Lynx links to jinx.   作:祖父地図

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 閑静な森林の奥地、あるいは山と平地とを分けるその境目。閑静であるというのは、あえて言うまでもなく当たり前である。交通の便が最悪、暮らしぶりもいくらか程度を抑えなければならない、時折訪れるくらいならまだしもわざわざそこに暮らしたいと思うものは極少数派で――少なくともここにそういった人物は暮らしていない。

 幹線道路もなく、舗装道路もなく。しかし不自然に切り開かれた空間が、森林の中に一本の道になってつながっている。踏み固められた地面が、ここが切り開かれてから人や車両などの往来が一度二度ではないと雄弁に物語っている。

 ここを通る車は限定的である。すでに定まったいくつかのうち、その日用いられる車両が決まっているくらいには総数がなく、しかも管理されている。

 安全運転と言うべき、徐行運転よりは速度が出ている程度のトラックが二台、静かに未舗装の道路を進んでいく。貨物のより安全な輸送という観点でも、大きな音を立てず密かに輸送するという観点でも、それは重要な意味をもち、運転手はそのように徹底される。

 二台の中型トラックが充分以上に車間距離を取りながら、ゆるゆると走って行く。昼間であっても、上空からの視界を阻害するためにカモフラージュされたここは薄暗い。

 道路を示すものは道路の両端に沿って並べられた、僅かな豆電球以外にない。ヘッドライトをつけてしまえばよいものを、という考えはわざわざカモフラージュした意味合いを失わせるもので――つまりは、この極低速走行は非常に悪条件である視界のためでもある。

「……こんなクソみてえな道、ライトつけりゃもっと手早く抜けられるってのに。なあーんでなんすかね。場所かモノか、どっちかがやべーもん積んでるって自白してるようなもんじゃないすか」

 後部車両の運転手である若い男が、助手席に座る中年男性に愚痴をこぼす。普段はもっとアクセルを踏み込んで、法定速度でのなにかしらで警察にしょっ引かれない程度の速度で走っているはずだ。

 それが今は、いくら仕事として与えられ、しかも委託主がかなりの好条件でもちかけてきたとは言っても好きに走れない。これが若い男にとっては多大なるストレスであった。

「可能な限りブレーキも踏むなとのお達しだ。相当見られたくない理由があるんだろう。下手に荷物を扱ったとなれば、おれらも無事で済むとは思えん。無駄口を叩かねえできっちり走れ。遅い分には文句は言われねえし、言わせねえ」

「なんだってこんな仕事をやらにゃならねーんだか……」

「今時どこもかしこも不景気だ。生きるにゃ働く必要がある。絶対の緘口を条件にこいつを指示通り運ぶだけで、おれらが半年間不眠不休でトラックを吹かせて得られる利益よりも多く出すっつーんだから、やらん手はない。しかも純利益どころじゃねえ、粗利でかなわねえんだ。がっつり稼ぐとなりゃあ、それなりの手段しか、そりゃあねえさ」

 中年の男は胸ポケットからたばこを取り出し――

「たばこ、禁止事項っすよ」

 若い男に言われて思い出したようで、舌打ちをして戻す。

「この話が他にも来てるかどうかは知らんが、少なくとも話が来たおれらはラッキーだ。今日はこれだけやっちまやあ、あとぁ呑んでそれでしめえだよ。こういう仕事をしてるとたまーにある、やたらと金払いのいい上客だった。そういう話でいいんだよ」

