彼がここに墜落して、つまりはこの研究所に居着いてから数日が経過した。なんとなく行動範囲を把握し、それとなく設備の内容を理解し、どうにかあてがわれた部屋を片付けて掃除して、住みよくなったそこで世界についての情報を黙々と読み進めている。新鮮だと感じる情報、その通りだと納得できる情報、そういうこともあるのかと納得できない情報、今更学ぶ必要はないと切り捨てる情報……多岐にわたる情報を吸収していく。まだ読むべき資料は山になっているが、ある程度の分野であれば話が通じるようになっている。
彼は傭兵の稼業に身を置いていたということもあり、知識を身につけることを苦に感じることはない。なぜなら、無知なままで傭兵という仕事はこなせなかったから――と彼は考えているが、それは正解でも間違いでもある。
実際のところは彼のその本質と言うか、生まれもった性質と成長の過程で手に入れた性質とが新しい知識を求めるかのような働きを見せている。つまるところ傭兵稼業の流れで仕方なしに様々な知識を身につけねばならないという癖があるためにそうしているのではなく、単純に彼が自身の好奇心から様々な知識を欲しているのだ。
そうでなければここまで必死に知識を身につけようとする必要はない。最低限、それこそ買い物の仕方と金銭の払い方さえわかれば、一つの場所に引きこもって死ぬまで通販で暮らしてしまえるだけの金銭を要求しまかり通っているのだ。それ以外は覚える必要もないし覚えずとも生きていける。
さて、彼がここに来てから数日の経過というのは同時に束がネクストの解析を始めてから数日の経過ということにつながる。それはまた、彼女が初めて巨大な壁にぶつかったということを同じく意味する。
ネクストは間違いなく重要機密の塊と言える。各企業がそれぞれ心血を注いで製作したパーツもそうだし、機体を制御するためのプログラムもネクストによって調整が違う。と言うのも、通常ネクストとリンクスは一組であり、パーツの組み替えで機体そのものが変化したとしてもそれを動かす心臓部と言うべきリンクスは変わらない。ゆえに、その人物に合うような調整が施された制御プログラムは変わらないし、重量バランスなどはその都度微調整をくわえるだけで大幅な変更はない。このプログラムの流出はすなわち、搭乗者の癖や苦手分野などをさらけ出すことになる。リンクスとしても、企業としても、それはまずいことに違いない。
ネクストに蓄積される戦闘データも重要な情報だ。どこでどのような戦闘が行われ、どのような機動をしたか、どのように武器を使ったか、どの程度損害を受け、どの程度損害を与え、どのように帰還したか――必要かと疑わしいような情報でさえ貴重な情報源足りうる。なぜなら技術者たちはネクストの、ネクスト同士の戦闘を完全にモニターしているわけではないからだ。
火器管制装置や頭部パーツの映像処理などの電子戦に関わる部分も暴かれてはたまらない。いつかは解析されてしまうかも知れないが、少なくとも市場に出してしばらく、それこそ次の製品の開発にめどが立つくらいまではブラックボックスでなければ困るのだ。簡単に解析されてしまえばその時点で劣っていることがはっきりしてしまうし、たまたま幸運で解析されてしまえばその分技術が渡ってしまうからだ。
それら企業側の思惑を抜きにしても、ネクストへの電子的侵入を許すとなるとそれはリンクスへの直接的な損害へとつながる。制御プログラムがほんの少し変更される、あるいは戦闘中のネクストへの電子的妨害が行われるとすれば死に直結するほどの影響がある。企業にとって都合のよいリンクスの喪失は、間違いなく損失である。
だからこそ企業は自らの利益を守るためにより強固な物理的、電子的手段でもって侵入やデータの漏洩を防ぐ。だが自らの利益のために相手の電子的防御を崩そうとする。そういった攻防の中で磨かれた電子技術は一級品を通り越してもはやよくわからないなにかへと変貌してしまっている。それこそ電子的技術であることに間違いはないが電子的技術であるというだけでそれ以外のことはすべて企業それぞれの独自規格であるとでも言うかのような、まさしく「なにか」である。
