Lynx links to jinx.   作:祖父地図

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 爆破解体工事が行われ、事後処理がまったく行われなかったかのような状況を見て、さてなにを思うだろうか。

 なぜそのままにしておいたのか。なぜわざわざ爆破したのか。思うことは人それぞれだろう。

 ドイツ軍特殊小隊黒ウサギ部隊部隊長ラウラ・ボーデヴィッヒは、解析班がせわしなく動き回るのを厳しい目で見ていた。

 ラウラが解析班を運用し、指揮しているというのではない。どちらかと言えば彼女はほとんど部外者だ。

 ラウラがここにいる理由、それはこの状況の発見者であり、通報者であるとともに解析情報を知る権利があるためだ。ついでに言えば、その情報を真っ先に確保したいというのがある。

 ラウラは一応の知識として建造物の構築方法や解体方法を知っているし実行できる。ただしそれは軍事行動における陣地作成に類するもので、もっと一般的な建築や解体という部分においては素人である。

 その素人目から見て、この状況は異常であるとわかる。

 爆破解体を運用する場所と言えば、普通は老朽化したビルディングを即座にかつ安全に行いたい場合があげられる。さらにその場所が市街地などであるなら、余計に専門知識と技術を必要とする。

 そう、専門的なことはともかく、それを行う対象はビルディング。地上にある建造物であり、地下施設などではない。

 ラウラがいるここは、森の中である。ここにあったのはビルディングなどでなく、地表に露出した部分はほとんどない、地下に向かって伸びた人工施設だ。

 地下の解体工法などは知識にない。もしもするのなら、構造物を撤去した後にコンクリートか土で埋めるのだろうか。それがどのようなものであれ、爆破では決してないはずだ。

 だが目の前のそれは、そうなされたように見える。もっとも、それが解体工事であったのなら、という前提条件がつくが。

 ここがこのようになっているのは業者が解体工事を発注されたわけではない。何者かによってサボタージュされたものだ。

 ラウラはそれを知らなければならない。だが現場からそういった情報を得る手段をもちあわせていない。ゆえに、なにをするでもなく、ただ置物のように経過していく時間を噛み殺しているわけだ。

「隊長」

「どうした」

 黒ウサギ部隊副部隊長クラリッサ・ハルフォーフがラウラに声をかける。この場における、実質的な統率者は彼女である。

「中間報告に参りました」

「ああ、頼む」

 普段は奇妙な日本知識と持ち前の気楽さからトラブルメーカーまがいのやっかいごとをもちこむこともある女性だが、能力は折り紙付である。現在も遺憾なく発揮されており、彼女がいるからこそラウラは無理も無茶もできる。

「まず、この施設について――以前から奇妙な噂や不可解さもありましたし、この期に及んでなお上は口を割りませんが……ほぼ黒で確定です。そういう実験場だったようです」

 軍隊が駆けつけやすい場所にあって、軍部のもっている研究施設でなく、研究内容が開示されない。疑えと言っているようなものだ。

「残念ながら衛星などはなにもとらえていませんでした。ハッキングされた痕跡はありませんが、されたのでしょう。よって、どこかしらの組織がこれをやったということはほとんど確実です。どう、反応すればよいのか、困ったものですが」

 非合法、非人道的。そのような研究がされていた、というのはわかりきっていることだ。それは彼女たちにとって、唾棄すべきものである。軍属、つまり公人としては対処せねばならないのだが、私人としては歓迎してもよいものだ。やり方そのものまでを擁護するつもりはないが。

「目撃者……と言えばよいのでしょうか。付近に気絶した、運送業者がおりました。彼らは気絶前後の記憶が混濁している様子でしたが、少なくとも気絶直前に研究員の格好をした女性がいたはずだと証言しています。彼らの運搬していたものは……その。件の研究施設の非道さを裏付けるものでした。彼らは運んでいるものがなにかは知らされておらず、ただの運送業者でした。会社も健全な、一般の普通に見かけるものです」

