Lynx links to jinx.   作:祖父地図

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 軍事兵器に求められるものとはなにか。

 あえて言うなれば、確実性だろう。確実に敵を殺せる、確実に操作できる、確実に整備できる、確実に使える。軍事行動下における兵士にとっては重要なことだ。

 攻撃したのにもかかわらず敵が死んでおらず、反撃される。安全装置を解除したと思えばできていない、あるいはその逆。整備しても問題が解決されない、整備のために生産工場へ送り返してオーバーホールしなければ正常にならない。長時間の訓練がなくてはろくな運用ができず、覚えるべき手順が煩雑でとっさの行動が利かない。

 そんなものに命をかけたがるものは、いない。

 そういった要素を念頭に置いたとき、ISはどのようなところに位置づけられるのか。これは簡単な話で、足りていない落第点を合格点で補ってどうにか兵器として及第点を得ている欠陥品である。

 確実に敵を殺すことができる、という点はよい。多様な武器兵装を備えて優れた火器管制でもって敵の制圧を行えるというのは、既存のどのような兵器から見ても優秀な制圧装置足りうる。搭乗者一人による運用が可能である、という点から見てもわかりやすく優れている。

 ではそれ以外から見た場合は、となると。それは軍事兵器として不要だ。

 そもそも国際条約で軍事利用は禁じられているという建前はあるが、なんにせよ軍事的に用いるのなら欠点が多く出てくる。

 シールドエネルギーという、搭乗者を守りISを超攻撃的鉄砲玉と見ることのできるそれは確かに有能だと舌を巻くが、それだけだ。シールドエネルギーが底をつきればISは強制的に解除され、絶対防御と呼ばれる防御機構に移行する。

 こうなると、新たにエネルギーを補給せねばISは起動せず、残るのはなんの装備も持たないたった一人の搭乗者である。敵の手に落ちれば解体されるか、拷問されるか、どうであれ生きて帰ることはないだろう。

 中には、ISのシールドエネルギーを削りきるよりも先にISによる制圧が可能であるという主張も一定数(とは言うが事実上、世論はこれの主張が強く)存在するが、兵器に強い信頼を置いても絶対だと妄信できないのが軍部である。仮にそれを信じ込んで絶対だと思ってしまえば、ISを打倒する兵器が現れた時、ただ蹂躙されるのを諦念とともに眺めているしかできなくなる。

 くわえて言うのなら、直撃すれば主力戦車の砲撃でISを落とすことそのものに不可能はない。そして操縦者は人間である。目の前で命を簡単に奪う攻撃をされて、死なないのだから問題ないと落ち着いて行動できる人間が、果たしてどれだけいるのか。

 整備性は最悪であろう。エネルギー補給のために専用の設備と専門の技術者が必要であり、なおかつISを構築する最重要部品はブラックボックスの塊である。今はよいが、なにか問題が見つかった時、専門の技術者であっても対応できない。

 他のISから部品を流用する、というのも全くの同型でなければ不可能だ。ISは世代が違えばすべての規格が違う。マイナーチェンジされたものであっても、同一規格の部品は多くない。

 もちろん、ISコアという核が統制する強化外骨格であるがゆえ、無理やりキメラISにすることも不可能ではない。ただそれは、企業のつくった制御プログラムを漏らすことなく完全にハッキングするのと同義である。もしそれができるのなら、自らIS開発をするほうがよほど早い。

 ISを使えるかどうか――これが最大の問題だ。最悪の問題だと言ってもよい。

 基本的にISは女性にしか扱えず、女性であっても適正の不足がISの操縦に枷をつけ、女性なら誰でも使える、という話でもない。

 軍事訓練を受けた女性よりも、高い適正をもち純粋なIS操縦訓練を受けた女性のほうがISの戦闘において有利だし、まず勝てると見てよい。

 軍人として優れているかどうかよりも、IS操縦に優れているかどうかで軍部を見た政治家はしかし責められないだろう。彼らは目先の利益を得ることが重要だと考える人種であり、そのようにしか国防を考えられないのは、偏に知識もなく口出しのできる権力に毒されているせいなのだから。

