ティファニアとシェスタとの三人だけで魔法学院に送り返されたルイズは当然、怒っていた。怒りまくっていた。サイトが元気になったのはうれしいが、使い魔と離れ離れにされることに納得がいかないどころか、我慢ならなかったのだ。
修道服を着せられて王宮バルコニーに出てみれば、あんの綿あめ姫と青髪のちっちゃいのが先にサイトの両隣りを占めている。「広場での混乱を収めるためゆえ、なにとぞなにとぞ」と言い含められて協力したのも、そうすれば、すぐにサイトを連れて帰れると信じたからだ。
思い起こせば学院からサイトを送り出す時から、いやな予感があったのだ。
「トリスタニアへ?」
「ああ、水精霊騎士隊全員に召集がかかったんだ。魔法衛視隊やアニエスさんの銃士隊がいるのに、おれたちも呼び出されるなんてよっぽどのことかもしれない」
あの犬はのんきにしていたが、その後に起きたことを知れば、アンリエッタの狙いは最初からサイトただ一人。迂闊だった。
「何が『これからはサイト殿には女王の顔しか見せませぬ』よ。色気で迫ろうたって、そうはいかないんだからね」
しかし、その色気で負けていることは確実だったから、余計、ガードを堅くしておくべきだった。後悔は先に立たない、とはよくいったものだ。
あの犬は、ティファニアだけでも飽き足らずに、姫様の使い魔にまでなるなんて…。「節操無し」と再び怒りが込み上げてきた。
サイトを連れて帰るのを拒んだのはバナクホーフェン侍医長だった。「昏睡の原因が分かっておらず、まだ経過入院と安静が必要。それに、その、さらなる調査も必要でして…」と歯切れが悪い。その時、こちらと目を合わせようとはしなかった。何か心ぐらいところがあるのは見え見えだった。
子爵でもある彼に苦手な嘘を言わせられる者は、決して多くない。そして、サイトがらみとなると、その人物は限られるのだった。
部屋の中に、ベッドの隣にサイトがいない。心が半分消えてしまったような数日を過ごしていると突然、学院の掲示板に「騎士隊副隊長のシュバリエ・サイトは本領オルニエールにて各種研修を受けられることになった。学院関係者は了解されたし」という王政府からの通達が張り出されたのだった。
王都からの通達を受け取ったのは、オールドオスマンである。まずは使い魔の契約を結んでいるルイズとティファニアを呼び出して知らせようと考えた。考えたのだが、サイトに執着するルイズが学院長室を虚無の魔法で破壊する暴挙に出ることを恐れた。職務柄、部屋は高級な調度品が並び、サイトのいる世界から渡ってきた(エロ)文書など貴重品も隠してある。
「廊下の方がまだ被害が少ないじゃろう」と白いひげをしごきながら出した結論は間違っていなかった。暴発したルイズによって、廊下の壁は半壊したのである。
公共物を破壊した生徒を黙って見逃すわけにはいかない。学院長と教師は、当の生徒を呼び出した。反省を促すためである。
しおらしく現れたルイズは「本当に申し訳ありません。感情の赴くままに行動したことを深く反省しております」と切り出した。だが、教員らからお小言をいただく前に発した言葉がいけなかった。「ついては、オルニエールに行きますので、しばらく学校をお休みさせていただきます」
当たり前だが、「望み通りに」と休暇願いを許可するほど教師は優しくない。
「これまで、君の欠席は多すぎる。このままだと出席日数が足りず、間違いなく留年だな」。オールドオスマンの脇に控えていた疾風のギトーがいやみたらしく答えた。
ルイズの脳裏には真っ先に母の顔が浮かんだ。激怒した母の折檻が下されれば、学院の中央の塔よりさらに高く空を舞わされる。そのけがで学校を授業を休むことになり、ルイズの留年がさらに一年追加されることになるかもしれない。父も怒るだろう。ちい姉さまだけは笑って許してくれるだろうが、悲しむことは間違いない。最後に出てきたのが、父に似た金髪の姉である。「おちび、あなた、またヴァリエール家の恥をさらして」とほっぺたを引き延ばされるのは確実だった。口の中に好物のパイが一度に三個入るようになってしまうかもしれない。
