サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第11話 引見

 

 

 エレオノールへの下命は、母のマリアンヌに頼ることにした。

 子供の頃、遊び相手として王宮に招かれたルイズと取っ組み合いのけんかをした時、たまたま参内していたエレオノールからきつく叱られたことがあった。公爵家長女のエレオノールと言えども、王女たるアンリエッタを直接、叱れるわけがない。頬をつままれ、泣いて詫びたのは、ルイズだけだったのだが、隣でその光景を見せつけられれば、アンリエッタもシュンとなるしかない。王女より十歳年長のエレオノールゆえ、その効果を計算したうえでの妹への制裁であったのだが。

 

 以来、アンリエッタにとって、エレオノールは信頼すれども敬遠するにしくはない存在となっていた。一言でいえば、苦手なのだ。

 ならば、その相手は母に押し付け、自分は限られた時間をサイトと大切に使うべきだと考えるのは当然だった。

 

 母マリアンヌはヴァリエール姉妹の母に当たるカリーヌ公爵夫人とは昵懇の間柄と聞く。もともと王家への忠誠篤い家柄である。少々の不満があっても、うまく言いくるめてくれるだろう。

 

 

 

 侍従に付き添われ、サイトが姿を現した。

王命であるとの体裁をつくろうため、引見場所は公務室である。

 

 片膝をつくサイトを立たせ、「今日は折り入ってお願いの儀があってお呼び立てしました。どうぞこちらへ」とソファに招く。

 

 

 「その後、お体の具合はいかがでしょう? 先には私の使い魔………の契約に応じていただき、本当にうれしく思います」。

 (………)の部分には本来、「と生涯の伴侶」という言葉が入るのだが、近くに立つ女官長のフォントネ侯爵夫人が目を光らせているので、この場では言葉を呑む。

 

  

 「それを踏まえてのお願いなのですが、サイト殿はまだ、ハルケギニアの文字には不案内と聞き及んでいます。しかし、それでは、オルニエール領をあなたに預けている王家も困るのです」。

 一方的にサイトに勉強を命ずるのではない。字が書けない、読めないままでは領地掌握にも支障が出るだろうことをほのめかして、引き受けざるをえない状況に引きずり込んでいく。将来の大器を感じさせる交渉術である。(想いを伝えあう手紙のやりとりもできないではないですか)とも言いたいのだが、それはさすがに口にしない。

 

 

 サイトも文字が読めないことへの不便と引け目は感じていた。代官からの報告の中身が分からないのだ。ルイズたちと会ったときに読んでもらい、解説してもらったうえで、指示を出すのだが、あまりにも迂遠過ぎた。領主として領民に申し訳ないと日ごろから思っていた。

 

 

 

 「で、考えたのですが、あなたに個人的な教師をつけることにいたしました」

 

 

 サイトはアンリエッタの謀略を知らない。新たな負担を王家に掛けることに気が引け「えっ、それはもったいないです。魔法学院でルイズに教えてもらいますから」と遠慮する。

 

 

 

 (このにぶちん。それが絶対にいやだから、家庭教師をつけるのよ)。アンリエッタはにこやかに「優しいルイズなら喜んで引き受けてくれるでしょうね。でも彼女も学生の身。サイトさんに教授するとなると、その時間を割くだけでも勉強で遅れをとることになりましょう。それをサイトさんは本当にお望み?」

 

 

 サイトは考える。(うーん、朝はおれが鍛練する時間だし、昼間はルイズに授業が詰まっている。夜に教えてもらうしかないけれど、予習復習の時間を削ってしまうことになるなあ。あいつんち、両親もあの姉さんもきっついから、落第なんてことなったらひどい目にあわされるんだろうなあ)とひとりごちた。

 

 「姫様に甘えすぎのような気もしますけど、そのお話、ありがたくお受けしたいと思います」。サイトはもうアンリエッタの掌の上で転がされている。

 

 

 「ご承知いただいてうれしく思います。そしてこれもご理解いただかねばならないのですが」とアンリエッタ。「家庭教師は魔法学院に派遣するわけにはいかないのです。一例を認めると、ほかの貴族たちが『わが息子、娘にも専属を』と言い出すのは目に見えています。そうなれば、オールドオスマン以下教師の体面は傷つき、学院の存立自体が危うくなるのです」とあくまでも公平の観点から学院への教師派遣はできないことを強調する。

 

 「よって、サイトさんには、本領のオルニエールで家庭教師から文字を学んでもらうことにしました」。お願い、相談ではなく、もはや通知でしかない。

 

 

 

 

 「その教師には最適な人物を政府が選び出し、王家からお願いしてあります。サイトさんの学習成果が速やかに上がることを心から願うものです」。 

 

 

 

「そして、サイトさんの先生は……」 

 

 

 

 

 

 「エエエエーーーーっ」

 

 

 

 ほぼ同時に、二百メール離れたマリアンヌ皇太后の私室からエレオノール・ド・ラ・ヴァリエールの悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 


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