 そこで会話が途切れる。若い男は神経を使いながらアクセルをゆるく踏み、あるいは離してエンジンブレーキをかけ、前にいるトラックを見失わない程度の距離で走る。

 小さなエンジン音だけを聞きながら走っていると、前方に赤い光を見た。見間違えるようなものでもない。テールランプだ。

 なぜブレーキをかけたのか。その結論を出すにはあまりに時間がない。アクセルから完全に足を離してブレーキに載せ、自然に速度が落ちていくのを待つ。

 一応、指示された行動を守るため最低限のブレーキで済ませられるよう調整し、クラッチを抜いて惰性を残しつつも、ほとんど自然に止める。

 サイドブレーキを引いてエンジンを止める。前のトラックもそのようにしているらしいが、なぜ止まったのかはまったく様子がわからない。

「なんすかね。ちょっと、見てきますか」

「前の連中も下りてるみてえだしな。確認してこないことにはどうにもできんな」

 ドアを開けても室内のライトがつかないよう、しっかりとスイッチが切り替えられている。

 トラックの前へ行くと、そこには通行規制用のバリケードがいくつかと、一人の女性科学者が立っていた。

 彼女は前を走っていたトラックの運転手となにか会話しており、運転手が困り顔でいる。

「どうなってんすか」

 若い男が、前のトラックの助手席にいた男性に尋ねる。

「さあなあ。あの女性がバリケードの前に立ってライトを振ってた。こっちにわかるのはそんくらいだ」

「荷物はここまででいいってことなんすかね。少なくとも、あれが依頼主ならって条件がつきますけど」

「こっちはなにも聞いてない。金払いもいいし、多少の無理難題は聞く用意があると言ってもこんなことになるもんかよ。ありゃあきっと無関係だ」

 なんて話をしているうちに、女性科学者と運転手は話がかみ合わなかったのか、ややヒートアップしていた。

「だから、こんなところでんなことを言われてもはいそうですかとはならんと言ってるだろ。第一あんたの言葉を聞かなきゃならん理由もない。どうしてもここでそうしろと言うのなら、そっちが仕事を依頼してきたときのとおり、電話をかけてからにしろ。あんたにその電話をかけるちからがないって言うなら、上司にでもなんでも言ってかけさせりゃいい。それだけで話はつくんだ。おれたちゃそれ以外で仕事をほっぽり出すことはできない」

「だーから、そんな七面倒なことをしなくてもいいようにわたしがここでバリケードを張ってあげたんでしょうが。なんのためにわたしがこんなことまでしてあげたと思ってるわけ? 本当だったらきみらがどうなろうと知ったことじゃあなかったのにさ!」

「そう思うのならとっととバリケードを片付けてどいてくれ! そうすりゃあすべてが丸く収まる!」

「そうならないからこうしてるんでしょうが! まったく、これだから馬鹿の相手はしたくないんだ!」

「なんだとこのアマ!」

「やんのかこのデク!」

 しまいにはとっくみあいの殴り合いに発展しそうな空気である。いくら売り言葉に買い言葉とは言え、女性に手を上げるのはまずい。特に、このご時世では。

「まあ落ち着けよ。まずはゆっくりと気を静めて――」

 見かねた中年の男が仲裁に入り、話の流れをつかむと同時に全貌を把握しようと動いた、その瞬間であった。

 森の向こう側で大規模な爆発があったのだろうと推測できる轟音と衝撃が全身を殴りつけてきた。思わず身をすくませる。

 鳥たちが一斉に飛び立つことによって羽ばたきの音がやけに大きな音として聞こえる。

 何事かと音の発生源と思われる方向を見れば、煙が上がっているように見える。ほぼ間違いなく、先ほどの爆音によるものだろう。

「な、なん、なんだってんだ?」

「おっと、始まったか」

 大の男が四人、例外なく悲惨であろう状況に怯えを隠せずにいる中、彼女ただ一人が冷静であった。むしろ、彼女がそれを実行したかのような、それが起こることを事前に知っていたかのようなそぶりでいる。

「まさか、おまえ」

 彼女に最も近かった男が、彼女の声を拾う。だが彼女はすでに、ここにいる男たちに興味がない。

「きみたちは寝ているといい。そのうちにすべてが終わっている」

 そう言うか早いか、男たちは首回りに強い衝撃に似た締め付けを感じた。突然の出来事にひどい混乱に陥ったせいで状況の把握がまったくできていないが、実際に彼らは首を絞められている。

