「これが、ネクストか。小さいな」
小さいと言っても見上げるほどの大きさである。大きいか小さいかで言えば大きいのだが、これまでとの比較をすれば小さいと言える。
小型化した結果だと言うべきか、小型化せざるを得なかったと言うべきか。
「充分大きいよ。これで必要充分以上のエネルギーソースがあるって言うんだから、驚きだよねえ」
己が携わったはずの作品に対して、他人事のように評価する。なぜかと言えば簡単なことで、設計はすでにされていて、研究もすでにほとんどがこなされていて、束はそれらを理解して再構築したに過ぎず、正しく彼女の研究成果ではないからだ。
束はネクストの規格外さを改めて実感している。
「ま。大きさがどうこうは問題じゃない。問題なのはこれが動くのか、もしくは役に立つのか。そういうところでしょ?」
二人ともそれを見つめたまま、会話を続けている。
格納庫に立ち、壁に固定されたそれはネクストであるが、しかしそれは元来のネクストから見れば劣化したと見るべきで、廉価版ネクストという表現が正しいかも知れない。
全身は黒く塗装されている。他の塗装色でも良かったのだが――これがもっとも簡単で安上がり、しかも手早く済ませられることから選ばれた。時間短縮とコストカット、これは重視すべき事柄だ。
鋭く突き出るように尖った胸、細く造形された腰、太い足が干渉しない程度に広く取られた股、対照的に細く絞られた腕、上向きに伸びる肩、首をすぼめたような印象を受ける滴を押しつぶしたような平たい頭、裂け目から覗くいくつものアイカメラ、前方へ低く伸びる細いアンテナ、後方へ高く伸びる幅広のアンテナ、首筋の辺りから弁髪のように伸びる蛇腹パーツ、胸部と腰部を部分的に接続する外付けのケーブル、肩から伸びるいくつものケーブル、尻尾のように伸びるケーブル、X字に背負った二対四個のバックパックブースター。
もともと使っていたネクストを考えれば、それは全くの別物であった。
リンクスの使っていたネクストはいわばキメラであり、よく言えばいいとこ取り、悪く言えば節操のないものだった。
各パーツに相互互換が設定されている以上、それらは相互運用が想定されている。A社製品の頭部、B社製品のコア、C社製品の腕部、D社製品の脚部……そういった具合のネクスト構成が可能である。
企業としては製品が売れるのならそれでよし、リンクスとしては望む性能が発揮されるのならそれでよし。彼らの利害は基本的に、部分一致する。
流れの、あるいは傭兵的リンクスであればそれが基本的なスタンスとして成り立つが、企業に雇われた企業のリンクスとなれば自由にと言うのは少し難しいものがある。そういうものは、自社製品のみを使うのが普通だ。
だが、さすがに企業を統一すればそれは自然な、そして一個のフォルムとして完成される。キメラであっても組み合わせを考えれば全体像をまとめ上げることも可能であるが、もともとそうであるようにとつくられたものがまとまりとして安定し完成しているのは火を見るよりも明らかだ。
この廉価ネクストはその風体がある。
技術的問題からパーツの相互互換はオミットされているが、逆に言うのなら一個の兵器としてしっかりデザインされている。
「疑問なんだが、こいつのデザインはなんだ。弱点が露出しているように見えるが」
胸部の右側と腰部とを複数のケーブルが撚られるように絡み接続する。これがただの賑やかしだというのなら無駄以外の何物でもないし、意味があるというのならさすがに不用心が過ぎる。
「あのケーブルのことだね。カーボンナノチューブをより合わせたロープと、蜘蛛糸の構造を模したタンパクケーブルの複合皮膜で覆ったエネルギー供給バイパス。簡単に言えば、コジマエンジンからのエネルギーを供給しつつ過剰供給にならないよう分配したり逃がしたりする役割をもった経路だから確かに弱点だね。破壊されたら熱暴走とエネルギーの供給と消費が不安定になって残り時間のカウントダウンが表示されないコジマ爆弾の完成だ」
喜色満面の笑みが声に表れ、実に楽しそうだ。
その様子を見るまでもなく、リンクスは束の笑みを簡単に想像する。
「笑うところではないが」
