屋敷に戻ると詩翠はミュウというモノについて聞いたことを全て本家のモノ達に伝えた。しかし、本家の古株達も『ヴァンパイア』なんて聞いたことも無かったらしい。
「じゃあ、あの見た目からしてやっぱり異国の妖怪なのかな?」
今は一室に詩翠とぬらりひょん、そして蓮の三人でミュウのことについて話し合っていた。見た目というのは顔立ちや髪の色等がどれをとっても日本っぽくないからだ。
「そう考えるのが妥当じゃろうな、でも畏が感じられんかったんだろ?」
「はい。畏では無いです、何か……形容しがたい気でした」
「じゃあ妖怪とは呼べんかもな……人でなく、妖怪とも呼べん……一体何者なんじゃ」
「とにかく今朝から何人か血が無い死体が見つかってるから早めにとっちめないとね。犯人は多分、ミュウ……だと思うし」
そう。ミュウが現れてから鴉天狗に捜索を命じたところ、今朝から奇妙な死体がいくつか見つかっていることが判明した。げっそりしたものから、完全に血が無くなり干からびている死体まで。
「そうじゃな。しかし、あんな一瞬で消えたんだ、夜に探すのは難しいじゃろう。明日の朝から夕方にかけて探すとしよう」
「ん、分かった。咲と黒には私から伝えておくね」
「おう。本家の奴らはワシにまかせろ」
「じゃあ今夜はお休み、父様」
「じゃあの」
そう言うと詩翠と蓮は部屋を後にした。
◇
それから次の日は朝から江戸の広い町を奴良組の面々は走り回った。特徴は金髪で蒼か真紅の瞳、そして子供だということ。日本でそんな特徴的な少女を探すのは簡単だと本家のモノは思っていたが、いくら日中探し回っても見つからなかった。そんな日が二日連続で続いた。
────その夜、ぬらりひょんは本家のモノ達を大広間に集めた。妖怪達の表情は曇っていた。何故我々が人間の為に汗を流し、労力を使わなければならないのかと。そんな事を思っているモノ達も少なくは無かった。しかし、次のぬらりひょんの言葉に一同が絶句した。
「さっき、ワシは最近の連続事件の犯人らしき奴と出くわした」
「なんですと!?」
一番最初に声をあげて驚いたのは牛鬼だ。
「何処でですか!?」
「まぁ待て、話は最後まで聞いてからじゃ」
取り乱した牛鬼を制止させ、また話を再開させる。
「お前らの中には何故こんな人間を助ける為に動くのかと思っとる奴もいると思うが、それはワシが人間との共存を望んどるからじゃ。でもな、それでも嫌なら出てってもええぞ……それともう一つ、犯人は何も人間だけを襲っとるわけじゃぁない。ワシが襲われたのが何よりの証拠じゃ、後な、ワシはソイツ相手に何も出来んかったよ」
広間に集まった妖怪達がざわつく。それもそのはずだ。今や魑魅魍魎の主となった大妖怪、『ぬらりひょん』が"何も出来なかった"と言ったのだ。
「しかも血を少しやられたわい。日が沈んだ途端に襲って来よってな、これはワシの勝手な予想じゃが、奴は太陽に弱いのではないかと思う」
「……それはあるかもしれない」
今まで話を黙って聞いていた詩翠が沈黙を破った。
そしてぬらりひょんは詩翠の方に視線を向け、ニッと笑った。
「ならどうするか分かるな? てめぇら!」
一同ザッと立ち上がり、あの京妖怪と戦った時の様な目をしていた。
「フッ……それじゃぁてめぇら……出入りじゃあああああ!」
うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
ぬらりひょんがそう言い放って玄関へ向かうと、その背中を妖怪達大声をあげ、追うようについて行った。正に百鬼夜行。圧感であった。そして詩翠達もぬらりひょんの後ろについて行った。
