サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第四章 ガリア王国

 

 

 アンリエッタの召喚の儀は国内要人だけに伏せられていたが、国の中枢を担う人々が王宮に集められるイベントに駐トリスタニアのガリア大使館が気がつかないわけがなかった。そして、儀式の途中で召喚された虎街道の英雄・サイトが昏倒したことも。これにアンリエッタが取り乱し、喧噪のなかで終わった儀式、サイトの容体が思った以上に重そうであることなどは各国知るところになった。サイトとガリアの縁は深い。先代の狂王ジョセフとの死闘はガリア国民の語り草になっている。しかも、ジョセフの後を継いだシャルロット・エレーヌ・オルレアン(即位後、シャルロット・エレーヌ・ガリアと名を改めていたが)現国王の命を何度も救った恩人でもある。

 

 

 大使館は事の経緯を至急便で王都リュティスに知らせた。だが、まさか、その国王自身が乗り出してくる大ごとになるとは思ってもいなかった。報告は外務省に出したのに、返事はなぜか内務省から。しかも「シャルロット女王がお忍びでシュバリエ・サイトを見舞う強い御意向を示された。トリステイン外務部に連絡を取り、調整すること。なお、女王のお召し艦は護衛艦2隻とともに本日、リュティスを出立予定」とある。即位以来、もっぱら戦争で疲弊した国内の再建と掌握に専念していた新女王が外国に行くのは初めてだ。しかも、今回のお召し艦は通常のリシュリューではなく、高速フリゲート艦のシャトールノーだという。

 出発が昨日なら今日の夜にはこちらに到着してしまう。大使館は大使以下総出で、トリステインと折衝に当たることになった。非公式とはいえ、ガリアの誇る両用艦隊の3隻が到着するとなれば、随行の貴族、王宮内の侍従、護衛、女官に加え、艦船乗員で少なくとも800人を超える規模になる。その宿泊場所の確保と食事の手配、何より、艦艇の停泊場所をトリステインと詰めねばならない。今は敵国同士ではないとはいえ、軍船が他国の王都にそう簡単に足を踏み入れられるものではないのだ。しかも、両国の面子と威信がかかるだけに、間に立つ大使館の精神的疲労は生半可ではない。

 

 

 臣下である大使館員の激務をよそに、ハルケギニアを代表する大国ガリアの最高権力者となったシャルロットはすでに艦上の人だった。シャトールノーのデッキでサイトのいる北を見据えながら、王位に就いたことを心から後悔していた。「一人でシルフィードに乗れば、明日の朝にもサイトと会えたはず。復讐は確かに私の願いだったが、王位は望んでいなかった。どうしてこんなことになった」。傍らで使い魔が心配そうにこちらを見つめていた。が、今、一人でシルフィードにまたがってトリスタニアを目指すほど浅はかではなかった。女王に置き去りにされた艦隊では、責任問題となり、比喩的にではなく本当に数人の首が飛びかねない。それはさすがに避けたかった。それに、高速フリゲートを用いた理由もあった。もし、トリステインでサイトが治る見込みがないのなら、ルイズやアンリエッタを説き伏せてリュティスに連れて帰ることも考えていた。ガリアは魔法大国である。北の小国では治癒不能の病でもガリアなら回復するかもしれない。場合によっては、かつての縁を頼ってエルフに協力させることもやぶさかではない。相応の対価を求められるだろうが、シャルロットにすれば、それを出し惜しみする気はさらさらなかった。これらの理を説明すれば、感情を抜きにして、サイトを心から愛しているあの乙女たちは賛同してくれるとも考えていた。逆にルイズたちがリュティスまでついてくるかもしれなかったが。

 

 

 全速で風を切る両用艦隊の周囲はすっかり暗くなって久しい。今のシャルロットにできることは「サイト、私が行くまで無事でいて」と天空にかかる双月に祈ることしかなかった。

 

 

 

 

 「ガリア王国、シャルロット女王のおなり~」

 シャルロットがアンリエッタの王宮を訪れ、サイトの病室に足を運んだのは、ルイズより丸一日半遅れた。ひとえに魔法学院とリュティスの距離のためだ。お忍び、非公式の訪問とはいえ、外国のトップを迎えるにあたり、トリスタニアの各官僚は極度に緊張していた。何か粗相があれば、即座に外交問題である。「すべて略式で、簡素に」とはガリア側から言われていても、「はい、そうします」とは言えないのが辛いところだ。サイトの病室に当てられた客間が、王宮内でも最上級の部屋だったことがこの場合、ありがたかった。調度品などはすべて極上品が使われており、広さも、新たにガリア女王のお付き約20人を呑み込んでもまだ余裕があった。