 女性の言葉に反応するかのようにどこからともなく現れたISが二機。それぞれが両手に一人ずつ、首をとらえている。

「あが……」

 気道もやや同じように締まっているのか、やや呼吸が苦しい。だがそれによる苦しみを覚えるよりも、動脈が閉められることによって遠ざかる意識のほうが早い。

 遠ざかる意識、狭窄する視野。遠くに断続的に聞こえる地響きのような轟音も聞いた気がしたが、しかし。もはや、彼らにそれを確かめる術はない。

「……意識レベル低下。俗に言う気絶ですね。これ以上続けると生命維持に支障を来しますが、いかがなさいますか」

「ほっぽっていいよ。目的は行動不能、殺すのなら最初からそうする。しばらく動けないのなら、どちらでも構わないからね」

 女性科学者、名前を篠ノ之束。ISに捕まれた男たちへの興味はないのか、さっさとトラックの後方、貨物室の扉に向かう。

 ISに乗り、男の首を絞めている女性の名前がクロエ・クロニクルである。酸素不足で気絶させた男を手放し、束に続く。支えをなくした男は、重力と物理法則に従って地面に横たわる。

 もう一機のIS――それはクロエの乗るものとはまったく違う形状をもち、ISのような外骨格というよりはそれひとつでできあがったロボットのようである。そして事実それは、自立行動する無人ISである。

 自立無人IS、名称ゴーレムは束が教育した人工知能を搭載し、ある程度の自己理解および自己解釈の元自立行動を取ることができる、ほとんど完全なロボットと言える。

 彼もまた、クロエと同じく気絶させた二人を手放し、地面に落とした。

 がちゃりがちゃり。扉のロックを外して貨物を調べる。

「ご開帳――っと。ありゃあ、これは真っ黒ですわ。救いようがないねえ」

 中身は法律に触れるもの、どころの話でなく。人を人とも思わぬ、地獄がそこに。

「これは契機だよ。地獄を地獄に塗り替えるための、ね。なあに、これまで地獄にいた連中が入れ替わるだけだ、たいした意味はない」

 誰に語りかけるでもなく、すでに束は貨物への興味を失せていた。彼女の見つめる先は、このトラック立ちの向かっていた場所で、今や地獄に成り代わっているだろう場所だ。

 そこでは、まさに地獄が始まっていた。

 実体がただの研究機関であるとは言ってもある意味国家ぐるみでの違法研究機関である。侵入者対策は充分にしているし、警備体制も通常のそれとは警戒度が段違いだ。

 とは言え、この施設の特殊性ゆえに露見しにくく、それはつまり結果だけをあげれば襲撃されにくいというところにつながる。

 これは、厳重な警備体制と完全に真逆の現象である。なぜ警備が厳重なのかと言えば、襲われる可能性が充分にあって、襲われやすい行動を取っているからである。たとえば一国の大統領は頻繁に露出せねばならない職業でありながら、暗殺を狙われやすいという多大なデメリットをもつ。だからこそ大統領およびその近親者は厳重に警備される。

 しかしこの研究所のようにその存在すらひた隠しにし、目立たないようにしている場所は情報が外に漏れにくい。となれば、厳重警備はむしろ逆効果である。町中の、目立たないところにある寂れた店舗に厳重警備が敷かれていれば、そこが気になって仕方がなくなるのと同じ心理だ。

 つまるところ、狙われそうなものがあってもなおその存在をひた隠しにしているのなら、警備は軽くてよいわけだ。

 目立たないようにしているのに厳重な警備を敷く理由はなにか。理由として挙げるのなら、それだけ重要かつ知られたくないものを隠したいという心理が働いているからだろう。それが、現実的に有用であるかはまた別の話である。

 だがたいていの場合思惑というものはその通りに実行されにくい。特に考える側の人間と実行する側の人間が別個である場合はそれが顕著である。

 この研究施設を警備しているものたちは、言ってしまえば外部受注である。給料が出ているから仕事をしているだけの人間でしかない。つまりこの研究施設が重要施設であるから守らねばならないと使命感にあふれるのでもない。

