Lynx links to jinx.   作:祖父地図

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 目覚めればそこは、見渡す限り木々に囲まれた土の上であった。だが彼の知る限り、世界にこのような自然は残されていない。

 見上げれば青空が広がっている。なら、外なのだろう。とはいえ青空が実際にあり、しかもこの目で見ているなど自分で信じられない。なにしろ厚い雲に覆われた風景が常であったのだ。生まれてこの方青空などというものは雲の上に出たときに見たのと、単純に青空というものだけで言うのなら雲の切れ間にうっすらと見たくらいで、ほとんど雲のない青空というものは拝めないものだと信じていた。

 青空に心を完全に奪われていたが、不意に自分を取り戻す。かぶったままであったヘルメットのヘッドマウントディスプレイに外気が無毒であるという情報が映されていることに気づいた。だが仮に有毒であったとしても、彼はヘルメットを脱いだだろう。

 外気を遮断する対Gスーツとヘルメットは二重の特殊ファスナーで密閉されており、さすがに宇宙空間での使用は想定されていないものの地上で想定される極限環境や水中での活動が十数時間単位で想定されている。つまり完全装備でいた彼はヘルメットを脱いだ事で、初めて肌で風を感じたのだ。

 脱いだ、といっても完全に取り外したのでなくパーカーがごとく後ろへ倒しただけだが、ヘルメットに装備された集音装置を通さない、生の木々の葉のざわめきが聞こえる。それを奏でた風が遅れて彼の頬を撫でていく。新鮮な空気、さわやかな風――というのか。彼にはよくわからない。だが、汚染された自らの戦場はもちろんのこと、人類がどうにか生活できるように造り出したゆりかごとも違うということはなんとなく理解した。

 これまで目の前の木々と真上の青空に気をとられていたが、周囲はどうなっているのかと振り向く。すると、自分の愛機、ともに戦場を駆け巡ったネクストがそこに転がっていた。コクピットハッチが開かれたまま、搭乗者の帰還を待っているようにも見える。周囲や自分の状態から考えるに、ここに転がり落ちてハッチが開き、投げ出されたのだろう。なにしろ自分の機体は今や所々の装甲が破壊され、内部の露呈している部分があるだけでなく、黒煙を上げてさえもいる。ひいき目に見ても手ひどくやられた後にしか見えない。これではノーマルにすら撃破されかねない状態だ。

 彼はほんの少し表情を曇らせる。なぜこのように平穏かつ清浄な場所でこれほどのダメージを負っているのか。実のところ、よほどにまずいことでも起きたのか、なぜこのように撃墜されているのか前後の記憶がない。記憶喪失というような、もちうるすべての記憶をなくしたのではないが、部分的に消えているのだ。

 彼は自分の愛機に近寄り、開いたままになっているコクピットハッチから中を覗く。固定具が完全に上がっていて、このために投げ出されたのだろうと考えるが、すぐにまさかそんなことがありうるのかと疑問が浮かぶ。そもそもで超高速機動による負荷と超高火力の弾幕にさらされるのが常なのだから、ネクストはやわにできていない。

 とはいえ実際にこうなっているのだから起こってしまったのだろうと結論づける。何事も起こりえぬことはない。それはよしとして、座席の裏に設置された収納箱からハンドガン、ライフル、サバイバルグッズが収納された背嚢、ナイフを取り出す。この対Gスーツには、胸部にナイフを取り付けられるポケットが標準で装備されている。ナイフの携帯に関してはまったく問題がないが、ハンドガンは同じく収納しておいた、銃をはめ込み保持するホルスターで大腿部に装着し、背嚢を背負った上でライフルをスリングで肩から斜めにかけて脇に立てるようにして携帯する。

 地理はおろか、ここがどういった場所なのかすら不明だ。まさか役立つなどと思ってもいなかった個人用緊急装備をまとう日が来るなど誰が想像できたか知らないが、訓練通り装備し終え――