 国はISを特別視してしまった。これに増長するなというのは無茶な話で、ゆえに世間はISという幻想を至上主義としてしまった。

 束が目を背けてきた現実とは所詮その程度のことだ。

 兵器として見るのならISはまだ試作品の試作段階とでも言うべき完成度だ。もともと兵器となるべくしてつくったのではない。

 そういった目で見られるような登場を演出した己にも問題はあるだろう。だが、そんなものすら兵器として扱わなければならないような世の中なのか。

 その答えは半々である。軍部からすると、そういったわかりやすいものが広く世の中にあったほうがよいと考えている。つまり、様々な研究がされているだろう多様な兵器に注意を割かねばならないのなら、どこの国も同様にもっている共通の兵器に注意を払い、それを打倒できるものを秘密裏に開発できれば有利に立ち回れるはずだ、という考えがあるわけだ。

 本当に有能な一部の上層部からすれば、ISはわかりやすい隠れ蓑になる。頼らざるをえないからこそ頼らない。頼り切ってしまえば、そこで発展が終わる。ましてや解析すらままならないのだから。

 とは言え開発が進んでいないのも事実だし、完全にそれ頼りになっているところがあるのも事実だ。

 束の目的は単純である。宇宙開発を目指すことだ。

 ISによる騒動で束の学んだことはいくつかあり、当初の目的はIS技術を公開することでもたらされるだろう技術革新と宇宙開発だった。公人私人団体個人を問わずに閲覧できる状態にすれば社会貢献にもなるだろうし己のためにもなるはずだった。だが結果は今の状況で、世の中は戦争と娯楽を曖昧にしたIS主義と、蒙昧どもが行う権利の主張合戦による慢性的な混乱を引き起こした。このことから彼女は世間に期待をかけるだけ無駄だと学んだ。

 技術公開をしたにも関わらずどこの誰ともわからない愚昧が新発見を謳い、さらなる搾取を試みた馬鹿が直接的行動をとった。愚者にはわからせなければ理解しないと学んだ。

 あまりに身勝手で自己中心的な要求が凡人に許されるのならと己の欲望に素直になってやりたいこととやりたくないことを突きつければ、凡人は顔を真っ赤にしながら横暴だとわめいた。無能には言うだけ無意味だと学んだ。

 ゆえに。束は己が認めた相手だけを範疇に入れるし、範疇にない有象無象は生きていようが死んでいようが、もはや興味がない。

 束の規範は己にあり、己にしかない。

 今しばらくこの世界につきあってから頃合いを見て己の存在を消し去ろうと考えていた束は、その計画を少し変更することに決めた。しなければならなくなった、と言うべきか。

 リンクスと協議を重ね、ネクストの研究と己のもつ技術力の限界を煮詰めた頃合いになって、世界初の男性IS適正者が現れたと世間がにわかに騒ぎ立てた。そこで祭り上げられていたのが、束のよく知る少年だったからだ。

 束からすれば、その少年――織斑一夏にISを操縦できる可能性があるということはすでにわかっていたことで、しかしそのようになる未来はないだろうと考えていた。彼の姉が、彼をISに関わるあらゆることから遠ざけていたからだ。

 だのになぜ一夏がそのようになっているのかは、束に関係ない。重要なのは、彼がISに関わったという事実だけだ。

 束の計画はISとそれに関係するすべてを破壊してとっとと宇宙へ逃げることだった。そのためにネクストを宇宙対応にして、宇宙空間での生活を可能にする移動式の拠点を製作していたのだが、束の範疇に入る少年がISに関わってしまった。となれば、彼がISから逃れられなくなる前にことを済ませなくてはならない。

