サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第10話 デルフリンガー

 

 

 全快し、アカデミーの検査と言う名の調査が終わって、サイトは王宮客間を引き払うことになった。魔法学院に帰るつもりだったのに「近々、陛下からの呼び出しがあるので、水精霊騎士隊宿舎で待て」というお達し。サイトを客間から騎士隊宿舎に案内したのは、侍従に登用されて間もないジャン・ド・バッツ男爵。年の頃は二〇代半ば。ギーシュのような鮮やかな金髪をしていた。バラはくわえていない。

 

 

 「女王陛下に親しくお声をかけていただけるなんて、サイト殿は本当にうらやましい」

 

 道すがら、バッツは声を掛けた。嫌みとか皮肉ではなく、本音なのは、その口調でよく分かった。王宮内で働く人間は貴族が多い。と言うか、女王に接することがありうる立場の者は、すべからく貴族である。平民の勤め先は、庭師や厨房、馬や各種幻獣の飼育場などに限られている。

 

 王国で、男爵家の数は五十を超える。准王族扱いされる大公、五指以内の公爵、二十人ほどの伯爵らと違い、男爵ら下級貴族が国王と会話する機会などほとんどないに等しい。男爵よりさらに下の准男爵、勲爵士となれば、王宮内では滅多に見かけない。勲爵士が王と会話することがあったのなら、「家門の名誉」としてその孫子にまで自慢できるほどだった。

 

 

 バッツはさらに続けた。「サイト殿を宿舎に移すにあたり、陛下は相当反対なさったと聞いています。ただ、これも王宮のならい。気を悪くしないで頂きたい」

 

 サイトは「いやー、おれとしてはあの部屋で眠らせてもらってただけでも感謝っすよ」と笑って宿舎の扉を開けた。

 

 

 先の客間が北陸新幹線のグランクラスとするならば、宿舎はローカル線列車のボックスシート。だが、元が庶民のサイトにとって、こちらの方がはるかに落ち着く。それに、この宿舎も元は魔法衛士隊のもの。質素な造りながら、貴族用とあって決して居心地は悪くない。同隊が定数割れを起こしたため、余った宿舎が水精霊騎士隊に回されたのだ。

 

 

 一人になったサイトは背中から降ろしたデルフリンガーを壁に立てかけた。

 

 「プヒーッ、やっとしゃべれるぜ、相棒。ずっと留め金を締めたままなんざあ、随分な仕打ちじゃねえか」。魔剣は早速、文句を言う。

 苦笑いしてサイトは「あの部屋でデルフを自由にできるわけないだろ。姫様やお偉方がいるんだぜ」。ベッドに倒れ込んで両手を頭の後ろに組んで天井を見上げた。長年の歴史を経た梁がやけに黒々と見える。

 

 

 「それはそうと、ありゃなんの魔法だ? おれっち、もう溶ける、溶けちまうと思ったぜ」。バルコニーでのレーザービームのことだ。

 

 

 サイトは、この魔剣の仕様を思い出した。握った人間の能力、来歴までをも読み取る。デルフリンガーなら、自分に降りかかった新たな力の分析も可能かもしれない。

 ベッドから体を起こしたサイトは、デルフに近寄り、その柄を握った。デルフの理解を助けるため、あの赤い世界のことなどを順々にできるだけ克明に思い浮かべていく。

 

 

 

 しばらくして「……………えらいもんをもらっちまったなぁ、相棒。  その気なら一人でこの世界を相手に戦えるぜ」。

 

 王立魔法研究所では不可能だった能力解析。この魔剣は「アダム」と「リリス」のルーン効果をおぼろげながら読み取った。

 

 「で、おれは何ができるんだ?」

 

 「ああ、まずはあの光だなぁ。あのまっつぐな光を跳ね返すなんざ、エルフ先住魔法の反射でもできやしねえ。こっちの貴族が水や土魔法で障壁を張ったところで、ツーッと切り裂かれちまうよ。それか「ありがとう、デルフ。もういいよ。聞くのは止めとく」とサイトが遮った。

 

 

 分不相応の能力は身を滅ぼすもとだ。なら、それを使わないことが一番だし、それには最初から知らない方がいい。

 

 

 

 ベッドで再び寝転んだサイトは右腕で目を覆った。歴史を感じさせる天井の梁を今度は目に入れたくなかったのだ。

 

 

 

 

 「聞きたくねえなら、おれっちも黙っとくよ。でもよ、相棒よ、貴族の娘っ子とエルフの娘っ子、お姫様たちはどうするんだい。みんな、本気だぜ」

 

 

 サイトは返事をしなかった。あの高慢ちきのくせに折れやすくて、でも心根は優しいルイズが好きだ。口に出して「好きだ」と言ったこともある。しかし、ティファニアにもアンリエッタにも同じ保護欲を感じるようになっている。使い魔のルーン効果が着実に現れていたのだ。

 自分が昏睡から覚めたとき、顔を寄せて泣き笑いしていたあの少女たち。彼女たちの誰一人も悲しませたくはなかった。

 でも、いつかは選ぶことを迫られる時がくるかもしれない。もしくは、誰も選べないままに日本に帰ることになるかもしれない。自分がどうすべきなのかは、そう簡単に結論は出せそうになかった。

 

 「おれっち、剣だからよく分かんねえけど、みんなもらっちまえばいいんじゃねえの? 剣に鞘はいくつあっても困んねえだろ。逆は面倒だけんどよ」。聞きようによっては下ネタ以外のなにものでもない。立ち上がったサイトは無言で剣の留め金を掛けた。

 

 

 

 

 

 (おれの役割って何だろう?)

 

 二十一世紀の日本から、魔法のあるこの世界に呼び出された。ルイズやアンリエッタを守るためとは言え、人も殺した。「慣れるな」と忠告してくれたコルベール先生。姫様の使い魔になって碇シンジのいる世界を見た。閉塞した人類の進化とやらを求め、すべての人々が消えた赤い地球。その世界から帰ってくるのに、新たな力も付与された。それは、デルフに言わせると世界を破滅に導けるほどらしい。

 

 

 サイトのいた地球の歴史でも、血なまぐさい争いは絶えなかった。権力交代が起きる時、特に階級間での闘争になった場合、それは一層ひどくなった。王や皇帝が取り巻きの貴族とともに、玉座から引きずり降ろされる。革命により断頭台に、絞首台に消えた命は数知れない。一方、失敗に終わった蜂起では、名も知れぬ民衆が百人、千人単位で殺された。見せしめのために。

 

 魔法を使える、使えないで、この世界の人々は別の生き物のように二分され、一方は搾取し、片方は抑圧されている。

 この地でも、徐々に科学技術が根付き、育ちつつある。いつか、平民が手にした高性能の銃砲が貴族に向けられる時代が来るのかもしれない。その時、貴族も黙ってやられはしないだろう。彼らのアイデンティティであり、その支配力の根源にもなっていた魔法を使うため、平民に杖を向ける。硫黄のにおいと呪文に満ちた戦場は、両者の憎しみがあいまって、過去の地球ではありえなかった殺戮になるかもしれない。

 

 ルイズの、アンリエッタの子どもたち、シェスタの、マルトーさんの子どもたちが顔をゆがめて殺し合う。そんな世界は見たくはなかった。

 

 

 

 「おれは何をしたらいい? ……シンジ君」。  ベッドに寝ころんだサイトは浜辺で座るあの少年の顔を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 コン、コン

 

 

 ドアをノックする音で、サイトの思考は中断された。

 

 

 「シュバリエサイト、女王陛下がお呼びです」 

 

 

 

 

 

 


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