……で。あの時ホッとしたら私は死んでしまったんだよね。
「…………最悪」
怪我はしたものの、イエティが退いてくれたからなんとかなると思うじゃん。そんでなんとか皆で帰れると思うじゃん。そう思った途端に死んじまうとか、本当の意味で最悪だよ。
そんでもって私は運悪く、転生した先の世界でも死んでしまったという事実になってしまったんだ。
……結局、私の人生は若いまま死を迎えてしまったのね。
…………こんな時、冷静に振り返ってみるのもあれだけどさ、あのイエティ……キャラ濃いよ。
オカマだしさ、一人称があたいってだけでも笑えるしさ、しかも文字とか普通に書けるとかいろいろとずるいよ。しかもなんかダメ出しとアドバイスしてくれたし……なんなのあのイエティ。
いや、それで助かったんだからいいんだけどね。私は終わり良ければ総て良しと思っている人だから。
でも…………あーあ、死んじゃったか。
「えっと……エリスさんでしたっけ? 貴女はあの異世界の女神様ですか?」
「はいそうです、志尾明日香さん。異世界とはいえ、同じ地球からこの世界に来てくれたのに、この様なことになり……」
エリスという女神はそう言うと悲しそうに口にする。
……もしかして、私が死んだことを悲しんでいるの? 別に女神様が悲しむ必要はないのに。
「あ、あの、結局は自分のせいで死んでしまったので……その…………あんまり気にしないでください」
上手く言えたかはわかんないけど、とりあえず自分のことで悲しむ必要はないことを伝えた。いや、だって口にした通り、結局は自分のせいで死んだんだ。他に良い方法もあったかもしれないけど、あの方法で私は結果死んでしまった。それだけの話である。
なんて思ってみるけど、逆の立場だと私もエリスさんのようになるかもしれない。
「お言葉ありがとうございます、志尾明日香さん。でしたら、せめて私の力で、次は平和な日本で裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らせるような、幸せな人生が送れるような場所に転生させてあげましょう」
「え、そんなことできるんですか?」
「はい、できます」
それを聞いた私は嬉しい気持ちを爆発するように沸き上がった。
よし! そんな人生が送れるのなら私はこの際男と付き合ってもいい! もはやハーレム女王という目標を捨ててでも私はその人生を選びたい。
いろいろと困らない人生、夢みたいな溢れる人生。幸せに満ちた明るい未来を目指して歩いていく人生。例えそれが刺激的でもなく、アニメで言えば日常アニメのような穏やかな日々が待っているんだ。
そして私が幸せになれば私の周りも幸せになるはずだ。そうすれば、もう私が死んだことで……死んだことで…………。
…………。
…………悩んでくれるのかな?
「……わかっていたけど、そうだよね……」
「志尾明日香さん?」
嬉しいはずなのに、あんまりそう感じられなかった。
理由は明確。
あの世界に転生できないってことを告げられたようなものだと理解してしまい、その悲しい気持ちが嬉しい気持ちを打ち消してしまったからなんだろう。
「エリスさん……死んでしまった以上、私はさっさとエリスさんが言っていた幸せな人生を送りたいですね。誰だってそんな人生を送りたいですよ。今までは思い通りにいかないし、予想外なことばかりだし、結婚できる年齢になったけど結婚する前に死んじゃったし、死んだ理由もよくわかんないじゃんか。転生したと思えば、結局思い通りにはいかないし、滅茶苦茶だし、あのイエティはキャラが濃いし、なんかなめぷしてくれて助かったけど、結局死んじゃったし、なんでボス倒して大金手に入れたのに借金しなければならないんだよって、神様に八つ当たりしたくなるような日々だったんですよ。それと比べたら当然だと思うんですよねー」
ろくなことはなかった。
思っていたのと違った。
わかっていたけど、それを理解したつもりで少しだけでも思い通りになってほしい気持ちは確実にあった。
ハーレム女王を目指すと言いつつも誰も私のことを本気で見てくれないことに憤りを感じることだってあった。
でもだからこそ、自分を見て欲しいと諦めることはなかった。
まあ、結局死んじゃったから目標達成できなかったけどね。
しかも異世界に引き連れたイザナミを置いて死んだし、めぐみんを街へおぶることも二度とないのか……。
アクアは残念だし、イラッとするし……やっぱりイラッとする宴会の女神さまだし。
ダクネスはほんとあのマゾ体質なんとかならないのかね。
カズマは……人間のふりをしたクズだと私は思っているけど、何だかんだで頭は回るからそこは頼りにしているし、もしかしたら一番通じ合える仲間かも。けど、私達のパーティーの中では一番質が悪いわね。うん、やっぱりあの男はクズ野郎だな。
あれ、そうなると今後はカズマが全部あの疲労が溜まりやすく、面倒事に巻き込まれる原因を持ち、それでもちゃんと魅力を残しているヒロイン達を背負うのかよ。
ふざけんなよ! あんな野郎にハーレムをさせてたまるか! あんな奴が私のヒロインを奪うのなら呪ってやる! そんでもってざまぁみろと罵ってやるんだ!