 現状、即座に軍隊が消えてなくなった場合、どうなるのか。物理的に軍隊が消し飛ばされたのではなく、軍隊という枠組みが消えたとき、軍人がすべて職業にあぶれることになる。彼らが他の職業に就くためには相当な努力が必要になるだろう。

 それ以上に重大な損失を受けるのが、IS関係者である。なぜならたいていの場合、ISに関係すること以外を学んでこないからだ。特にIS学園という専門学校を卒業している場合は基本的な学力すら怪しい。くわえて同じような人間しかいないのだから排他的思考に陥りやすく、ISに関しては最高の能力があってもそれ以外のほとんどすべては同年代どころか子供にすら劣る、ということも少なくない。

 束の少ない良心は少年が歪んでしまう前にとっととはじき出すか、あるいは敵対するかどうかの意思確認くらいはしなくてはと判断した。多少無理をすることになるだろうが、今のうちにはじいてやればあとに響くのも少なくなろう。

「珍しいな。なにをそんなににらんでいるんだ?」

 リンクスが尋ねた。束はテレビをつけているが、普段はつけっぱなしだ。

 束にとってのテレビは最低限度の情報発信装置という位置づけで、もしくはにぎやかしにしかなっていない。それの画面を注視しているというのは、リンクスにとっては初めて見る姿だった。

「世界初の男性IS適格者だって。正確に言うのなら、世界に発信された男性IS適格者、その第一号ってところ」

 リンクスは一般的な人間という範疇から完全に逸脱しているが、男性であるという点は間違いなく、彼はIS適格者である。

 ただ、電極でISコアと直接つなげて操縦できるようにできるという意味であって、正しい意味での適格者というにはやや語弊がある――ともかくとして、テレビに映る一夏少年を世界初と言うのは難しい。

 結局のところ、初めて発覚した男性適格者という意味合いでしかないのだが、世界初の男性適格者という言い方はやや正しくない。束の言い直しはそういう意味だ。

「おまえの知り合いか」

「驚いた。どうして?」

 非常に小さな反応だが、やや見開いてリンクスに向き直る。

「驚いてないからだな。あとは、こいつがおまえの知らないどこかのガキだったとして、そんなに落ち着いて眺めているはずがない」

「うーん、正解だねえ。やっぱりわかっちゃう?」

 すでに調子は戻っている。そう回答される、と始めからわかっていたかのようでもある。

「そうだな。ついでに言えば、それ以外ありえないだろうと思った」

「っていうと?」

「男性適格者が現れないのは、コアの特性のせいだ。なのに男性適格者がいた。となれば、おまえに縁のある人物だと察するのが普通だろうな」

 リンクスは適当な場所に腰掛けて少年の映る画面を見た。困惑気味で、なにも理解していないような表情と仕草。投げられる質問にもしどろもどろ、ろくな受け答えがされない。まさしく状況に流されるだけの少年がそこにいた。

 彼らのいるこの場所はネクスト研究のために束が用意した小部屋で、様々な資料と端末が散乱し、部屋中にむき出しのコードやせわしなく行動するアームが並んでいる。

 束は座り心地のよさそうな椅子に座り、リンクスは彼のために用意された小物や端末などを乗せている移動式のラックに腰掛ける。

 束の使っている長机にいくつもの端末とまったく整理されていない資料、文具やコップなどを散らかして置いている。初めのうちはクロエが片付けたり整理したりと世話を焼いていたが、やがて散らかる速度が片付ける速度を上回り、ついに片付けるのを諦めてからどうしようもなくなるまではあっという間だった。

 リンクスはそれを後ろから眺めるように待機して適当な発案と束に必要な議論を交わし、あとはとくになにをするでもなく、思い出せば食事をとり、あるいは寝ていた。

 ときどき束の体臭を気にしてはクロエを呼びつけて洗浄させたり、部屋に消臭剤を常備したりと束の精神を削り取りもした。

 この開発部屋で束は一日のほとんどどころか数日間缶詰になる一方で、逆にリンクスは必要なときか暇なときにしか訪れない。今日はたまたまやってきたタイミングで束が作業をせず画面を眺めていた。