「待って!」

 何者かの気配を感じ、ハンドガンをそちらに構える。強化人間たる彼が後れをとることはない。銃口を向けると同時にその人物――髪の毛を腰の辺りまで伸ばして機械のウサギ耳を生やした、やけにファンタジーな出で立ちをした女性は両手を上に伸ばして手のひらをこちらに向けた。この動作に怪しげなところはない。勢いをつけて両手を振り上げたのだろう、大きな胸が揺れる。だからといってそちらに視線が向くほど彼は軟派ものではない。それ以外の下手な動きをしないか、じろりとにらむ。

“誰だ”

 来る日も来る日も殺し殺される戦場にて殺し続けてきた彼の殺意はすでに彼女を撃ち抜いている。これに対応しろというのなら、彼と同じように殺し殺される生活を繰り返さねばならないだろう。

 ウサギ耳を生やした彼女の名前は篠ノ之束。たった一人でもってこの世界に騒動を起こさせるだけの問題を作り上げた、いわゆる天才であり、天災でもある。そのためか様々な意味で彼女は世界中から身柄を狙われている。ゆえに、武器による脅迫には慣れているし、生来の性格からそういったものに価値を見いださないのだが――この経験は初めてのことであった。

 すなわち、殺意を、復讐や逆恨みといった何かしらのものから生み出されるのでない当たり前の生活の一部となっているかのような、殺すためだけの純粋なそれを向けられるという経験は彼女をしても未経験だった。

 それともう一つ。彼の後ろに横たわる巨大なロボット。束にはそれが動くものなのか、それともただのガワだけのがらくたなのか、判別がつかない。起動実験、あるいは飛行実験……いや、なにであろうとよい。とにかくなにかしらの動作実験に失敗したかのように各部から小さな黒煙を上げてただ静かに横たわっている。周囲の木々はいくらかなぎ倒されているため、少なくとも立ち上がった状態から転ぶように倒れたのは間違いないだろう。彼はそのテストパイロットに違いあるまい。

 問題なのはそういった情報が一切合切存在しないというところにある。束は合法非合法を問わずに世界中の情報をありとあらゆる分野において収集しているし、何者もそれを阻害できないと自負している。実際、彼女に対する電子情報媒体においての欺瞞、掩蔽、抹消は事実上不可能といってもよい。だというのに、これほどまで完成した巨大ロボットを初めて見たのだ。

 殺されかけているという恐怖と、その技術に対する興味。後者が勝った。

“待って、お願い。私は篠ノ之束。うまくすれば、君たちに協力できるかもよ?”

 そういえば、彼は英語を話していた。これほど譲歩したのは生涯で初めてではないだろうか、と内心で笑う。

“シノノノタバネ……知らんな。何に協力できるというのだ”

 まさか、と束は驚く。これほど高い技術を持った組織にいる人間が自分のことを知らないとはどういうことなのか。とぼけている様子はない……と思いたいが、表情の変化も口調の変化もない。何を考えているのかが読み取れない。他人の感情や考えを読み取ることに優れた彼女でさえも。

 自分の考えをまったく悟らせない彼が、優位に立つために、もしくは何らかの理由から嘘をついているとして――果たしてそのメリットがあるのだろうか。篠ノ之束の名前をまったく聞いたことがない、というのはこの世界において何らかの教育を受けたものであれば、ごく一般的な常識をもちニュースに耳を傾けているものであれば知らないはずがない。パイロットともなろうものが知らないはずがないだろう。彼の所属する組織がどんなものであれ。

 では顔を知らないから警戒したという線はどうだろう。篠ノ之束の名前があまりに有名であるがためにそれを利用しようという愚か者にだまされまいとする彼の機転である可能性はありうるだろうか。……残念ながらありえない。頻繁にではないが雲隠れするより前に何度も写真だけ映像メディアに登場したことがある。現在も目撃情報の提供を求めるという題目の下、適当な写真などから相貌を抜き出して誰でも見られるようにしているところもある。断続的情報(デジタル)であれば苦もなく削除できるが連続的情報(アナログ)になると途端に難しくなるため、完全に消し去ることはできないし、やはりこういう人種が知らないと言えるはずがない。

“IS――インフィニット・ストラトスについては?”

