サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第六章 ラベンダー密約

 

 サイトが一人でオートミールをミルクで胃袋に流し込んでいるころ、王宮内の小広間では、簡素ながらガリア一行を招いての夕食会が開かれた。もう夜中に近いのに「夕食会」という名称にされたのは、急な訪問で晩餐会にふさわしい料理が用意できなかったためだ。 

 

それでも、アンリエッタの好みの角羊のスープ、シャルロットの大好きなハシバミ草のサラダがメニューに加えられたのは、トリステイン王室大膳部の矜持と言えた。

 

 

 

 

 アンリエッタがサイトの病室を追い出され、この小広間にガリア一行を迎えるまでの間に、私室にボルト侍従長と女官長の来訪を受けていた。女官長はフォントネ侯爵夫人。マリアンヌより10歳ほど年長で、カバリュスという旧姓からを含めれば40年近くを宮廷ですごしてきたベテラン、宮廷作法の生き字引だ。細身の銀縁眼鏡は両端がつり上がり、性格のきつさを感じさせる。アンリエッタが「ルイズの姉君も将来、こうなるのかしら」と普段から考えているのは内緒だ。

 

 その女官長が「陛下、私は悲しゅうございます」といきなり泣き始めた。

 召喚の儀から先ほどの病室での振る舞いまでで、アンリエッタが口にした伴侶、妃、夫などの言葉の数を、女官長は指を折って数え上げた。

結婚はおろか婚約もしていない淑女が一方的にこれらの言葉を口にする。しとやかさも恥じらいもない。フォントネを筆頭に女官がアンリエッタに作法をお教えするのが不十分だった結果で、国と王家から大恩を受けているにもかかわらず、その職責を果たせなかったことがまことに口惜しい、と涙をこぼした。

 

 ボルトも口を添えた。「ゲルマニアのアルブレヒト3世との婚約を解消し、陛下のご成婚はあらためて国家の一大事となりました。人選から婚約の儀、そして成婚に至るまでは、数々の典礼、諸国との外交、ロマリアの承認などハードルが控えておりまする。その中で、陛下ご本人がお相手をご指名、公言するなどもってのほか。そもそもシュバリエが陛下のお隣に立つなど、過去に聞いたことがございません」。さんざんのお小言だった。

 「それに、シュバリエサイトが陛下の求婚を受け入れたとは寡聞にして知りませんぞ」。

 

 この一言は、ルイズやティファニアに対して自分がなんのリードもしていないことを想起させ、女王のコンプレックスを著しく刺激した。今晩のやり取りを聴く限り、新たにガリア女王も参戦するつもりだろう。焦りは普段のアンリエッタからは考えられないような攻撃的な姿勢を取らせることになった。

 

 

 「確かにサイト殿からまだご返事をいただいておりません。ただ、それはサイト殿が直後に倒れられるという想定外の事案があったため。サイト殿が私を拒むとは考えられません。なぜなら、召喚の時を除いてもサイト殿とは四回、口づけを交わしておりますゆえ」。

 アンリエッタがやや早口でこのことを告げたとき、「バタン」と目の前で音がした。フォントネ侯爵夫人が卒倒したのだった。近くにいる女官が上司に当たるフォントネ侯爵夫人の介抱を続ける間にも、渋い顔をしているボルト侍従長との会話は続いた。

 

 「サイト殿を伴侶にする、とは召喚の儀における私の誓い。始祖ブリミルの名は、トリステイン大司教も聞かれたはずです。サイト殿を夫にせぬとは、王自らがもっとも重要な誓約を破ったことになります。場合によってはロマリアから異端の疑いをかけられることにもなりましょう。私の思いは、何としても国の総力を挙げてでも実現しなければならないと思います」

 「しかし、侍従長、女官長の申す事もそれなりに理があるようです。これからは言葉遣いに気を付けることを約束いたしましょう」

 

 

 

