サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第八章 宰相マザリーニ

 

 

 マザリーニは昨夜の女王私室と夕食会でのやりとりの克明な報告を受けていた。その上で、フーシェには渦中の人物を隠すのではなく、国民の前に立たせることを提案した。

 

 目の前に座る男のように、異国から来た元平民に敵意を持つ貴族は多い。だが、国民からサイトに寄せられる圧倒的な支持を見せつければ、陰謀や直接的な攻撃から少しはサイトを守ることにつながるのでは、と考えたのだ。フーシェにこのことを告げれば、いらぬ反感を募らせることは明白であり、むろん、そこまでの説明はしない。

 

 

 「今回の案件で、けが人を出すような対応はもってのほかですぞ。このまま捨て置くわけにもいかず、さりとて中途半端な説明で解散させるのも逆に民衆との溝をつくる可能性が高い。いずれも国家にとってよろしからざると言わざるを得ません」と、平穏第一が使命の内務省の泣き所を突く。

  「シュバリエサイトの意識は戻り、すでに通常の状態にまで回復している由。なれば、陛下の許可を求めた上でですが、本人に王宮バルコニーに立ってもらい、その健在ぶりを国民に見せるのがよろしかろう」

 

 サイトの人気がさらに上がることは容易に想像が付いた。しかし、広場の民衆を混乱無しに解散させる最善の方法には違いなく、警衛を担当する内務大臣のフーシェとしては癪ではあるが、その提案を受け入れるのが得策に思えた。

 

 

 

 

 

 若き女王が一本立ちしたとは言えず、マザリーニの激務はいまだ続いていた。繁忙の中、件の少年との会話回数は五指に足りない。だが、サイトになぜか好感と共感を抱くようになっていた。

 

 一つは、ともにトリステインの外から来た平民という来歴。

 

 二つは、にもかかわらず、トリステインを、アンリエッタを支えようという姿勢。

 操られたウェールズ王子の亡骸が語る誘惑で王宮から連れ去られたアンリエッタ。追走の際、ヒポクリフ隊は潰え、その王女を奪還したのはこの少年とその主らであった。

 負け戦となったアルビオンでの撤退戦。七万の敵軍を単身で食い止めたサイトの奮戦がなければ、王女だったアンリエッタも空中に浮かぶ島でレコン・キスタの虜になっていたやも知れぬ。その場合、国王候補を人質にされたトリステインは、かの悪党らの言いなるになるほかなかった。思い出すだに身震いが起きる。

 また、ガリアの狂王ジョセフの血にまみれた謀略をたたきつぶしたのもこの少年だった。

 これら数々の功績に報いるには、伯爵に叙してもいいはずだが、いまだシュバリエのまま。しかも、それを本人が恨むそぶりもない。

 

 三つは、澄んだ黒曜石のような瞳が発する真っ正直な意志の強さ。 友達(今のガリア女王だが)を救い出すために領地もシュバリエのマントもすべて返上する身の処し方。加えて、彼の者が「ゼロ戦」と呼び、タルブの民が「竜の羽衣」と言い習わしてきた飛行機械を操れる唯一の者である。この国では、今もあの仕組みは解明できていない。この国の慣習と常識を身にまとえば、その東方の知識と合いまって大化けする可能性を秘めていた。

 

 

 平民が貴族になる一点だけで東の強大国ゲルマニアをさげすむトリステイン。この国をかつてのような強国に変えるのは、あの者がアンリエッタとともに立つこと以外にないのではないか。ゲルマニア皇帝との婚約解消以来、自薦他薦でアンリエッタの夫になろうと売り込んでくる高位貴族やその息子には事欠かなかった。だが、その頭には、自家の繁栄、自身の出世はあっても、トリステインの未来はまるっきり存在していなかった。彼らに比べれば、サイトの方がはるかにアンリエッタにふさわしい。いつの間にか、マザリーニはサイトを高く評価するようになっていた。

 

 

 