 束は画面に視線を戻す。最後に見た姿よりも成長した、数少ない友人の弟がそこで見世物になっていた。

 これから彼は一気に環境が変わる。変わってしまう。とてもではないが、大変という言葉で表すだけではやりきれないほどの苦難が待ち受けているだろう。

 だと言うのになんら心を動かされないのはなぜなのか。簡単な話だ。束の中ですでにISというものは終わった技術であり、消え去るべきものだと考えているからだ。

 束を動かすものはただ一つ、興味でしかない。

 男である織斑一夏がISを動かしたから、なんだと言うのか。それはすでにリンクスがやっているし、現状のISが男を嫌う理由だってわかっていることだ。

 ここにリンクスがいなければ、ネクストという怪物に出会っていなければ、束は一夏がこれから体験しうるであろう、なしうるであろう状況を楽しめたかもしれない。

 だがその未来はすでに来ない。その意味で、もはや束は一夏に興味がない。

 もしかしたら、最初から興味をもっていなかったのかもしれない。唯一と言うべき友人のたった一人の家族であり、その弟である彼に期待している、興味があると自己暗示をかけていたのかもしれない。

 なにせ自分についてきた友人の寵愛を一身に受けているのだ、愚鈍であるはずがない。そう思いたかった。

 飛び抜けた姉と同じく、飛び抜けたなにかがあるはず。そう信じていたのはいつのことだったか。

 今や束の目に映るのは、起きてしまったことに対してまだ理解を及ばさない、もしくは理解を拒んでいるかのような凡人の姿だった。

 色眼鏡がなければこんなものなのか――暗澹とした感情が束に渦巻く。

「ところで」

 すでにテレビの報道に興味をなくしたようで、画面はつけられたまましかし存在していないかのごとく振る舞い、束はリンクスに再び体を向ける。

 リンクスはテレビ画面にいつまでも代わり映えなくなにもしない少年から束に視線を戻した。彼女の瞳は、彼がよく見てきた、夢破れたものの混濁具合に似ていた。

「リンクスもIS操縦者にならない?」

「ならない」

 即答である。あまりの即答ぶりに、予想していた束ですら乾いた笑いが出てしまった。

「だろうね。一応理由を聞こうかな?」

「おれがあれを操縦できる最大の理由は接続できるからだ。接続しなけりゃ反応すらしない。戦闘行動中にすらあのうるさい声を聞かなきゃならないのは、苦痛を通り越して苦行だ。そんなものにわざわざ乗りたがるやつがあるか」

 一度、束の思いつき――ネクストにIS技術を入れるためのデータとりとしてコアとの接続を試みている。

 ただ接続したと言うだけでISそのものを操縦したのではないし、接続なしにISに触れても反応はなかった。だがコアとの接続に関してはコアが操縦可能者と同様の反応を示したため、その状態であれば操縦可能だと判断している。

「声?」

「ああ――感覚の問題だ。ネクストはよく光にたとえられる。ネクストをやられて死ぬ寸前に強い光が逆流するという話をよく聞くが、実際つないでいるときもデータのやりとりを光のように感ずる。同じように、ISと繋ぐと声がする。声のように聞こえる音なのか、音のように聞こえる声なのかわからないが、とにかく耳障りでかんに障る」

 ISと接続してデータのやりとりをすると、その内容が声のように聞こえる。これはデータを感覚的に直接やりとりする上で、データをどのように認識するかの差異であるとも言える。

 ネクストのデータを光だと認識するものは多く、そう考えるとISと接続したリンクスはおそらく声と認識するだろう。

 別に、声と感じようが光と感じようが色と感じようが、感覚でのやりとりしかできないのだからそれはどうでもいい話で、問題なのは、操縦に支障を来しかねない程度のデータ量が送られてくることだ。

