シャルロット女王とイザベラ副王は、ヴェルサイテル宮殿の女王執務室で密談を続けていた。イザベラが持ちかけたものである。
「エレーヌの恋心が分かっていたはずなのに、サイト卿を知ってしまった今は、自分の気持ちを抑えきれない。エレーヌと争おうという気はないし、贖罪も果たさねばならないと考えている。それは自分に課した枷だ。その上で、勝手なお願いなんだが、第二夫人という立場を認めてもらえないか」
あの強気な従姉が今にも泣き出しそうな顔で訴える。
「横恋慕は許さない、ダメ」と言いかけたシャルロットだが、途中でその言葉を呑んだ。
(……ここは冷静に考えるべき。トリステインには、独占欲でいっぱいの桃色髪、陰謀に長けた黒髪メイド、あどけないふりをして本当に危険な胸を抱えたハーフエルフ、了承を得ぬまま伴侶宣言した色気だけはたっぷりの女王がいる。一方、ガリアには私一人。彼我戦力比は4対1。圧倒的不利は否めない)
(4対2なら勝負になるかも。加えて、イザベラの知力は、トリステインのライバルに遥かに勝る。だとしたら、それを捨てるのは愚者の行い)
(サイトには何度も助けてもらった。その恩に対し「サイトの騎士になる」とは私の誓い。サイトを守る、あの凶悪なトリステインの4人からサイトを保護するには、イザベラの知力は大きな武器になる)
そこまで考えて、シャルロットは口を開いた。
「第一は私」
イザベラの両眼から大粒の涙がこぼれ出た。
それを純白のハンカチでそっとぬぐってから、イザベラは話を継いだ。「では、今後のことだが、トリステインのマザリーニが……」
アンリエッタの焦燥もマザリーニの懊悩も、青髪姉妹の企みもまったく知らないサイトは、ブランシュの衣服プレゼント攻撃が止んだことで一息ついていた。
ただし、夜になるとタバサとイザベラが枕持参で寝室を訪れるようになった。「結婚前の女の子がダメだろ?」と入室を拒否するのだが、「…魔法学院では、サイトはルイズとシェスタと寝てた」とタバサが上目づかいでじっと見てくる。その小さな背中の後ろにもう一人の青髪がかすかなほほえみを浮かべてたたずむ。無言の圧力に押されて、二人を迎え入れるのが最近の日課だった。
毎朝夕に王家お抱え医による診療があるのだが、どの医師も冷や汗を浮かべつつ、毎回口をそろえて「凍傷が完治するまでもう少しですな」。早朝の鍛錬も再開しているサイトは「そんなバカな」と異を唱えているのだが、その度にタバサから「医師の言うとおりにするのは患者の義務」とたしなめられるのが恒例になっていた。
そんなサイトを遠巻きにして決して近づこうとしないのが、タバサの使い魔にして誇り高き風韻竜シルフィードである。
魔法学院では、なんだかんだと仲良くしていた、あのアホのサイト。タバサには「つがって卵を産むのね」とアドバイスもしていたのだが、そのつがうべき相手が韻竜が崇拝する大地の精霊よりも高位の存在に変容しているのだ。
高等な幻獣類には、サイトから強烈なオーラが放たれているのが分かる。「サイトは(下等な種である)人間じゃないのね」とタバサに告げているのだが、「サイトの悪口は許さない」と手にしたスタッフで頭をポカリと殴られる。折角の諫言を、あのちびすけは無駄にする。割に合わないことこの上ない。
だから、サイトの波動が感じられるときには、できるだけ距離を取る。敬して遠ざける。これがシルフィードの安全対策であった。
だが、この朝は失敗した。
庭でシルフィードを見つけたサイトが一目散に走ってきたため、飛び立つ間を逸したのだ。
(おっとろしいのね、怖いのね。シルフィー、柔らかくておいしそうだから食べられちゃうのね)と震える風韻竜の胸の鱗に、サイトが手を伸ばす。
「よぉ、シルフィード、久しぶりじゃないか! 元気だったか?」と優しい声。
「元気じゃないのね。熱があって頭が痛いのね。だから、食べてもおいしくないのね、食べると絶対におなかを壊すのね!」
サイトの頭上には、大きな疑問符が浮かぶ。
「何言ってんだ?」
「だって、お前はもうサイトであって、サイトでないのね。でも、シルフィーをいじめたらダメなのね。大地の精霊は認めても、おねえさまとお天道さまが絶対に許さないのね」
「………ちょっとゆっくり話をしようか」
プチトロワの南に開けた、観賞用の田園風景を前にして、竜と人(もしくは使徒)の対話が始まった。
そして、自覚はあったものの、魔剣デルフリンガーに続いて、韻竜からも、サイトは自分が人間であって、人間ではなくなったことを告げられたのだった。