ほんの些細な見逃しやミスが企業としての損失、すなわち致命的失態へつながるような世界で構築された電子防御を崩すのは至難の業である。隙のように見せかけた罠だったり、脆弱性をそのまま利用した攻撃的防御機構だったり、さしもの束もほとほと手を焼かされていて、侵入を図った電子媒体もいくつ焼かれたことか。
「これもダメ、と」
ため息と同時につい言葉が漏れる。もはやいくつになるのか数えるのがばかばかしくなるほどの侵入失敗であり、それは束の使用している機器が破壊されたことを意味する。
束がここまでに調べられた情報と言えば、不正にアクセスすればそのために使用している機材が物理的ないし電子的に破壊されるということくらいだ。それ以外にわかることは束をもってしても解析が困難、且つどのように手をつけてよいのか判断しかねるような防御機構が組み込まれているということくらいだろうか。
束にとってこれは予想外どころの話でなく、完全に未知の経験と言える。一切の痕跡を残すことなくオンライン上のあらゆる電子機器へ攻撃することも、各国の軍事施設などの高いセキュリティを誇る電子機器への侵入すらも暇つぶし程度の手軽さでやってのける彼女がほとんど手足の出ない状況なのだ。いかに堅固且つ凶悪な防御機構であるかがうかがえる。
「うむむぬぐぐ……」
腕を組んで思わずうなってしまう。それで事態が解決するのでもないが、そうせずにはいられなかった。
束はほとんどあらゆる分野において自他共に認める天才である。これについてはまったく知りようもないはずのネクストにアクセスし、その防御機構を発動させるまでに至ったことからも疑いようがない。そもそもで工業能力も違えば仕様、規格にも大きな隔たりがある。その壁を乗り越えてアクセスできるようにしただけでも充分に偉業と呼べる。
束はその頭脳故に幼少の頃から世界に不満を持っていた。わからないこと――知らないことはあっても、理解できないことはなかった。推測が外れることもなかった。だからこそ、彼女にとってはあらゆることがつまらなかったし、面白みもなかった。唯一の楽しみと言えば知らない情報をかき集めることだったが、それにも限りがある。
ならば、と着手したのがISの開発である。わからないことがないのなら、わからないことを探せばよい。ではそれはどこか――彼女の目指した先は遙かな宇宙であった。
ISは宇宙開発のための
だが世界はそれを認めなかった。認められなかったと言うべきか、それとも理解できなかったと言うべきか。束の発表したISの基本概要は精査されることなく一笑に付され、夢物語を学会に持ち出すべきでないと投げ捨てられた。
世界のその対応に束は失望した。彼女は世界に求めることをやめた。
それからの行動は実に単純で明快だった。彼らの笑ったそれがどのような性能をもつのかをわからせるための暴挙に出た。全世界の軍事的行動の封殺、これによりISは世界の技術のすべてを置き去りにした。まさしく、ド級の出来事であった。
具体的に言えば、束が全世界のミサイルのコントロールを可能な限り掌握し、それらを同時に発射。その数2000余。そのうち日本へ直撃する進路をとるのが700余。普通に考えれば大惨事どころか日本人の全滅、日本列島の消滅までもが視野に入るほどの過剰な攻撃である。これを彼女の協力者が搭乗したISが迎撃、日本へ直撃するはずだったミサイル群を無力化、可能な限りは撃墜し、手の届かない範囲に関しては彼女の手によって無力化されていた。
このマッチポンプ行為によってISは世間に電撃的な登場を果たした。一般社会においてはいくらか好意的に、国家からは脅威的に受け止められた。
前者からすればミサイルという物理的に、そして実際に被害の及ぶ脅威をすべて対処したのだ。その破片や爆風など副次的な被害については、マッチポンプであるという前提さえなければとやかく言うべきではない。後者にしてみれば、ミサイルをハックした人物についてよく想像できる。しかし証拠が全くない。これでは糾弾もできず、したところで民衆には負け惜しみをしているだけと罵られて終わるだろう。さらに問題なのは、個人で国を上回るだろう電子物理戦闘能力を有しているところだ。いくらISが宇宙開発用の多機能作業補助外骨格だと言っても軍事転用が可能である限り軍事的行動をまったく考慮に入れないというのはさすがに危機管理があまりになおざりである。
