サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第22話 リュティスへ

 

 

 

 リュティスは人口30万人を誇るハルケギニア最大の都市で、その賑わいはトリスタニアの何倍にもなる。サイトが乗る馬車は、大荷物を背負った家族や幌馬車の列とすれ違ったが、馬車は人馬の列や街を左に見て、一路、郊外のヴェルサルテル宮殿に向かった。

 

 

 

 ガリア大使館の馬車乗客はサイト一人。オルニエールからガリア大使館のあるトリスタニアに向かうに当たり、エレオノールからは「シュバリエなんだから従者は連れて行きなさい」と苦言も頂戴したが、まだまだ人を使い慣れておらず、ガリアへ大使館の馬車に乗れるとあって、一人でオルニエールを発ったのだった。荷物は大きめの鞄一つ。自由なる金貨全部とマントなどシュバリエの正装や下着類を収めてまだ余裕があった。もちろん背中にはデルフリンガー。

 

 

 トリスタニアでは、衛士隊や騎士隊など女王直属の部隊の事務方を担う近衛師団本部に立ち寄った。出国予定届けを提出するためである。

 

 

 

 出国届け

 目的地 ガリア王国リュティス

 目的 関係者への見舞い答礼 

 期間 未定 

 宿泊予定地 未定

 

 

 報告書の最後には、水精霊騎士隊副隊長サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールと署名した。

 

羽ペンを走らせながら(字が書けるのは、やっぱり便利だな)と思ったサイトだが、内容はほとんど空欄に近い。実際にどこに泊まるか、何泊することになるかも決まっておらず、お礼を言うべきタバサにもいつ会えるかの約束はできていないためだ。

「タバサ、いる?」とドアをノックすれば良かった魔法学院時代とは違う。何せ、相手は大国ガリアの女王陛下だ。アンリエッタがあまりにも身近なため、女王にはいつでも会えるような気がしてしまうが、それは大きな勘違いであることは、サイト自身も重々承知していた。王たる者、分刻みとは行かないまでもきわめてタイトなスケジュールに束縛されているのである。

 

 師団本部では、届けは、思いの外スムーズに受け取ってもらえた。隊員に貴族が多い衛士隊は、公私ともに外国に出かける機会が多いのだ。ただ、届けの宿泊地未定というのが気になるようで、事務員からは「シュバリエ殿、リュティスでのホテルが決まったら、大使館に届けを出しておいてください。いざという時に連絡が付かないのは困りますから」と言われた。

 

 

 馬車による長旅は途中で何泊もしたのだが、無難というか、何もなく過ぎ去った。同乗者がいないのが気にはなっていたが、「日本でも無人でバスが走ることあるもんな」と自らを納得させた。デルフリンガーとの会話が暇つぶしに役立った。中身はほとんどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 馬車はヴェルサイテル宮殿の中央格子門を抜け、石畳の広場を走り、宮殿車寄せに到着した。話は大使館からガリア政府に通っているらしく、衛士の検問も形だけ。降りると、玄関で待っていた二人の若い男が「サイト様、どうぞこちらへ」と案内役を務めた。うち一人は、鞄を持ってくれ、サイトの後ろに従う。今は、黙って従うしかない。シャルロット女王と面会し、答礼の約束を取り付けないことには、すべての話が始まらないのだ。

 

 

 

 

 宮殿には、部屋は700以上もあるという。その中で案内された部屋は対外用にそれ相応に格式ある応接室らしく、勧められるままにソファに腰掛けた。で、待つことしばし。サイトがトリスタニア王宮で伏せっていた時にタバサに随行してきた外務副大臣カルヴァン伯爵が姿を現した。タバサがガリアに帰る時に、サイトもこの男と挨拶は交わした覚えがある。

 

 

「一別以来ですな」と手を差し出すカルヴァンに、サイトも「あの時はご迷惑をお掛けしました。自分でも何が何やら分からないうちに大事になっていたみたいで」と手を握り返す。

 そして、少しかしこまって「本日は、シャルロット女王陛下にあの時の御礼を申し上げたく、まかり越した次第。カルヴァン伯にはぜひお取り次ぎの労をお取りいただきたくお願い申し上げる次第です」と頭を下げた。

 

 大使館のロヴェールの話では、ガリア政府はサイトの来訪を心待ちにしていたはず。故に、ガリアとしては一刻も早くサイトを女王に引見させ、家臣一同を納得させようとするだろうと思っていた。

 

 

 

 

 ところが、カルヴァンは「それが…」と言葉を濁す。カルヴァンは前回会ったときより、少し老けたような感じがした。 

 

 

 「陛下には、この王宮、リュティスを不在にしております。ついては、遠路ご足労戴いたサイト卿にはまことに申し訳ないのですが、早々にトリステインにお帰り願いたいのです」

 

 

 勧められるままで屋根に登ったのに、下を見たらそのはしごが外されていた。あっけにとられているサイトに向かい、カルヴァンは続けた。「詳しいお話は、副王殿下がされる由、そろそろ会議が3回目の休憩に入る時間です。そちらに足をお運びいただきたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュティスに800年来という厄災が迫っていた。

 

 

 

 

 


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