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――――現在から遡ること約五百年程前、九州。
その小さな村では妖怪の親子二人が人に受け入れられ、密かに共存していた。子は村の子供達と仲良く遊んでいた。
「ねぇねぇ! 次は何して遊ぶ?」
長く美しい黒髪に、いくつかメッシュの様な白髪が混じった髪を持った少女が五人の子供達の中心となって場を盛り上げていた。
その子はどこからどう見ても人間にしか見えなかった。ただ、頭に生えてる小さな二つの角を除けば、だが。
しかし、遊びたい盛りの子供達の心とは裏腹に空はもう茜色に染まりつつあっらた。
「なぁ
詩翠と呼ばれた妖怪の女の子の言葉をやんわりと否定する少年は、この村の村長の孫である。
「そう? まぁ喜平がそう言うなら……」
喜平と呼ばれた少年の提案を受け、詩翠は年相応の反応を見せた。こうして見ると妖怪であることを忘れてしまいそうになるほどの少女の初々しさが伝わってくる。
「じゃあ俺たち先に帰るね〜」
「お腹すいた〜」
各々家路につき、村から少し離れた平野から帰っていく子供達。
「皆帰るの早いな。詩翠、送ってくよ」
喜平は他の子達の背中を見送り、次に詩翠の方に振り返った。
「へ? い、いいよ! 一人で帰れるから!」
頬を朱に染めながら両手を前に出し、ブンブンと横に振る。その頬を染める朱色は夕焼けの空の影響なのかは定かではないが。
「馬鹿。こんな時間に女の子を一人で帰らせる訳にはいかねぇだろ」
「お、女の子って言ったって私妖怪だよ? 喜平よりも強いんだから大丈夫だよ」
「んー……」
少し考えるように喜平は右の人差し指で自分の頭を掻いた。そして閃いたかのように顔を上げ、詩翠の黄色い双眸を喜平の瞳が捉えた。
「じゃあ山の麓まで送ってく。それならいいだろ?」
「そこまでして私を送ってくれなくても……まぁいいや。じゃあお願いするね」
「任せろ! 猪とか出ても俺が守ってやるからよ!」
そう言うと半ば強引に詩翠の手を取り、満面の笑みを浮かべて喜平は山の麓を目指し、着いて、帰る時には手を振りまがら「また明日な!」と元気に走っていった。
人里はなれた山奥に小さな小屋があった。詩翠はいつものように扉を開け、「ただいま」と一言言った。見た目も中もボロいが、決して住めないという訳でもない様な小屋の中から咳き込む女性の声がする。
「ゴホッ! ……げほっ!」
体調を崩しただけでは到底出ない心配をさせる咳。布団に横になりながら美しく長い黒髪の女性は苦しそうな表情をうかべながら帰ってきた娘……詩翠に「おかえり」と一言言うが、また直ぐに咳込んでしまう。
詩翠は慌てて女性に近づき、そのか細く今にも折れてしまいそうな痩せすぎた腕を掴む。今にも泣き出しそうな娘に優しく微笑みかけながら女性は言った。
「大丈夫……何も心配は要らないわ……」
詩翠の目から大粒の涙がこぼれる。それが嘘だと分かっているからだ。枕元の布団に染み付いている血の跡が更に明確にさせた。しかし、詩翠は目の前の布団に横たわっている女性を安心させようと流れた涙を拭い、必死に笑顔を作りながら答えた。
「うん。
だが、作った偽りの表情は言葉を最後まで言えずに詩翠の意思を裏切り、また涙が頬を伝う。次は一粒ではなく、ダムが決壊したように溢れ出てきた。もう自分では制御が出来なかった。ただただ自然の摂理に従うように目から出るしょっぱい水は、詩翠の母の布団をみるみるうちに濡らしていく。
母はそんな娘の頭を撫で、秘密にしていたことを娘に語りだした。
「あなたのお父様……私の愛したたった一人の人はね、凄い妖怪なの。あなたはあの人が私達を捨てたと思ってるかもしれないけど、違うの。私が、ついて行くのを拒んだのよ。だから恨まないであげてね。……私はもう長くな……」
「そんなこと聞きたくないよ!」
詩翠は母の言葉を遮った。それを母の口から言わせてしまえば、母が遠くへ行ってしまう様な気がしたからだ。
「聞きたくない! 聞きたくない! ずっと一緒に暮らそう? 母様は強いんでしょ? こんな病気に負けるはずないよ!」
「聞いて、詩翠。お父様の所に……行きなさい。私が愛したあなたのお父様の所……に、名前は……『ぬらりひょん』……あなたを……愛し……て……る」
それだけを言い残し、母、『翡翠』は娘、『詩翠』を残し、この世を去った。それから三日三晩、山に鳴き声が響き渡ったという……。
――――それから四日目の朝。
小屋から出てきた詩翠の顔は酷いものであった。しかし、その瞳には何かを決心したような意志があった。
山を下りた詩翠は遊び慣れた村に顔を出した。三日間顔を出さなかったため、村人がぞろぞろと詩翠に集まってきた。
「詩翠!」
真っ先に名前を呼びながら近づいて来たのは喜平だった。いかにも心配していたという表情で。
「喜平、皆さん、私の母、翡翠は三日前の夜に様態が急変して亡くなりました。私は母の遺言に従い父を探しに行きます。今まで良くしてくださってありがとうございました」
ぺこり、と詩翠は頭を下げ、淡々と語った。むらの人々は呆然としていたが、構わず詩翠は踵を返し、山へ帰ろうとしたが、
「そんな今生の別れみたいな言葉をいいにきたのか?」
喜平が詩翠の腕を掴んでいた。
「だって……何年、何十年かかるかわからないんだよ? 私の寿命は長いけど、人間は私たち妖怪からするとやっぱり……短いよ」
それを聞いた喜平が詩翠の腕を引っ張り、自分の方へ向かせ、肩を掴んだ。
「おれはいつでも待ってるから! 絶対帰ってこいよ!!」
限界だった。もう三日の間に一生分の涙を流し、枯れきっていたと思ってたのに、また涙が溢れだした。
「ホントに……おじいちゃんになっちゃうかも知れないよ?」
「構わない。お前が帰ってきてくれるなら俺は百年だって生きてやる!」
「うん……うん! 絶対、父に母様の死を告げたら帰ってくる」
そして今度こそ詩翠は山へ戻った。
小屋に戻ると詩翠は翡翠の遺体を運び出すと小屋の裏に穴を堀り、遺体を土葬し、住み慣れたこの地……宮崎を後にして、詩翠は江戸を目指した……。母の遺品の身の丈ほどあるこん棒を持って。