…………。
…………
……うん。
やっぱり、私…………。
「死にたく……なかったなぁ……」
そう口にすると、自分の頬を熱い物が落ちていくのが伝わった。
私もダグネスのこと……言えないのかもしれない。
たくさんの苦労とか、滅茶苦茶な展開とか、ハーレム女王が叶わない目標だったとしても、どうしようもない世界で私は日々を送りたかった。
これから幸せな人生よりも、あの世界で私はどうしようもないヒロイン達と共に生きていたかった。
「……生まれ変わった貴女に、また良き出会いあらんことを」
エリスは私の顔を見て哀しそうに目を伏せ、そして私に向けて右手をかざす。すると穏やかで温かい光が私を包み込もうとしていた。
……これで私は一度生まれ変わる。
後悔はあるけど、仕方がない。
だから次は……小さな幸せが溢れた日常を送りたい。
不幸にも死んでしまったことがないような、そんな普通の人生を……。
――――ミシミシ。
……今、なんか変な音が聞こえたんですけど。なんか古い木造建築に鳴り響きそうな不穏な音。
そう、いかにもどこか割れそうな音に似ている。
「あ、あの何か聞こえませんでした?」
「あ、はい、そうですね……おかしいですね。こんな音、今まで一度も」
その時だった。
突然パリンっと頭上に空間が割れ、ガラス窓が割れる音が鳴り響いた。
「え、なんですかっ!?」
この様な事態は想定も想像もつかない突如襲ってきた原因不明の事態に、エリス様は目を見開き信じられないといった表情を浮かべ、驚愕する。
私は驚くタイミングを完全に失い、そして言葉も失った。
……なにこれ、なんなの? 私、また異世界へ飛ばされるの?
そんな感じの演出だよね? そうじゃなかったら、この展開はなんなのですか?