「……興味深い話だけど、初耳だよ?」

「聞かれなかったし、聞かなかっただろ」

「むう」

 そのときのリンクスは具合の悪さが見て取れたのは束も知っていることだ。しかしリンクスはさほど気にかけていなかったし、束も気にするようなことではないと判断していた。

 ゆえにそのままISの接続テストを終えたのだが、今になって思いの外面白いことになっていたのかと少し頬を膨らませた。

 状況のモニタリングはしていたものの、データのやりとりをどのように感ずるかというのはリンクスにしかわからないことだ。どのような感覚でデータをやりとりするか、というものを数値に出すことはできない。コーヒーを飲んで美味しいと感ずる、紅茶を飲んで美味しいと感ずる、これらが同等の美味しいであるのかを数値で出せないように。

 その、リンクスの感覚を得るためには束自身もリンクスにならなければならない――が、今のところ束にそのつもりはない。そもそもで、強化人間手術を誰が行うのかという問題もある。

「にしても、声か。なかなか面白いね」

 いつまでもへこんでいたところで仕方がないと、束はさっさと切り替える。

「おれは面白くないが」

「いやいや、これが面白いんだよ。実を言うとコアは自意識のようなものをもっているんだ。より進化した人工知能と言ってもいいかもね」

「自意識?」

「そう! きみに渡した資料には書かれていない。正確に言うと、ぼかしたうえでばらけさせているんだけど。どうだろ、覚えてないかな」

 ISコアに自意識がある、という情報は公開されていない。そも、コアの製造方法やその内訳などはすべて部外秘、かつほとんど完全なブラックボックスとして公表しているし、解析した研究所もないのだから中身について知っているのは束以外に存在しない。

 ただし、コアが自意識をもつというところに行き着かなくとも、それに携わるものであればなんとなくその片鱗を感じることがあるのも、一般に知られる事実である。

「……ああ、コアが意識をもつかのように搭乗者を選ぶ、という部分か」

「おお、割と冗談だったんだけど、意外と覚えてるんだ」

 わざとらしく大きく両手を挙げて驚きを表す束に、リンクスは小さなため息をつく。

「で、その自意識がなんだって?」

「うん。ひどく微弱で曖昧なものだけど、意識なんてそんなものだし。とにかくコアはそれぞれ特性が違う、と思ってくれてかまわないよ。これがあるから、ISは搭乗者を選ぶんだ。普通の人間だってそれぞれ人格があって違う意識があるから人付き合いに得手不得手があるわけだし」

「それが、声とどうつながる?」

「まさにそれだよ。コアには意識があり、それは人間を理解しようとするんだ。普通の人だったら操縦を繰り返すうちにコアがその人の癖をだんだん理解していって、より動きやすいかたちに変わったり動作を補助したりするんだけど、きみは直接つながることによってコアと同列にいられるんだ。どういうことかと言うと、元来受動的に情報を得るだけのコアが、能動的に情報を得られるようになっているわけだよ」

「人間が人間を相手にするよりも強く相手のことを知れるわけだ。まるでテレパスだ」

「テレパス! 表現としては正しいかも。ただしコアは人間と違って複雑な思考によって意識をとどめているわけじゃあないんだ。コアの役割として、搭乗者である人間を理解しようとするところから起こる意識だからね。要するに、きみが聞いた声は、コアが知りたい!教えて!と呼びかけてきたものじゃあないか、なんで呼びかけたのかと言えばコアのもつきわめて原始的な意識によるものだろう、ということだよ」

「なるほど。声らしい声でもなかったのは、意識の薄さから、というか、学習レベルの低さからか」

「だろうね」

 確かに、そのように考えるのであれば面白いかもしれない。ただ、リンクスの立場からすると、所詮は趣味の延長線上にしかない知的探求であり身を滅ぼしてもかまわないという研究意欲から来るものではない。ゆえに、直接的な被害を受けるという点に目をつむることができない。