「その女の身体的特徴などは?」

「髪が長い、胸が大きい、背丈は低くはなかった、など、直接的に特定できそうな情報はなにもありませんでした。ドライブレコーダーも記録されていません」

「消されたか?」

「最初から記録していなかったようです」

 ため息交じりに告げるクラリッサに、ラウラはだろうなと口だけで納得した。どこまでも内密にして荷物を運ばせていたのだ、記録媒体を許すはずがない。

「それから、森の外れに死体が一つ。ISの残骸と一緒に転がっていました」

「ISが破壊されたのか? そいつの戦闘記録と身元は?」

「ISはコアごと破壊されたらしく、二度とその機能を果たせなくなっていました。復元を要求しておきましたが、おそらく無意味です。操縦者の身元は確認を急がせていますが、まだ。代表崩れの野良搭乗者は探せばいくらでもいます。そのうちの一人でしょう」

 森の外れに死体と残骸。戦闘記録が残っていれば謎でも何でもないが、その状況だけではかなり不可解である。

 まず、ISを完膚なきにまで破壊してその上で操縦者を殺し尽くすというのは、容易でない。それならまだISを破壊して操縦者を拘束するほうがまだたやすい。

 というのも、ISが装甲を展開できなくなるまでダメージを受けた場合、搭乗者の保護を最優先するからだ。保護状態にある搭乗者を攻撃し続ければいつかは殺せるが、そうすると今度はISを残骸として破壊することが不可能に近く、そもそもその意味がない。

 わざわざ搭乗者を殺したのならISを奪えばよい。ISコアはいくらあっても困るものでないし、どこもかしこもほしがっているものだ。

 この森でISをもって死んでいるのなら、十中八九この研究施設に雇われていた護衛であろう。ということはつまり、この付近で死んでいるのが普通である。なぜ森の外れにいるのか。まさか、逃げ出したところを狙われたというのでもないはずだ。

 どのように考えるのが自然だろうか。おびき出された、ということもなかろう。これだけのサボタージュをたった一人の工作員によって行えるのなら、世の中にスパイ映画が流行ることはなかった。普通、護衛としているのなら、護衛対象をおろそかにするはずがない。

 仮にISをまとった相手を完膚なきにまで殺し尽くしたとして、移動させるのも手間だ。

「わからんな」

 首を振って考えを投げ捨てる。

「その死体の状況なのですが、検死官の見立てでは強い衝撃があったのではないか、と現場レベルの証言がありました」

「強い、衝撃?」

「ええ。なんでも、F1並の速度でかっ飛ばすトラックにはねられても、こうはならない、と」

「なに……?」

 にわかには信じられない話だ。

「死体状況の写真もありますが……見ますか?」

「ああ」

 ためらいがちに差し出されたクリップボードに、メモ書きのような資料と何枚かの写真が挟まれている。

 一番上の写真は、機械の残骸が赤黒く色づいているものだった。ラウラには、一目でそれがISと人間だったものとは判断できない。

 他の写真は人間を思わせるパーツだけが、それぞれ別のところで撮られている。これらが一人の人間だったとは考えにくい。

 そして、添付された写真のパーツを組み合わせたとして、一人の人間には足りない。

「これで全部か?」

「今のところは。ですが、これほどの損壊だと血煙になって消えた分もあるだろうと」

 クラリッサの言葉に、ラウラはわずかに表情を苦くした。

「列車砲でも食らったのか、こいつは」

 吐き捨てるようにつぶやかれた言葉は、ラウラの素直な感想だった。

 ISに守られた人間をミンチと煙に変えるほどの衝撃とはいったいどれほどのものか、まったく想像がつかない。

 ほんの軽口のつもりで口にしたことだが、反応のないクラリッサに疑問を覚え、推論へつながる。

「いや、まさか――こいつは相応の衝撃を受けて死に、吹き飛ばされたのか?」

「……この近辺にも、死体の方向へ向かって血痕が検出されています。そう考えるのが妥当かと」

「なんてことだ……」

 地下施設のサボタージュ、ISの破壊。文字にすればそれだけだし、可能かどうかだけを問われれば可能だ。

 だが、監視を抜けて人知れずものの数分でこれがなされたというのは、驚嘆を通り越して恐怖すら覚える。まるでスパイ映画そのものだ。やれと言われてやれるようなものではない。