「……やっと入れるわ、ねっ!」
そんなことを思いながら、エリスではない声が耳に入る。
女の子の声はわかっていたけど、生憎私はそれどころじゃなかった。これからどうなるのか、考えるのでいっぱいいっぱいだった。
「志尾明日香!!」
「は、はいぃ!」
突然大声で名前を呼ばれたので、咄嗟に応える。
その時、目に映っていたのは白いコートを羽織った金髪美少女。
あれ? あの金髪美少女……どこかで……。
「何、あたしの妹を勝手に連れ出しておきながら一年も経たずにして死んでいるんじゃないわよ、バカッ!!」
「ぶほぉ!?」
私は金髪美少女が激おこであることを気づかず、繰り出される力を込めた右ストレートが頬を抉られるように殴られ、ぶっ飛ばされてしまった。
あ、思い出した。あの金髪美少女、イザナミのお姉さんだ。
「聞いてんの? あんたイザナミを置いて勝手に一人で何死んでいるのかって聞いてんの? わかっているのなら返事ぐらいしろ! なんか言いなさいよ!」
ぶっ飛ばされた直後に私はイザナミのお姉さんに胸ぐらを掴み上げる。
あ、あの、その通りでございまして、申し訳ないのはご理解できているのですが、ちょっと真面目に痛くて喋れないのです。それすらも今はちょっと言えないのです。
「ちょ、ちょっとやめてください! 貴女は誰なんですか!? 天界を破るからにはただものではないかと思われますが、いきなり現れては死者に殴りかかるなんて、何を考えているのですか!?」
ヤクザが気弱な奴にカツアゲされている光景を見てられないのか、エリス様は女神様らしく穏やかながら強い意志を秘めたかのように割り込んできて、私を庇うようにイザナミのお姉さんから引き離す。そして私を守るように立ち塞いできた。
あぁ……なんという女神様の鑑。今までの女神様はある意味で女神らしくなかったから、ないものねだりでドキッとする。結婚してほしい。
「そんな警戒しなくていいわよ。あたしはイザナギ、異世界ではあるけど、あたしも女神の一人なんだからね。そんでもって、知っていると思うけどいつも謝ってばかりのイザナミの姉よ」
イザナミのお姉さん、イザナギはエリスに対してあっけらかんと答えた。あまりにも自然な振る舞いから、私は怒っているからヤクザみたいな感じではなく、素なんだと察した。
それと同時にいきなり空間を破るという、自分でも一回口にすることを躊躇う非現実なことをしでかしている。それを警戒しないわけにいかないだろと言いたくなった。
「い、異世界の女神であるのなら、どうして転移門を通らずに空間を破って来たのですか?」
「急いでいたんだから、しょうがないでしょ。こっちは志尾明日香が死んでどこかへ転生されるのはやめてほしいのよ」
イザナギの言葉に私は引っかかった。
「……私が転生されるのは困るってどういうこと?」
「そうよ。あんたがイザナミを持って行ったことで、こっちは迷惑しているし、大変なことになっているのよ! そしてこの状況であんたにとっては朗報になっているのがムカつくのよ!」
いや、そのことは本当に申し訳ないと思っているけど……それでなんで朗報になるの? さっき一年も経たずに死んだことで殴りかかってきたじゃんか。
「あたしがあんたを蘇生してあげるために、わざわざやってきたのよ」
その言葉に私は一瞬理解が追いつけなかった。
だって…………諦めるしかなかった、諦めるという感情なんて許さず、生まれ変わることなどせず、あの世界へ帰れるんだと、希望を抱かずにいられるんだ。
「ほ、本当なの?」
「本当だからわざわざここまでやってきたのよ!」
「…………っ!」
鼓動が収まらず、そして図々しく私はイザナギに……。
「お、お願いします!」
「いえ、それは出来ません。明日香様には申し訳ないですが異世界とは言えど、一度生き返っています。天界規定によってこれ以上の蘇生はできません」
エリスは私に対しては申し訳なさそうに言うが、イザナギに対しては敵対するかのように警戒していた。
エリスからすれば、私があの世界で未練が残っているのを知っている。私があの世界へ帰りたいのもわかっているはずだと思う。
でもそれは許されないから、厳しく希望をへし折るようなことで止めさせたんだろう。
ぬか喜びにならないために、事実を告げられたんだ。
でも、そっか……残念だなぁ……。
「それはそっちの規定でしょ。志尾明日香に関してはね、こっちの神界規定というもので決められたことなの。そっちにも都合があるように、あたしにも都合があるの!」
あれ? 必ずしも規定通りにはならないの?
「あたしだってね、本当は面倒なのよ!」
「めんどう!? 今、ハッキリと面倒と言いやがったよ、この女神! アクアとイザナミと別のベクトルで酷い!」
「うっさいわね! 誰だって面倒なことは嫌に決まっているでしょ! 女神も人間も面倒なのは嫌なのは一緒なの!」
そんなことに共感されても困りますって。
もうさ、どっちかハッキリしてほしいんですけど。何でもいいから蘇生できるなら、蘇生させてください。できないのなら、未練が残る前に転生させてください。
「というか、エリスだっけ? あんただって、カズマという男を二度も蘇生していたそうじゃない。天界規定はどうしたのよ!」
「ど、どうしてそれを知っているんですか!?」
エリスは心からその言葉に驚きを隠せなかった。
私はというと、カズマが蘇生したことに驚きを隠せなかった。
蘇生したってことは……え、私の知らない所でカズマが死んでいたの?
