夏季休暇を前にサイトは言った。
「ルイズ、夏休みにオルニエールに来るなら大歓迎するよ。期待してくれ」
その言葉を信じた自分が馬鹿なのか、それともサイトがもともと馬鹿なのか。
夏季休暇に入ると同時にサイトは迎えに来てくれた。ゼロ戦ではなく、馬車で。あの姉は同乗していない。これは良しとしよう。
学院前でサイトは淑女に対する最上の礼を尽くして、ルイズの手を取り、車内に案内した。礼節はこれまで見た中でもピカイチであった。姉について学んでいるというのは本当らしい。ルイズは笑みを抑えるのが苦しいほど上機嫌だった、ここまでは。
だが、サイトはもう一回同じ礼をした、ティファニア相手に。
おっぱいを揺らしながらうれしそうに馬車内に乗り込み、ルイズの隣に座るハーフエルフ。
そこから、教師のコルベールも続いた。さすがにサイトはコルベールの手を取るようなことはなかったが、つややかな頭がルイズの前に陣取った。
さらにさらに、もう一人が乗り込んできた。黒髪のメイドである。
馬車の前後を固めるのは、水精霊騎士隊の隊員十人。いずれも騎乗だ。
サイトは全員に声をかけた。
「今日は、VIP警護の訓練だ。馬車に乗っているのが女王陛下のつもりで、最上の警備に努めよ。では、出発!」
「おーっ!」との返事が馬車の前後から聞こえてきた。
これが、サイトが言う「歓迎」の中身だった。
ルイズは並走するサイトに馬車から文句を言わざるを得ない。
「どうして、テファがいっしょなのよ」
「テファは夏休みの予定がないんだって。ほかのみんなは帰省やら、旅行やらがあるけれど、学院に一人で居残りなんてかわいそうだろ。で、『来る?』って聞いたんだ」
そう言われれば、駄目とは言えない。鬼でも夜叉でもないルイズ。根は優しい子なのだ。
「じゃあ、コルベール先生はどういうわけよ?」
「ゼロ戦の保守管理の方法で、先生をお招きして指導を仰げって、エレ姉さんが。確かに、コルベール先生に状態を確認してもらうのが一番だからな」
あの姉が絡んでいるとなると、ルイズも強いことは言えない。
「じゃあじゃあ、シェスタは?」
これには、斜め前に座るシェスタが答えた。
「学校がお休みでお仕事がなくなったんですよ。タルブに帰ろうかな、と思ったらサイトさんが誘ってくださったんです」
(何、胸を張って答えてんのよ、こいつは)
胸が絡むと意固地になるルイズの性癖。魔法学院で唯一、優越感を持てた青い髪の少女がガリアに行ってしまった影響で悪化した部分もある。
「まあ、一歩譲ってオルニエールに行くのはサイトの主人である私が認めてやってもいいわ。でも、貴族用の馬車に平民のあんたが乗るって、許されると思ってんの!」
だが、敵の方が一枚も二枚も上手だった。
「サイトさん、ミスヴァリエールがこうおっしゃいますけれど、私、どうしたらいいんでしょう?」
「うーん、じゃあ、仕方ないな。おれの馬で行こう。おれの腰に手を回して後ろか「いいわ、馬車への同乗は特別に許してあげる。あんたはその席から動いちゃだめ」とルイズがサイトの答えを遮った。
自分の目の前で、シェスタがサイトにしがみつく姿をオルニエールまでの道中、ずっと見せられ続けたら、心が平穏を保っていられる自信はみじんもなかった。
心待ちにしていたオルニエールへの旅立ちは、ライバル二人に、教師付き。加えて、むさくるしい騎士隊十人という想像もしてない陣容になってしまった。
約五時間かけて、オルニエールの領地に入った。
夏の陽光がまぶしく、風も心地よい。隣に座るのがサイトだったらどれだけ楽しかっただろうか。白い雲がふんわり流れて行く。林の緑は鮮やかで、金色に実った麦が青い空を向いている。畑には農作業に従事する若者が、若者?
「サイト、ここの住民って、年寄りばかりじゃなかったかしら?」
「ああ、なんか最近、住民の跡取りが次々に帰ってきてるんだ。年寄りはみな、大喜びだよ」
サイトが領地に常駐していることが知れ渡ったのが理由だった。神の左手ガンダールフが常にいるとなれば、盗賊の類はオルニエールを敬して遠ざけるに決まっている。五十人、百人の野盗集団であっても、サイト相手に戦えば百戦百敗だ。伝説の剣を左手にしたサイトが突っ込んで来て、首領の首を挙げれば、残りは烏合の衆。集団としては崩壊するしかない。サイト常駐を知った領民が大喜びで次々に町やほかの地域から家族を呼び戻したのだ。
「で、帰ってきたみんなが食っていけるようにしないといけないから、いろいろ手を打っている最中なんだ。エレ姉さんや王都にいるスカロンさん、魔法学院のマルトーさんにも知恵を借りながらな」
サイトの考えとは、金になる商品作物の栽培、販売だった。
王都でのレストランなどで出されるサラダに不満を感じていたのがアイデアのきっかけとなった。レタスなどの青物野菜の鮮度が日本と比べると、どうしても劣っている。パリパリ感、シャキシャキ感がないのだ。煮物ではなく、生野菜として使うと、どうしても風味、食感に問題が出る。聞けば、スカロンやマルトーらハルケギニアの料理人の共通の悩みの種だった。
なら、青物野菜の鮮度を保てば、付加価値が付くことは間違いない。
氷温の概念さえないこの世界、明け方に収穫し、そのまま冷蔵で王都まで運べば、十分勝算はあった。生鮮野菜なら軽く、力が衰えた年寄りになっても作業できる。通常の荷馬車に一工夫して、発泡スチロールを挟みこんだ板で荷台を囲み、中には魔法で作り出した氷柱を置いておく。これで王都の市場に運び入れるのだ。外見は板張りされた馬車にしか見えないが、発泡スチロールの断熱効果は高く、王都まで約2時間という近さも味方して、実験では、みずみずしさを十二分に持ったまま、市場に供給できた。
このアイデアは他産地に真似されるのが難点だが、そこは品質にこだわって差別化を図る。
「オルニエール産」としてブランド化するつもりだったが、領民からの要望、懇願で「サイト印」になったことが、サイトにとっては計算外だった。
サイトの狙いは大当たりし、サイト印の高級野菜はトリスタニアの高級レストランなどで、引っ張りだこになった。大商人の宴席でもサイト印のサラダを出せるかどうかが、接待の成否を分けるほどになった。
この成功は後に、オルニエールの領民を、ひいてはシュバリエサイトの懐をおおいに暖かくすることに役立ったのだった。