 信じがたいことだが、信じられないと騒いだところでなにも改善されない。ラウラは素早く思考を切り替える。

「実に不愉快で納得しかねるが、理解せねばなるまい。この大事を可能にするだけの技術、あるいは能力をもった連中がいる。いずれ他にも手を出すと考えるべきだろう。早急に対策を練るべきだ。対策に意味があるかどうかは、わからんがな」

 対策のとりようがない、というのが素直なところだ。

 現状で取り得る最高の対策をしていてこのていたらくなのだ。国防に類する機能に手を抜く意味がない。

 今あらゆる国防機能を出し抜かれ、気づけた理由は物理的な爆発音があったから。ことが済んでからようやく危険を知らせるシステムなど欠陥以前の問題だ。

 吐き捨てるように付け足された意味があるかわからないというラウラの言葉は、誰もが同様に感じている。

 その牙が非人道的施設に向いている今はまだよい。しかしこれからもそうであり続ける保証はない。もしかすると、これがただのデモンストレーションで実際には主要施設をこのように襲撃できるという示威行為である可能性もある。

 潜在的脅威を無視することは、安全対策をまったく講じないのと同義である。危険性が潜んでいる以上、仮にそれがテロ組織のみを目標として声明を出したところでまったく触らずにいるというのは不可能だ。どのような相手にも、警戒を薄くする意味がない。

 ラウラは歯がみし、一度大きく呼吸して感情を整える。

「わたしは一度戻る。これ以上ここにいたところで猫の手ほども役に立たん。ここの情報は委細漏らさずよこすようにしろ、あとで聞く」

「は。ではそのように急がせます」

「急がせるだけ無意味だ――すでに状況は火急を要している。無駄骨だろうが、軍部をつついておく。『ガンバッテイマス』の言い訳と一緒にな」

 ラウラは最後に現場を強くにらみ、この場を後にした。

 

 軍事施設内の、隔離されているとも言える兵舎が黒ウサギ隊に与えられた特別区画である。彼女たちはそこで生活し、隣接する設備において訓練をとる。

 軍事施設ともあれば基本的には眠らない空間である。常に動き続けるのではないが、深夜だろうと流動する。

 黒ウサギ隊の兵舎は特に、まだまだ光があふれている。そのうちの一部屋がラウラの執務室とでも言うべき場所である。

「…………」

 ラウラは山のように積み上がった書類と格闘している。大半はほとんどやっかみに近い無意味な抗議書である。

 それら読み込むだけ時間の無駄な書類をさっさと段ボール箱へ無造作に投げ入れ、まずは必要な書類を選別している。これだけで貴重な時間が削れていくのだから、どうにも政治家には馬鹿が多いといらいらする。

 軍部の、黒ウサギ隊を直轄する部署と大本営とでも言うべき上層部へ今回の件についてなにか情報が入ってないかと掛け合い、情報管理や警戒のぬるさを問いただしに行った時にしても出てくる言葉はのらりくらりと責任を逃れようとする、あるいは無関係を装うものばかりで真摯に対応されることはなく、そればかりか事態の収拾を居丈高に命令する有様だった。

 いつものことと言えばその通りだが、この状況においてもそのような態度でいられるあたり、見通しが甘い。憤慨よりは興ざめという感情が強く出てきた。

 半分以上無意識の作業を続け、扉のノックに意識が現実へと戻る。

「クラリッサ・ハルフォーフ、参りました」

「入れ」

 入るよう指示してから一応の確認がてら手元に焦点を合わせる。ラウラが今手にしていた書類は、やはり現状にまったく関係のないものだった。それを鬱陶しそうに後ろへ投げ捨てるのを、クラリッサは見過ごした。