国家はほとんど指名手配と言って差し支えのない対応をした。すなわち、個人における高い技術を有する篠ノ之束の身柄を安全のために確保するというお為ごかしを充分に含んだ情報提供を求め、実際に捜索隊の動員もした。結果は、現状の通りである。
「んー、んー、んー、……癪だけどなあ」
束はリンクスに機体について尋ねてしまおうかと考える。癪だと言うのは、完全な敗北を認めることになるからであり、できることなら完全な解析をしてしまいたいというのが彼女の本音である。
だが、このまま解析が進まず手をこまねくかたちになるとあらゆる作業が遅遅として停滞することになる。
このまま解析作業を継続していけばいつかは解析し終えるだろう。いくらネクストが電子的に強固な防御機構をもっていようが、アップデートのされない電子機器以上にカモはない。ふとした拍子に思いがけず解析が進むかも知れないし、泥沼に入り込むかも知れないが、アクセスができる以上いつかは解析できるはずだ。
束の望む「知らないこと」は初めて読む物語にたとえることができる。王道を意図的に外し、展開を読ませない圧倒的な伏線と飽きさせない文才があれば、人は先を知ろうと意欲をかき立てられる。そういう「知らない」を求めているのであり、ありきたりで誰でも想像がつくような文章が暗号化されていて先がわからない、あるいは独特な言葉遣いをして一般に使われる意味合いから外し、めちゃくちゃな文法でもって読ませなくするようなわからなさを求めているのではない。そういったものは、面倒なだけだ。
束が今挑んでいる電子防壁は後者の面倒に該当している。接続を試みただけでこちらが問答無用の攻撃を受け、どうにもできないのだ。これの解除が目的としてあり、これに守られた電子的情報が欲しいのであれば本腰を入れてこれの解除にいそしむだろうが、実際に用があるのは機体そのものであり、これは前哨戦に過ぎない。この電子防壁を解除した上で機体解析までしなくてはならないのだ。
その上この電子防壁に関してはなにか情報をもっているかも知れない男――リンクスがいる。彼が情報をもたないのであれば本腰を入れた徹底解析を試みる必要があるが、知っているのであればそんな無駄はしたくない。束の心境はさっさと機体を触りたいのだ。
「……、よし」
しばし黙考のち、意を決したように端末を手に取る。
「あ、くーちゃん? うん、束さんだよー。ちょーっと悪いんだけど、リンクスくんを連れてきてくれる? はーい、よろしくー」
通話を終えて、体を伸ばす。勢いに釣られて椅子がくるりと回る。
天井を仰ぎながらしばらく脱力していると、やがてクロエとリンクスがやってきた。
「呼ばれたらしいが。何用だ?」
リンクスが束に尋ねる。すると、束もクロエも驚いたように固まる。
「どうした」
「あれ、きみ日本語話せたの?」
「覚えた。公用語なのだろう?」
こともなげに言ってみせるが、片言でもなくはっきりとした言葉である。初めて聞いたと言うべき言語を習得するのはたやすくないし、特に言語体系もまったく違うと言ってよい言語である。せいぜい一言二言、決まった句を喋るのがいいところのはずだ。
「おお……なんというか、規格外だね」
「普通ではないだろうな。覚えにくい言語だ」
その割に喋りに淀みを感ぜられない。日本人でないというのなら、相当な習熟度だ。
「それで、なんだ」
横道にそれた話を本題に戻す。束は喉を鳴らすように咳払いをして仕切り直した。
「それがね、機体を調べようと思ったんだけど電子防壁が思いの外頑丈で。どうにかできないかなと思って呼んだんだけど、どうにかできない?」
これを聞いて驚くのはクロエである。表情には出さないが、かの束が電子戦で降伏を意味したのだ。驚くなと言う方が無理である。
