サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第34話 鏡の間

 朝食の席で

 「明日、鏡の間」

 相変わらず、タバサは口数は少ない。察するに、サイトがリュティスに来た目的であるところのガリア王への答礼、見舞いのお礼を明日、ヴェルサイテル宮殿の鏡の間で受けるということだろう。

 

 

 中庭で、デルフリンガーを使って1000回の素振りをし終えたサイトは、ガーデンベンチに腰掛けて、小休憩をしていた。そこにゆっくりと近づいてきたのはイザベラだった。夏の陽は中天にかかろうとしていた。リュティスは相変わらず、雲一つない快晴が続いていた。

 

 「精が出ますこと」の呼びかけを挨拶替わりにしたイザベラは続ける。

 「朝方は女王陛下はそのご発言が簡潔なので、分かりにくい点もあったかと。鏡の間は、この宮殿で最も格式の高い部屋です。その場にはガリアの高位高官、諸侯や将軍、市民の長らも推参いたします。臣下が見守る中で、女王陛下への答礼をしていただきたいのです。なにとぞご了解くださいませ」

 

 

 「最初からそのためにリュティスを訪問したのですから」

 

 

 「ついては、サイト様には女王がつつましやかで、ほんにささやかな贈り物をすると思いますが、決して断らないでいただきたいのです。そこでサイト卿に拒まれると王家の威信が傷つき、またも国内に不穏な空気が漂うことも考えられますゆえ」

 

 

 そこまで言われたら、了承するしかない。サイトの答礼なきがゆえにガリアで問題になっている、とオルニエールを訪れた外交官からは聞いている。その後始末に来たのにタバサの対面をさらに汚してしまっては本末転倒である。それはそれでいいのだが、ガーデンテーブルの向かいの席を勧めたのに、副王イザベラは正面ではなく自分の左隣に座って身を寄せ、両手でサイトの左太ももを押さえているのがいささか不可解だった。頬も少し赤いし。ラベンダーだろうか、いい香水の香りがした。

 

 

 「鏡の間では臣下が多数居合わせますが、そこでサイト様にはシャルロットの前で跪き、お礼を述べてほしいのです。両掌を会わせてシャルロットの前に差し出して戴きますと、エレーヌがその両手を自らの両手で包み込みます。そして、サイト様に立ち上がるように促しますので、それに従ってくださいませんか」

 

 タバサの呼称が、どんどんくだけているのは、イザベラとタバサの親密な関係をうかがわせてほほえましい。だが、その要望は微に入り細に入る。エレオノールに王宮作法を学んでいるとは言え、この儀礼はサイトの知らないところだった。でも、「トリステインとガリアでは違うところもあるのかな?」とサイトはあまり気にしなかった。どちらかというと隣からのラベンダーの香りに気が取られていたのだ。

 

 

 

 

 

 

そして、翌朝。

 

 プチトロワからサイトが乗り込む馬車の扉には、ガリア王家の家紋である「交差する2本の杖」が金色で彫り込まれている。揺られるままにヴェルサイテル宮殿の車寄せに到着すると、そのままお付きの者に控え室に案内される。ここで、鏡の間に呼び出されるのを待つのである。

 

 お茶が冷める間もなく、「シュバリエサイト、鏡の間にお進みください。恐縮ですが、武器類はここに置いていって戴きます」と侍従から声がかかった。

 

 

 案内されるまま広大な宮殿内を進み、宮殿ほぼ中央に位置する鏡の間の扉が開く。

 

 

 

 

 

 「シュバリエサイト、ご到着であります」

 

 その部屋にはすでに高位高官、諸侯、大司教らガリアの指導層が居並んでいた。その人波をかき分けるように進むと、奥の一段高い王座にタバサが座っていた。頭上にはトリスタニア王宮バルコニーで見た王冠が輝いている。「やはり、タバサは女王なんだな」ということを痛感する。サイトを見つけるタバサの頬には小さな、小さな笑みが浮かんだ。

 

 

 タバサは王座から立ち上がり、サイトと同じフロアに降り立った。

 

 

 

 サイトは、その前に片膝を着く。

 

 「私が伏せった際には、女王陛下自ら見舞っていただいたこと、まことに感謝に堪えません。サイト・シュバリエ・ド・ヒラガ。オルニエール、本復しましたゆえ、ここにお礼に参った次第」と口上を述べる。

 そして、昨夜、イザベラから教えられたとおりに、両掌を合わせ、タバサに差し出した。その両手を、タバサの白い手袋で正装した小さな両手が包み込む。

 

 

 数秒の後、「立ち上がりなさい、サイト」。タバサの小さな声がサイトの耳に届いた。

 

 立ち上がったサイトを小さなタバサが抱き寄せた。と言うよりも抱きついたと言う方がふさわしい。予想外の展開でドギマギするサイトにタバサは耳元で「私の背に腕を回して」とささやく。ここまで来れば言うとおりにするしかない。そっと小さな背中を抱きかかえた。

 

 広間に「ウォー」という歓声が上がる。続いて「ガリア万歳」「女王陛下万歳」の声があちこちで上がる。

 

 

 サイトは知らない。

 サイトの振る舞いは、ハルケギニアの「臣従礼」。オマージュとも言う。

騎士がひざまづき、相手を主君と認めて臣下として仕える意思を伝え、保護を求める。領主はその騎士を立たせて抱き寄せることでお互いが友情を基にして新たな関係を結んだことを明らかにする行為である。

 

 

 左手を高く掲げてその歓声を鎮めたタバサが言う。

 

 「あなたは国難を救ってくれた英雄。ガリア王としてこれを遣わす。向こうを向いて」

 素直に背中を見せたサイトに、タバサが羽織らせたのはマントだった。そのマントには、三つの剣と三つの花が描かれる紋章が縫い付けられている。ガリア臣民なら誰もが知っているオルレアンの紋章だった。一度、収まっていた広間の歓声はさらに音量を上げて再開することになった。

 

 

 

 

 サイトはこの瞬間、ガリアの地では、サイト・シュバリエ・ド・ヒラガ・ド・オルレアン公爵となったのである。

 

 

 


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