和歌山県、友ヶ島。
本土と淡路島の間にあり、大阪湾と紀伊水道を隔《へだ》てている島々の1つであるその島に、久しぶりに人が居着き始めたのは、奇しくもその前に人がいなくなった理由と同じだった。
「ふんふふーん♪」
闇夜のその島に、軽快なリズムの鼻歌が響く。
「真夜中だというのに元気ですわね」
「向こうから来てくれたからね~」
眠たげな声に対する返答も、ご機嫌そのものだ。
そんな少女に周りにいた4人は呆れながらも、しかしその鼻歌で緊張が
「視認したぜ。『距離』まで後3分」
片方の目が無機質に光る女性が、自分に流れてくる情報を他の4人に言うと、大きな金属音が連続する。
そして、きっかり3分後。
「いっきま~す」
そんな間延びした声の後、轟音が彼女達の後ろの窓を震わす。
彼女達ーー艦娘達の敵である深海悽艦達は、次々と当ててくる敵の姿を見ることなく遂に全部の艦が沈んでいった。
「やっぱり夜戦じゃないっ」
鼻歌をうたっていた少女は、戦後は不機嫌そうだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「艦隊が帰投したよ~」
勢いよく、執務室のドアを鼻歌の少女が開ける。
砲撃の音が鳴り終わってから書類仕事を再開していた提督は、その書類から顔を上げて、ステップしながら目の前までやって来た少女の頭をいつものように撫でる。
「お疲れ様、川内。昼戦でも目立っているぞ」
「でも、昼間の砲撃はみんなと一緒ぐらいじゃんっ」
「流れるような黒髪は遠目からでもよくわかったぞ。肌もツルツルだし、改二の服も似合ってるしな」
「……もうっ」カオアカラメ
「ひゅーひゅーあついねえ」
提督と川内が2人の空間に浸っていると、扉の方から棒読みとジト目がやって来る。
「MVPの北上さまを無視するなんて良い度胸じゃん」
「すまんすまん」テヲハナス
「あっ。……むう」
「ふふん」ドヤッ
頬を膨らます川内の横にどや顔のままやって来た北上は、提督に頭を撫でられ始めると途端に顔が緩みきる。
「川内、報告を頼む」
「……はーい。怪我は無く、相手は沈んだか逃げて、完全勝利でーす」ムスッ
ものすごく省略した川内からの報告を聞き終えた提督は、苦笑いを浮かべながらも左手でまた川内の頭を撫で始める。
「そんなことで許さないんだからねえ」フニャー
「緩みきってるじゃん」フニュー
「北上さんの方が緩んでるよ~」フニャー
「ふふっ」
そんな甘い空気に入ってきた勇者は、オンのままになっていた執務机の上の無線機からの声だった。
『提督、第1艦隊一同食堂に揃いました』
「おお、了解」
さて行こか、と提督は戦勝記念の打ち上げに出るために立ち上がり、2人は無線機の方を見てから、彼についていく。
「遅すぎだよ~、提督。酒が温くなってしまうじゃんか」
「うむ」
「すまんすまん」
空いていた席、つまり隼鷹と那智の間に提督は座り、彼の正面の加古の両隣に川内と北上は座る。
「よし、みんな揃ってるな」
隼鷹に注がれたコップを持って、提督はまた立ち上がる。
「それじゃ、ここ3ヶ月連続無敗記念も合わせて乾杯!」
『乾杯ーーー!!』
「げっ」
しまった、という表情をした隼鷹にニヤリとしてから、宴会を開ける口実を減らせた提督は旨そうに日本酒を一気に飲み干す。
その提督を細くした瞳で見ていた隼鷹も、小さく息をついてから冷蔵庫から出したばかりの酒を飲み始める。
「3ヶ月連続無敗、で思い出したが最近の奴等は
グラスを傾けながら、那智がポツリと言う。
「確かに、最近は戦闘時間も短くなってきてるしな」
「大本営の奴等も同じような結論なんだろ?」
「ああ。その分、豊後水道や伊勢湾の方がキツくなってきているらしい」
「酒が呑めて、鎮守府にいれる時間が増えるから、 的には万々歳なんだけどね」ニヒヒ
「隼鷹は相変わらずだな」
「まあねぇ」
「どの口が言ってるんだか」ボソッ
そんな会話がありつつも、宴はいつものように進んで、いつものように何もなく終わった。
「明日は、と」