「ようやく情報がまとまりました。まだ最終ではありませんが、ほぼ確定です」

 調査結果が実を結んだというのに、クラリッサの表情は浮かない。いや、喜び勇んで報告するものでないのは確かだが、あまりに固い。

 それを訝しがり、ラウラが尋ねる。

「なにか問題が?」

「これを報告せねばならないのが、すでに問題です」

 クラリッサは脇に抱えた紙束を差し出す。まとまりを小分けにしてクリップ止めし、それらを一束にしてある。情報量はかなりのものだ。

「読んだか?」

「一通りは」

「ではさわりだけ話せ。あとで読んでおく」

 渡された紙束を一瞥して横に置き、クラリッサに視線を合わせる。今から読み込むよりも、先に情報を入れておけば読み込むのに時間はそうかからない。

「はい――まず件の施設ですが、爆薬を使われた痕跡はありませんでした」

「ではあの焦げたあとはなんなんだ?」

「正確に言えば、施設の破壊に対して使用された爆薬は存在しない、です」

「馬鹿な。手作業であれだけの破壊活動をしたと?」

「いえ。代わりに高密度のエネルギー反応の残留を確認しました。おそらく、爆轟レベルのエネルギー放出が行われたものかと」

 ラウラは表情を硬くして腕を組む。いらだたしげに指が動いている。

「さらに、砲撃を受けたような痕跡も見つかりました。施設内部を蜂の巣にしてからエネルギーによる破壊を実行したと思われます」

「……砲撃?」

「はい。生身で食らえば煙すら残りません」

 ISが標準装備するライフルを、あるいはISが標準的に装備できるライフルを生身で受けて肉片になる程度である。人間が生身で運用できるかどうかの口径であるため、威力は人間を過剰殺戮する程度である、と言える。

 血煙すら残らないサイズのそれは銃弾でなく、砲弾である。人間に対して用いるものではない。

 そのような武器をつくり、そして扱えるように特別にあつらえたISで攻め込んだのだろうか。

 しかし、そもそもでこれほど大胆なことをしでかせるほどのちからをもった組織が、わざわざISなどというものを製作するだろうか。

 まずなによりもコアの調達がネックだ。これは入手難度がどうのこうのというよりも、単純に数がない。そしてそれらは基本的に各国の主要機関において管理されている。

 情報操作はISと関連しない、別系統の技術だ。その技術をもっていて、コアをほしがるのだろうか。そこにリソースを割こうとするのだろうか。

 もっていないからこそ、という考え方もある。ラウラはひとまず思考を止めた。

「つまり、それを食らってあのISは撃墜されたと?」

「いいえ。どうにか残っていた砲弾の素材や破壊されたがれきなどから試算された砲撃の威力は、ISごと挽肉にできます」

 ミシ。なにかがきしむような、重苦しい音。

 ラウラが自らの腕を握りしめたからか、あるいはそのために腕の筋肉が膨らんだからか。どうであれ、ラウラの機嫌は二次関数的に下降している。

「……絶対防御を貫いて、とでも言うつもりか?」

 不機嫌きわまりないラウラを前にして、クラリッサはややひるむも、臆さない。すでに報告書を読んですべて把握している自分ですら信じていないようなことを正式な報告として喋っているのだ、聞かされているほうは嫌にもなろう。

「……、あの場に、ISは二機ありました。一機は例の残骸で、もう一機は、微量の成分が人の血と同様に周辺で検出されました。霧状になったと思われ、おそらくは、それが砲撃を受けたものかと。例の残骸に関して言えば、直接の破壊要因は砲撃ではありません」

「ふざけるな!」

 ラウラが拳をテーブルにたたきつける。何枚かの書類が舞い、はらりと落ちる。

「IS以上の――いや、ISなど歯牙にもかけぬような新兵器か!? そんなものが、どこぞで研究開発されたとまったく気づかずにそのうえこれほどの脅威にさらされてようやくおぼろげに見えてきたと、そう言うつもりか!」

