…。」
考えがまとまったのか、改めて勇儀を見据える紫に対し、軽く身構える。
「その迷い人の事は、そちらに一任するわ。もし万が一何か異常が起こるようなら教えてちょうだい。
それでは、一応用件も済んだことだし、わたしは失礼させてもらうわね。」
そう一方的に逃げると、紫はスキマの中に消えていった。
ひとまず困難が去ったことに、二人して安堵の念を漏らす。
「ふう…なんとかしのぎ切ったなぁ…。」
もし、万が一、萃儀が紫によって幻想郷の敵判定された場合。
今の萃儀ではなすすべなく消されてしまうことになる。
そのような最悪な未来を迎えることにならなかったことに一先ず安心する二人だったが、少し経ったところで、燐が遠慮がちに口を開く。
「何とか乗り切られたのは良かったんだけど…お姐さん、良かったのかい?」
何がとは明言していない燐であったが、その指し示すことは勇儀にもすぐにわかった。
勇儀は空を仰いで言う。
「ああ…確かに、私は『鬼』として、嘘、誤魔化しというものが大嫌いだ。
自分がそんなことをしたと思うと、反吐がでるよ。」
――だがな。
勇儀はそこで言葉を切り、燐へ向き直る。
「それ以前に、仲間を見捨てることは、一個人としての『私』が許せないんだ。」
はっきりと言い切り、また上を見上げた勇儀に釣られて燐も視線をあげる。
――お兄さんも大概周りに恵まれているよねぇ…。
上げた視線の先には、いつか見た一面の青空が広がっているような気がした。