 だからこそ、隙が生まれる。どこにも公開されていない施設の、身の丈から外れたあまりに厳重な警備。その必要性を感ぜられない以上、慢心ですらなく、当たり前のたるみが発生する。

 基地内に未だかつて聞いたことのないような轟音が響き、地震とは似ても似つかない振動が空間ごと揺さぶってくる。

 立っていたものは皆おしなべて地に伏せり、座っていたものも倒れ込んでいるものが多い。誰もが呆然と事態を飲み込めずにいたが、やがて誰もが正気を取り戻し、すると途端に蜂の巣をつついたような騒ぎへと変貌する。

「いったいなんの騒ぎだ!」

「確認急げ!」

「連中はなにをしていたんだ!」

 研究者然としたものたちが慌ただしく走り回り、怒号をまき散らす。先の衝撃でまき散らされた書類や何かしらの機械類に気を払う余裕はない。

 この大騒ぎは研究所のほとんどすべての場所で同様に起こっているが、この騒ぎに心を躍らせるものがいた。

「襲撃? こんな昼間から?」

「こそ泥の捕獲と尋問に比べたらよっぽどいいよ。骨のあるやつならいいけど」

 控え室で寛いでいた二人の女性が、特別慌てる様子もなく自身のISの状態をチェックする。とは言え基本的に点検は日課である。このタイミングで1から10までをすべてチェックするわけではない。

「いくら金払いがいいと言ってもこう穴蔵に籠もりっぱなしじゃあ腕がかびちまうよ。とにかく訓練相手が来たとでも思って、適当にあしらってやるかね」

 二人の控え室としてあてがわれた部屋から出れば、すぐに広い通路である。

 長い横幅と充分な高さは、ISが人間の真上を通り抜けられてかつすり抜けられる程度のもので、ISの運用と同時に研究員たちのストレス軽減や移動の効率化などに一役買っている。

 明らかにISが登場してから設計された研究施設であることは、言うまでもない。

「場所は入り口だ。考えるまでもない」

 走り出し、幅跳びのように跳躍すれば――最高到達点でISをまとい、そのまま飛行状態に移る。

 記憶とマップを頼ることで効率よく研究所内を移動する。研究員たちがなにかとせわしなく右往左往していたが、彼女たちにはほとんど関係のない話である。

 この研究施設の主要な出入り口、および唯一の外部と接続された開口部は、ものの見事に破壊されていた。軍隊が敵の主要施設を爆破して突入するとしても、ここまで派手にやらかすことはないだろう。

 センサーからこの場所の情報が処理されて表示される。まだ熱をもっているのか煙を吐く地面や、赤く焼けただれた金属片、周囲が吹き飛ばされてできあがった凹凸。疑う余地もなく、爆撃の痕跡だった。

「これはまた……派手にやったね」

 二人に浮かぶのは困惑である。

 これほどの被害を生み出すなにかは、間違いなくミサイルか爆弾か、そのどちらかだ。確かにどちらも個人で携行できるものではあるが、だがこれほどとなればその量が問題である。

 この惨状を作り出すのが可能かどうかで言うのなら、可能である。

 国家として一般的な軍事能力をもつのなら、爆撃機を用意して飛ばせばよい。あるいは大陸間弾道弾や、中距離弾道弾で攻撃すればこの程度はたやすいし、攻撃ヘリでもあれば空対地ミサイルが役に立つ。個人携行武器でも、大人数で大量に持ち込んでくれば問題なく達成できる程度の破壊度と言える。

 だがそれらは、物理的に可能であるという話であって現実的に可能なわけではない。

 爆撃機、戦闘機が他国から飛ばされれば間違いなく迎撃にスクランブルがかかる。なんらそういった警戒網にかからないステルス機でやってきた、という主張は通らない。こんな研究施設を、しかも入り口を破壊するためだけに用いるというのは実に奇妙な話である。