「お気持ちはわかりますが。認めなくてはなりません――我々は無能だったのです。おままごとで満足していた、幼稚な集団でしかなかったのです」

 険しい表情で、クラリッサはラウラを見据える。

 ラウラとて、クラリッサに向けたこの怒りは的外れで無意味なことだと理解している。それでも己の感情を制御できなかったのは、若さ、あるいは幼さ故か。

 クラリッサもまた、ラウラの怒りをよく理解できた。自分が下のものにこのような報告をされれば、同じように怒りを露にしたかもしれない。

 一般論で考えて、自分の仕えている国が、そのあらゆる機関が無能揃いだと信じているものはいない。政治的なやりとりを含む、個人レベルでの無能はいたとしても、国としてのそれを信じてはならない。国を疑いながら国に仕えるなど、もはや滅びが目前の末期状態でしかない。

 だが今回に限って言えば、それを認めなくてはならない。屈辱的だ。

「ですが、隊長。すでに我々は――いえ、人類は一度出し抜かれています。そのために我々が存在しているのですから」

 時計の針が進む音が聞こえる。それほどの静寂。しかしそれは一瞬で訪れたのと同じく、一瞬で去った。

「……シノノノ博士か」

「ええ。あるいは彼女に匹敵するだけの人物が他にいるのなら、その人物が」

「やめろ。彼女はもはや一つの脅威だ。あれほどの人間が他にいるなど考え始めたらなにもまとまらない。思考停止もいいところだが、これだけやってのけられるのは彼女くらいなものだろう」

 ラウラはこの事件を束の仕業だと断定した。当たり前の見地からすれば常軌を逸した判断と言えよう。だが束の所行を知っていれば、これは正当な推測と言える。

 束という存在は、いわば一つの影響力である。彼女の頭脳はずば抜けて狂っているし、行動力もまた常識外れに切れている。

 なにをしでかすかわかったものでない、なにをしでかしても不思議でない。それは信頼めいた確信であり、ある種の価値観として成立している。

 ラウラは表情を緩めず、拳も握りしめたまま体裁を整える。

「……報告は以上か」

「いえ。もう一つ」

「もう要らん、とは言ってられないだろうな。どうせ読むことになる」

 ラウラは報告書をにらみつける。許されるのなら、これを今すぐに焼却炉へ放り込んでなにもかもなかったかのようにしてしまいたい気分だ。

「我が国が襲撃されたあと、同様の施設がイギリスで襲撃されたようです。やはり、同じことです。襲撃を受けてからかけつければ、すでにすべてが終わったあとだった、と」

 ラウラは言葉なしに、奥歯をかみしめた。ぎちぎちと不快な音がこすれる。

「すでに戦端が開かれたようなものです。もはや我々の問題だけでは済まされません」

「……シノノノ博士を指名手配だ。重要参考人でも容疑者でも被疑者でも構わん。とにかく話を聞ける状態までもっていかなければならない」

「ええ。隊長がサインを入れればそれで効果を発揮する書類もそこに入れてあります。最優先での読了を具申します」

「わかった。ここから片付けておく……ほかに話しておくべきことは?」

「ありません。今のところは」

 クラリッサの報告が一段落ついて、ラウラは僅かに体から力を抜いた。安堵から来たものでなく、どうしようもない状況を知らされた徒労感からきたものだ。

「ああ、クソ。なにも解決しない。シノノノ博士が犯人でシノノノ博士を捕まえたからなんだと言うんだ。まるで意味がない。道化だ!」

 だからといって束を指名手配しないわけには行かない。あるのは状況証拠のみ、疑わしきは罰せずの原則に従うのなら指名手配こそがばかげた判断だが、篠ノ之束のネームバリューはもはや常識を覆している。

