サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第23話 災厄

 

 

 

 山に入った木樵の不始末とも、亜人が獲物をローストした火が原因とも、炎系統の幻獣の雄の縄張り争いが発端とも言うが、今となっては確かめようもなかった。

 

 分かっているのは、小さな火が燃え広がるのにさほど時間はかからなかったことだ。ガリアでは、ここ数十年ぶりで最悪という日照りが続いていた。南の海を渡ってくる夏の風は火竜山脈を越える際に湿り気を全て奪い取られる。その強風が乾ききった森の小さな炎をあおった。

 

 

 

 一報がヴェルサイテル宮殿に入ったのは4日前だった。

 トリスタニアを出た大使館の馬車が宿に停車するたびに御者に逐一リュティスに報告させていた。「サイトが来る。やっと会える」と小さな胸を弾ませていた女王だが、火事が山あいの家々を呑み込んで北に進んでいるとの知らせを受け、一瞬で緩んだ顔を引き締めた。「住民だけでの対処は無理。軍に加えて花壇騎士団も出動させよ」と即座に命令した。

 

 

 だが、道もない奥深い山の中。軍のできる作業は限られていた。ガリアの誇る両用艦隊は二隻で一組となり、大きな桶や樽をそれぞれ舷側から張ったロープで何個も吊し、遠くの湖から水を運んだ。山火事の現場に到着すると、メイジがレビテーションでこの容器を傾け、火に水を掛けることを繰り返した。だが、空中高く上がる炎は、船が近くに寄ることを許さない。焦る艦長が炎のそばまで行かせたため、船底から煙が上がった船もあったほどだ。やむなく高高度から投じた水は、空中を落ちる間に霧状になり、消火を促す効果はほとんど上がらなかった。

 

 魔法大国の面子を掛けて現場に臨んだ花壇騎士団も苦戦を免れなかった。魔法が効果を発揮するのは、五十メールほどに近づかなくてはならない。命を捨てる覚悟で水属性のメイジが眉毛が焦げるほどに近づいて杖を振るったのだが、山を呑む勢いの炎に注がれる水は子牛の小便ほどにしかならない。大気中の水分を絞り出して使う水魔法だけに、乾燥しきった場所では相手が悪かったのだ。

 

 

 

 ガリア官民あげての消火が功を奏さない中、公文書館の館長が駆け込んできたのが2日前だった。

 

 青ざめた顔で「時期と風、乾燥具合などの天候、そして山火事の進行方向が800年前の大火と類似しております」という。今でも語りぐさになっているその火事は北上してリュティスの街並みをなめ尽くし、大勢の人々が焼け死んだ。ガリアがそこから立ち直るまで十年。街並みが旧に復するまで百年を要したという。ガリア災害史でも五指に入る災厄の記憶だった。

 

 

 シャルロットは「現場で指揮を執る。リュティスにはイザベラを置き、後方支援を任す」と席を立った。

 

 現場で自分が何ができるかは分からない。だが、軍と花壇騎士団の双方の上に立つのはシャルロットしかいなかった。自分が、なんらかの最終決断をしなければならない、または最後の責任を取る地位にあることは十二分に自覚していた。王が現場にいることで炎に立ち向かっている強者の士気も上がるだろう。イザベラには「リュティスに至るまでに最終防火帯を敷いて。場所と長さ、幅は任せる」と声を掛けた。その後に小さな声で「サイトが来たら、トリステインに帰して」とお願いした。公私の別は立てなければならない。それが王の務めであることも承知していた。

 

 

 

 

 

 

 

 カルヴァンに連れられて、サイトがガリア政府会議室のドアを開けた時、朝からの会議はひとまず3回目の休憩に入っていた。政府の高官、軍中枢部が占める楕円形の円卓上座にイザベラ・ド・ガリアはいた。タバサ同様に美しい青髪は、連日の疲れによりくすんだように見えた。陸軍を動員した最終防火帯の構築、前線への食料や飲料水輸送など兵站線の維持、リュティス市民の避難指示など政府が決め、実行せねばならないことは山のようにあった。

 美食家ぞろいのガリアなのに、円卓には昼食代わりに置かれたハム挟みパン。ガリアが置かれた窮地を表すかのようだった。その椅子から立ち上がった副王イザベラの前でサイトは跪いた。

 

 挨拶を受けたイザベラは、侍従が向きを直した椅子に座り直す。さらにサイト用の椅子も用意させ、向き合って語り始めた。「折角のサイト卿の来訪を歓迎するでもなく、追い返すことになり、まことに心苦しく思います。されど、今、リュティスは、このガリアは苦境に立っております」。いったん円卓の面々に視線を動かし、暗黙の了解を求めた上で、イザベラは続けた。「この災厄、すぐにも他国の知るところになりましょう。今さら隠すすべもありません」と山火事の詳細をサイトに告げた。

 

 「シャルロット陛下には、サイト卿との再会を心待ちにしていた様子でしたが…。王命でございます。トリステインにお戻りください」とうつむきがちに述べたのだった。

 

 

 そこまで聞いて、サイトは口を開いた。「案内の方に、私の剣を預けております。その剣の下に行って来てよろしいでしょうか」と尋ねる。イザベラの諒を待って席を立ったサイト。しばらくして会議室に戻ってきて王命を拒否することを告げた。

 

 

 

 

 

 

 「私も鎮火のためのお手伝いをしたいと存じます。畏れ多いことながら、ガリア王シャルロット陛下は私の親友です。その苦難に背を向け、トリステインに帰ることはできません」。

 

 そして続けた。

 

 

 

「私は、神の左手ガンダールフです」

 

 

 

 

 

 

 


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