「なんだ、突破できなかったのか。生体データを使えばできるだろうが……さて、対価はなにを用意する」
束はやはりかと納得すると同時に、やっかいだと内心で悪態をついた。
そもそもで束は機体そのものを購入しただけで、それに付随してなにかしらのサービスがついてくるなどと甘ったれた考えはもっていない。手助けをしてくれるのならありがたく受け取るが、期待する意味はない。ただそれだけの話である。
ここに来ての問題は、リンクスが対価を要求したことではない。用意できそうな対価が存在していない、というところにある。
この先働かずとも生きていけるだけの資金、知識はすでに渡している。生活の基盤とするべき住居も約束した。想像できなかった己の落ち度だが、彼を己の元においておけたのはファインプレーだったのかもしれない。
「それなんだよねえ。もうきみに渡せそうなものがなくてねえ。生涯雇用はどう? もちろん給与も出すよ。ネクストを買い取ったお金とは別にね」
「雇用と言われてもな。おれにはネクストの操縦しかないぞ」
「じゃあ、機動兵器の試験運用および正式搭乗者として、どうかな」
束の瞳が濁ったように見える。どす黒い光を帯びて、なにか恐ろしいことを想像しているような夢想家の目であった。
その様子をリンクスもクロエも見ているが、二人は何も言うことはない。前者はその目に覚えがあった。ゆえにこれもそういった類いの人種なのだとしか思わなかった。後者は思うところもあったろうが、所詮は己の考えに過ぎない。束がそうしたいのであればそうするべきだと考えた。
「機動兵器?」
なんのことかと気になる単語を尋ねる。
「そう。資料は見たよね」
「ああ」
「ならわかってくれると思うけど、ISはそもそもの用途から外れて使われていて、けれど誰もがそう認めている。わたしはそれが我慢ならない。だからこそ、世界は知るべきなんだ。本物の兵器というものを。そして、いかに無意味で無駄なことをしていたのかを」
「そのためのネクストだと?」
「正しく言うのなら、ネクストを知ったからこそだよ。本当ならISと物理的手段でゆっくりじっくりいたぶってやろうと思ってたんだけど、これは本物の軍事兵器だ。それこそ束さんが手を焼いてこまねくほどの。これを解析できれば無理に探査用の外骨格を軍事転用していることがいかに滑稽であるかを示せる。そのためにも、本物の軍人が必要なんだ」
力強く語る束はその瞳に何も映していない。強いて言うのなら、理想にまみれた幻想を映しているようだ。それを善し悪しで語れる人間は、ここにいない。
「まだネクストそのものを解析したのでもないのに、ずいぶんと買うんだな」
「現状、これがとんでもない兵器であることはわかりきってることだよ。ほとんど全壊と言えるこれをそのまま操縦したことにくわえて、これほどの電子防壁での保護。しかもリアルタイムでの情報戦でなく、ただの防壁だけでこの堅固さを誇るとなれば、相応の技術が盛り込まれているのは確実。それに束さんのIS技術を盛り込めば、超兵器ができあがるのは当然なんだよ」
「ネクストはそれこそ世界を滅ぼせるだけの戦力だ。これを保有してなにをなす?」
「簡単に言えば、それこそISの立場を明確にするための武力交渉だよ。それに、世界を滅ぼせると言うのなら、それはISだって同じ事さ。今となにも変わらない」
束がそう主張すると、リンクスは珍しく表情を作る。自虐とも嘲笑ともとれない、薄笑い。
「やはり、おまえはネクストをまだなにも理解していない。そいつが万全でさえあれば、ISを含めて滅ぼせる」
即座に信用できないのは当然である。登場してすぐに世界の軍事的均衡すら崩壊させた絶対的性能をもつのがISなのだ。そしてそれは、世界に500足らずが現存し、そのどれよりも高性能なものを束は作ることができる。
もちろん、束はネクストを超兵器だと判断している。しかしそれは現在の軍事配備と比較しての話であり、ISを総動員した場合はいくらネクストと言えどなすすべなく打ち倒されるはずだとも考えている。
