サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第30話 公務

 さて、賓客というか、想い人のサイトを置いて、シャルロットとイザベラが連日、ヴェルサイテル宮殿に向かわねばならなかったのは当然、公務であった。それもサイトがらみの。それぞれの送迎の馬車がプチトロワの車寄せを離れた瞬間、二人の美少女の顔は為政者のそれに切り替わる。

 

 

 

 

 

 宮殿の奥深く、4階の会議室では長方形の大きなテーブル上座に、イザベラが一人で陣取る。

 

 「では、サイト卿の酷寒の技は先住魔法でもないのか?」

 

 相手はガリアの誇る知性と知識、王立アカデミーの面々である。

 

 

イザベラから見てテーブルの右側一番遠い端から3番目に座る学者がおそるおそる具申する。

 

 「はっ、過去数千年のエルフとの戦いの記録をひもといても、あのような魔法が発現した例は一つも見当たりません」

 

 「おかしいではないか。われらが系統魔法でもなく、亜人どもの先住魔法でもなく、あのような魔法があるのなら、今まで知られていない方が不思議だ。しかも、誰に教わったわけでもないという。これは本人から直接聞いたことだ。だとすると、サイト卿はご自身で新たな魔法系統を開拓したことになるぞ。小手先の新魔法ならいざ知らず、あのような強力無比の魔法を編み出すとは、始祖ブリミル以来のこと。まだ、どこか見落としがあるはずじゃ」

 

 

 

 テーブル左側で、前から6番目に控えていた痩せ形でメガネをかけた学者が声をあげた。

 

 「可能性の段階でよろしければ…」

 

 「申せ」

 

 「虚無ではないでしょうか? 先王ジョセフ様、トリステインの公爵令嬢、アルビオン・モード大公の娘のハーフエルフら同様、サイト卿は実は使い魔にあらず、虚無の魔法の使い手と考えれば、我らが知らない威力の魔法もあり得るかと。これなら、エルフが使えないのも、我らが文献にないのも、サイト卿が誰にも教わっていないこととも矛盾いたしません」

 

 

 そのはす向かいに座っていた禿頭の小太りの学者が別の意見を述べる。

 

 「サイト卿はガンダールヴであり、リーヴスラシルでもあられると側聞しております。虚無の使い魔能力がサイト卿ご自身の体の中で重複したことで、神の左手、神の心臓が融合し、桁違いの効力を発揮するように進化したとも考えられます」

 

 「いや、待て…」

 

 「その場合は…」

 

 

 学者による討論はトンチンカンな方に進み、いつまでたっても結論は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 一方、シャルロットが出席したのは、花壇騎士団と軍、それぞれの会議である。

 

 彼らはサイトが業火を鎮めたのを直接、間接に知っているので、その威力が個人間の闘いや国家間の戦争に用いられた場合のシミュレーションに余念がなかった。

 

 

 

 宮殿内での花壇騎士団三団統合会議(この席には、裏仕事専門の北花壇騎士団は呼ばれないのが通例だった)には、各団長ら指折りの熟達のメイジがそろっていた。

 

 「……というわけで、サイト卿は信じ難いことに、杖を振るでもなく、フライ、極大のウインディアイシクルもしくはジャベリンのような魔法、その何物をも凍らせる、巨大な魔法雲を動かすレビテーションに加え、両用艦隊のフネさえ焦がすあの業火から身を守るなんらかの強力なシールドを含めて最低でも四つの魔法を同時詠唱できると考えざるを得ません」

 

 

 南花壇騎士団の団長キュスティーヌは口惜しそうに女王に上申した。

 

 (サイト、すごい、すごい、すごい)との内心はおくびにも出さず、女王陛下は無表情に訊ねた。

 

 「サイトに対抗するには、何人のスクエアがいる?」

 

 キュスティーヌはパステルモールらほかの騎士団長と一瞬、目配せしながら「彼の者のシールドがどれほどのシールドを張れるのかにもよりますが、十人いれば可能かと」。

 

 嘘である。熟練のメイジであればあるほど、あの極寒の塊がとてつもないことを知っている。ウインディアイシクルにせよ、ジャベリンにせよ、氷の大きさは全部で1立方メールに及ばない。直径だけでもその百倍近い大きさの極冷塊を作って自在に動かすには、ペンタゴン、ヘキサゴンどころかオクタゴン級のメイジ(そんな怪物は史上存在したことはないが)でも不可能である。だが、花壇騎士団の面子の上からもそれは言えない。

 

 

 

 会議は、十人、二十人の騎士団員が向かったところでサイトに傷一つ付けられそうにないことを確認しただけで終わったのである。

 

 

 

 

 次にタバサが向かった統合軍司令部では、黒板に絵図面を掲げながら、陸軍作戦課の一員がサイトを敵とした場合の布陣と対策を説明した。

 

 「あの極寒の魔法、ここでは冷団塊と仮称しますが、軍団にぶつけられた場合、百を数える間もなく、一万人規模の陸軍師団は壊滅します。一方的な殺戮を許すことになりましょう。トライアングル、スクエアレベルのメイジは自らの周囲に各種シールドを張ることで若干は持ちこたえることは可能でしょうが、それも時間の問題だと考えます。およそ300メール先からの魔法詠唱なので、当方の各種魔法、銃弾、矢数は有効射程にありません。止むなく大砲で攻撃することになりましょうが、相手は人間だけに的は小さく、的中するのは万に一つか、と。その砲撃もあの冷団塊が遠くにある段階に限ります。あの森の、司令部があった教会で経験した、何もかも凍てつくような嵐を先例とするなら、数百メール近くにあの冷団塊が落ちただけで砲兵は戦闘不能となり、つららを垂らす大砲は使用不能となるでしょう」

 

 

 テーブルに座を占める軍中枢が押し黙ったままの状態で、次に立ったのは空海軍の作戦担当。

 

 「陸軍と同じく、空海軍もきわめて凄惨な状況となります。サイト卿のフライがどこまで上昇可能なのか、現在のところ判然としませんが、もし、サイト卿が単身でわが艦隊に接近してあの冷団塊を放った場合、すべてのフネが地に落ちることを避けることはできません。全滅です」

 

 

 

 シャルロット女王がいる前で、陸海空軍帥将らの沈黙は続いた。

 

 

 

 

 そして、ガリア軍はサイトを敵に回さないことを絶対命題とすることに全員が無言で同意したのだった。

 

 

 

 

 

 


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