サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第24話 シャルロット

 「私は、神の左手ガンタールヴです」

 

 

 

 言った自分も恥ずかしくなるが、あの場では仕方なかったと思う。

 

 

 ガリアの副王イザベラが「王命」と口にした以上、トリステインのシュバリエ風情がそれを否定することはガリアの面子をつぶすことになる。

 居並ぶ高官の手前、サイトはガリア王以上の権威をぶつけて、王命拒否を正当化するしかなかった。始祖ブリミル直系の故に尊ばれるハルケギニアの3王家。なら、自分こそがブリミルの使い魔だった「ガンタールヴ」の復活した姿であることを示し、王命拒否をうやむやのうちにスルーしたのである。

 

 さらに伝説の使い魔宣言にはもう一つの意味合いも付与されていた。「すさまじい山火事の現場に行って、メイジでもない元平民のお前に何が出来る」というガリアからの冷笑を、抵抗を、邪魔をストップさせ、サイトへの協力を強制させる効果を狙っていた。サイトの人外とも言うべき活躍はガリア中枢部も知るところになっており、この狙いは無事に達せられた。

 

 

 実は、あの名乗りはもう一つ、想定外の甚大な影響を生み出すことにもなるのであるが、サイトもそこまでは気が付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に行くことが了承されたサイトには、ガリア政府から竜と竜騎士が用意された。

 宮殿に付属した竜の厩舎。ここにサイトが現れた途端、数十頭の竜がわななき、おののき、場は騒然となった。高位の幻獣だけにサイトに加わった強大な魂と力を読み取ったに違いなかった。鶏の群れの前に突然、ティラノサウルス・レックスが登場したようなものだ。竜にしたらどうやったって敵わないのは分かっている。分かってはいるが、それでものどからは悲鳴がもれ、体が身震いするのは止めようがなかった。

 

 だが、騒ぎは一瞬で収まった。サイトが伸ばした右手を肩の高さにまで持ち上げ、左から右へ動かしたためだ。サイトに害意がないことを知り、どの竜もサイトに向かって長い首を伸ばし、頭を垂れた。通常、誇り高い竜が初対面の人間相手にいきなり服従することはありえない。厩舎前に驚きが広がる。居合わせた竜騎士の面々からは、この場の様子もガリア政府に逐一報告され、後に「まさか、彼はヴィンタールヴも兼ね備えているのか?」との曲解も招いたのだった。

 

 

 

 

 

 竜の背に乗って飛翔する。数百メール上昇しただけで、遠くに細く、長い金色の糸が見えた。白煙が上がっている。木々が燃える臭いがサイトの鼻を突いた。山火事はリュティスから百キロメールにまで忍び寄っていた。

 

 サイトを乗せた竜騎士が操る竜は緑の森、山を一飛びし、炎の帯を前方に見て、右側の空き地に降り立った。タバサがいる最前線司令部は、ここから近い教会を接収して設営されていた。

 司令部はこの2日間で4度の後退を余儀なくされている。山火事の進行速度を考えれば、この教会内の司令部も明日には撤退を決断しなければならないはずだった。

 

 

 

 

 司令部にいるタバサは、魔法学院在学時同様の無表情になっていた。

 

 トップの動揺は部下に波及する。最前線司令部にいる政府、軍、騎士団の幹部は、苛烈な王宮での競争に生き残ってきた面々だ。その成功体験ゆえに、彼らの目はクラウンを頭上に戴く新女王の一挙手一投足に注がざるを得ない。前国王ジョゼフ。「無能王」との蔑称とは真逆に、絶大な知力でこの大国を一手に切り盛りしていた彼の余韻が確実に政府上層部を支配していたのだ。

 

 

 

 だからこそ、新女王であるタバサは弱みとなる表情の変化を見せない。見せられない。

 

 この2日間の失敗と課題を検討し、山火事を鎮める新たな作戦を彼らから吸い上げねばならない。効果あるものなら何でもいい。彼らにいささかでも発言を躊躇させるような喜怒哀楽は顔に出さないのが王者の義務だった。

 

 

 両用艦隊による投水、水属性のメイジによる放水は効果がなかった。新たな対策として、兵は、山火事の進行方向にある樹木を切り倒し、土属性のメイジが錬金で不燃の石や土に換えた。風属性のメイジは吹き付ける南風に対し、北風を呼び、山火事にぶつけた。だが、いずれも焼け石に水。10キロメール幅の火事に対抗するには、森は深く、メイジの数は少なすぎた。早々に彼らの精神力が尽きてしまったのだ。この2日間の試みはいずれも徒労に終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 司令部最上座に座る、赤色のアンダーリムのめがねの少女は相変わらず無表情を続けていた。

 

 だが、名実ともに小さなその胸の内は、重圧で押しつぶされそうになっていた。アーハンブラ城でとらわれの身となり、明日にも心を失う薬を飲まされることになったあの日。父の無念を晴らせず、母の病も治せなかったことに、心は黒い悔しさと蒼い諦めの色に染められていたが、あくまでも、それはシャルロット個人の問題だった。だが、今、若い女王の背中には リュティス30万人の命、そして、ガリア1500万人の命運が覆い被さっていた。心は、その重みできしみを上げ続けていた。

 

 

 

 

 (……助けて、助けて、父様、助けて、母様。

         ……助けて、助けて…………………サイト……)

 

 策略を弄してリュティスへ呼び出したのに、着いた途端に「すぐに帰れ」と命じた自分。サイトもさぞ困惑しているだろう。なのに、無意識のうちに彼にこの場にいて助けてほしいと願う。その身勝手さに、我ながら少しだけ呆れて胸の内で失笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギィーッ

 

 

 

 

 教会の重い扉が外側から開いた。

 

「副王イザベラ殿下のご了解の下、ガンダールヴ、シュバリエ・サイトのお越しであります」。

 サイトを乗せてきた竜騎士が伝令として叫んだ。本堂の中にいた全員が入り口に顔を向ける。ツカツカとタバサの元に歩み寄ったサイト。ここは戦場であるとの判断から、略式の立礼での挨拶にとどめた。2メール先のタバサはこれまでになく小さく見えた。

 

 

 

 

 「なんで来たの?」とのタバサのつぶやきは、落ち着いたサイトの声にかき消された。

 

 

 

 

 

 「状況図を、地図を見せてください」

 

 

 

 

 

 

 


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