そして生き返ったの? あいつ波乱過ぎる人生送っているのよ。
私がエリスとは違う動揺をしていた、その刹那。
「隙あり!」
「うわおっ!?」
いきなりおもいっきり引っ張られ、驚いた時には宙に浮いていた。
いいや、違う。エリスが動揺している一瞬の隙を見て、イザナギが私を投げ飛ばしたのだ。
イザナギが現れた、破れた空間へ。
「いい、志尾明日香! あんたはイザナミというチートを手に入れたことなのは確かなのよ! だから、あの世界の役目である魔王を倒して、イザナミをあたし達がいる神界へ連れ戻しなさい! 言っておくけど、これは取り消すこともできない呪いのようなものだからね! それまではムカつくけど、イザナミを頼んだわよ!」
イザナギの大声が耳に届いてくる。怒りながらも、私に対する想いのメッセージに私は応えたかった。
「ありがとう!」
これで実は地獄行きでしたなんて流れだったら恥ずかしいが、私は遠ざかっていくイザナギに対して大声で返した。
そしてまばゆい白い光が視界を徐々に覆われていく。
そんな状況で私が最後に目に映ったものは、二度目の蘇生になるであろう私に対して、エリスが笑顔で手を振って送っていたことだ。
ああ……貴女は本当に女神様だ。
●
…………。
……なんだか寒いな。
それに。
「――――さん!」
「――――スカッ!」
……遠くから二人の声が聞こえてくる。
「アスカッ! 起きて、くださいっ! アスカッ!」
「お願いですから、起きてください! 死なないでください……っ!」
この声……イザナミとめぐみんだ。
珍しいね、イザナミがそんな必死そうで泣きそうな声で私の名前を呼ぶなんて……。
寒いけど、起きな……っ!?
「いった――――っ!!?」
「うわあっ!?」
「きゃあっ!?」
急激に右腕に激痛が走った私はその衝撃で起き上がった。
めぐみんとイザナミが驚いたようだったけど、それどころではなかった。
とにかく痛い。痛くて痛くて死にそうなくらい痛かった。
「痛いた、痛い! 痛い! 痛い! マジでシャレにならない! あっ! ちょ、誰、が助けて、死んじゃう! マジで死んじゃう!」
「え、縁起でもないこと言わないでくださいよ! バカじゃないですか!」
バカって何よ! と、怒れないほど激痛を味わっている私は、めぐみんの顔を見て我慢しなければいけないと察してしまった。
「し、心配してたんですよ! イエティが去ってから、急に倒れて、全然反応がないから、死んでしまったかと思ったんですよっ!」
……そんなに心配しなくてもいいじゃない。
なんて無責任に声をかけることなんてできなかった。
実際に私は死んだ。でも運良く蘇生ができたから帰って来られた。
そのことを含めてもめぐみんはそのことを知らないし、私が逆の立場だったら絶対に同じことを思うのだろう。
そして心配させたのは、私のせい。
私が命をかけて守った結果、めぐみんに心配される事実を余計なのを作ってしまった。
「アスカさん……」
イザナミはハッキリと耳に通るような声をかけ、私の傍に寄っていた。
その瞬間、
「っ!」
イザナミに殴られた。
でも、殴られて頬が痛くはなかった。それはイザナミがただ拳を丸めて私の頬に触るような感じだったから。
けど、私の心が痛かった。
イザナミが何を言うのかはわからないけど、その想いは不思議と伝わって、それがとても私の心を痛くさせた。
「……助けてくださり、ありがとうございます」
「……うん」
「……なんであんなことをしたんですか?」
「二人を守るため」
「…………そうだと思いました。アスカさん、私達のためなら命をかけでも守ろうとしましたね」
「そうだよ」
「…………」
私はイザナミの問いに素直に返した。
「アスカさんって、本当にどうしようもない人ですね」
