サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第32話 マザリーニ再び

 「宰相、なぜフネで行かないのです!」というアンリエッタの詰問には、「生まれに平民の血が色濃いせいか、どうも空の旅は苦手でありましてな」と回答した。だが、本音は違う。ガリアと対峙するのに、今の段階では情報があまりにも少ないのだ。大使館の至急便2本だけでは、サイトを巡る状況が今ひとつ掴めない。このままリュティスに乗り込んだところで満足行く解決が図れるとは限らない。なら、時間はかかるが、リュティスまで陸路を取り、宿舎でリュティスの状況、サイトの立場、ガリア王家の考えを集め、まとめ、探る必要がある。

 

 為政者として大きく成長したアンリエッタではあるが、そのあたりの駆け引きはまだまだのようだ。

 

「いや、シュバリエサイトのことゆえに、陛下の視野が狭くなっているのか」

 

 

 揺れる馬車の背もたれに体を沈めながら、マザリーニは目をしばたかせ、両目の間の鼻梁をやせ細った左手親指と人差し指でもんだ。

 

 遅まきながら、新女王即位の祝意を表すための公式訪問の形式を取った。クラピエ外務大臣をはじめとする外務官僚、陸空軍将軍らも付き従う。警備を含めた車列は長く続いた。

 

 

 

 家庭教師として政府から派遣しているヴァリエール公爵家エレオノール嬢からの聞き取り報告では、トリスタニアのガリア大使館から二等書記官が訪ねてきて、リュティス訪問を要請したと言う。先だってのサイトの意識不明の際、シャルロット女王が見舞いに訪れたのに、快復した後もその答礼がないのは非礼だとしてガリア国内で騒ぎになっており、大使館独断でお願いに来たとのこと。答礼には、たまたま出発する大使館から出るリュティス行き馬車への同乗を提案されたという

 

 「ふん、素朴で初歩的な手に引っかかったものだ」

 

 他国の騎士隊副隊長のサイトを呼び出すための策略、罠に決まっておるではないか。

通常なら、騎士隊の幹部が他国の政府、王家に伺候するには、政府同士の了解、外交官同士の根回しがあってしかるべき事案である。さもなければ、サイトはガリアのスパイ、エージェントと見なされても反論しようがない。本人の身の安全のことを考えれば、王政府の許可がいるところだ。だが、本人が外国旅行するというのなら、政府が止めるすべも限られるのは事実だ。そこをうまく突いた要請であったのだろう。

 

 「まぁ、陰謀渦巻く政治の裏を、若いサイト殿やエレオノール嬢にそこまで分かれ、というのも酷か」と一人つぶやいた。

 

 

 駐ガリアの大使メーテルリンクには、自分がトリスタニアを発つ際、あらゆる手を使って、山火事の経緯、シュバリエサイトの病状、ガリア王家の様子、政府内部の動向、そしてリュティス市民の反応を調べ、報告するように手配しておいた。同時に、ガリア外務省にマザリーニが近々、貴国を訪問する旨を告げ、シャルロット女王陛下、もしくは宰相イザベラ殿下らとの折衝時間を調整するように命じてある。

 

 

 

 

 途上の宿泊所で受け取ったメーテルリンクからの報告は車中で目を通す。

 

 「ふむ、山火事の発生とサイト殿のリュティス訪問は、偶然重なったと考えるほかなさそうだな。シュバリエの使った魔法の系統、種類は不明とな。だが、ガリア軍総出で鎮火できなかった火事だ。半端なものではあるまい。あの飛行機械同様、彼の者の故国の技かもしれん」

 

 「凍傷を負ったもののもう全快しておるのか。立ち居振る舞い、発言にも異状は見られなかった由。プチトロワでサイト殿の体を触った仕立屋や靴屋からの情報なら、まぁ間違いあるまい。プチトロワに招いたは、イザベラ殿下の主導? 彼の者に執着しているのはシャルロット女王ではなかったか? いやはや、乙女の恋心を予測するは聖職者には難しすぎるわ」。 頭上の球帽をひとなでする。

 

 「ガリアの軍、花壇騎士団もサイト殿の偉業に敬服している。サイト殿が王都を救ったことは政府の公式発表がないにもかかわらず、口コミで広く知れ渡り、市民からの感謝の念はすこぶる厚く、サイト卿への敬愛はガリア王家へのそれに優るとも劣らず、とある。平民嫌いのわが内務卿オートラント伯が見たらなんと言うであろうな」とマザリーニの皺の中に苦笑いが浮かんだ。

 

 

 

 

 これらの文書を座席の隣に置き、マザリーニは腕組みをして目をつぶった。口元は一直線に固く引き結んでいる。

 

 

 

(さて、これらの情報を元に、ガリアの出方を考え合わせねばならぬか……)

 

 

 

 

 

 

マザリーニの眉間の皺は一層深くなったように見えた。

 

 

 

 

 

 


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