 ミサイルについても同様で、普通なら軍が動く案件である。

 大量の武器を持った集団というのも同じである。それだけの武器を持ち込めるはずがない。しかも、彼女たちの乗るIS、そのセンサーに奇妙な人影は映されていない。

「ISか?」

「だろう。だが……いや、上だ!」

 仕事に腰を入れていないと言ってもISを起動して警戒を払っている以上、戦闘態勢に気を抜くことはしない。これはISをまとって敵と遭遇する可能性に対面している状況に対しての基本的な姿勢だ。

 センサーで上からなにかが重力に任せて降ってくる、というのはわかった。だがそれは、自分が当たり前の世界だと感じている理からは外れた代物であって、彼女らの理性は理解を放棄していた。

 まったく減速することなく、地響きを立てて着地したそれは地表をえぐって土砂を巻き上げた。

 ISを纏った以上彼女らの背丈は通常よりも高く、なおかつ飛んでいるのだからさらに高い位置に視点をもつ。それでもなお、それは見上げなければならなかった。

全身装甲(フルスキン)……? いいや、馬鹿な!」

「ついぞファンタジーに片足を突っ込んだのか、この世界は?」

 そもそもでISがファンタジーまっしぐらだということは頭から消し飛ばしている。一度当たり前になったことは、それがどれだけ高い技術の上に成り立っていたとしても、それを深く知り得ないものは「なければおかしなもの」にカテゴライズする。

 目の前に文字通り降ってきたそれは、ロボットと呼ぶべきものだ。人型の、人が乗って操縦する、世の男の子が一度はあこがれる戦闘用機動兵器。それをかたちにしたものだ。

「だからって!」

 降ってきたそれがおもちゃでなかったとしても、己の乗るそれは世を動かした一個の兵器である。

 ほとんど反射的に、手にしたライフルを構えて撃つ。火薬でもって質量弾を撃ち出すだけの原始的かつ合理的な牙が、黒いロボットへと吸い込まれ――機体を削ることなく、その手前で黄金のしぶきとなって消えた。

「バリア!?」

 ダメージがないとしてもいくらかの損害を与えるはずだと放ったそれは装甲に着弾するよりも早く消失した。まるで球面にでも沿うかのように黄金の波紋が広がったことからバリアのような膜があることははっきりしたが――それがなにであるか、どのようにしてあるのか、それを突破する足がかりはなにひとつわからない。

 ISの絶対防御もなにをどうしてそうなっているのか、という理解に達していない。だとしても攻撃すれば相手は避けるし、命中すればシールドを削っているのは確かだ。ゆえに攻撃に意味を見いだせるし、戦闘行動に集中する。

 だが今回ばかりは思考が固まった。同時に体も次の動作に移らない。ただ浮いているだけになってしまった。

 明確な殺意をもって目の前に立つ敵を相手に、それは不可避の致命的行動だった。

 まずい――本能が悲鳴を上げた時、すでに目の前のロボット、ネクストは銃口を向けて狙いを定めていた。

 ハイパーセンサーが、銃撃されたことを伝える。しかし撃たれたことを確認してから回避行動に移るだけの反射神経はなく、あったところでこの距離でその弾速から逸れるだけの運動性能をこのISはもちあわせていない。

「くっ!」

 回避行動に移ったのは二人ともそうであった。だがどちらも回避行動をとれたわけではない。

 片方はそもそもで狙われていない。そして片方は回避できていない。

「――――」

 ハイパーセンサーが、正しく銃撃されたことを伝えた。

 これが常なら被弾したことを笑っているところだ。シールドエネルギーを削られ切ったのなら、間抜けとからかっているところだ。

 ハイパーセンサーが余すところなく、被弾した彼女の現実をとらえきる。

 避けようとはしたのだろう。完全に対峙した状態ではなく、やや体勢が崩れていた。被弾した正確な位置は、右肩をかすめてやや外れた位置だった。

 命中を弾頭の頂点とするならやや外れている。かすり傷の範囲だ。

 しかし回転する弾頭に触れた箇所が、番目の荒いサンダーにかけられた発泡スチロールのごとくたやすく削り取られていく。人体、装甲、防御。それらをまったく歯牙にかけない、純粋な暴力。