「実際、あれをどうやって破壊するんだろうね。芯に使った伝達ケーブルは純正の特に無事だったところを使ったし、カーボンナノチューブとタンパクケーブルの複合ロープはそれだけで大概の衝撃を吸収できる。その上できっちり編み込んだこれは一本でも現行主力戦車の
それを可能にするものは存在しない。そんなことをするよりもさっさと機体を破壊してしまった方が圧倒的に早いし、後先を考えずに倒すだけなら核ミサイルを撃ち込めばよい。
束の言葉が意味するのは、破壊されたのなら確かに致命的だが充分な強度があり、これを破壊されたらと心配するのは機体を破壊されたらと心配するのと同義だ、ということだ。
端的に言えば、弱点として機能するわけではない。それだけのことだ。
「本当なら全部装甲の中に入れたかったんだけど、これがわたしの限界ってやつかな。その代わりお金をかけたってこと。このケーブル皮膜を編み込むためのタンパクケーブルだけでいくらトぶんだろうねえ」
他人事のようだが、実質ほとんど他人事である。
このタンパクケーブルにしてもカーボンナノチューブにしても、束はすでに技術的に確立したため世間一般における価値感覚で話したに過ぎない。ものがものである以上一定のコストはかかっているが、それだけだ。束のもつ総資産から見れば、さしたる出費には当たらない。
「胸部のそれはだいたい予想できたが、しかし肩から伸びている方はなんだ? それにあの尻尾もだ。先端の端子はお飾りというのでもないだろう」
「うん、あれは接続端子でもあるし、でも普段は放熱用の拡張素子でもある。もっと正確に言うと、余剰エネルギーの放出用ケーブルだね」
リンクスは顔をしかめた。
「余剰エネルギー? わざわざ無駄にするのか?」
「違う違う、どうしても無駄になっちゃうの。こいつはエネルギーをコジマとISコアに頼っている。これはいいよね?」
「ああ」
「それで、こいつのコジマエンジンは純正じゃあない。コジマ粒子がもつ毒性を抑制するために、いくらか手を加えてある。その改造のせいで本来のコジマエンジンと比べて出力が大幅に落ちちゃうから、それを補うためにISコアを乗せた――ってのが設計段階での話だったんだけど、実際に構築したらそこまで問題じゃなかった。って言うのも、コジマエンジンの出力低下で問題が発生するのはあくまで元来のネクストサイズのロボットを動かす上でのことで、このサイズには問題なかったんだよね。だから、機体を全力で動かすためのエネルギーをコジマエンジンから取り出してそれ以外の補助をISコアにさせようとしたところ、妙な問題が発生した。コジマエンジンは出力を抑えようとすると逆にエンジンの出力が不安定になって、うまく制御できなかった。必要充分なだけを取り出そうにも、そっちの制御の方が難しかったんだ。それで、うまいこと制御するには過剰なくらいがちょうどよくてね。ならいっそのこと、ってな感じにまとめた結果がこれ。過剰分は垂れ流しになるけど、その分はプライマルアーマーの補助に回されるし、完全に無駄になってるわけじゃないよ。ついでに言えば、この余剰エネルギーを使った外付けブースターもあるから余剰分が無意味に生産される状況というのを許容したわけでもないから、まあいろいろと大目に見てよ」
そこそこの早口で語りきる。
コジマエンジンの特性上の問題。コジマの抱える最大の問題と言える。
つまりコジマエンジンは大量のエネルギーを大量に生み出し大量に制御するのが得意なのであって、少量のエネルギー制御には向かない。この特性は元来大質量のネクストを超音速で吹っ飛ばすために必要とされるエネルギーを確保するために必要であったため、問題点として上がることはなかった。
だが現状では必要以上の出力は要らない。充分なだけのエネルギーを取り出そうとすれば、コジマエンジンの不安定化は避けられない問題であり、それは致命的な問題である。いわば、カップラーメンを食べるための湯を沸かすのに核分裂炉を使おうとするようなものだ。
ではISコアで代用し、大量のエネルギーを必要とする場面でのみコジマエンジンを利用するように制御方法を変えてみれば、となるとそれも無理な話である。ISコアで制御できる機体ではないのだ。