残念ながら休学作戦はとん挫せざるを得なかった。
次に浮かんだのは、虚無の休日に出かけることだったが、問題は距離である。馬車で半日の距離。往復で一日かかってしまう。さすがに夜道を行くのは危険なため、日の出直後に出て、日の入り前までに学院に帰ろうとすれば、サイトといられる時間はせいせいランチタイムぐらいしかない。我慢を重ねた上に、それだけしか会えないのでは、ルイズのサイト成分欠乏症は余計、悪化するかもしれなかった。
「何かないかしら、何か、何か…」
ルイズが虚無の秘法「瞬間移動」を習得するのはこの後で、この時にはまだその存在を知らない。知っていれば、今頃すでにオルニエールの館にいる。
必死のルイズが思いついたのが、サイト個人の所有物にして、今は学院でコルベールが管理している「竜の羽衣」である。
タバサの使い魔シルフィードの倍の速さで空掛ける、あの乗り物。あれならティータイムほどの時間も要しないでサイトのいるオルニエールと行き来できるはずである。
「ぜろせん」で迎えに来させて、帰りは「ぜろせん」で学院まで送らせる。完璧な作戦だった。二人だけの道程というのがなんともいい。私にべた惚れのサイトは積極的だし、ぜろせんが雲海を切り裂く中で迫ってきたら……。
「駄目よ、まだ。キスだけ。だって、お父様、お母様から許しを得てないし」
ハッと気がつくと、かわいそうな人を見る目のオールドオスマンとギトーが目の前にいた。
「私は用事があるのでこれで失礼します」
ピンクの髪をした少女は駆け足で学院長室を出て行った。
「彼女は謝罪に来たのではなかったのかね?」
「はあ、私もその認識でいたのですが…」。
教師らのため息をルイズが聞くことはなかった。
学院長室を走り出たルイズが向かったのは、学院の庭に設けられたコルベールの研究室。その横に建てられた倉庫にはゼロ戦が格納されている。
「先生、コルベール先生!」
ノックもしないでサイトは研究室のドアを開けた。
奥からタオルで手をぬぐいながら出てきたコルベールは、ルイズの勢いに気圧されつつ「や、やぁ、ルイズ君。何用かな?」。
サイトが王政府から領地での滞在を命じられたのは、コルベールも知っている。そして、機械に関心がない彼女が自分を訪ねるのは、サイトがらみしかない。ここまで考えて、コルベールは、とりあえずルイズの用事を聞くのが得策と判断した。
「ぜろせんは飛べますか?」
「破損したプロペラや翼は修理が終わったし、エンジンも動く。燃料も連金魔法でたっぷり作った。でも知っての通り操縦できるのはサイト君しかいないよ」
この回答に満足したルイズは「ありがとうございました」との声だけを残し、脱兎のように研究室から出て行った。
部屋に戻ったルイズはすぐにサイト宛てに手紙を書いた。サイトは字が読めないが、代官か研修講師とかが読み聞かせてしてくれるだろう。でも、本人以外の人間にも読まれることを考えれば、恥ずかしいことや不用意なことは残せない。
よって、
▼ゼロ戦の修理が完成したこと▼コルベール先生もお忙しく保守管理がきわめて大変そうなこと▼そちらに当分いるのなら引き取りに来るのが当然であること▼平日は先生に授業がびっしり入っており、引き渡しは虚無の曜日の早朝に着くようにすることー。
末尾には「次週には必ず来るように」と書き加えた。
ゼロ戦は二人乗りだから、どこまでも付いてこようとする執念深いあのメイドも、恥ずかしげもなく胸みたいな大きな何か(ルイズ観点)を付けているあのハーフエルフも今度ばかりは振り切れる。少なくとも昼食から夕食後までは、ゆったりと二人だけで過ごせる。
「オルニエールでは二人で水辺や山林を散策してもいいし、サ、サイトが望むなら寝室でずっと休んでてもいいし」
彼女の不幸は、サイトの研修のために付けられた教師があの姉であることを、いまだ知らなかったことである。