 純粋であるがゆえに加減を知らない。しようがない。あらゆる物体に対して平等に同一の破壊をもたらす。

 これがただ触れただけであれば、削られて終わりだったのだ。しかし、実際には、弾頭は高速で撃ち出されている。それが、高速で回転しているのだ。

 ここが現実である以上、存在するあらゆる物体は物理法則に従う。

 砲弾のように質量の大きな物体が質量の小さな物体に高速で命中すると破壊しつつ運動エネルギーを伝え、破壊された細かな物体を加速させる。加速された細かな物体は、やはり同じ物体である自分自身を破壊する。

 ネクストがライフルから撃ち出した質量弾は、人間をかすめただけで血煙に変えるだけの破壊力をもっていた。

 ネクストの撃ち出した砲弾は、ISごと人間をすりつぶした。

 人が血煙となるのに要した時間はほんの一瞬であり、そこからさらにもう一瞬の間を置いて衝撃波が空間を殴りつけていく。

 ほんの少し離れたところを通り抜けただけで、それはISのシールドエネルギーを削った。

 女は、相方が瞬間的に挽肉未満になったことに言葉にならない恐怖を覚えた。なにがあっても死にはしない、既存の兵器ですら致命傷を与えることは困難である、そういった認識のもとに積み上げられたISへの信頼性は、ここに来て打ち砕かれた。

 なぜISに嬉々として乗るのか。なぜ殺し合いを水で薄めた程度の戦闘を求めるのか。死の恐怖や痛みがないからだ。

 行動に痛みが伴わないと人は覚えない。

 人の命などというものはたいした意味もなく散らされるということを、彼女はようやく覚えるところまでこぎつけた。そのために支払う代償は、安くない。

 彼女は瞬間を、事態の理解に費やしてしまった。

 リンクスは瞬間を、次の攻撃目標に費やした。

 ほんの僅かな時間の、ほんの僅かな差異でしかない。だが一秒を惜しむ世界において、それは大きな差である。

 ネクストが再び狙いをつける。その動作に遅れて女も気づく。撃たれてからでは遅い。ダメージを受ける程度ならまだしも、あれはすべてが終わるものだ。

 射線からずれるようにして、ネクストへ向かうようにこれまでに実行したことがないほどの加速でもって移動する。それが功を奏したようで、ほぼ同時に発射された弾丸はISの右足部分をかすめて削り取っただけにとどまる。

 機体バランスを大きく崩し、これまでに体験したことのない量の警告を受けながら無理やり加速を続ける。平衡感覚を狂わせながらも己の感覚を信じ位置を調整する。

 三半規管の酷使から来る強い吐き気を堪えながらも女はネクストの背後へ回る。

 外れた弾丸は施設の床や壁を貫き破壊していたが、それを気にする余裕はない。

 身につけた技術が、自身を裏切るということはない。特に身を削りながら己のもつリソースを食いつぶすつもりで獲得した技術は、条件反射のように自らも意図しないところでからだが自動的に反応することすらある。

 急激に崩れた質量バランスを、ISのシステムに組み込まれたバランサーが検知して立て直すために姿勢制御を敢行する。すると、たいていは奇妙な浮遊感の後、違和感を残しながら通常通りのような挙動へ戻す。

 これが平時なら問題なく、体勢をやや崩す程度で終わるものである。しかし今は急加速という通常ではない制御をしており、このタイミングで姿勢制御を実行されると妙な方向にモーメントが発生し、制御不能になる。立ち直ることそのものは不可能ではないだろうが、基本的に高速域で意図されないモーメントが発生した場合は墜落する。

 女はバランスを崩したと感じた瞬間にその危険性を感じた。いや、冷静に考えればそういう状況になったと結論づけられるだろうが、その瞬間にそれを理性で描いたわけではない。