 「では、女王陛下の裁可は私から得ましょう。内務大臣にあっては、民衆をいたずらに刺激することなく、シュバリエサイトを待つよう、配下に厳しく申しつけくだされ」とマザリーニは言い渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 サイトの無事を祈る声がこだまする中、広場に向かって備えつけられた王宮三階の出入り口が開いた。広場の目がそちらに引きつけられたとき、ジーパンに青いパーカーという普段通りのサイトが室内から現れ、バルコニーに立った。広場最前列とはわずか数十メールしか離れていない。

 

 待ち望んでいた元気なサイトの姿に、歓声とも悲鳴ともつかぬ叫びが広場を覆い尽くした。「普段着でバルコニーに立って、手を振ってくれればよい」とだけマザリーニから頼まれていたサイトにとっては、驚きの出迎えである。

 

 しばらくして、再び、王宮の出入り口が開き、中からアンリエッタ女王が歩み出し、サイトの左に並んだ。「サイト万歳!、サイト万歳!」の歓声が「トリステイン万歳!」「女王陛下万歳!」に替わるまでさほど時間はかからなかった。

 

 

 もう一度、窓が開き、背丈ほどもあるワンドを抱えた少女がサイトの右に立つ。

 短めの青い髪の上には、ダイヤ、ルビー、エメラルドに装飾された宝冠。冠の上部はビロードの布で覆われ、金銀プラチナによるアーチが架かる。公爵や侯爵、伯爵ら貴族のコロネットとは、段違いの格を示すもの、国の頂点に立つ者しか許されないもの。王冠にほかならなかった。

 その王冠の宝石類も、サイトを挟んで隣に立つアンリエッタのクラウンより少しずつ大きい。

 

 民衆の「誰?」との疑問は、そこかしこからの「ガリアの新女王だ」との回答で沈静する。歓呼の声に新たに「ガリア万歳」が加わった。

 

 

 

 さらにもう一度、窓が開く。ウィンブルと呼ばれる白い頭巾で顔以外を覆った美少女二人が一緒に登場した。同じ純白の修道服に身を包んでいるが、ボディラインの差は隠しようもない。それぞれ、トリステイン、ガリアの女王の隣に進んだ。

 広場にいたスカロンが「虚無の担い手!」と声を上げる。「ルイズちゃん」と叫ばなかったのは、ルイズらが女王の隣に立たせられる政治的意味を理解したからに違いない。だてに酒場経営者を長年やっていない。場を読める漢スカロンの声に触発されるように、周りからは「始祖の巫女だ!」との歓声。「聖女万歳! 聖女万歳!」の声が歓呼の数に重なった。

 

 

 

 

 

 

 バルコニーから手を振って民衆に応える、サイトと四人の美少女。

 

 

 眼下に広がる民衆の笑顔。サイトは「おれが元気になったのをこんなに喜んでくれているのに、手を振るだけでいいのかな」と考えた。元からのお調子者。もっとサービスしなければ。背中に負う魔剣デルフリンガーの柄を左手で握り、剣先を青空に突き立てた。

 

 

 

 盛り上がる民衆。気をよくしたサイトが再び、剣を真上に伸ばし「オーッ!」と気合いを掛けた。

 

 その瞬間だった。サイトの左手のうちが輝き、柄から剣の身ごろへと走った光は剣先から飛び出し、青い空をどこまでもどこまでも伸びていった。同一波長にそろえられ、増幅された可視光線。膨大なエネルギーを有しながら、大気、水蒸気による散乱はごくわずかにとどまる。成層圏まで達した光は遠く魔法学院からも観測されたという。

 

 

 

 呆けたようにサイトを見つめる両隣の女性ら。そのサイトも唖然としていた。

 「なんで、おれがレーザー光線を撃てるんだよ?」

 

 

 

 広場は一瞬の静寂の後、これまでで最大の音量で「サイト!サイト!」の歓声が上がった。

 魔法が支配するハルケギニアで、今まで誰も作ったことも見たこともない集束光。集まった民衆を楽しませようと、サイトが何か手品をしたに違いないと判断したようだ。

 

 実はその破壊力は、虚無の魔法・エクスプロージョンをも上回るものであったのだが。

 

 

 

 

 

 

 女王二人と虚無の担い手二人と並ぶ平民の英雄サイト。

 彼に新たな伝説が加わったものの、その力にサイトは困惑していた。

 

 

 

 

 

 


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