“知らん”

 束の中に推論が浮かぶ。この巨大ロボットの制御をすべてコンピューターでやってやれないことはないだろうが、たいした行動制御ができるのでもないだろう。とすれば、彼はこの巨大ロボットを操縦するためにそれ以外のほとんどすべてを捨ててきたか、あるいは実にばかげた話だが――ここではないどこかから来たか。

 前者である可能性は果たしてどの程度か。その組織がISを軽く凌駕するだけの技術をもち、束のもつ技術や知識、新進的技術理論など、そういったものを不要とするだけのいくつもの世代を超越した技術をもっていたとして、その超越的ロボットの操縦者にそういった情報をまったく与えないというのはありえるのか。否、ありえないだろう。あれほどの軍事兵器を操る人間に対し現状の情報を与えないなど、正気だとか狂気だとか以前に教育指針が明らかにあべこべだ。

 さらにいえば、そこに転がっているロボットは確かに落下かなにかでの転倒だと言うことはわかるが、よくよく見れば機体装甲にできている損害がすべてそれでできたものでないことがわかる。少なくともISとの戦闘でこうなったのではない。ISでここまですることは不可能だろう。それこそ、使用側たるISそのものを壊してしまいかねない程度の規格外武装を装備していない限り。

“ねえ、まさかとは思うけど。きみ、ここの人間?”

“どういう意味で言っているのか、わからんな”

 事実、ここは少なくとも彼の暮らしていた場所ではない。だが言葉の取り方を変えたのなら、そのような意味にはならない。

“きみの後ろに倒れてるロボット、きみのだよね?”

“個人の所有物か、操縦者か、どちらでも肯定だ”

 彼は表情を曇らせて答える。どうにも不自然だ。あれをロボットと呼称する人間がいるとなると、ここにはそういった情報が一切入らないのだろうか。

“ここがどこの国か、わかる?”

“国――なんだ、それは”

 怪訝そうに尋ね返す彼と、信じたくなかったが信じざるをえなくなり期待と危機感に複雑な笑みのような渋面をつくる彼女。ロボットに向いていたはずの興味は次第に彼そのものへと向き始めた。

“……この世界、どこを探したってそのロボットは存在しないよ。だって、きみ、この世界の住人じゃないでしょ?”

 彼は特別反論もしないが、表情を変えることもなければ銃を構えた姿から微動だにしない。いくら鍛えているとしても、ここまで一切のぶれなく構え続けていられるものなのかと疑えるほどに。

 彼は確かに表情を変えなかったが、内心ではやはりその結論にたどり着いてしまうのかと失望しつつ、納得していた。彼がまったく動揺を見せなかったのは、その回答をすでに得ていたからではない。その回答でもまったく問題がないと考えていたからだ。仮にそれが間違いで、ここが機械に繋がれた自分の見せられている幻想世界であっても、異世界などでなく世界のどこかに造られた人工施設であっても、世界に残された僅かな自然環境であっても、何一つ問題を感じない。結局、そこで生きるということに違いはない。実際に生きているのか、幻想で生きているのか、それが違うものだと自覚できないのならどちらも自分にとっては代えがたい現実に過ぎない。

“ところで、腕下ろしていいかな。束さん、疲れちゃった”

 最初、彼女が無抵抗を示すために振り上げた両腕はすでに大きく丸をつくるかのように肩と肘の支えを欠いている。彼女の体格から見て腕を上げておくだけの筋力すら怪しいというのは、彼にも把握できていた。

 彼は周囲の様子を確認してからハンドガンをゆっくりと大腿部のホルスターにはめ込む。銃を引き抜けないよう固定する安全装置は機能させないが、この行動が少なくとも殺意を取り下げたという証拠にはなる。束はため息をつきながら腕を下ろした。

“でだ。きみが何らかの手段、現象によってこの世界にやってきた仮定で話を進めさせてもらうよ。その場合、きみにはなにもないわけだ。後ろ盾、知識、生活環境、などなど。きみだってそれは困るよね。だから、そのロボットを束さんに売らないかい。対価は衣食住に困らない程度の資金と知識。悪くないでしょう?”

“なるほど。いくらの値段をつけるつもりだ”

“そのためにはまず価値観のすりあわせをしよう。きみのところでの取引通貨はどうなっているんだい?”