 体調に異変を来す程度に、コアから聞こえる騒音は酷い。これがただの騒音であれば耳をふさげただろうし、意識をそらして聞かないようにすることもできたはずだ。

 だがリンクスはデータのやりとりにおいて、データを感覚的に音としてとらえている。耳をふさいだからどうにかなるものでもなく、意識をそらしたから耐えられるものではない。

 前者は無意味で、後者はやれない。やったのならデータのやりとりがなくなるのと同義だ。

 そのためISコアとつながるつもりはまったくない。ないのだが、しかし。

「で、リンクスくん。もっとコアとつながってよ」

「おれの話を聞いていたのか、おまえは」

 すでにコアと接続することの苦痛は伝えた。ISについての搭乗者になるつもりがないことも。

 にもかかわらず平然とコアとの接触を要求した束に辟易のような感情を覚え、露骨に表情を曇らせる。

「聞いてたよ、ISに乗りたくないんでしょ。だからつなぐだけでいいよ」

 これは一本とられた――と思うほどユーモアに満ちた性格ではないし、そもそもで接続そのものを苦痛だと言ったはずだとリンクスはいらだちによく似た視線を束に向けてにらんだ。

「そんな顔はしないで欲しいかなあ。こっちもおもしろ半分で言ってるわけじゃあないし、実際、きみがコアにつながるとコアの成長が著しくて、いわゆる嬉しい誤算ってのがぼっすんぼっすん来てるんだよ。これも技術向上のためだよ。てゆーかそもそも雇ってるのはこっちなんだからごちゃごちゃ言わないでよ!」

 急にかんしゃくを起こしたように声を荒げる。もちろん、そういうポーズをとっているだけだが。

 リンクスはどうしたものかと頭を抱える。

 技術向上のため、性質上必要のためと言われては断る理由がない。所詮リンクスは雇われだ。理由が後付けでされようと、とってつけたような理由であろうと、理屈が通っているのなら確かに理由足りうる。

 理不尽だろうが嫌悪しようが理由づけられて求められたのなら、応えなければならない。そうしないというのなら、なにかそれ以上にふさわしい理由をもってようやく断るだけの状況をつくれるわけで、結局感情の都合で避けたいだけのリンクスに、拒否できるような理由は存在しない。

 それでもごちゃごちゃ言いたい。それくらいには、嫌だと思っている。

「そんなに嫌なの?」

「嫌でなければ、ここまで悩んでいない」

 そう、耐えきれないほどの苦痛なら(強化された彼が耐えきれない苦痛が存在するのなら)充分断るのにたる理由にもなろう。

 耐えられてしまうのだ。体調に異常を来すと言っても、所詮休憩すればなんら問題のない、その程度の不調だ。

「まあ、でも、ほら。わたしには経験のしようがないから気休めでしかないけど、つないでるうちに軽減されてくると思うよ。コアに意識があるのは、学習目的でもあるからね」

 いくらか言葉を選びながらリンクスが強硬に否定しないよう警戒するのは、その役割をほかの誰であっても肩代わりできないからだ。

 肩代わりさせるには適当な男を浚って改造手術をしなければならないが、束に改造手術のノウハウがないという根本的問題と、そもそも手術が可能だったところで気に入るような人間がいるとは思えないという二重の問題がある。

 唯一と言うべき、リンクスでなく束に関連深い男性はニュースで話題にあがった件の少年しかいない。

 少年を使おう、という気概は束にない。もはや束にとって興味深い人物の一人という評価から無視しないでよい一人という評価へ落ちているものの、少年をどうこうしようとすれば友人と妹が強力に反抗するはずだ。そんな面倒をわざわざする理由はない。