その結果、もっともわかりやすくなおかつ確実な制御方法はISコアで電算などの内部処理を担い、コジマエンジンで機体の全出力を担う。その際にあふれてしまう余剰分はどこにも回さずにわざと外へ放出することで無理のない制御を実現した。ある程度のエネルギーを無駄にすることがもっとも無駄のない制御方法となった。
外に放出されるエネルギーはコジマ粒子循環に利用され、完全な無駄というのではないが動力的に無意味である。
「通常稼動で出力が余るとなれば、移動時にはさらに余るのか」
「そうだね。その分を推力に変え切っちゃうと、ブースターが怪しいかも知れないね。ついでに言えばそれやると慣性を殺しきれないから、下手をすると元来のネクスト機動以上に強烈な重力加速度がかかるよ。ただ、クイックブーストを連打するとそのうち余剰分が余剰でなくなるから、結局のところプールできない上限以上の部分を外に出してるだけと考えた方が無難かも」
「その、外付けブースターというのは?」
「VOBを参考に、こいつ専用に組み上げた。参考にしただけだからシステムはまったく違うけど、やってることはVOBと一緒」
喋りながら、歩き出す。リンクスもそのあとに続く。
歩みは、ネクストを格納しているここと隣接し、ときに一つの格納庫として機能することを前提として作られた倉庫へ向いている。
「全力のコジマ出力とISコア出力を掛け合わせて、まだ余裕があるくらいには許容量を設けたよ。そのせいで普通の出力じゃあまり動かないけどね。単体でも移動できるけど、単体稼動の場合はただぶっ飛ぶだけのおもちゃ。これの役割は移動のサポートをするだけ。たったそれだけだけど、それによってネクストの単独運用が可能で、単独戦力として機能する。地球上のどこへでも、そのほかの被害をまったく考慮しないのなら四時間以内に到着できる。形状は空力効果を期待して整えたけど、推力だけで吹っ飛んでるようなものだから気は心ってやつだね」
そこに置いてあったものは、ネクストの装甲と同じく真っ黒な、円錐のように細く尖りながら伸びる頭をもったなにかであった。
中程に大きく空間が取られ、どうやらネクストにかぶせるようにして装着するらしい。考え方としては、ネクストのもつ隙間を埋めて速度に乗りやすいかたちに補填することで、高速度での移動をいくらか補助するのだろう。
背中側はネクストのブースターを邪魔しないように、それでいてこれ自身の大型ブースターが備わっている。ネクストの肩や腰についたケーブルはそれぞれ規定の場所に接続され、出力をこれに分け与える。
ところどころにカナード翼のように突起があり、それによっても姿勢制御ができるのだろう。
「正確に言うと、ネクストのコジマエンジンに直結するわけじゃないんだよね。コジマエンジンからエネルギーを吸い出して一旦プールして、それからブースターに出力する仕組みになっているんだ。だから、ネクスト側のブースターも自由に使えるし、むしろそっちで細かい姿勢を制御することになる。まあその辺はISコアにお任せあれ。限界を試したかったらコジマ粒子抑制をなくして直接接続にエネルギー伝達経路を変更できるようにしてあるけど、そんなことをしても平気かどうかはさっぱり。使うなら身体の保証はできないかな」
「こいつは自動制御されるのか?」
「うん、ネクストのISコアとリンクしてるから、必要なら待機したり、帰らせたりもできるよ。本当はVOBみたく自壊できればよかったんだけど、さすがにコスト的問題と時間的制約があって無理。これを作るのに元々のネクストのパーツを流用してるせいで、これ単体は作れるかも知れないけど数年から十数年単位の研究が必須かな」
「なるほど。まさしく移動手段でしかないのか」
「地上に降ろして待機させるのならまだしも、飛ばしておくならこいつに搭載されたエネルギーゲインとコジマエンジンからのプールで、限界ぎりぎりまで飛ばすとして限度は三十分。つまり、こいつを移動手段として用いる場合、きみの作戦行動限界は三十分と言えるね。まさしく墜落の限界まで飛ばすなら四十分五十分あたりまでだけど、そうするとネクストへの装着をすべて外部に頼らなければならない。さすがにそうなったら意味がないでしょ?」