 こんなことを行えるのは篠ノ之束以外に存在しない。その認識が、手配を行わないことへの威嚇になる。

 言いがかりで指名手配を行うなど、司法の崩壊を意味する。その当たり前が、手配を行うことへの牽制になる。

 さらに言えば、そもそもの話、篠ノ之束は世界的に半指名手配状態とでも言うべき状況になっている。そのうえでこれまでまったく尻尾をつかませず、未だに行方をくらませている。

 今更正式に指名手配したからなんだという話だ。

 結局のところ、篠ノ之束という存在にいいようにあしらわれ、からかわれるだけだ。篠ノ之束が脚本を立てて、この世界に生きているものが主演を努める茶番劇だ。

 ラウラは頭を抱えて縮こまり、ベッドの隅で事が終わるまで引きこもっていたいほどの絶望感を味わった。

「我々は――人類は、同様に皆道化です。世界はすでに、良くも悪くもシノノノ博士を中心にしています。我々にとってシノノノ博士は必要な人物ですが、シノノノ博士にとって我々は不要どころか煩わしさすら感じる有象無象であることも、けだし確かです。しかし、シノノノ博士に博士の矜持があるように、我々に我々の矜持がある――必要なことは、それだけです」

 クラリッサが声を絞り出す。弱音を吐いた上司を支えるためではない。己も上司と同じように耳をふさいで目を閉じていたいのだ。

「我々は敵を打ち倒さねばなりません。立ちふさがるというのなら、それが誰であったとしても、それは敵となり得るのです。我々は我々のすべきことを、ただ果たしましょう」

 クラリッサの物言いは、自身を鼓舞するものでもあった。同様に、神経をすり減らしているラウラにほどよく響いた。

 ラウラは一瞬、気を抜いた表情をしてから締め直し、姿勢を正す。

「そうだな。そうだった。我々の仕事を果たすとしよう。ご苦労だった、あとはわたしの仕事だ」

 口角をついと上げたラウラをみて、これならば問題ないだろうとクラリッサは思った。

 不敵な笑みを浮かべて、クラリッサは敬礼した後、軽快にこの部屋から出て行った。

 残されたラウラは、気持ち晴れやかな面持ちで書類を手に取り、すぐに真剣な表情で書面をにらみつける。さわりはすでに聞いた。あとはそれらを細かく確認していくだけだ。

 クラリッサのまとめ上げたレポートは精密で幾多の枝分かれを含み一本の筋となっている。何度も本筋を外れながら進み、最終的に本題を語るという実に読みにくい書き方だが、読んでいる時点での理解度は完全と言える。しっかり読み込んでいるのならという前提付きだが、ラウラはじっくり読み進めているため、多大な労力と引き替えに詳細な理解を得られる。

 レポートは写真がそえられながら、それについての詳しいメモ書きや調査内容、専門職による注釈などがかかれている。

 ラウラは調査内容を読む度に頭痛が群れを成してやってくるかのような錯覚に襲われた。

 地盤ごと貫いて地下施設を粉砕したであろう砲撃。それを可能とするだけのエネルギーや技術力。

 破壊されたISの細かな検査結果。研究機関がフル稼動で働いてなお結論を出せないほどの状況。

 どれもこれもが現状の技術力を凌駕している。いや、軍事的技術力の面で言うのなら一般に普及していないものもあるが、もはやそういったレベルを超過して何世代も向こうにあるかのようである。

 

 ラウラはいらだちを耐えながら読み進め、結局レポートを読了したのは、太陽が昇り始めた頃だった。

 クラリッサによって書類が用意されていたのは確かだが、それを実行するためにラウラが自身で作成せねばならない書類もある。労力が削減されたという意味でクラリッサの行動は無意味ではないが、ラウラの負担が全くないという状況にはなりえない。

