サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第20話 寝場所

 

 

 

 一行がオルニエールの館に到着したのは昼過ぎになった。

 留守を預けていたエレオノールの差配で、一行は遅まきながら昼食を採り、ある者はゼロ戦へ、ある者は散策へ、ある者は訓練を、そして太った一人は食べ続けていたのだが、夜になって、部屋の割り振りが問題となった。

 

 最上の客間は当然ながら王家から派遣された教師という立場のエレオノールが使っていた。

 

 サイトの館は広いようで狭い。使用人の部屋を除くと、そんなに余裕はないのだ。

 

「訓練だから、水精霊騎士隊は野営」と言ったサイトだが、隊員からブーイングの嵐を浴び、考え直さざるを得なかった。

 寝る場所さえあればなんとかなる。それが男だ。ただし、男でも魔法学院の教師で、お出でをお願いしたコルベールの扱いはおろそかにはできない。

 本人は辞退したのだが、次客用の部屋を使ってもらうことにした。

 

 三席の部屋は、ティファニアに割り当て、ここにシェスタも同室させた。メイドが貴族用の客間というのもあまりない話だが、いきなり、オルニエールの使用人と一緒に寝ろというのもかわいそうだからである。

 

 

 

 さて、ここまで、ルイズは部屋割にまったく口を挟まなかった。よい部屋から次々に決まっていくのに自分の部屋がないことをまったく問題視しなかったのは、最初からサイトの部屋に泊るつもりだったからである。サイトもそのつもりであった。

 だが、ティファニアと一緒にされるシェスタがそこに気付かないわけはなかった。

 

 

 

 「あれ、ミスヴァリエールのお部屋がありませんが、どうなさるのですか?」

 

 サイトやルイズに、ではない。そばにいたエレオノールに聞こえるように。

 

 「あら、おちびは私の部屋よ。部屋数に限りがあるのだから仕方ないわ」

 

 男女の関係に疎いというか、潔癖なままアラサーになっているブロンド美女は当然のように反応した。

 

 「いえ、姉さま、使い魔と一緒にいるのが主人の務めな「おちび、ヴァリエールの者が結婚前に男女同室なんて許されるわけないでしょう」

 

 バシッと話を打ち切ったエレオノール。ルイズは「魔法学院ではいつも同じベッドで」とはとても口にできず、家庭教師の語気にサイトも反論できなかった。シェスタのたくらみは成功したのだった。

 

 

 

 

 さて、「今日はヴァリエールの者として淑女の心構えを、おちびに」と意気込んでいたエレオノールだが、魔法学院への馬車での行き帰り、戻ってからは内燃機関の効率性とその応用についてコルベールと議論を交わし続けたため疲労困憊していた。このため、部屋に戻るや早々に、上と下のまぶたがくっついてしまった。

 

 狙っていたわけではないが、この好機を逃す虚無の担い手ではない。そろりと部屋を抜け出した。行先はこの館の主の部屋である。「サイトが自分を待っている」と想うだけで早足になった。気持ちに体が追い付かず、ノックなしでサイトの部屋のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 愛しの使い魔はベッドで横になっていた。  両脇に黒髪と金髪のおっぱいを従えて。

 

 

 

 「な、な、なんで、あんたたちがここにいるのよ!」

 

 絶叫に近い悲鳴だったが、幸いにも姉や教師を起こすことはなかった。

 

 

 そこからは修羅場だった。

 

 さすがに、魔法が飛び交うことはなかったが、それぞれが自己の立場を強調しつつ、サイトの隣に眠る権利を言い立てたのである。自らの気持ちに目覚めたティファニアも「ここで引いたら、私は駄目になる」と必死。口争いになれたルイズとシェスタが引くわけもなく、女三人寄れば姦しい、を実践したのだ。

 

 

 サイトは眠かった。ひたすら眠かった。それはそうだろう。魔法学院に朝に着くために、オルニエールを出発したのは昨夜だ。ほぼ一日半、眠っていないのだ。

 耳元では少女3人の場所取り合戦が続いている。いつもなら心をくすぐるかわいらしいそれぞれの声も、今は耳の中で「眠るな、起きろ」と鳴る悪意ある目覚まし時計としか感じられない。

 かと言って、ここで自分が口を挟めば「あの娘の味方をした」「私はどうでもいいの」と火に油を注ぐというか、アンプで騒音を増幅する効果しかないことも理解していた。

 

 

 

 

 サイトが選んだ「ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」という選択はこの場合、賢明と言って良かった。

 

 

 扉を閉めて廊下に出たサイトが考えたのが今晩の寝場所である。

 

 

 仲間の騎士隊を三人一組で放り込んだ部屋にはベッドの余分がないのは分かっていたし、当の領主が部屋を抜け出してくれば変な憶測を呼ぶだけだ。さすがに来賓のコルベール先生の所に行って「相部屋お願いします」とは言えない。今なら逆にティファニアの部屋が空いているのだが、その選択がルイズを逆上させるのは明らかだった。

 

 半分眠っているサイトがふらふらと脚を運んだのは、長く使っていない地下室だった。入り口はなぜか板で封鎖されているが、メキメキメキと壊し、中に入った。

 

 「ひどい顔をしているんだろうな、おれ」とベッドに倒れ込む前に最後の力を振り絞って、くくり付けの姿見の前に立った。

 

 目の下がくぼんだひどい顔がそこにあるはずだった。

 

 

 

 だが、条件がそろえば、マジックアイテムは作動する。

 

 

 

 

 

 今日も忙しかった。十代の少女には、過酷な公務が朝から続き、食事と湯浴みを終えて、寝室に戻ったのはつい先ほど。

 

 サイトに会えるのでは、と寝る前に姿見に全身を映すのが日課となっていたアンリエッタである。

 

 思い焦がれた相手がやっと鏡に映ったときは、アンリエッタは幻想だと思った。それほど、この数カ月は彼女にとって辛いことだったのだ。それが今日ばかりは、まるで生きているようにサイトの姿が見える。

 

 「サイトさん、私はあなたを思い続けて、とうとう幻を見るようになってしまいました」と悲しい笑みを浮かべたアンリエッタ。

 

 だが、この夜ばかりはその独り言に対して返事があったのだ。

 

 「アン、ごめん」。半分、寝ぼけているサイトは、思わずそう答えた。

 

  

 空耳かと思ったが、鏡の向こうにはサイトの姿が見える。アンリエッタは意を決して鏡に一歩を進めた。まるで何もないようにすり抜けてアンリエッタはオルニエールの館へ体を移した。アンリエッタには目の前にいる想い人に体を寄せること以外に何も思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 アルビオンの英雄が熟睡するベッドの隣は、バイオレットの髪をした美少女が占めることになったのである。

 

 そのころ、二人の虚無の担い手と髪と腹の黒いメイドは、論争の疲れから、サイトのの枕を共有するかのように眠ってしまっていたのだった。

 

 

  

 

 

 


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