「実質限界が三十分と。ずいぶんと余裕のあることだ――あいつが事実ネクストと同じだけの能力を持っているのなら、それは制限などと呼ぶようなものでもない」
ネクストの戦闘起動における平均的な作戦時間は、数秒から数分であり、作戦が長引いたとしても十数分とかかることは滅多にない。
理由としてもっとも大きいのが、それ以上はリンクスにとって多大な負担となり得るからである。
リンクスというのはある意味で奇妙な存在である。強い注目を浴びるのは間違いないが、重用されて大事にされるのと同時に、最大級の脅威であると警戒される。相反する評価を同時に受けるのが、彼らリンクスである。
リンクスを用いる企業という存在からすれば、いなくては困るがあまり調子に乗って増長されても困る。
戦力として充分な期待をかけるが、使いすぎれば廃人待ったなし。機械と違って修理は利かない。扱いが非常に難しい。
ネクストと接続することが精神的、肉体的に負担となる。これが問題点だ。あまり長くネクストを操縦していると、そのうち心が壊れてしまう。
そのため、リンクスの、ネクストの戦力投入という選択は時期を見極めなければならない。
短時間で徹底的にたたきつぶさねばならないとき、あるいはネクストという単純戦力が必要な瞬間においてのみ、普通は使用される。
ネクストの平均戦闘時間がわずかなのは、そういった理由からと、ネクストの平均的な火力から来る。
短時間の運用しかできないが、短時間で充分なだけの火力を備えている。だからこそネクストは戦闘時間が短く、それで充分なのだ。
「武装は?」
ネクストにとって三十分という作戦限界時間はあってないようなものである。少なくとも、ネクストとして武装が充実していれば。ネクストとしての火力があれば。
「用意した――というのは正確じゃないかな。用意できたのは中距離ライフルと、近距離ライフル。もっとも、後者はライフルのなり損ないだし、マシンガンのなり損ない。だから有効活用できるかどうかはリンクスの腕次第ってところ。これも正しく束さんの限界ってところだね」
束が次に向かったのは、ネクストを格納してある隣の兵器工房とでも呼ぶべき施設で、弾薬などもここに用意されている。ここを攻撃すれば、おそらくこの格納庫は壊滅的被害を受けるだろうと想像できるほど、所狭しと武器の類いが揃えられている。
そこに完成品としておかれていたライフルは、細長い立方体をつり下げるようにして持ち、持ち手に引き金が設けられた、一般的な銃器とは逆の持ち方をするものであった。
銃口は上下に二つあり、中折れ式の二連散弾銃を思わせる。
それが中距離ライフルで、近距離ライフルはと言うと、それの銃身を切り詰めただけという形状であった。ソウドオフと言うべきか、表現に困る。
「……これが?」
「長いのが中距離ライフル、短いのが短距離ライフル。どっちも弾の種類はほとんど変わらない。精々銃身に合わせた火薬調整がされてるくらい。中距離が右手用で、短距離が左手用。短距離が気持ち連射速度が速くて、上下の同時発射もできるけどする必要はないしする意味もないかな。上下に分かれてる理由は射撃速度のかさ増しのため。上下で着弾点が違う、と主張されても、このサイズでこの位置関係ならほとんど無視できる差異だし、これが原因で困ったことになるような精密射撃は想定してないからいらない心配だよ。ついでに言えば、これでも連射速度はちょっと間隔が空くからその差で微調整するように電算に組み込んである。これが射撃に重大な影響を与えることは、たぶんないよ」
「武装の種類がほとんど同じなのはなぜだ?」
「いろいろ試してはみたんだけど……」
がらくたの山、あるいはスクラップの塊。それらにちらりと視線を泳がせる。
リンクスもそれらを確認しているが、どうやら武器の試作品であるとか、あるいは武器のために集めた資材であるとか、作りかけの廃品であるらしい。