 リンクスは唯一の、束の気兼ねなくふれあえる存在であると同時に、興味深い人物であり、共同開発者でもある。ある意味、束にとって初めてと言える存在だ。

 この先興味が消えるかどうかは定かでないが、すくなくとも現状で愛想を尽かされるのは己のためにもならない。そうならないよう、立ち回る必要がある。

「それに、コアとつながった状態で戦闘しろって言ってるわけでもないし、いいでしょ? ネクストの目処は立ってるし、コアの実験をしたらその日はそれだけ。頻繁にはしないし、それでネクストの研究が遅れるでもなし。仮にコアが想像しないような成長をしたら、リンクスの役に立つような存在になる。さあ、どう?」

 実際の問題として、ネクストの研究開発に関してはすでにほとんど終わっていると言ってもよい。

 正確に言うのなら、ネクストの小型化とそれに伴う動力源の補強や構造変更、および武装の設計などが完了しているのであって、ネクストそのものの開発を完全終了したという意味ではない。

 束の目的はネクストの技術に触れることによって得られるだろう新たな発見と、使用可能なレベルでの復元である。

 ただいじり回すだけで技術的収穫はあった。それこそ既存の技術でありながら洗練された取り回しによってより高い効率を誇っていたり、再現が不可能なほど高められた技術が奇妙なバランスで成り立っていたり、得られるものばかりだった。

 復元については、原型があってなおかつ元々の存在を知っている人物がいたからこそできたと言ってもよい。これが復元でなく製作であったのなら、まさしく不可能だったはずだ。

 復元と言っても完全な形での再生はできなかった。よって、束自身の技術も盛り込んで小型化という名の縮小類似品に仕立てた。

 類似品と言っても侮れるものではない。もちろん完全なネクストの前ではそれこそ紙切れのごとく吹き飛ばされる程度の性能しかなかったとしても、現状の軍事能力、それこそ対IS性能においても鎧袖一触にできるほどの能力がある。

 パーツごとの換装機構を排除し、完全に一個での完成品に調整し、多くの部品を流用することで既存技術での限界を超えている。

 それはつまり、そのネクストが唯一無二であると同時に、撃墜された場合は修復も製造も未来永劫不可能になることを意味している。

 だがそれは重要なことではない。どれだけ手を伸ばしても手に入れられないもの、それがたといひとときであっても現存するということが、よほど理から外れている。

 束が行うべき残りのことは、部品の調整と最終的な組み立て、および武器や外装などの製造である。そのあとはリンクスが実際に搭乗し、試運転をしながら細かい調整を行う。つまり、この先に致命的な欠陥や問題を発見しない限り、完成を待つだけと言ってよい。

 そして、エネルギーの補助機関としてISコアを考えていた束はさらなる発展を思い浮かべる。すなわち、リンクスとの接続によって急速に成長させ、ネクスト運用での電算補助を務めさせることだ。これがうまくいけばネクストの運用がしやすくなるし、うまくいかなくとも計画通りに事を進めればよい。

 リンクスによるISコア接続を束が強く勧める理由は、充分にあった。

「先を見据えた軽い実験だよ。悪い条件じゃないでしょ?」

「人体実験に軽いもクソもあるか」

 言い出したら止まらない。強く拒否する理由もない。

 リンクスは気が進まないながら、承諾しかないことを悟った。

 




 いくらか書いて中断、何日か空けて再開、ぼーっとする、何を書こうかとワードを開いて他のことして結局書かない、なんてことをしているせいか「あれ、これ書いたような気がする」なんてことがしばしば。もしかしたら同じことを何度も繰り返して書いているかも知れない・・・

 束さんの人への対応は演技くさい、と感ずる。本心はすべて自分にしか明かさず、本心を他人へ明かす時もきちんと演技をしながら。そんな感覚。

 Q,一夏くんへの対応が悪い、というか興味なさすぎじゃない?
 A,本編からして死んだらしゃーない精神が見えていたように思えます。

 本編といってもラノベを熟読しているわけではないので、束さんの愛情があふれるところはいくらでもあると反論されたらなにも言えませんが、少なくともここにおいてこの束さんは妹にすら興味が薄味です。
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