ここ最近の連続事件の影響なのか、もう町の中には人の姿は見えなかった。逆に好都合で、それぞれ散り散りになって夜の江戸を走り回って金髪の異国少女を探し回った。すると案外簡単に見つかってしまった。それを見つけたのは鴉天狗と牛鬼、その他の妖怪達の小班だった。曲がり角で異様な気配を感じた牛鬼が恐る恐る覗いてみると、正に食事中と言ったところか、情報通りの金髪で顔立ちが異国の少女が自分より遥かにデカイ成人男性の首筋に牙を立てている所を発見した。すぐさま鴉天狗をぬらりひょんの元に走らせ、牛鬼は気配を消し、その少女がどう出るのか観察していた。すると食事を終えたのか、少女は男性から離れて血まみれの口を左手の甲で拭うと、牛鬼の方を睨みつけて……笑った。可愛い笑顔などではない。寒気が全身を駆け巡り、恐怖を感じた。次の瞬間、牛鬼は自分の目を疑った。なぜなら、先程まで小さな少女だったのに、一瞬にして年頃の女になっていたからだ。背が伸び、髪も伸び、胸が膨らみ、顔も幼さを無くしていた。
狂気の笑顔を浮かべたまま、少女は近づいて来る。大妖怪の畏を何度も味わい、何度も戦った。正直恐怖などもう感じないと思っていた。しかし目の前の女が放つのは畏ではない。今まで感じたことのない、ナニカだ。
だがいつまでも隠れて突っ立ってる訳にはいかない。いや、もうバレているのだから隠れている訳では無いのだが……。牛鬼は恐怖を精一杯振り払い背後の妖怪達に指示を出し、刀を抜いて一斉に飛び掛かった。
「はあぁぁああ!」
出来れば生け捕り、無理なら倒せ。という作戦なのだが、力量差を誤る牛鬼ではない。自分では生け捕りすることは敵わない、殺すつもりでいかなければ駄目だ。と判断した結果だった。
牛鬼の放った刀は空を斬りながら一直線に女の頭に向かって行った。
この距離ではかわせまい。そう牛鬼は思っていた。だがその刀が何かを斬った感触は無く、全力で振った一撃が自分の思った所まで届かず、途中で止まってしまった。受け止められたのだ。しかも片手で──指二本で、だ。
そして女は顔を上げ、牛鬼の顔を見上げるように視線を上げた。目が合った──気がした。
刹那、牛鬼の後ろでナニカが弾け、牛鬼の背中にべちゃべちゃと音を立てて物が当たる感触、そして漂って来る血の臭い。振り向くまでもない。自分の後ろにいた妖怪達が殺されたのだ。目の前の女によって。
「う……、うおぉぉぉぉ!」
動きづらくなった身体に鞭を打ち、女の腹を力一杯蹴り飛ばして距離をとった。
「はぁ……はぁ……」
蹴り飛ばされて地面に寝転がっている女を睨みつけ、意識を集中させる。
「痛いなぁ、あんたは女の子のお腹を蹴るんだ?」
ゆっくりと起き上がり、軽口をたたく事からダメージなど皆無だと推測される。
「で? どうするの? まだやる?」
立ち上がり余裕を見せる女に逃げたい気持ちを奴良組幹部という肩書きが抑えて無言で対峙するが、女の後ろから覚えのある畏が続々と近づいて来るのを感じた。
「!? ……あぁ、今日ここでお前を殺す」
「? どこからそんな自信が湧いてくるんだか……」
「よぉ牛鬼、生きてるか?」
「……なるほど、そういうことね」
女……ミュウが振り返ると、そこには百鬼を従えたぬらりひょんの姿があった。隣には詩翠の姿もあった。
「あら、詩翠じゃない。そっちから血を捧げに来てくれたんだ? もう少し経ったらこっちから行ったのに」
「違うよ、今日はあんたを……潰しにきた」
ミュウの言葉を否定し、強く睨みつける。
「ふーん……なら、やってみな」
真紅の瞳が詩翠及び、ぬらりひょんと百鬼夜行を捉えた。