だからこそネクストにISの技術を盛り込み、ISを超越した軍事兵器に仕立て上げようとしているのだが、ネクストが現状のまま万全でさえあればISなど問題にならないというリンクスの態度は驚くべきものだ。資料を読み込んでいるのなら、ISについて過小評価をするはずがない。
「それの解析がまったく終わっていないのだから、そう思わないのも仕方がないかもしれんがな。まずは見ればいいさ。そのあとでこれのアクセス権がどれほどのものか、価値を考えてみろ」
ただただ不遜としか思えぬ態度と物言いは、すべてこのネクストにもつ絶対的な自信と実績から来るものである。
リンクスは手頃な場所に座り、束に背中を向けて首筋を見せる。束はリンクスの首裏に金属部品が埋め込まれており、端子の役割をしていることを見て取った。
「これは……」
「脊髄を通して脳の状態や身体情報をやりとりするための接続口だ。これと同じ端子があるなら、もしくは作れるならつなぐといい。なければどうせヘルメット側の端子とも合わないだろう」
首筋に接続端子があるなど、通常では考えられない。まっとうであるとは思えず、束はその人体実験的環境を夢想し、義憤にも似た感情がふつふつと湧くのを感じた。己の生み出したIS、これの実験延長線上にある人体実験による被害者とはまったく違う理由から成されたのであろうものの、まったくの無関心ではいられない。
しかし今の問題はこれの端子である。端子そのものは雌であり、なにかを差し込んで接続するものだった。思えば当たり前である。首筋に突起をつけていてはただの生活すらままなるまい。
端子の様子は、見たことのない独自規格のようだった。いくつかの金属光沢をもつ接触部分が絡み合いながらどれもが接触していない、奇妙なものであった。束の率直な感想としては、構造が複雑すぎて剛性と確実性が犠牲になっていそうだと感じた。だがこれだけ複雑にしなければならない理由と、充分に役割を果たせるだけの技術があるのだろう。
通電させるだけでよいのなら、通電性の粘土を使えばよい。しかしと待ったをかけるのは、束の本能と言うべき部分であった。
電子防壁に阻まれ、さんざん苦汁を飲まされたからこその直感である。これがまっとうな回路であるはずがない。すべて通電させて接続した場合、接続機器を破壊、もしくはループによって人体への致命的破損をもたらすことすら、平然とやらかす可能性すらある。うかつに手を出すのは賢い選択とは言えない。
「……いや、やっぱりヘルメットから調べるよ。それが普段は直接刺さってるんでしょ? そっちから構造を調べるよ」
下手なことをしてリンクスを失うわけにはいかない。人道的と言うよりは研究者としての判断であると束もはっきりと理解していた。しかしそれを後ろめたいとは思わない。そう思うことでリンクスの不興を買うことはわかりきっているからだ。
「そうか。まあ、がんばってくれ。おれはここにいた方がいいのか」
「大丈夫、すぐ解析しちゃうから。できなさそうだったらすぐに言うよ」
束はネクストのコクピットから回収していたヘルメットを用意し、そのコードの様子を見る。
ヘルメット内部は至って標準的な頭部の保護を目的とした構造であると言える。もちろん、一目ではわからないような工夫や素材が用いられていることくらいはわかる。
それにくわえて外側に這うように配線されたコードが内部で首元に伸び、リンクスの首の雌コネクタに差し込むための雄コネクタがあった。これを採取してそのまま解析でもよいが、ヘルメットはそのまま残しておくべきだろう。
ヘルメットから伸びた先の端子もまた独自規格であるようだった。差し込むべき向きが確定される、独特の形状をしている。
束はこれを自前の解析装置へと放り込む。物質の内部や構成する素材を読み取る、束の特別製である。
解析そのものは特に難しいのでもない。素材は見たこともないような物質だったが構造さえ把握できれば模倣はそれほど難しいものでもない。
