当時、私達は妹のこいしと共に地上に住んでいました。
覚は忌み嫌われし妖怪。
心を読む能力によって人妖問わず疎まれていた私たちは、殆ど外部との関わりを断ち、山のふもとの館に隠れ住むようにして生活していました。
…尤も、こいしは好奇心がとても強く、ちょくちょく近くを散策していましたが…。
あの日も、いつものように、こいしは外に出ていました。
「お姉ちゃーん!ただいまー!」
元気な声が響き渡り、ドタドタと階段を上る足音が聞こえる。
…相変わらず、こいしは元気ね…。
そんなことを考えながら、扉へ目を向ける。
「ただいまー!」
勢いよく扉を開け放ち、部屋に入ってきたこいしに苦笑する。
「お帰りなさい。家の中ではもう少し静かにね?」
言っても意味はないだろうなと思いながらも一応釘は指す。
「はーい。気を付けるねー!」
にぱっと笑って答えるこいしだが、この感じは明らかに聞いていない。
まぁ、明日も同じようなやりとりをすることになるんだろう。
…こういう平和な日々が一番幸せなんですけどね。
「お姉ちゃん、笑ってるよー!何か良いことあったのー?」
そう聞いてくるこいしの表情は、やたら活き活きとしている。
…これ、何か聞いてほしいことがある顔ね…。
こいしの声、表情からそう察した私は、あくまで自然を装って聞いてあげることにする。
「こいしがいつも通り元気で嬉しいのよ。
こいしのほうこそ、なにかあったのかしら?」
にっと笑うこいしに、自分の推測が間違っていなかったことを確信する。
…余談だが、普段、私たちは心を読み合わない。
多少聞こえてしまう心の声はあるものの、極力、普段の会話は能力を一切使わないことにしている。
理由は簡単で、心を読めてしまう私達だからこそ、能力を介さないコミュニケーションを大切にしたいから。
「えへへー。流石お姉ちゃん!良くわかったね!」
「当り前よ。私はお姉ちゃんなのよ?妹のことくらい全てお見通しよ。」
「私だってお姉ちゃんのことなんでもわかるもーん!
お姉ちゃんが何考えているのか当てて見せるから!」
何故か張り合おうとするこいしに苦笑する。
…と、こいしの第三の眼がちらっとこちらを見たことに気づく。
――能力使ったわね…?
それは反則ではないかと咎めようとしたところ、こいしが信じられないという様子で固まっていることに気付いた。
「…どうしたの?」
そう問うてみると、こいしは唖然とした様子で口を開く。
「お姉ちゃん…、最近2キロも……」
――スパァン!
最後まで言わせることなく、振りぬいたハリセンが軽快な音を立てた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「お姉ちゃんのばか…
そもそもハリセンなんてどこから…。」
文句を言うこいしだが、知ったことではない。
乙女の悩みを暴露するのが悪い。
「乙女って……ひぃっ!?」
まだ何か言おうとしたところを睨み付け、黙らせる。
「……で?一体何があったの?」
恨みがましく睨む視線を無視して、逸れた話題を元に戻す。
私が改めて聞いたことで気持ちを切り替えたのか、こいしはまたにこりと笑う。
「ふっふっふ…。新しい友達が出来たんだよー!」
いかにも嬉しそうに言う妹に、こちらの表情も緩む。
新しい友達… 犬かしら、猫かしら。 この子の明るい性格なら、妖怪という可能性もあるかもしれないわね…。
「へぇ…良かったじゃない。
折角お友達になれたんだから、ちゃんと仲良くするのよ?」
はーい! と元気に返事するこいしに頷きを返し、立ち上がる。
「…それじゃ、そろそろご飯の支度を始めましょうか。」
「わーい! 私も手伝うー!」
「そうね、一緒に作りましょうか。何を食べたい?」
「ハンバーグ!」
……この時は、妹に新しい友達ができたことを素直に喜んでいました。
でも、もし、この時点で友達の正体を知っていたら、私はがんとして交友を認めなかったと思います。
…ことが起こったのは、その二か月ほど後。
その日も、こいしは遊びにでかけていたのですが…。
「ただいまー!」
こいしの元気な声が響き渡る。
もうそんな時間なのかと思ったが、時計をみたところいつもより三時間ほど早い。
「随分早いみたいだけれど、何かあったの?」
不思議に思って聞いてみると、こいしはいつもの人懐っこい笑顔で答える。
「えっとねー。今日はおうちで一緒にご飯を食べようって誘ってくれたの。
それで、お姉ちゃんに報告するために一回帰ってきたんだよー。」
いかにも楽しそうに言うこいしだが、正直それどころではない。
「待ちなさい、こいし。おうちって、まさか相手は……。」
この危惧だけは外れてくれ。 そう願ったが、えてしてそういう願いは叶わないものである。
「うん!人間の子供だよ!」
その一言に、崖から突き落とされたかのような気がした。
「…こいし。人間だけはダメ。何度も言い聞かせたはずでしょう?」
姉の身に纏う空気が一変したのを感じ取ってか、こいしの顔からも笑みが消える。
「うん…、でも、あの子はそんな危ない子じゃ…「そういう問題じゃないのっ!」…っ!?」
自分でも驚くほど強い声が出た。
みるみるうちにこいしの瞳に涙がたまっていくのを見て、意識して心を落ち着かせる。
「とにかく、人間と関わるだけでも危険なのに、里に行くなんて絶対ダメ。許可はできません。」
なるべく冷静に、さとすように言ったつもりではあったが、やはり納得はしてくれなかったようだ。
「なんでよ!お姉ちゃんのばかーー!」
ぽろぽろ涙をこぼしながら自分の部屋に駆け込んでいく姿を見送り、溜息をつく。
「ごめんね、こいし…。
人里は、人里だけは、絶対に近づくべきではないのよ…。」
部屋には、ただひたすら妹を案じる姉だけが取り残された。
――そして、数時間後。
部屋にこもりっきりのこいしが、一向に姿を見せない。
そろそろ出てきても良いはずなのだけど…。
何か、胸騒ぎがする。
こいしの部屋まで行き、逸る気持ちを抑えつつ、ノックをする。
「こいしー? いるのー?」
返事はない。
嫌な予感をおさえきれなくなって、部屋の扉を開く。
「こいし…入るわよ…?」
部屋の見渡してみたものの、どこにも姿が見当たらない。
窓は開け放たれている。
――まさかっ!?
思わず部屋に飛び込むと、中心部に、目立つように一枚の紙が落ちていることに気付いた。
拾い上げて、恐る恐る中を見る。
『ごめんね、お姉ちゃん。 私は行きます。』
「こいし――っ!」
何かを考える間もなく、さとりは外に飛び出した。
活動報告とやらを書いてみましたので宜しければそちらもご覧下さい。