 どうにか仕事を終え、一時間でも仮眠をとれるだろうかと凝り固まった体をほぐしていた時のことだ。

 どたどたと駆け回る様な騒がしさが、にわかに訪れる。何事かと思えば、部屋の扉が蹴破られたかのように開け放たれた。

「何事だ!」

 おもしろ半分で大騒ぎしているわけではない。それは部屋に突入してきた部下の様子でわかる。

「隊長! テレビを、早く!」

「テレビだと?」

 話がまったく見えないラウラであったが、この鬼気迫る様子から尋常ならざる状況であると判断し、手元のリモコンを操作してテレビをつけた。

 ラウラの執務室にあるテレビはたいていニュース専門番組にチャンネルが合わされている。基本的には賑やかしのために垂れ流しにしているだけだし、さすがに仕事をしているときにバラエティなどの娯楽番組を見ているのは問題だろうという自覚からそのほかの番組にチャンネルを変えることはない。

 テレビをつけろと言われたものの、チャンネルはそのままでいいのか。それとも第一か第二か。ラウラが部下に尋ねようとした瞬間と、テレビに映像が映し出されるのと、同じタイミングであった。

「――は?」

 脳が理解を拒否した。

 普段であれば“今日の出来事”が流れている。当たり前だ、チャンネルはそれにあっているのだから。

 だが、なぜか、今は。

 テレビの向こう側で、篠ノ之束が手を振っていた。

「――てるかーい。あーあー、てすてす。そろそろいいかなー?」

「篠ノ之束博士による電波ジャックです! あらゆる放送が乗っ取られていて、どこから発信されているのかすら見当がつきません!」

「もう三分くらい経った? 経ったよね? まあいいや! もう一度言うよ。これは全世界一斉放送、日本語のみ対応、深夜だろうが早朝だろうが関係なし! 束さんによる束さんのための束さん放送だよ! 今後の放送予定はないけど、まあそんなことはどうでもよくて。重要なのは束さんがなぜこんなことをしたか? その一点につきるというものさ!」

 束は胸を張って自信に満ちた表情をしている。

 ラウラは頭痛が次第に酷くなっているような、気がした。

「ちゃんと上司をたたき起こした? いい? しっかり上層部に伝えないと知らないよ? こんだけわかりやすく宣言してるんだから聞いてなかったなんて言われても鼻で笑うからね。日本語がわからないなら、わかる人があとで教えてくれるよ! ああ、でもこれを日本語で言っても仕方が無いか。まあいいや!」

 束がにこやかに言えば言うほど、ラウラのストレスが溜まっていく。

「まず結論から言うね! わたしが貸し出してるISコア、きっちり返してもらうよ。もちろんそっちにも準備があるだろうから、この放送終了後72時間猶予を設ける。その時間が過ぎてなお返却されない場合は返却の意志無しと見なして、強制的に徴収する。一秒たりとも遅延は認めない。なお、徴収と言ってもいちいち取りに行くのも面倒だから、実質的には破壊活動になるかな。その国に渡した分、その国にあるISコアを破壊しに行く。脅しじゃないよ。日和見して他の国が攻撃されたからやっぱり返しますと言っても無差別に攻撃するだけだ。ああ、そうそう。どこの国のものかわからないけど、ドイツで二機破壊したからドイツのコア二つは免除しておくよ。他の国のものだったらそっちで適当に協議するなりして決めてね」

 げんなりとした意識を明確にし、態度をこわばらせなければならないような発言があった。ラウラは急速に全身の血液が冷えていくのを感じた。

 篠ノ之束は世界にまた変革を強いている。ラウラはそう直感した。

「返却場所はIS学園でいいかな。あそこなら誰でもわかるし、現時点で最もコアが集まってる場所だろうし。先に言っておくけど、学園のコアもきっちり徴収するからね。学園が返さないと言えば、そこをきっちり破壊するよ」

 にこにこしていた束の表情はいつの間にか醒めている。真顔で淡々と告げられる言葉は、聞くものに寒気を呼び起こす。

「デモンストレーションは見てもらっただろう? ドイツとイギリス。あれと同じことを、今度はどこであろうともコアのある場所でやる。けなしてくれてもいいし、糾弾してくれても構わない。ただ、そうした瞬間、きみらはアレを肯定したと見なす。わたしは約束を違わない。やると言えばやるし、やらないと言えばやらない。きみらが善人である限り、わたしも善人でいられる。選択を間違えるなよ」