“おれが……いや、おれのような人種が使う通貨はCOAMだ。一般社会ではそれ以下の補助通貨があるらしいが、詳しくは知らん”

“じゃあ、その1COAMでなにが買えるのかな?”

 彼の無表情がほんの少しだけ歪んだように見える。どう答えるべきか悩んでいるような、あるいは返すべき答えを持ち合わせていないかのような、どうともいえない様子だ。

“詳しくは知らん。月に50COAMも稼げばそれなりの贅沢ができるらしいが”

 束は彼の世界の標準単位が日本と比べて高いのだと理解できた。単純な計算をすれば1COAMは1万円程度の価値をもつのだろう。細かくすりあわせても仕方がないのだから、それで換算すればよさそうだ。

“ふーん……だいたい1万円くらいかな。それで、そのロボットはいくらでつくったの?”

 束としても、言い値で買うつもりはない。言われた値段からこのロボットの破損具合を引き合いに半額程度までは引き下げてやろうと考えている。もっとも、このロボットを欲していてどうしても手に入れたいと言うことがばれているのなら、その辺りから突き崩されそうではあるが。

“700万くらいじゃないか。累計で言うならもっと行くが”

“……7000億円?”

 あまりに高すぎではないだろうか。とてもではないが、個人で出せるものとは思えない。だが、ここにきて金銭をせびるための嘘をついたというのでもないだろう。内部データも含めて、いくらまでなら出せるだろうか、と考える。

“そのロボット、内部データも含めて全部で4000億円。価値換算するなら400万COAMでどうかな?”

 彼にしてみれば、もはやこの機体をどうこうできるとは思っていない。弾薬の補充もできない、武器も買えない、修理もできない、整備もできない、さらに言えば依頼が来るのでもないし、わざわざここを汚染する必要もない。命を削って依頼をこなし、時に弾薬費と修理費で依頼料のほとんどを消費してしまいろくに手元に残らなかったこともあった。大金が報酬として提示され、それが自分を罠にかけて殺そうとした謀略であったこともいくらか数えられる。そのような苛烈な戦場において操縦技術を磨き、可能な限り無傷で、最低限度の弾薬で敵を打ち倒すようにしてどうにか機体を組み上げた。機体や武装が整い、より高度な戦闘行動をとるようになり、そして――。

 ともかく、今や自分はただの浮浪者にほど近く、金のない家無しだ。なら、ここでこいつをここで使える金銭に換えるのは間違った行動ではないだろう。ともに戦場を駆け巡り、ともに敵を打ち倒してきた相棒を手放すのは確かに惜しいことだが、だからといって見極め時を誤ってはなんの得にもならない。

“きみが嘘つきでないことを祈るよ”

“おっけー、交渉成立。それと質問なんだけど、そのロボットまだ動かせる? できたら束さんのところまで運んで欲しいんだけど”

“できたとして、そこでおれが暴れるとは考えないのか?”

“暴れるメリットがあるの?”

 彼は小さなため息と一緒に肩をすくめ、開いたままのコクピットハッチに向き直りライフルと背嚢をしまう。さすがにこの二つに関しては装備したままとはいかない。それからヘルメットを被り、脱げない程度に固定用のベルトを締める。戦闘行動をするのでもないと酸素供給用のマスクは締めないでおき、緩んだ状態で機能させる。基本装備の携帯ボンベからの供給だがあと数時間はもつのだ、問題はない。それから筋力にものを言わせて無理矢理体を横にしてコクピットに潜り込む。

 横倒しになったコクピットでの作業は困難を極める。ただでさえ狭く、最低限度の空間しか用意されていないのだ。座席に座ることができず、しかし座席の上に座るように陣取らねばならないのだから無理な体勢で無駄な体力を使う羽目になる。

 体を座席に固定するベルトを締めて上体および首を固定し急激な重力加速度から身体の保護をする固定具を下ろすことで無駄な体力を使わずにそうしていられるようにする。それでも重力は真横にかかるため、違和感はぬぐえない。

 目の前にびっしりと用意された、見慣れたスイッチ類を確認する。トグルスイッチやロッカースイッチ、ボタンスイッチなどが並んでおり、それらの状態を見れば起動した状態から強制的に機能停止したようだ。

