サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第七章 王宮前広場

 

 

 サイトが目を覚まし、彼を取り巻く人々、もっとはっきり言うなら彼に恋する乙女たちがうれし涙をこぼし、新たな戦端を開くことになった翌朝。王宮の警備部門は異状事態出来に右往左往することになった。

 

 

 

 「宰相、昨夜から王宮前広場に平民が群れをなして動きません。その数増えて、およそ一万五千」。

 異変は前夜に始まっていたが、マザリーニに報告されたのは朝になってからだった。

 警察業務を担当する内務大臣フーシェがいらついた表情を見せた。一万五千とは、トリスタニアに住する平民のおよそ四分の一にも当たる。日々の仕事に追われるはずの民衆がこれだけ集まることは、未だかってなかったことだ。

 

 

 「オートラント伯、民衆は何のために」

 「あのシュバリエふぜいが死にそうになっていることをどこかから聞きつけた平民どもが早期回復、無事を願って集まったようですな。奴ら平民どもがどれだけ祈ろうが、何の役にも立たぬだろうに」。オートラント伯爵フーシェは、貴族至上主義を口にしてはばからぬ人物だった。

 

 「伯爵、少々言葉が過ぎませぬか。貴公も練武場での陛下のお言葉を耳にしなかなかったわけではありますまい。それに民がサイト殿の無事を祈るだけならさほど問題とも思えませぬが」。マザリーニは軽くたしなめつつ、民衆の行為を擁護した。

 

 「話はそれほど簡単ではありませんでな。平民の中に不穏な噂が飛び交っているようで、一部が騒ぎを起こしそうなのです」

 

 

 

 アンリエッタの召喚の儀に集められたのは政府の高官、教会の高位僧職者、諸侯などに限られた。情報公開、説明責任などの概念とは無縁のトリステインでは、公の宣布や高札より情報伝達に力を発揮するのが口コミだ。その問題となった召喚の儀式に平民はいなかった。だが、予想外の儀式中断で、早々に退席した貴族らが王宮から下がる時、馬車に乗り込む時、王都別邸に帰った時などに従者や小物、使用人にもらしたことが二日掛けて徐々に平民に広がっていたのだ。

 

 

 

 「御前試合に出たサイトに客席にいた貴族が卑怯にも背後からライトニングを浴びせ、意識不明の重体にした」

 「いや、襲ったのは火の系統のメイジで、使ったのはフレイムなんとかという大きな炎だったと聞いた」

 「王宮で陛下の暗殺を狙った謀反が起き、陛下を守ろうとしてその盾となって倒れた」

 「前国王の仇を討つため、ガリアが軍艦を派遣してサイトの引き渡しを求めてきた。女王陛下は当然、お断りになった。しかし、戦争も辞さないガリアの圧力はもだしがたく、陛下のおおみ心を察し、サイトが毒をあおった」ーなどなどである。

 

 ガリア女王がサイトの引き渡しを求めたこと(動機は正反対だが)以外は、いずれも根も葉もない流言飛語の類いだった。しかし、サイトの身を心配する人々が自発的に広場に集まり、その回復を心から願っていたのは事実だった。

 

 

 はるか東の国からやってきた黒髪の平民は、そのたぐいまれなる剣術をもって、トリステインの苦難を、敬愛する女王陛下の危機を何度も救った、という話は、戯曲化された舞台、絵本などを通じて広く国民に知れ渡っていた。一部では名前が「ヒルガリ・サイトゥーン」などと当地風に訛ることもあったが、少年とも言える平民がメイジもできなかった大活躍をしたという英雄譚は市民の心を揺さぶるに十分だった。

 

 実際にアルビオンでの退却戦で敵軍を一人で足止めしたサイトの功績によって命を救われた人もいる。

 群衆の一角は確実にこれらの人々が占めていた。チクトンネ街に「魅惑の妖精亭」を構えるスカロン、その娘ジェシカをはじめとする妖精さんも昨夜は早々に店を閉め、総出で繰り出していた。いずれもサイトがいなければ、アルビオンの土になっていたかもしれぬ身だ。普段から貴族の横暴、平民への蔑視を身をもって知っているスカロンは、街に流れた噂を「単なるデマ」と切って捨てることはできなかった。領地持ちになったサイトに、身の安全を図るため、姪のシェスタをそばに置くことを進言したのは何より彼だったからだ。

 

 

 

 

 

 (サイト、サイト、サイト)ー

 

 

 朝になって群衆の中から発せられた祈りは声になり、皆が口を合わせ、徐々に音量を上げていった。

 

 

 

 「サイト、サイト、サイト」。

 

 

 王政府内にいる貴族にもどよめきが聞こえ始め、内務大臣フーシェは三つの中から選択を迫られることになった。蹴散らすか、警戒しつつ様子見に徹するか、それとも、サイトが快癒したと王政府から発表して解散させるか。ただ、女王による召喚時のトラブルを公表できない中、政府の発表を群衆がそのまま信用するかどうかは別問題だが。

 

 

 フーシェが宰相に相談したのは、貴族同士の足の引っ張り合いを勝ち抜き、出し抜いて、出世を遂げた彼にとっては当然の行動だった。広場で不測の事態が起き、責任が問われたときに宰相を道連れにとは言わないまでも、後ろ盾にするためだった。

 

 

 

 

 だが、宰相の判断はそれらのいずれでもなかった。

 

 

 

 


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