 束本来の、柔らかく緩そうな声。その質は変わらない。だと言うのに、今までのわがまま娘のものとは思えぬほど、ドスの利いた響きを含んでいる。

「わたしが貸しているものを返してもらうだけだ。文句は聞かない。わたしから言えることはただ一つ、返せ、だ。きっちり耳を揃えて返してもらう。ぐだぐだと言い訳がましく全部は返せないだの横暴だのと言っても無意味だ。十貸したところから九しか返ってこなかったのなら、それは返す気が無いととる。無論、一つを破壊するためにそこへ行く。ゆめ忘れるな、これは最後通告だ」

 冷ややかな空気が、画面の向こうから漂ってくる様である。

 ラウラと部下がテレビ画面を食い入る様ににらみつけ、次の言葉を待っていると途端に空気が変わる。

「ま、そーゆーわけだから、放送終了後72時間経過ちょうどに束さんは学園に行きまーす! そのときに学園にいてくれれば直接受け取るし、タイミングが厳しいなら学園に置いておけばいいよ。どこの国のいくつって感じで。どっかの国が嫌がらせで抜き取ったりできないようにしておけばだいじょーぶでしょ。念のために言っておくと、返してもらうのはあくまでわたしが貸し出したコアだから、たとえばそっちでコアの解析をして作り出したコアなんてものがあるなら、それは持っていていいよ。てゆーかそんなものを持ってこられても困るし。あくまで、わたしはわたしのものを返して欲しいだけ」

 硬質で冷淡な雰囲気で脅しつけたかと思えば、明るく底抜けの態度に切り替わる。その調子の変わり具合に拍子抜けする。

「えーと。あとなにかある? もうこれくらいかな? うーん……まあ、こんなもんでしょ! じゃーねー! また三日後ー! ばいばーい! ばっは」

 満面の笑みでもって手を振り、まるでアイドルがファンに一時の別れを告げるかの様な幕引きである。

 映像はぶつ切りで途切れ、それから元来の番組が始まる。きっとどこも緊急の速報を組んでいることだろう。

 ラウラはリモコンでチャンネルを第一に合わせる。想像通り、緊急速報が流れている。篠ノ之束の反乱か、というテロップのもと、録画されたのだろう先ほどのジャック放送がワイプで流れている。

「……六時か」

 この時刻に合わせるためのぶつ切り映像だったのだろう。日本時間で言えば十三時だが、この様子を見るにそもそも録画したものをちょうどよい時間にジャックして流したようにも思える。

「荒れるな」

 ラウラの力ないつぶやきは、しかし確信を感じさせた。

「はい。大きな混乱が予想されます」

「クラリッサに議会を招集させろ。今後の対応と方向性について決めねばならん。わたしは書類の書き直しだ」

「了解しました。直ちに」

「頼む」

 部下は敬礼をして、部屋から出て行った。

 それを見届けたラウラは、深くため息をついた。これから書類を書き直さねばならなくなったからだ。

 先の番組で束がドイツ襲撃を吐露したがために、レポートも書類も「だいたい篠ノ之束が悪い」で済むようになってしまった。

 睡眠時間を削り、神経をすり減らして読み込んだ資料の価値が激減したことに、ラウラは落胆を隠せなかった。

 




 設定がぶれている可能性。コアって貸し出し設定だったよね……?


今日の出来事
 ドイツのニュース番組(を日本語にしただけ)。ラウラが見ているのはこれが延々流れるだけの専用チャンネル。

第一と第二
 第一ドイツテレビと第二ドイツテレビ。向こうのチャンネル。日本の感覚で言えば日本引きこもり協会のようなあれだけど、別物。

時差
 サマータイムだと七時間。向こうが遅い。サマータイムってなんだよ。
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