「……うん」
「普段は変なことばっか言っているのにも関わらず、気持ちだけは本気で、頼んでもいないのに、守ってほしいと言っていないのに、例え自分が死んでしまうようなことをわかっているのにも関わらず、アスカさんは守ってくれました。そして今後も命がけで私を守るとくださるのですね」
「…………そうだよ」
自分の命と同じくらいに、イザナミもめぐみんも大切なんだ。だから命がけなのは当然だと思っている。
「私、アスカさんのそういうところが嫌いです」
「……なんでさ」
「それでかっこつけようとして、モテようと思っているからです」
「そりゃあ、私だって人間だし、かっこつけたくなるじゃない」
「死んだら元の子もないんですよ」
「…………そうだね」
「……本当の理由はそんなことして当然だと思っているところなんです。死んでも守ることが当然なのですか?」
「それは……」
何も言えなかった。
死んで守ることが当然……そんなわけないじゃない。いけないことだとわかっているから、私は何も言えない。
否定する理由もないんだ。
「他にも数え切れないくらい嫌いなところはあります…………でも」
イザナミは両腕で私の袖を掴んできた。
「でも! そうじゃないところも、たくさん知っています! もう二度と死なないでくださいと思っていますからっ! もう……無茶しないでください……っ! 命を、かけようとしないで……くださいっ!」
ついに抑えきれない気持ちをイザナミはぶつけてきた。私の服の袖をギュッと力強く握り直して、堪えずにただただ涙を流していた。
「……私もイザナミと同じです。あんなことされても嬉しくはないです」
後ろからめぐみんが私を抱いてきた。
「私達を助けてくださったのはありがたかったです。アスカは命の恩人です、ありがとうございます。……でも、怖かったです」
「……うん」
「爆裂魔法しか唱えられず、その爆裂魔法も唱えないあの状況で私がどれだけ無力な自分に絶望したかわかります?」
「…………ごめん」
「イザナミが、アスカが死んだと思った時、どれだけ絶望しかけたか知っています?」
「……ごめん」
「だから私も、あんな無茶はしないでください。私のために、イザナミのために、アスカのために……もう、あんなことはしないでください。次したら、あの世まで行って、爆裂魔法をくらわせますからね」
それを言われた私はふと、頭から血が出ていないことに気がついた。手を頭に当てると布のような物で巻かれていた。
ああ、そっか……二人とも、回復系は使えないんだったよね。
…………。
いろいろと、駄目だなぁ……。
私が起こした無茶な行動した結果が、泣いてほしくない人に泣かせてしまい、心配もさせてしまった。
母さんや父さんも、今のイザナミのような……いや、それ以上の悲しみを生み出してしまったのかな。
本当に、本当にこんなことをさせてほしくはなかったのに……駄目だなぁ…………。
「ごめん……二人共、ごめん……っ!」
結果的に私達は生き残れたし、無事でいられた。でも内容としては私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
これからはこんなことにならないように誓わなければならない。
強くなろう。こんな気持ちをもう二度と抱えないために。
イザナギが言っていたように、確かにある意味これは呪いだ。
きっと何も考えずに生きていれば、申し訳ない気持ちも捨てることもできたはずなのにね。私はそれができないから、ずっとこの誓いを心に刻みながら生きていくのだろうな。
「あぱゃ!?」
ちょっ、めぐみん! 右腕確実に折れているから、そこをおもいっきり力いれないで。流石に我慢できないから!
それすらも言えない、この痛みをどう伝えればいいのだろうか!