 ネクストはその操縦機構上機体と神経接続する必要がある。機体の損傷に伴って人体にも同様の損傷、痛みが発生する――というのでもないが、機体の操縦機構の損傷は操縦者に対して直接的な影響を与える。神経接続によってまさしく自分の手足のように機体を操るため、その損傷は操縦者の脳髄や神経そのもの、ないし精神に重大な負荷をかけうる。そのため、完全に機体が破壊された場合の、もしくは機械的な動作不能まで追い込まれた場合の肉体的、精神的負担を軽減する目的である一定まで機体が損傷した場合に強制的に機能停止させすべての神経接続を遮断する機構がすべてのネクストに備わっている。その限界値は数値に仮想化され、常に表示されるためその最悪の状態にならないよう最大限努力するのがネクスト操縦者――リンクスの最低限の仕事ともいえよう。

 ネクスト再起動のためにすべてのスイッチ類を切り、完全な停止状態にする。本来なら専用の設備でチェックを挟むべきだが、そうできないためセルフチェックだけで済ませる。

 スイッチをすべて切ってから再起動をかけて待機状態にする。この状態は最低限の電力だけが通っている状態で、やろうと思えば即座に起動、出撃できる状態でもある。幸いにもサブディスプレイは生きていた。神経接続をするまでもなく機体の状態を見られるため、幸運であったといえる。

 メインの動力――つまりはジェネレーターを起動する。仮にこれの機動ができなかった場合、機械的故障か電気的故障のどちらかを疑うことになるが、そうならば技術者の問題になるため彼にはどうしようもないし、今回は無事起動したのだからまったく関係がない。

 ジェネレーターの起動とともにコジマ粒子――ネクストを最強の座に押し上げた立役者であり、高濃度残留地域で環境への悪影響が懸念されるも軍事的活用手段の幅が広い特殊な粒子の生成が行われるが、戦闘行動や高速機動を行わない限りは汚染を助長するだけの濃度が漏れ出すことはない。あくまで製作、整備を行うのは一般的な人間であるため、この程度でコジマ粒子が外に漏れ出てしまうとろくな運用ができないからだ。

 生成されたコジマ粒子はエネルギーを発生させる。この状態から神経接続した上で各部位へのエネルギー伝達をスイッチ操作することで機体の操縦が可能になる。わざわざ各部位へのエネルギー伝達がスイッチ制御されているのには理由があり、たとえばその戦闘において左腕を使うことがないとなればエネルギーを完全に遮断し、それまで左腕の動作に回していたエネルギーを余剰として他に回せるというメリットがある。もちろん、滅多に機能させるのでもないが、機能として大概のネクストに備わっている。

 リンクスが基本的に使う機能はこういったチェックが必要にならない限りは通常稼動か戦闘稼動のどちらかだ。前者は戦闘領域までの移動などに使われる。ただでさえエネルギー余剰の多いネクストではほとんど無限に近いエネルギーを使える上、コジマ出力も増え、オーバードブースト――エネルギーとともにプラズマ化したコジマ粒子を放出し、推進力として用いることで通常よりも高負荷かつ高速の加速機構の継続時間も増える。機体構成によっては後者でも無限のオーバードブーストが使えたりもするが、充分な戦闘行動をとれるかはまた話が違ってくる。

 閑話休題、ジェネレーターが生きているのを確認してチェックすべきスイッチを入れていく。そもそもで使うつもりのないプライマルアーマー――コジマ粒子を機体の周囲に纏う粒子装甲、クイックブースト――コジマ粒子を圧縮、プラズマ化し多量のエネルギー放出に合わせて爆発させることで得られる瞬間的な超加速、オーバードブーストはチェックもせず、機能を切ったままにしておく。そうすることでプライマルアーマーの自動展開を防ぎ、クイックブースト、オーバードブーストの誤使用を避ける。

“どう、動きそう?”