私室に帰った提督は、歯を磨きながらスマホのカレンダーを開いて、詰め詰めになっている週の方が多い予定を確認する。
閉じてから頭の中で繰り返してから、口をゆすぎ、目覚まし時計をオンにしてからベッドに倒れこむ。
「寝ました」
「おう」
5分も経たない内に、酔っていてもしっかりと閉めていた鍵が開き、防犯の観点から1つしか無いはずのキーをポケットに入れた青葉と、顔を赤らめていない隼鷹が入ってくる。
「久しぶりの提督だ」ボソッ
「確か前は酔って司令官に迫ったんでしたけ?」ボソボソ
「あそこで比叡が来なかったらなあ」ボソッ
「あの時の比叡さんは般若の表情でしたからね」ニガワライ
そんな物騒な事をいつもと変わらない調子で喋りながら、2人はごく自然にベッドの左右に立って、合図もなく目の前の布団の中に潜り込んでいく。
「ん~、いい匂いっ」
「隼鷹さんをお酒以上にここまで熱中させるなんて、司令官も罪なお人ですねえ」ウットリ
定められた時間まで堪能した2人はベッドから出て、青葉は色々な提督の画像フォルダを見ていく。その間の隼鷹はと言うと、ずっと彼の耳元で囁いていた。
「あたしは元客船だったから、家事も完璧だから、何でもお世話出来るぞ。だから、選ぶならあたしにしてくれよな。選んでくれなかったら……」ハイライトオフ
「ふふふ……」
そして、痕跡を残さず2人は部屋から出ていく。
翌朝、いつもの時間にいつものように起きた提督は、2人が来たことなどわかるはずもなく、ジャージに着替えて建物の外にあくびを噛み締めながら出る。
日課のランニングは嵐の日を除いて毎日しているが、最近になって変わった事がある。
「今日は遅かったじゃねえか」
「摩耶か」
「……不満か?」
「毎日、それぞれ違うタイプの美少女と一緒に走る事が出来るのに不満があったら、そいつは死ぬべきだよ」
「びっ!?」カアッ
「じゃあ行くぞ~」
元は眠気覚ましに始めたので、後からついてきている摩耶の視線にも気付かなかったし、彼女が思わず漏らしてしまった最初の言葉の真意も探ることは無かった。
「お疲れ様です!」
「ああ。朝からご苦労」
人間用の波止場の警備ともしっかり挨拶をしつつ、何時もより早めのペースで、着いたのは平均とあまり変わらない時間にランニングを終える。
「提督、お疲れ様です!」
「ん、明石か」
「はい!」
スタート地点で待っていたのは、スポーツドリンクが入ったコップを両手に持っている工作艦の明石だった。
彼女からコップを受け取りイッキ飲みした提督は、既にツナギ姿の明石と青を基調にしたジャージ姿の摩耶に挟まれながら少し談笑をして、そのまま食堂に向かう。
前に制服に着替えようとしたら北上をはじめとした艦娘達に無理矢理引っ張られたので忘れてたな、とふと思い出しながら食堂に行くと、既にほとんどの艦娘達がいた。
「提督さん、今日は何が良いかね」
「……このフライエッグ&エッグ・ミールを」
「あいよ。婆さんや! 卵焼きと唐揚げ3つ!」
3つ? と思いながら左右を見るが、明石も摩耶もそれを疑問に持っている様子は無かった。
言い様のない何かを感じつつも焼き立ての定食を受け取った提督は、空いていた席に座る。
「いただきます」
『いただきます』
ランニングを始めてから、何故か毎朝ほぼ揃うようになったこの時間帯での朝食の号令をかけて食べ始める。
「北上、ナイスだクマ」
「でしょ~? だから、これは貰うよ?」
「提督の物より、私の物の方が良いのに……」
「けど、本当は大井っちも欲しかったんでしょ?」
「提督の72回、368分使った歯ブラシを、私が欲しがるわけが無いじゃないですか。血もついているはずなのに」
「確か3日前だったけ、姉さん?」
「ええ、そうよ。それを提督は私の目の前で気味悪がり始めて……」ブツブツ
「(名前書いてなかったし、内容が内容だけにねえ)」ボソッ
「でも『誰かは知らないが感謝したいな』と言ってたクマ」
「……球磨姉さんが提督…ごときの真似をしないでください」
「はーいクマ」
「(ごときの位置は変わってるだろうけど)」ボソッ