「アスカ……変な声を出して笑わそうとしないでください。空気ぐらい読んでいるかと思われていましたが……」
「そ、そうじゃないんだって……マジで……あひぃ」
「痛がるんだったら、もうちょっとマシな痛み方ってできないのですか?」
「そ、そんなこと言われたって、あぽぉ!」
誰かこの痛み……わかってください。
ふざけていないんです、真面目に痛いんです。
●
「……アスカさん大丈夫ですか?」
「ぶちゃっけると大丈夫ではない……」
イエティに二度殴られた私は右腕が完全にポキっと折れてしまっている。そのせいか異常に寒気がするし、めちゃくちゃだるくて重いし、喋るだけでも辛い。
応急処置として右腕はあまり刺激しないように固定させてもらっているけど、一人で歩くころすら辛いので、イザナミに肩を貸してもらっている。そして魔力切れのめぐみんはイザナミにおぶっているので、一人だけ負担がでかくなっている。
「早くアクアに治してもらいましょう。蘇生ができるのですから、怪我なんて朝飯前だと思いますし」
残念美少女であり、宴会の女神様であるアクアだけど、アークプリーストとしては本物なのはベルディア戦で知っている。
だから私達はさっさと森を抜け、一刻もアクアの元へと向かっていた。
「あの……」
めぐみんが申し訳なさそうに私の顔を覗き込んできて、
「ごめんなさい」
「急にどしたのよ」
「いえ……私がもっと早く、イエティのことを教えていたら、こんなことには……」
「それはもう終わったことだからいいでしょ」
結果良ければ全て全て良し。
イエティに二度殴られても、頭から血が出ても、右腕が骨折しても、また死んじゃっても、今こうして無事でいられるんだからそれでいいと思った。
「でもアスカさんは反省するべきですよ」
「……そうですね」
結果は良かった方向になったけど、イザナミとめぐみんに心配をかけたのは事実だよね。
本当に反省しています……でも性分だから何回でもやるかもしれない。
「「…………」」
私が何を考えているのか、それとも顔に出ていたのか、二人共無言で目で訴えてきた。
「そうならないように努力します」
私はちゃんと言葉で伝えた。
「アスカ、イエティは基本的に森の中を縄張りにしています。森を抜け、雪原に出れば襲われることはほぼないかと思いたいです」
「あ、それは希望なのね……」
「私も何があるのかわからないので……今思えば、あんなものを遭遇して、よく私達は生きていられましたね」
……それは本当だよ。
本当だったら、全滅の可能性だってあるかもしれないのにね。人生何が起こるがわからないね。
「ですから、後は冬将軍に気をつけましょう」
「そのイエティに遭遇する前にも言っていたけど、冬将軍ってなんなの?」
あの時はその存在を聞く所ではなかったので、改めて聞いてみた。
口を開いて声を出すのも辛いけど、我慢して会話をしたかった。どうせ後で治るはずだと信じて。
「冬将軍はですね。国から高額賞金をかけられている特別指定モンスターの一体であり、雪精霊の王みたいな存在ですね。確か賞金は二億エリスほどですかね……」
「待って。イエティと前のベルディアといい、高額過ぎるボス多くね?」
なんでこの数日でそんなボスクラスの敵と出会うんだよ。ゲームでもボスクラスの敵が立て続けに出会うことなんてないわよ。
「あの……冬将軍ってやはり強いんですか?」
イザナミのおどおどした質問にめぐみんは淡々と答えた。
「魔王軍の幹部で明確な人類の敵だったベルディア、多数の死者と行方不明にさせているイエティはその危険度から賞金が高かったのです。しかし、冬将軍はあまり攻撃的なモンスターでなければ、雪精にさえ手を出さなければ何もしてこないモンスターなんですよ。それなのに破格の賞金なのは、冬将軍がそれだけ強くて危険なモンスターなんです」
そのことを知ってしまった私達は思わず黙り込んでしまった。
こんな危険なモンスターが一つや二つ、それ以上いるのだから、そりゃあ冒険者達がこの時期にクエストなんか受けずに引きこもっているわね。
それと、聞き間違いでなければ雪精って言ったよね。それってもしかしなくても、私達のクエスト討伐対象だよね。
当然、雪精を討伐するから手を出すわけで…………ちょっと、まずいんじゃないの?
