サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第26話 イザベラ

 「私は、神の左手ガンタールヴです」

 

 

 

 

 

 

 ヴェルサイテル宮殿の会議室では、サイトを送り出した後、防災会議が再開していたが、この場を主宰する青髪のおでこの中では、サイトの決め言葉がリフレインしていた。

 

 

 

   (何、あいつ。やけにかっこいいじゃないか)

 「防火帯の構築に人手が足りない? なら、バスティーユの囚人から刑期が残り2年の者を使っちまいな。炎の前で木を刈り、穴を掘れば残りはチャラにしてやる」

 

 

 

 

   (あの調子でトリステインで活躍したのか。エレーヌが、トリステインのアンリエッタが入れ込むのも分かるわ)

 「リュティス市民は、親族、肉親が遠方にいる場合はそこに避難させな。それがない者は近隣の農場を開放しな。牛や豚と一緒だが、一時的な避難小屋にはなるだろ。その後のことはそれからだ」

 

 

 

 

 

 「財務卿、足りない予算は王家の予備費を充当しな。今は金の出所じゃない。用意するのが先決だ。一刻を争うことを忘れるでないよ」

   (ハルケギニアには珍しい黒い髪に瞳。大使館からの報告書では『シュバリエサイトは、はるか遠くの世界から来た』となっていたが、嘘じゃないみたいだね)

 

 

 

 

 

 

 「軍と騎士団は、最前線で立ち向かっている者の交代要員を出発させな。メイジも精神力が弾切れしたら駄馬にも劣る。フネを使いな。経費を気にしている場合じゃない。行く者も、帰る者にも疲れを残さない工夫を考えるんだよ」

   (もし、もしも、だよ。前から知り合っていたら、私が苦しいときも助けに来てくれるのかな? サイト卿は)

 

 

 

 

 

 

 分割思考で、議事を進め、的確な指示を出し続けるイザベラがここでふと考え込んだ。

 

 

 

   (くそ親父は、サイト卿の主であるヴァリエール家の娘やアンリエッタにも卑怯なことをして、何度もひどい目に遭わせたというじゃないか。私がそんな男の娘でも、あの人は私の前に立つのを拒まないだろうか?)

 

 

 

 幼い頃からイザベラの前に立つ男は、肉親の父、叔父、そして祖父だけ。それ以外の男は皆、目の前でかしずく家臣でしかなかった。公爵や伯爵などの跡取りとダンスをさせられたこともある。だが、彼らの瞳に、媚びと狂王ジョゼフへの怖れと魔法も満足に使えない王太女へのさげすみがあるのを、聡明なイザベラは見逃さなかった。

 

 政略結婚させられる運命にあることに気づいたのはいつごろだったろう。まだ、祖父王が健在だったころ、イーヴァルディの勇者の夢中になる従姉妹のシャルロットをからかったことがある。実の姉妹のような関係だったあのころ。あの時にはまだ、白馬に乗った王子様が自分の前に現れてくれるのでは、との淡い期待もあったような気もする。

 

 祖父が崩御して父が即位し、弟である叔父を殺してからはすべてが暗転した。孤独になり、自分の命を狙う者を怖れ、プチ・トロワに引きこもり、汚れ仕事の北花壇騎士団の団長に収まって、あれだけ仲が良かったエレーヌに辛い仕事を押しつけた。我ながら最低な女だと思う。

 だからこそ、エレーヌに幸せになってほしい、と願う。それがせめてもの罪滅ぼしだ。そのためには、自分ができることは何でもしてやりたい。

 

 

 

 

 

 

 急に黙り込んだイザベラに、会議の出席者が不審な表情を浮かべ始めた時、最前線司令部からの伝令が飛び込んできた。南花壇騎士団の若い騎士である。イザベラは名前も顔も知らない。

 

 「火勢鎮圧、火勢鎮圧! 消火に成功しました」

 

 

 イザベラが鋭い声で「復唱! 発信者と送信先を言え」といさめる。

 

 「はっ、失礼しました。発司令部女王陛下、王宮副王殿下宛て 火勢鎮圧、山火事消火に成功せり  以上であります」

 

 

 1秒半ほど大脳皮質をフル回転させたおでこは「前令、全て取り消し。すぐに連絡させよ。防火帯構築の軍は作業中止、新たな指示が出るまで現場で待機させな。市民には『山火事消火、危機は去った』との台詞を拡声魔法で何度も繰り返せ、政府の公式通達であることを分からせるため、グリフォンに騎乗したメイジが空から呼びかけな」

 

 

 

 内務卿らメンバーがそれぞれの配下に新しい命令のため走り出す中、イザベラが伝令に話しかけた。

「して、消火の状況は? お前の知っていることだけでいい。直答を許す」

 

 

 「はっ、現場に降り立ったシュバリエサイトが炎に立ち向かい、何らかの魔法で次々に火を消したようであります。鎮火した後は、嵐が吹き荒れ、現場に近づくのが難しい状況です。こちらに向かう途中、自分も空から山火事のあった方角を何度も確認しましたが、確かに火事は消えておりました」

 

 

 

 

 

   (イーヴァルディーの勇者はほんとにいたんだ。自らの言葉を、約束を守る。男の中の男、騎士の中の騎士じゃないか、あの方は)

 「で、サイト卿はどうしてる?」

 

 「はっ、シュバリエサイトは消火後、森に落ち、行方不明であります」

 

 

 「なっ、イーヴァルディーのゆうコホン、コホン、サイト卿が行方不明?」 

 

 

 「陛下はすぐに軍と騎士団合同の捜索隊を編成され、現場に向かわせておられます。自分が知っているのはそこまでであります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイトが目を開けた時、陽は傾きかけていた。地球時間で言えば、午後八時頃。緯度の高いハルケギニアとあって夜にはまだ早い。

 

 

 「おおっ、相棒、気が付いたか?」

 

 

 

 

 

 「デルフ、また、お前が運んでくれたのか、ありがとな」

 

 

 「いいってことよ。今回、おれっち、それぐらいしか働き場なかったしよ」

 

 

 

 サイトがいるのは山の尾根筋に当たる大樹のそば。炎を次々に消し止めていった酷寒の冷気に直接さらされないように、魔剣が配慮してくれたらしい。それであっても、谷筋から忍び寄るマイナスの輻射熱で、骨の髄まで凍り付きそうではある。

 

 

 少しの間でも体を横たえていたからか、疲れは大分癒えた。体を起こし、大樹を背に脚を投げ出す。あらためて左右の掌を見る。「ADAM」「LILITH」の刻印が微熱を放っている。

 「本当に人間以外のモノになっちゃったんだなぁ」と独りごちる。魔剣は返事をしない。

 

 ATフィールドで宙に立ち、物質のエネルギー増減を思いのままにする。科学でも技術でも、魔法でもない何か。ガンタールヴだけでも持てあましていたのに、第一使徒と第二使徒の力まで身につけてしまった。秋葉原で銀色に輝くゲートを通り抜けてからこのかた、摩訶不思議で理不尽なことばかり。驚くよりも呆れることの方が多くなってしまった。ただ、運命が何をさせようとしているのか、それだけには目を背けないでいたいと思う。

 

 

 

 「相棒、お迎えが来たようだぜ」

 

 夕闇迫る空を見上げる。ガリア王のお召し艦リシュリューが音もなく、近づいてくるところだった。

 

 

 

 

 


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