サブタイ、前半と後半で話の空気が全く違うせいで物凄く悩みました。
結局、各部分で重要なポイントを占める「さとり」(覚り、さとり)にしましたけどどうだろう。
既に夜のとばりが落ちた草原を彼女は走る。
近くにある人里は一つしかない。
こいしが向かったのは確実にそこだろう。
はぁ、はぁ、と荒い息をつき、慣れない運動に何度も足をもつれさせる。
しかし、彼女は、古明地さとりは、走るのを止めない。
すべては愛する妹のため、彼女は限界を超えて走り続ける――
人里へ向けて全力で走りながら、さとりは自責の念に苛まれていた。
まさか、こいしが言いつけを破り、窓からこっそり出ていくなんて思わなかった。
こいしがそこまで行きたがっていたことを見抜けなかった私のミスだ。
そもそも、お友達の相手が人間であることに何故気づけなかったのか。
今にして思えば、それらしい発言は何度もあったはず。
それを、勝手に相手が人間ではないと決めつけて……。
…ああ、妹を愛していると言いながら、私は何もこいしのことをわかっていなかったんだ。
言葉のコミュニケーションにこだわっている場合ではなかった。
私は覚りなのだから、もっと心を読むべきだった。
もう二度とこんなミスはしない。常に周囲の心に集中し続けよう――。
人里にたどり着くと、そこには何かを取り囲むかのように人だかりができていた。
その中心にいるのは――
「――こいしっ!」
数多の視線に晒され、立ち尽くしていたこいしは、その声に焦点の合わない瞳を向ける。
「お姉、ちゃん…?」
特に目立った外傷がないことを確認し、少しだけ安心する。
しかし、事態は全く収まってはいない。
「おい!何か増えたぞ!」
「あれをみろ!あいつも覚りだ!」
「里に近寄るな!」
周囲の人間からの心無い叫びが、耳から、そして第三の眼から、姉妹に突き刺さる。
「化け物は出ていけっ!」
その叫びと共に、小石がさとりに投げられる。
それを皮切りに、次々と石が投じられるが、さとりはこいしをかばうように立ち、それらを一身に受ける。
「こいし、行くわよっ!」
半ば放心しているこいしを無理やり引っ張り、その場を後にする。
化け物を追い払ったという歓声に追い打ちを賭けられながら、さとりは来た道をひたすら走る。
「お姉ちゃん、ごめんね。ごめんね……。」
うわ言のように繰り返しながら、どうにかこいしもついて走った。
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館にたどり着いた二人は、扉を閉め、ほっと一息つく。
「良かった…!こいし、貴女が無事で……!」
こいしを抱きしめ、心から言うさとり。
「お姉ちゃん、怖かった。怖かったよう…!」
自らの腕の中で泣きじゃくる妹の背中をさすり、彼女が落ち着くのを待つ。
愛する妹が無事でよかった。
さとりの頭の中はそれだけで一杯で、こいしの心に亀裂が入っていることには気づけなかった。
――そして、悪夢の時は訪れる――
「お姉ちゃん。」
自らを呼ぶ声に、こいしの顔を見る。
その眼は据わっていて、どこか正気ではないような様子。
「どうしたの…?」
酷く胸騒ぎを覚えながら、呼びかけに答える。
考えを読もうとしても、ノイズのようなものがかかって、上手く読むことができない。
こいしは、据わった目のままで言った。
「この力があるだけで、皆に嫌われ、遠ざけられるのなら。
ここまでひどい目に合うのなら……」
――私は、こんな力要らない。
底冷えするような声で言い放ったこいしに、さとりは圧倒され、何かを言うことも出来ない。
「ごめんね。お姉ちゃん…。」
その言葉を最後に、彼女の胸元の眼はゆっくりと閉じて行き……
それ以来、その眼が開かれたことは無い――。
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「…以上です。最後まで聞いて頂いてありがとうございます。」
想像以上に重く、そして理不尽な話に半ば圧倒されていると、最後まで話し終えたさとりさんは、儚げな笑みを見せる。
「いえ。こちらこそ、そんな辛いことを話させてしまってすみません。」
「大丈夫です。貴方に話して、少しだけ心が軽くなったような気がします…。」
そう言ってもらえるとこちらも助かるが…。
「…安心してください。俺は、外聞だけで何かを判断するなんてことはしません。
こいしちゃんとも、しっかりと打ち解けてみせますよ。」
このような宣言だけでは、気休めになるかもわからないが…。
「ありがとう…。この私に対しても親身に接してくれる萃儀さんなら、もしかすると、閉ざされてしまったこいしの心を解くことができるかもしれませんね…。」
心なしか、さとりさんの顔が明るくなったことにほっとする。
「まぁとにかく、さとりさんの身体に大事がなくて良かったです。
いきなり正気を失って倒れた時は、何があったのかと思いましたよ…。」
それを聞いて、申し訳そうな顔をするさとりさん。
「本当に、ご心配をおかけしました…。」
頭を下げようとするのを慌てて押しとどめる。
「気にしないでください。俺はさとりさんの支えになろうと決めたんですから。」
「支えに…?」
首を傾げるさとりさんに、頭をかきながら答える。
「ほら、さとりさんって、色々と大変そうじゃないですか。
なんの力もない俺ですが、少しでも貴女の支えになれたらなと思いまして。」
なんだろう。面と向かって言うと少し恥かしい。
「それは…嬉しいです……けど…。」
…けど? 何か問題でもあるのだろうか。 少し出過ぎた言葉だったかな。
俺の困惑が伝わったのだろうか、さとりさんはゆっくりと首を振る。
そして、彼女は、胸元の第三の眼に手を触れ、静かに口を開いた。
「…違うんです。何の力もないだなんて…そんなことはありません。
私にとって、貴方は、既になくてはならない存在となっていますから……。」
そう言って、笑顔の花を咲かせるさとりさん。
それは本当に綺麗で、胸が高鳴るのを感じた。
「…萃儀さん。」
呼びかけられ、意識を現実に戻す。
さとりさんの笑顔に見とれてしまっていたことに気づき、照れ隠しに頬をかく。
「何でしょう?」
彼女は、何かを逡巡するように視線を彷徨わせた後、小さく口を開く。
「私も……呼び捨てで、お願いできませんか…?」
呼び捨て? さとりさんを?
「ほら…勇儀さんや、萃香さんを呼ぶみたいに……。」
ああ……あの人たちは、良くわからないが、雰囲気が呼び捨てにさせたんだよな…。
あの、初対面の筈なのに旧知の仲であるかのような接し方は、あの人たちの性格がなせる技なんだろう。
「そりゃあ、さとりさんがそう言うのなら俺は構いませんが…。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
ニコニコとこちらを見つめるさとりさん。
その眼は、どこか期待に満ちている。
…あ、これって、呼んでみないといけない感じかな。
何故か物凄く緊張する…。
「…さ、さとり。」
呼び捨てで名前を呼んだ。
ただそれだけのことの筈なのに、鼓動が早まったように思える。
「…はい。」
はにかむように笑うさとりさん。
その顔をうまく直視できなくて、俺は視線を逸らす。
高鳴る鼓動。彼の自覚のないところで、芽生えた想いは加速する――。