青ざめているであろう私の顔色を見たのか、めぐみんは補足のようなことを付け加えた。
「逆に言えば、攻撃的なモンスターでないのでイエティほど危険ではないです」
「でもめぐみん、私達雪精に手を出しちゃったよ」
「それでも大丈夫かと思われます。冬将軍は寛大なお方なので、ちゃんと礼を尽くして謝罪をすれば見逃してくれるかと思われます」
「そうなんだ……」
だったら、イエティよりも確実に生き残れる確率はあるってことか。
「もっとも、無礼なことをすれば問答無用に襲いかかってきますので……」
「「…………」」
イザナミは恐怖で黙り込んでしまい、私はもう何も言葉が浮かばなかった。
か、寛大なお方は……怪我人に対して殺そうとしないよね? そうじゃないと困る。
この状態で出会うのは危険な気がするので、一刻もカズマ達と合流してアクアに怪我を治してもらわなければ。
ふと思った。
イザナミを連れ戻しにめぐみんと一緒にカズマ達と離れてから今どうなっているのか。この場にいるみんなはわからないんだよね。
…………強いて言えば、イザナギがカズマは二度目の蘇生をしたと言っていたので、その言葉通りならばカズマは一度死んで、そして蘇生したってことになる。
結局、カズマがいなくなるわけではないから状況的にはそんなに変わらないと思うが、果たしてどうなんだろうか。
歩くこと数分。奇跡的にも冬将軍という存在に遭遇することはなかった。
そして歩くこと数歩。
「おい、アクア! そいつをよこせ! 討伐してお金にするだ!」
「いやああっ! この子は持って帰るの! もう名前だってつけているの! それなのに売るなんて、酷いこと言わないで!」
「うるせぇ! こいつは売って金にするんだ! いいから俺によこせよ、オラァ!」
「やめて! うちの子を殺さないで!」
いつも通りのやり取りをしている私達の仲間だった。
……クエストを一旦中断して離れていたとはいえ、私達が大変な目に合っているのに、こいつらは……無駄に二人共演技かかっているし……ねぇ、なんなの。
つうかさ、雪精に変なことしたら、冬将軍が来るんじゃないの?
……頼むから来ないでくれ。
「しかし、雪精はなんだか……フワフワしていて、それでいて柔らかそうで、砂糖をかけて食べたら美味いのだろうか」
そしてダクネスはなんかアホなことを言っている。それ雪にカキ氷のシロップかけて食べたい発想と同じじゃないか。
…………ところで。
カズマとアクアの付近にある、雪原の一部が赤く染まっているのはなんなのかな? そこは気にしない方がいいのかな?
……とりあえず、声をかけよう。
「何やってんの」
声をかけると険しい表情で私の方へと顔を向ける。
「おい、アスカ! 今までって……どうしたんだよ、なんかやつれているようにも見えるけど、何があった?」
向けたら急に顔つきが変わって、心配そうに訊ねてきた。
「あははは……いやー……ちょっとね」
とてもイエティに襲われて一度死んで蘇生しました。なんて言えるはずがないので、笑って誤魔化すことにした。
「あ、あの。カズマさん、怒らないでください。ぜ、全部私が」
「いいよいいよ。何があったか知らないけど、聞かないことにするよ。大変だったそうだし、三人共お疲れさま」
イザナミは私を庇おうとしたのか、それともいつものように自分のせいするのか、カズマに謝罪しようとしていた。それをカズマは察したのか、許容するわけではないけど怒ることはなく、優しく迎え入れてくれた。
そんな優しい対応するカズマに対して私は……。
「……あんた本当にカズマなの?」
「よーしわかった。人の優しさを疑うのなら容赦なく尋問するけどいいんだな? 今までどこにほつき歩いていたんだ?」
「謝るから、そんな怒んないでっで」
ここは素直にカズマのご厚意を受け取ろう。
それと、帰る前にアクアに怪我を治してもらわないと。
「ねぇ、アクア。悪いんだけど、怪我したから治してほしいんだけど、できる?」