「ネクストが手持ちする銃器は、基本的に弾丸にコジマ粒子をコートして、空気抵抗を減らしたり貫通力を増したり、そうすることで攻撃力を高めてるんだよね。このサイズでもそれくらいしないと、ただ火薬の爆圧で飛ばすだけじゃ意味がない。充分な威力を求めようとしたらそれこそ列車砲になっちゃうし。それで、正直なところ弾丸にそもそもでコジマ粒子をコートしようとしても、その技術がない。だから普通の弾丸を射撃時にコジマ粒子がコートされるよう設計したんだけど、そうすると射撃間隔の短いマシンガンは耐久性の全くないゴミにしかならなくて、結局中距離ライフルをつくってそれの小型化によるお茶濁ししかできなかった。申し訳のしようがないね」
普段束は自らを天才と信じて疑わない。実際、たいていのことはこなせてしまうのだからそれはうぬぼれではない。
未知の技術に触れて、短期間でそれを習得し、ここまでのかたちに仕上げた。それだけで充分称賛に値する頭脳と技術力であると言える。
だが彼女は、自分を自分で過大評価していたのだと感じた。やれると思ったこと、やろうとしたこと、それの何割かしか達成できていない。
技術体系も基礎技術力もまったく違うのだ、という言葉は慰めにならない。彼女はなんら疑いなく、できると信じていたのだから。
「これがすべての武装か?」
「いいや。武装だけで言えば、あとは小型ミサイルとレーザーブレード、それからコジマジェネレーターの基本装備でいいのかな? アサルトアーマーがあるよ。それで全部。電算はISコアの能力をフルに使ってるから、火器管制の積み替えなしにライフルとミサイル、レーザーブレードを扱える。でもライフルとレーザーブレードは併用できないから気をつけてね。右手にライフル、左手にレーザーブレードはできるけどライフルもレーザーブレードも右手にってのは無理。一応、ブースターパックに格納できるようにしてあるから持ち運ぶだけならできるけど。ああ、それと、破壊されたら仕方がないけど弾薬がつきたからってライフルを破棄しないでほしいな。この程度でも作るのには苦労するんだ」
ネクストのこれまでの戦闘記録を見る限りでは、弾薬のつきた銃器、および必要性のなくなった銃器はおしなべて破棄されている。それが問題にならないのは、銃器そのものはたいした価値をもたないからだ。
重要なのはその弾薬、弾丸。それは弾丸単体で機能するのではない。コジマ粒子をコーティングしてあるからこそ、それはプライマルアーマーに対して、ネクストに対して攻撃力として機能する。
銃器そのものについてもコストがかかるとは言っても、たかが知れているわけだ。
だがそれは、あの世界において、企業という存在が大きく影響している。企業でない、この世界では破格だとしても企業に比べれば所詮個人レベルでしかない束の限界は、とてつもなく身近だ。
「武装についてまだなにか気になることは?」
「現状ではなにも文句のつけようがないな。これだけしか武器がないのならそれを言っても仕方がないし、使ってもいないうちからああだこうだとも言えん。文句をつけるのはまだ先だ」
「そう。なら、チュートリアルステージを用意しようか」
束がまた、先陣を切って進む。次に進む先は格納庫を後にして、いつもの研究室。いつものように散らかり、いつものように無造作な汚部屋である。
束はそれらを蹴散らしながら自分のチェアに向かい、どっかと座り半回転しパソコンディスプレイへと向き直る。
リンクスは束が蹴散らした道を通り、手頃な高さのなにかへ腰掛ける。
束がキーボードを鳴らすと、リンクスの視線の先に空間ディスプレイが浮かび上がる。
「目的はここ。ドイツ南西部にある山岳地帯、その麓にある隠蔽された研究施設。衛星写真には写らないけど、こっちで補正したように入り口がある。大型トラックが楽々行き来できる――と言うより、サイズからしてISが自由に出入りできるくらいに大きいことを鑑みると、まあそういうことだよ。ネクストからすればサイズが足りてないけど、無理やり破壊して進めば関係ない。アサルトアーマーで吹き飛ばしてもいい。とにかくすべて消し飛ばすのが目的だよ」
CGでつくられた内部構造のワイヤーフレームが一定の間隔で多角的に表示される。サイズ比較のためかISの一般規格でのワイヤーフレーム、ネクストのワイヤーフレーム、トラックのワイヤーフレームが同様に表示されている。