 機体を軽く観察してからコクピットハッチに顔を突っ込むようにして横倒しになった彼の動きを見つつ、声をかける。

 束としても、正直なところをいえば動いたとしてもせいぜい部分的な稼動ができる程度だろうと予想していた。それほどひどい損傷が簡単に見て取れるのだ。

“動かすだけなら。戦闘行動はとれそうもないな”

「え、動くの、これ」

 つい相手の言語に合わせるのを忘れる。仮にこれが自分の造ったものであれば、動かない自信がある。損傷の度合いは、少なく見積もって機体そのものの形状が保たれているだけに過ぎないと、そのようにしか感じ取れなかったからだ。

 いくら束が想像を絶するような天才だと言っても限度があるし、仮にもネクストは彼女の想像を遙かに超える技術の粋を集めたこの世のものならざる機械だ。造られた時代も違えば経緯も違う。彼女ほどの才覚がないとしても彼女に追いつかんとする才覚をもった技術者たちが集まり、それぞれの分野でそれこそ限界を超えた開発をした結果がネクストなのであり――純然たる殺戮機械と呼べる軍事兵器が完全に破壊されたのでもないのにまったくの行動不能に陥ると言うことは、まず起こりえない。

“どこに運ぶんだ。動かすにはここを閉めなければならないし、通信できるとも思えない。きみの体格じゃあここに入るのも無理だろう”

“あ、ああ、うん。ちょっと待って”

 束はそう言って、ポケットから小型の端末を取り出す。なにかを操作しながら、視線を向けずに彼に話しかける。

“どのくらいの衝撃になら耐えられそう?”

“なにをどうしたいんだ”

“地下に下ろしたいの”

“ああ――それならブースターが生きているから、周囲が熱に弱くなければそれで下りられる”

“……本当に動くの? まあいいや、ならがんばって。ポチッとな”

 半信半疑、というよりはほとんど信用していないといった口ぶりだが、本人ができると言っているのだからやらせればいいと結論づける。操作していた端末を不必要にもったいつけてわざとらしく触ると、数十メートル向こうで地響きが発生する。一昔も二昔も前のロボットアニメのように地面が割れていくのが、彼もレーダーからの情報で理解できた。

 束はその操作をして端末をポケットにしまい直すと数メートルの距離をとり、叫ぶ。

“このくらい離れたらいい?”

 彼は叫び返すようなことはしなかったが、上を向けばコクピットハッチから姿を確認できる位置に彼女がいるということがわかっていたため、わかりやすく親指だけを立てた拳をつくり、腕を突き上げる。そしてハッチを閉めて、ヘルメットの後ろから伸びているコードを探り、その先端の端子を所定の場所へ差してロックをかける。それから深呼吸をして、ネクストを動かすことができるだけの低負荷稼動にスイッチが入っていることを確認し、ネクストを起動させる。

 ――何ともいえない強力な不快感が体を走る。いくら低負荷といえども損傷具合はほぼ最悪の状態なのだ。そこに神経接続をするなど狂気の沙汰だ。

 リンクスにとってネクストの強制停止はほとんど即死である。状況によってはその状態に追いやられた時点での負荷によって死ぬことも充分にあるが、たいていはネクストが強制停止した後さらに攻撃を加えて完全に破壊するのが常だ。おおよそリンクスにとって他のリンクスは脅威でしかなく、よほどのことがない限り生かしておくメリットがない。

 それでも、なんらかの理由から強制停止に追い込まれた上で見逃されると言うことも全くないのでもない。そうなった場合、リンクスは自分で帰還せずに仲間や協力者、あるいはそういう業者に輸送を頼むのが通常だ。そもそもで過負荷を避けるための強制停止なのだ、その直後に神経接続をするなど普通は考えない。

 今回に関して言えばろくな輸送手段が考えられないというのがこの無茶を押し通した最大の理由であり、唯一の要因だ。

 最も幸運だったのは移動がほんの僅かで済むことだ。接続時間が短ければ短いほど精神的負担が軽くなる。彼は頭痛のような、あるいはいらだちにも似た頭の重さを感じながらネクストの操縦に意識を傾けた。




 ネクストの設定、スイッチやらボタンやら、その様子についてはねつ造もいいところなので本気にしないように。
 グーグル先生に聞いてそれらしい情報を取り入れたり、こういう風になってたら面白そうだなと考えただけで特に意味のある設定でもないという。
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