 もはや自分でなぜそのようにしたのかをまったく理解できない、あるいはなにも考えていない状態で姿勢制御をマニュアルにすべて切り替え、環境情報のすべてを見ずに自身の感覚を頼りに持ち直す。

 見事に女はネクストの背後を取り、理想的な位置関係を得た。これが対IS戦闘であったなら、まさしく肉は切られたが骨を断てただろう。

「ああああああああああああああああああああ!」

 恐怖を振り払うように、自らを奮い立たせるように、絶叫を上げながらもちうる飛び道具をネクストにたたき込む。

 両手に火器、そしてバックパックからミサイル。彼女のもつ、あるいはISに装備された遠距離攻撃用武装はそれがすべてである。

 しかし対IS用の武装として考えればそれで事足りる。仮にそれらをすべて攪乱や威圧に使わず攻撃のみに使用し命中させたのだとすれば、少なくとも三機のISを撃墜するのに充分な火力を持ち合わせているからだ。

 落とせるか、落とせないか。それは問題でない。落とさなくてはならないのだ。

 女は喉を引きちぎらんと血を吐くかのような声で雄叫びを上げていた。そうでもしなければ己を保っていられなかった。

 女は見た。ネクストがその場で、背後のブースターを噴かしただけで反転しこちらに向き直ったのを。

 女は見た。背後からだとか正面からだとか関係なしに、ネクストが外部からの攻撃を黄金の粒子でかき消しているのを。

 女は見た。ネクストが、降りかかる火力をものともせずに加速してライフルを振りかぶったのを。

 ――ネクストのしたことは単純である。クイックブーストで女に接近し、ブレードを振るうのと同じようにライフルを振り抜いただけである。

 ごく普通の人間が、フルスイングのバットをその身に受ける要領で鉄骨を振り抜かれたのと変わらない。ISユニットがどうにか原形をとどめた、というレベルの損傷を受けて女は吹き飛んだ。吹き飛ばされた後は、抵抗なく力を受けた方向へと放られた。

 正直無視しても問題なかったであろう脅威とも呼べぬそれらを排除した後、ネクストは改めて施設に直る。すでに、排除したそれらに興味はない。

 両手に持ったライフルを無造作に施設に向けて乱射する。発射サイクルの違いから破壊効率の度合いは異なるが、攻撃力そのものには大差がない。外壁を簡単に貫き、内部に致命的な爪痕を刻み込んでいく。

 施設の様相を蜂の巣に変えたのを見て、射撃を中止。即座にクイックブーストを噴かし、蹴り込むように内部へ突入する。

 ネクストの大きさからすれば施設内部はやや窮屈であったが、穴だらけでもろくなった壁や床は簡単にはじけ飛んだ。

 下方向へ射撃を加え、蹴り砕きながら内部へ潜り込んでいく。

 今や研究施設内にいた人間は、二極化している。まだ不運にも生き残っているか、血煙となって消え失せたか。ネクストの放つライフル弾であれば、当たらずとも直近を通り抜けただけで人間を削りきる。

 それから、少しして。

 火砲でもなく、爆薬でもない、黄金色の爆発がそこを飲み込んだ。

 




黄金のしぶき
 AC4OPのあれ。ここでは改良?されたコジマ粒子の色のこと。

質量の小さな物体に高速で命中すると破壊しつつ運動エネルギーを伝え・・・
 銃撃されたとき、ソフトボディに対する入射口は弾丸の口径よりも大きくなる。どれくらい大きくなるかは、弾丸の大きさが半インチで人間の胴体を上下に裂くくらい、30mmで血煙に変えるくらい。質量や速度に依存すると思うけど。

ライフルを振り抜いた
 AC4OPのあれ。ゲーム中でも弾切れしたら即座に捨ててるくらいなんだし近接武器として使えばいいのに。


 なんの意味もないトラック運搬シーン。すべてのシーンに理由付けしてなんでもかんでもここがこうだからと考えればいいってものじゃないよね。
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