 

 宮廷作法に基づき、アンリエッタ以外の者はみな、シャルロットに片膝をついて敬意を表す。アンリエッタも椅子から立ち上がり、歓迎の意を示した。両女王のあいさつもそこそこに、シャルロットがベッドに近寄り、サイトの顔をなぜた。「で、容体は?」 「意識が戻らないまま変わりません。医師の診立てでは、今夜がヤマと。」と憔悴しきったアンリエッタが応えた。シャルロットはサイト強奪作戦が不可能なことを悟った。ならば「邪魔にならないようする。今晩はここにいたい」。「ありがとうございます、シャルロット女王。シュバリエサイトも喜ぶか、と。ええ、もちろん私も今夜はここで過ごします」。

 

 

 

 女王同士のやり取りで決まったことながら、臣下の立場では異を唱えざるをえない。まず、口を挟んだのはガリアの外務副大臣カルヴァン伯爵だった。「陛下、長旅の強行軍でございました。シュバリエサイトの顔を確かめられたことでございますし、今夜はお休みになった方がよろしいか、と」 トリステイン侍従長のボルトも「いかに見舞いとはいえ、ベッドに男性が眠る中です。さらに、昏睡の原因も不明な中、長時間の病室滞在は陛下のご健康に差し支えます」。

 外務副大臣の忠言は、無表情のシャルロットに完全に無視された。だが、アンリエッタの強烈な反発に比べたら、まだその方がよかったかもしれない。「流行り病ではない、と申したのは当家の侍医団です。私にここを去れ、というのはその診立てを否定するに等しい。王家のスキャンダルが怖いのなら、そこもと達が全員、ここに残ればよいことではないですか!」

 

 かくして、ベッドの周囲は女王2人と伝説の虚無の使い手2人という4人の美少女で固められた。看護婦代わりとしてシェスタもその場にいることを認められた。いざという時に備え、侍医団がベッド足元からサイトの呼吸、脈拍を測り、女官がそのそばに。客室に付属する控室二間には人数分の椅子が用意され、トリステインの中枢、ガリアの随行団がそこに下がった。

 

 

 二人の女王はベッド両サイドにしつらえられた椅子に座った。アンリエッタは布団から出されたサイトの右手を、シャルロットは左手を握りこみ、それぞれ顔近くに当ててサイトの回復を祈る。虚無の二人もその下座、ベッドの中ほどにあってサイトとの思い出をかみしめつつ「早くよくなって」とそれだけを願う。

 

 

 

 

 「ああああああああああっ!」

 

 異変に最初に気がついたのは、ベッドの足もとに控えていたシェスタだった。女王二人が握りこむサイトの両掌から薄い光が漏れ出ていたのだ。二人の女王は瞑目していたため、その光には気がつかず、虚無の二人も眠り込むサイトの顔だけを見ていたため、反応が遅れた。ガンダールフのルーンをその左手に刻み込む役目を果たしたルイズが叫んだ。「姫様、手を放してはなりません。使い魔の契約が今、なされようとしています。サイトを呼び寄せて。目を覚まさせるのです」。ルイズの叫びに応えるようにアンリエッタも、シャルロットも愛する人の手を一層、大切に包み込んだ。「「「「「サイト!(さん!)」」」」」。その間にも光はどんどん強くなる。

 

 主間での喧噪に、控室で居眠りを始めていた両国の貴顕もどどどどっと姿を現した。虚無の使い魔の両掌から溢れる光は部屋全体を照らし出し、夜にもかかわらず、まるで真夏の太陽の下のような明るさをもたらしていた。さらに光はまぶしくなり、誰も目を開けていられなくなった瞬間、間の抜けた声がして、光が消えた。

 

 

 

 

「あれっ、みんなどうしたの?」

 

 5人の少女は一斉にベッドにダイブした。しかし、標的は一つ。乙女たちは側頭を、頬を互いにぶつけながら、サイト周りに、美しい5輪の花を半円状に咲かせることになった。

 

 

 

 

 


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