サイズ比較と束の言葉は確かに、ネクストの大きさがその施設の平均的な大きさに見合わないことを示している。ネクストの入り込む余地が全くないと言うよりは、稼動状態のネクストが自由に振る舞うにはかなりの無理があるというだけで、施設としてはかなりの大きさがあると見える。
これが今までの世界で考えるのなら、施設内をネクストが自由に動き回る程度の広さがあったわけだ。この時点ですでに勝手が違うと言える。
さらに施設を破壊するのが目的であるのなら、グレネードなりロケットなり、火力の出る爆発物を持ち込むのが定石だ。
だが今回持ち込めるのはライフルとミサイル、それからアサルトアーマーのみ。ライフルはレーザーブレードに置き換えられるが、置き換えたところでだ。どうであれ、どちらの武装も試してみるまではその詳細を知ることはできない。
「留意点は、あまり時間をかけすぎないこと。理由は単純。施設破壊となれば当然のことながら派手な破壊活動をしなくちゃならない。そうすると、間違いなくドイツの軍部がかぎつけてくるし――もしかすると、適当な活動団体が来る可能性もある。今のところ、どれだけ痕跡を残そうとも実態を知られるにはちょっとまずい」
突撃するべきポイントを記した地図がやや縮小され、新たなポイントが別に表示されて直線距離が記される。
「結構な近所にこの施設があるのは、そういうことなのかもしれない。このポイントがドイツの主要軍施設で、IS部隊の配属された施設だ。連絡があれば三十分以内にこの軍施設から研究施設に向かえる。ネクストの移動手段であるブースターパックを考えて、警戒された状態で破壊活動に勤しむとして――十分程度で駆けつけてくると思われる」
“Die Schwarzhäsinen Truppe„という文字が軍施設の上に躍る。そこに配属されているIS部隊の名称だ。
ISの軍事利用が禁止されていながら、なぜIS部隊があるのか。
難しい話ではない。彼らの主張は以下の通りだ。
「仮にテロリズムにISが使用された場合、一般的な武力によってそれを制圧することは非常に困難である。そのためにISを利用すべきであるが、しかし一般候補生に軍事的行動をとれるとは思えないし、そのためだけに軍事訓練を施すのは無意味である。ゆえに、軍属の人間がIS操縦者になることは不合理ではなく、あくまで軍事的武力のためでなく、国防手段の一環として存在している」
テロリストに奪われるようなずさんな管理しかしていないのかとか、それなら専門の研究施設や部隊は不要であるはずだとか、反論の余地はいくらでもあるが――考えることはどの国でも同じである。他国に口出しすれば、それはそのまま自国に戻る。だからどこも黙認する。
「ここにいる連中は黒ウサギ隊。名称はどうでもいいけど、部隊としてはそこそこの練度をもっているらしい。あとをつけられたり、姿を見られるとちょっと面倒になる。だからこいつらが来るよりも前の撤退を推奨。破壊活動と撤退なら、後者を優先する程度には実体を隠すべきだね。隊長機である第三世代ISには慣性停止能力があって、ある種結界のように対象の動作を止めてしまえるようだけど、ネクストの質量と推力から見れば無意味だ。最悪、施設を充分に破壊するよりも前にこいつらが来たら、こいつらの口と目をふさぐのが上策かな」
物言いは物騒だが、それに異を挟む者は居ない。必要とあらば誰でも殺すし、必要でないのならどうでもよい。リンクスの基本的な思考形態はそれだ。
「以上、チュートリアル兼試運転兼初任務の確認はここまで。なにか質問は?」
画面の移り変わりが止まり、束が振り向いてリンクスに確認を取る。
「あのネクストが想定通りに稼動せず、ろくな戦果を期待できないまま敵に囲まれるような事態になったら?」
「それは絶対にないと言いたいけど、もしそうなったらとにかく全滅させて即時撤退だね。やることはなにも変わらない。うだうだ言ったけど、正直に言えば入り口を大きく開いて内部に侵入しちゃえばあとはアサルトアーマーをぶっぱでおしまいだと思うよ。いくら外側が分厚くって固かったとしても、内部からの破壊にはどうしようもないでしょ」