「ふっふっふー……怪我を治してほしいですって? アスカ、私を誰だと思っているのよ!」
「……アークプリーストであり水の女神様」
「その通り!」
ここで宴会の女神様だとは言えないわね。それで不機嫌になっても困る。
「怪我なんてちょちょいのちょいで簡単に治せるわ。なんなら、もっと大きな怪我をしてもいいのよ。私が治してあげるから」
いや、それどころか死んだことあるのでいいです。
いつものように調子に乗っているのはともかく、やはりアクアのアークプリーストとしての才能は本物だった。
ちょっと唱えただけで先ほどまでの痛みが一瞬で消えたのだ。当然、骨折していた腕も自由に動かせる。
「ありがとうアクア」
「ま、この私にかかれば当然よね! ……ところで、アスカも一度死んで蘇生でもしたの?」
「「「「「!?」」」」」
アクアは髪の毛切った的なテンションで聞かれた私達は驚愕した。
恐らく辛うじて生きていると思い込んでいるイザナミとめぐみん。それすらも知らないカズマとダクネス。そしてそんなこともわかるのかよとツッコミしたい私も、そのことを言われて驚きを隠せなかった。
「……アスカさん、後で話があります」
あ、イザナミが全てを察したようだ。
帰ったら説教コース決定。
じゃあ、私に問い詰められる前に引っかかった部分があったので、そっちに話題を持って行くことにしよう。
「ちょっと待った。も、ってなに? も、ってどういうこと?」
「実はカズマも一度死んだのよ。冬将軍に首をスパッと斬られてね」
そんな衝撃的なことを日常会話のようにアクアは話した。
そして私は部だけ赤い色に染まっている雪原に視線を向けて察した。
イザナギがカズマは蘇生したって言っていたのは本当だったのね。この際、どんな方法で蘇生したかは聞かないことにしよう。なんとなくわかる気がするけどね。
「綺麗に斬られたけど、くっつくのも治療も簡単だったわ。でも飛び散った血液をつぎ足すことはできないから、カズマはしばらく厳しい運動を控えることになるし、前衛に出るのも厳禁になるから、あんまり振り回さないでね」
一番振り回しているのはアクアな気がするんですけど……。
にしても、私とカズマは不幸にも特別指定モンスターと遭遇してしまい、そして殺され、ありがたいことに蘇生できたという新しい共通点が増える結果となった。全然嬉しくもないんですけどね。
「カズマも大変だったね……」
「そっちもな……」
私達は互いの顔を見て、ため息をついた。
ありがたいことに蘇生はできたものの、死んだという事実に私はゾッとしない。おそらくカズマも同じだ。
冬将軍の説明を聞いて思ったことだけど、危険なモンスターがいるんだったら引きこもるしかない。つまりこの季節は強い奴しか活動できない厳しい季節でもあるんだ。
駆け出しかつ、名ばかりの上級職と器用貧乏の冒険者のパーティーではどうすることもできない厳しい現実を思い知らされた。
私達には莫大な借金がある。多額な賞金を頂いたけど借金になっている私達は例え厳しくてもお金を稼がなければならない。
普通だったら、私達はこの場にいなに。でも失った命を奇跡的に拾うことができたんだ。次はその教訓を生かして、稼ぐことができる。
私とカズマは一度目を合わせ、今後のことを伝えた。
「今日は帰ろうよ、カズマ」
「だな。はい、撤収」
借金だろうが一度失った命を奇跡的に拾おうが、無理をする必要なんてない。それ抜きにしても私はもう疲れた。
明日から頑張る。
日本では素敵で怠惰の言葉であるが、もう一度死んだからこそ、命は大事にするべきなんだ。
でも、ミツルギのようなチート武器の一つや二つがあればもっと楽になっていたのかもしれないなー……まあいいか。その変わり、イザナミと言う可愛いヒロインができたしね。
「アスカさん、帰ったらお説教しますので逃げないでください」
でもそのおかげで今日帰ったらお説教されるんだよね。
あ、明日からじゃ……駄目ですかね? 一度死んでいますので……。