 小広間での小宴は、ガリア側からの正客がシャルロット、大使など五人。トリステインもそれに合わせ、アンリエッタと奥向きの者たちによるメンバーとなった。ガリアには随行筆頭となったカルヴァン外務副大臣がいるが、トリステイン側からは王政府の要人を出席させないことは、非公式訪問が決して政治的意味を持たないことについての暗黙の了解事項だった。それゆえ、ルイズ、ティファニアも友人との立場で同席を許されていた。

 

 

 ホストとしてあいさつに立ったアンリエッタが形式通り、まずはシャルロットの来訪を悦んだ。だが、続く台詞にボルト侍従長が心の中で頭を抱える羽目になる。サイトのことについてである。いわく「わが右腕とも頼むシュバリエ」「唯一無二とも言えるわが水精霊騎士隊の副隊長」「はるか東方の国より訪れ、我が国のために粉骨砕身の努力を惜しまない、大切な人」「わが召喚に応じ、銀のゲートを潜り抜け、わたくしの前に現れ、深きちぎりを結びし殿方」。

 

 確かに、伴侶、夫などの言葉は侍従長らとの約束通り一切使っていない。しかし、そのさくらんぼのような愛らしい唇から放たれる言葉はいずれも、サイトとアンリエッタが特別な関係にあることを暗喩するものばかりだった。

 

 「幸いに、シュバリエ・サイトはその高き、深き心により、回復へ歩み始め、わが王国、王家、何より私の暗雲は払われることになりました。今後ともトリステインの礎となってくれることでしょう」と締めたスピーチ。シャルロットに対して「はよ帰れ」と言わんばかりの内容だった。末席のルイズは当然ながらホストのスピーチに反論することは許されない。その一言一言に、顔を赤くしたり青くしたりするしかなかった。アンリエッタの話を額面通りに受け取ったティファニアはただひたすら感心していた。

 

 

 答礼のスピーチのため、シャルロットが起立する。

 今回の訪問で両国の友誼が深まったことを悦んだ上で、自分が来たことでサイトが目を覚ましたことを「偶然とは思えない」と述べた。タバサという偽名でトリステイン魔法学院に留学していたおりにサイトとの交流が始まったことを告げる。望まぬことであったが、母の命を質に取られ、サイトと命を賭けて戦ったこと、最終的にサイトに敗れたが、自分を許してくれたこと、その折りにサイトのわき腹に大けがを負わせてしまい、その傷跡は今も私の負い目になっていること、アーハンブラ城に幽閉され、心を失う寸前だったが、サイトがすべてを捨てて救い出しに来てくれたことを言葉数は少ないながら感動的に紹介した。アーハンブラ城救出作戦では、ここにいるルイズやティファニアも大きな役割を果たしたのだが、当然のごとく一切触れない。ルイズはここでも赤くなったり、青くなったりした。ティファニアはまるで吟遊詩人の語りを聴くように感動している。

 

 最後は「恩人であるサイトとの絆はどのような力をもってしても切れることはない」と述べ、アンリエッタの狙いに釘を刺すことを忘れなかった。

 

 

 外交儀礼に身を包んだ、激しい言葉の戦争はこのように始まり、そしてうたげは果てた。少女たち以外の出席者は疲労困憊し、シェフが腕によりをかけた主菜の数々の味もよくわからなかったという。

 

 

 

 「シャルロット女王、私の部屋で食後のお茶でもいかがでしょう? 魔法学院時代の積もる思い出もおありでしょう。ルイズ、ティファニアも交えて」。

 

 茶会の出席者は女王二人に、虚無の使い手二人。給仕には、サイト専属メイドのシェスタという平民が特別に呼び出された。これら五人以外はアニエス隊長でさえ、同室を許されなかった。室内には厳重にサイレントが掛けられ、廊下側の扉には、トリステイン魔法衛士隊マンティコア隊隊長のド・ゼッサール、ガリア東薔薇騎士団団長のパッソ・カステルモールの両名が並んだ。

 

 

 

 後世、部屋の名を取って「ラベンダーの密約」とも「第一次直上会戦」とも呼ばれることになった歴史的茶会である。が、そこでの内容は詳しく伝わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

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