ケーブル端子から察するに想像通りダミー回路が取り付けられており、触れるべきではなさそうだ。そこでケーブルそのものはこのヘルメットを用いて、ヘルメットから伸びる端子に合うコネクタの作成と、データの受け入れをするマシンの準備をする。それだけならさほど難しいことはない。ネクストへのアクセスを試みたことでいくらかのノウハウがあるのだから。
「リンクスってのはやっぱり、ネクストと繋ぐから?」
作業をしながら束がリンクスに尋ねる。
「どうかな。
リンクスは他愛のない会話に応える。会話をしながらも作業に遅延の発生しない束を上方に評価しつつ、その観察をする。
束自身もドライバーやペンチ、あるいは何という名前なのかよくわからない機械を使いながら、また周辺に生えているマシンアームがせわしなく、器用に絡まないようぐねぐねと動き作業を手伝う。果たしてこれにどれほどの機械的価値があるのか、リンクスにはまったくわからないがそれでもかなり珍しいことをしているのだということくらいはなんとなしに感ぜられる。
「ふーん。これ、繋ぐっていうことは思考制御されるんだよね」
「そうだな。いくらかは物理的な操縦機構があるが、基本は神経接続による操縦だ。前者では限られただけの操作しかできないが、やろうと思えば後者ならあらゆる操作ができる。そんな自殺行為をしたがるやつは、まあいなかったが」
「自殺行為って?」
「精神負担が大きくなる。よければ死ねるが、悪ければ廃人だ」
「そんなに負担が強いものが操縦機構に? 人身の安全はどうなってるの?」
「リンクスにそんなものはない。AMSだってそもそもで適正がなければつなげないものだ」
「AMS?」
「
リンクスであれば少なからず人体改造を必要とする。これは彼にとっては当たり前のことで、なんらおかしなところのない常識だが、束とクロエにとってはいささか衝撃的な話である。二人とも表情には出さないが、それぞれ思うところがあった。
「……その、AMSには接続上の問題があるんだよね。それでもなおリンクスになる、メリットみたいなものがあるの?」
「もちろん。クソみたいな生活から抜け出す、とにかく金を稼ぎたい、傭兵稼業を行える、企業から報償がでる、自分の力を試したい、優越感に浸りたい。いろいろさ」
リンクスはかつての友人とも敵とも言える連中を思い出しながら答える。適正がなくリンクスになれず嘆いていたのも、リンクスになったはいいが適正の低さから副作用に苦しみたいした活躍もできぬまま死んでいったのも、彼の記憶には残っている。
束はリンクスの言葉から彼のいた世界を想像する。少なくとも国家というものが存在しない、もしくは意味を成しておらず、貧困や人買いが当たり前の世界。人体実験がさほど珍しくない、企業が牛耳るようにして戦争行為が助長される。ネクストと呼ばれる超兵器が戦争の道具としてあり、おそらくはネクスト同士での戦闘行動が普通に行われている。
考えれば考えるほど世紀末だ。これで日常の生活が通常通り行われているなどと言われたらそれこそ信じられない。まだ世界は滅んでいて僅かな生き残りたちが食料や物資を奪い合っていると言われた方が信じられるし納得できる。
そうこうしているうちに準備を終えた。あとはリンクスとマシンを接続し、リンクスの生体情報にアクセスするだけである。
「さ、準備ができたよ。そろそろいいかい?」
リンクスはヘルメットの端子を首筋に刺して束を促す。
「アクセスがあまりに酷かったら即刻やめさせる。大容量のデータをおれに送りつけるだけで殺せるからな」
どうでもいいことのように言い捨て、リンクスは脱力するように肩を落として背中を丸めた。ただのアクセスであっても負担がない、ということはない。これが以前であれば専用の椅子にもたれて体を完全に脱力するのだが、この環境では文句を言っても始まらない。
束はリンクスの様子を見ながら負担のかかり方を調べつつ必要な情報をマシンに移していった。
リンクスがなぜ日本語を独学で習得できたのか。
・リンクスの能力が高いから。
・英語で喋ってます表現が面倒だから。
答えはどちらでもかまいません。
Allegorical-Manipulation-Systemについて
一応、海外版準拠に。なんとなくですけど。