「一応、武装試験も兼ねているんだろう。適当に暴れてからそうするさ」
声に出して読みたい、装弾筒付翼安定徹甲弾。
会話ばっかりの説明会。これまでを読んでくださっていればおわかりでしょうけれども、個人的に会話文というものが苦手でかつ好きではありません。ひたすら淡々と文章を書きたい性質なのです。
ネクストが小さい
AC4におけるネクストのサイズってどんなもんなの? 調べてみると、fAにおけるホワイトグリントがおよそ15メートルほどに見える(画面上での対比、つまり非公式的に)らしいが公式では10メートルほど。ただし、わたしはこれを書き始めた頃、普通のネクストでも20メートル超はあるかなと考えておりました。5メートルのさば読みってすげえな(どっちの意味でも)。
一応、fAオープニングではVOBが設定よりも大きく描かれており画面効果によっては嘘も辞さないというCGチームの意向(?)からサイズは気にしないことにしました。ちょっと設定よりは大きめくらいに考えていただければ。
それでも大きい
ISのサイズってどれくらい? そう思って調べてみてもよくわからなかったので、ネットに転がっていたフィギュアの全身像、および設定集に描かれていたイメージ図を元に、ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんの身長から割り出してみたところISの足から頭のよくわからない突起までが3メートル弱。ならそれくらいだろうと扱っています。
鋭く突き出るように……X字に背負った二対四個のバックパックブースター。
すでにかたちとしてあるものの形状を言葉で表すのは難しい。
一言で言うとN-WGIX/v。
ACVDのACと比べたら大きいし、まあそんな感じ。
コジマエンジン?コジマジェネレーター?
束が手を加えた状態でコジマエンジンと呼称しています。
タンパクケーブル
蜘蛛糸のように超絶頑丈でしなやかな紐。タンパク質でできたケーブル、という意味合いではありません。
VOBのような外付けブースター
ACVDでN-WGIX/vがつけてたあれ。あれも自壊していたような気がしますけど、ここではしません。
コストがかかる
束さんは超絶お金持ちですが、でっかい自分用の工場をもっているわけではないです。あくまで研究施設があるだけで、ものを大量生産できる手段はありません。
そういう、ものを使い捨てにできるほどの生産能力はない、という意味合いでコストがかかると表現しています。
Die Schwarzhäsinen(Schwarzhaesinen) Truppe
黒ウサギ隊。名称変更。
ディー シュヴァルツヘージネン トゥルッペ。
なんで?
公式ではシュヴァルツェ・ハーゼのようですが、違和感がなんとも……。
ハーゼ(der Hase)は男性名詞なので、普通形容詞のシュヴァルツ(schwarz)は強変化します(シュヴァルツェア・ハーゼ)。定冠詞がついているのなら弱変化ですけど(デア・シュヴァルツェ・ハーゼ)。
じゃあそうすればいいじゃん、って話なんですが、ハーゼが男性名詞である以上日本語に直すと雄ウサギを意味します。なので女性名詞に直してヘージン(die Häsin; die Haesin)にします。その上で、部隊なので複数形に。
形容詞でシュヴァルツを使うと「黒色の」という意味合いが強いので、ヘージンと結合して名詞化。
Die Truppe von Schwarzhäsinen(Schwarzhaesinen)「黒ウサギたちの部隊」これをつづめて件の名称に。
たぶんこの先彼女たちを呼称する際は日本語で黒ウサギとしか書かないだろうからほとんど無意味な変更点。
どうでもいい考察
シュヴァルツは黒色であることから、不吉な、やっかいな、ということも意味します。
ハーゼはalter Hase(古いウサギ)でベテランを意味します。
シュヴァルツェ・ハーゼで「やっかいな新参者」を意味していた……?
※neuer Hase(新しいウサギ)が新人を意味するかは確認できませんでした。